【内縁の夫が残した住宅に住み続けたい】相続人の立ち退き請求に寡婦は対抗できるのか?

顧客からの「売り」依頼を受け初めて査定訪問した際、売却理由を尋ねることは基本であると筆者は考えます。

ですが新人研修などでその話をすると、経験の浅い若手の営業マンを中心に「売りたいと言って連絡してきているのだから、売却理由などどうでも良いのでは?」などと反論されることがあります。

皆様ご存じのように、内見した顧客から「先ほど内見した家は、どうして売却するのですか?」などの質問をされることが多いことも理由の一つではありますが、もちろんそれだけではありません。

相隣関係トラブルに辟易したことが理由である場合などは、環境的瑕疵に該当する事項になりますから、私たちには説明義務が伴います。

ですから積極的に質問する必要があるのです。

とはいえ人により売却理由は様々で、支払い困窮や離婚を原因としているなどプライバシーにかかわる問題は、個人情報保護法の分類においても「要配慮個人情報」に該当しますから迂闊に情報を開示することはできません。

ですが開示は別にしても、売却理由を知ることにより早期に問題を把握し根本原因の除去について対策を講じることができるのですから、業務の手間が重複し非効率にならないよう初回ヒアリングを徹底するのがプロの仕事術だと言えるでしょう。

さて初回ヒアリングの重要性について解説したところで、とある一戸建てについて、所有者である父親が死亡し、「親族が住む予定もないので売却をしたい」と相続人代表を名乗る長男から査定依頼があった時の話をしましょう。

まだ遺産分割協議は行われていない状況で、兄弟は3人、母親は10年以上前に亡くなっています。

兄弟3人は存命で、法的に有効とされる遺言書などは存在していません。

法定遺留分として相続される持ち分を各1/3とすること、併せて各兄弟に売却の意思確認をしましたが問題ありません。

ただし問題が一つ。

住宅には登記名義人(故人)の内縁の妻が居住しており、そのまま住み続けたいと主張しているとのこと(長男いわく、2年ほど前から内縁関係として同居をしているが、相続人である兄弟たちはその関係を認めていないようです)

結局のところ依頼には、査定はもちろん残された寡婦を立ち退かせて欲しいという要望も含まれていたのです。

ご存じのように立ち退き交渉は弁護士業務です。私たち不動産業者が軽はずみに引き受ける訳にはいきません。

そこで、あくまでも査定を行うため訪問し居住者に話だけは聞いてみるということで受任しました。

訪問して話を聞くと「可能であればこのまま家に住み続けたい」との希望が強く、長男から再三連絡をもらってはいるが転居する予定はないとのことでした。

さて、2年程度の内縁関係で寡婦が主張する居住権は認められるのでしょうか、また遺言書が存在していない状態で、寡婦が相続権を主張することはできるのでしょうか?

今回は、レアケースではあるものの内縁関係の寡婦に与えられる権利について解説したいと思います。

内縁関係の相続権

そもそも内縁関係とは、婚姻の届けをしていなくても当事者双方に婚姻意思が存在し、かつ婚姻意思に基づいた共同生活がなされていることを成立要件としています。

たんなる同居を「内縁関係」と称していることも多いのですが、法的な保護に値する内縁関係はとても狭い範囲ですから注意が必要です。

つまり、婚姻の意思はあるけれども何らかの理由により「入籍」ができておらず、社会通念上において両者の関係が夫婦同然であると認識される程度の実態が求められるのです。

ですからたんに同棲している関係を「内縁」とは呼びません。

そもそも婚姻の意思証明は難しく、「将来的に婚姻届を出して、本当の夫婦になろうね」と、お互いに誓いあっただけでは足りず、入籍した夫婦に求められる関係性、つまり双方の協力・扶助義務・貞操義務などの各要件を、終生永続させる意思が求められます。

さらにそのような意思が両者に存在していたことを、第三者に証明できなければなりません。

具体的には結婚衣装を着て写真を撮っている(式をあげていればなお良い)、親族や知人らに夫婦として扱われている、住民票が同一世帯として提出されており未届けの妻(もしくは夫)とされている、家計が同一である、社会保険の第3号被保険者になっているなどの実態関係により総合的に判断されます。

また一概に言えませんが、前記のような実態を伴ったうえで長期間の同居関係が継続していることが求められ、この期間について通説では3年以上必要であると言われています。

最近では同性婚についての議論が活性化したことにより、内縁関係を事実婚として法的に保護しようという気運が高まりを見せてはいるものの、内縁関係について争われた判例を見ると、倫理性や動機・諸事情の斟酌によって判断が分かれており決定打となる基準はありません。

このような現状を踏まえ、各自治体では「事実婚」に「法律婚」と同等の権利を受けられるようにしようという体制が構築されつつありますが、まだまだ時間が必要とされているのが実情です。

このような状態ですから、内縁関係が法定相続人として認められるハードルは著しく高いと言えるでしょう。

たとえ相互協力により財産を築いていたしても、パートナーの死後、法定相続人にたいし対抗するのは困難なのです(共有で持ち分を登記している場合は権利を主張できますが、相続権とは別の話です)

さて顛末は

ビジネスマン,ひらめき

さて内縁関係について解説をしたところで話を戻します。

相続人から依頼され、査定のため訪問しました(ちなみにアポ取りについては、長男が行ってくれました)

一通りの確認を終え、寡婦の方とお話をしました。

主張としては「約2年前から内縁関係にあり、夫婦同然に生活をしてきた。いきなり退去しろと言われても行くアテがなく、このまま住み続けたい。法律には詳しくないが自分には居住権もあり、相続権もあるのだから問題ないのではないか」とのことでした。

住み続けたいという切実な希望も十分に理解できますし同情もするのですが、今後おこりうる可能性も含めお話をしない訳にはいきません。

そこでできる限り分かりやすい表現を心がけ、以下の点について説明しました。

●聞き取った内容からは、法的に内縁関係を証明することは困難であること。

●仮に内縁関係が証明できたとしても遺言書が存在していない以上、相続権はないこと。

●法的な夫婦であれば「配偶者居住権」も認められるが、内縁関係では該当しないこと。

●不動産の持ち分を有していれば「物件の使用権」を根拠として相続人の明渡し請求に対抗できるが、それにも当てはまらないこと。

●賃料を支払って居住していたのであれば、賃貸借契約による居住権を主張できるがそれにもあてはまらないこと。

上記以外にも雑談を交え、色々な話をしましたが最終的には自分が立ち退き交渉を目的に訪問した訳ではなく、あくまでも査定を目的として伺ったことを念押しするとともに、不安であれば信頼のできる弁護士を紹介する旨を話して辞去しました。

後日、紹介した弁護士と相談したようで、以下のような条件を相続人と寡婦の間で合意し、販売に協力させていただきました。

1.売却活動には協力するので、引き渡しまでは居住を続ける。
2.契約締結後、引き渡しまでの