
不動産登記に関する相談は、本来司法書士の専門領域です。
しかし、不動産取引の現場においては、身近な存在である不動産業者が最初の相談相手となることが少なくありません。
特に、不動産購入、売却、投資、賃貸といった日常的な不動産取引に携わる業者は、顧客からの質問や疑問に対して正確な情報提供を行うと同時に、迅速な対応が期待されています。
そのため、不動産業者は最新の法改正に関する知識を常にアップデートし、業務範囲を明確にした上で、専門士業(弁護士、司法書士、税理士等)と適切に連携する姿勢が求められるのです。
近年、相続関連法の改正に伴い、相続税、遺産分割協議、相続土地国庫帰属制度に関する相談が増加しています。
特に、相続登記の義務化は喫緊の課題として認識されています。
そのため、「相続登記の申請は自分で行えるのか」、「相続登記の必要書類や申請方法を、具体的に教えて欲しい」といった問い合わせが頻繁に寄せられるようになりました。
ご承知の通り、登記手続きの代理は弁護士を除き司法書士の独占業務です(登記申請手続きは弁護士法第3条で規定されるその他一般の法律事務に該当しているため、弁護士は登記手続きを代理できます)。
もっとも、所有者自身が登記申請を行う規定は存在していません。
司法書士法第73条(非司法書士等の取締り)が規制するのは、無資格者が行う登記・供託手続きの代理、裁判所・検察庁への提出書類作成、筆界特定手続き申請書類の作成・提出、及びこれらの事務に関する相談業務です。
2024年(令和6年)4月1日より、「民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)」に基づき相続登記が義務化され、相続により不動産を取得した者は、その事実を知った日から3年以内の申請が義務付けられました。
さらに、令和8年4月1日からは、不動産の所有者の住所・氏名・名称に変更が生じた場合、2年以内の変更登記が義務となります。
インターネット上では相続登記の自主申請を推奨する情報も散見されますが、登記申請には専門的な知識と経験が不可欠です。
相続登記申請の司法書士報酬相場は5~15万円程度であり、この費用を抑制したいというニーズは理解できます。
しかし、相続登記申請には被相続人の出生から死亡まで、連続した戸籍・除籍・原戸戸籍の収集、遺産分割協議書の作成、そして煩雑な登記申請書類の作成を伴います。
特に、旧来の手書き除籍や現戸籍謄本の解読は、法律知識と実務経験がなければ困難を極めます。
筆者は、相続登記の自主申請を推奨していません。
専門家である司法書士でさえ、知識や経験不足から登記漏れを引き起こす事例が存在する現状を鑑みれば、一般の方が軽率に取り組むべきではないと考えているからです。
しかし、氏名や名称の変更、住所移転登記については状況が異なります。
法務局が職権で住所変更をする「スマート変更登記」を利用すれば、登録以降、変更や移転のたび登記申請をしなくても義務違反に問われないのです。
今回は、登記相談を受ける機会の多い不動産業者の皆様に向けて、新たに創設されたスマート変更登記について詳細を解説します。
スマート変更登記とは
法務省は令和7年4月、デジタル庁との連携を通じ、不動産および会社法人の登記情報を国や地方行政機関の端末で確認可能とする取組(登記情報連携)を拡大する方針であることを発表しました。
これにより、国民は各種行政手続きにおいて登記事項証明書の添付が不要となり、その取得に要する時間と費用が軽減されます。
この行政効率化の流れで注目されるのが、いわゆる「スマート変更登記」です。
手続きの詳細や変更登記の流れは後述しますが、その概要は、法務局が定期的に住基ネットを照会し、スマート変更登記の利用を申請した自然人または法人に名称や住所変更が生じていた場合、同意を得た上で法務局が職権で変更登記を行うというものです。
既に不動産を所有している場合は、2025年(令和7年)4月21日の改正登記法施行日以降に、Web上の「かんたん登記申請」または書面にて、「検索用情報の申し出」を行う必要があります。
また、施行日以降に所有権を取得した際には、原則として登記申請と同時に「検索用情報の申し出」を行うことが求められます。
法務局による職権での変更登記は、2026年(令和8年)4月1日の改正法施行後ですが、事前に「検索用情報の申し出」を完了しておくことで、それ以降の名称変更や住所移転登記に関する義務違反を未然に防止できます。
申請方法
前項で述べたように、2025年(令和7年)4月21日より前に不動産を所有されている方は、速やかにWeb上の「かんたん登記申請」または書面にて「検索用情報の申し出」を行う必要があります。
住所変更登記等の義務化が令和8年4月1日からだとはいえ、それ以降、正当な理由のない義務違反者には不動産登記法第164条第2項に基づき5万円以下の過料が科せられます。
申し出を行わないことに特段のメリットはないのです。
不動産業者は、この点について顧客に説明する必要があるでしょう。
もっとも、2025年(令和7年)4月21日以降に所有権を取得する場合は、原則として不動産登記申請と同時に申し出を行うため司法書士が対応してくれます。
不動産業者は特段、申請に留意する必要はないでしょう。
そのため、本稿では、主に改正法施行日以前から不動産を所有している方を対象とした登録方法について解説します。
「かんたん登記申請」は、以下のURLからアクセス可能です。
ただし、利用には電子証明書(マイナンバーカード等)、マイナポータルアプリのインストール、およびインターネット接続環境にあるパソコン・スマートフォンなどが必須となります。
https://www.touki-kyoutaku-online.moj.go.jp/mtouki/
書面による申請を希望する場合は、以下の法務省ウェブサイトから申請書をダウンロードできます。
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00688.html
Web申請と書面申請いずれの場合も、「検索用情報の申し出」において法務局に提供する情報は共通しており、具体的には、住所・氏名・生年月日・メールアドレス・連絡先・不動産の表示です。
また、添付書類として、運転免許証、個人番号カード、パスポートいずれかの写し(Web申請の場合はそのデータ)の提出が求められます。
申請時点で登記情報に記載されている氏名や名称または住所に変更が生じている場合、原則として平成22年10月5日以降に生じた変更であれば住民基本台帳ネットワーク(以降住基ネット)を通じて確認できるため、添付書類は不要です。
しかし、それ以前に変更が生じている場合は、戸籍の附票、戸籍謄本・抄本、または本籍地の記載がある住民票の写しなど、変更の経緯を証明できる書類の提出が必要となります。
なお、住基ネットで変更を確認できない海外在住者や、会社法人番号のない法人については、氏名や名称、住所に変更が生じた都度、変更登記の申請を行う必要があります。
これらの申請についても、前述の「かんたん登記申請」を利用してオンラインで行えます。
また、書面で提出する場合は原則として、不動産を管轄する法務局への提出が必要です。
ただし、管轄の異なる複数の不動産を所有している場合には、いずれかの不動産を管轄する法務局にまとめて申請することが認められています。
顧客に登録を勧める場合には、このような注意点についても説明しておきたいものです。
まとめ
本稿では、令和8年4月1日から義務化される不動産の住所、氏名・名称変更登記に先立ち、その円滑な履行を支援する「スマート変更登記」の概要と申請方法について解説しました。
スマート変更登記は、国が認める登記情報連携の一環として、住民基本台帳ネットワークを基盤とし、一定の条件下で法務局が職権で登記変更を行う画期的な制度です。
これにより、不動産所有者は煩雑な登記手続きから解放され、義務違反による過料のリスクを回避できます。
もっとも、この制度を利用するためには、事前の「検索用情報の申出」が必要です。
私たち不動産業者は顧客に正確な情報と提供できるよう、申請方法や登録による具体的な効果について正確に理解しておく必要があるのです。
不動産の住所、氏名・名称変更登記が義務化されたのは、国が所有者不明不動産の解消を喫緊の課題としているからです。
登記義務化はその対策の一環です。
マイナンバー制度の運用状況からも明らかなように、不動産の所有情報を隠匿することは困難ですし、何より登記義務の履行は不動産所有者の責務です。
不動産業者はこのような現実を理解して、顧客に適切なアドバイスを行い、円滑な登記の履行を支援する必要があるのです。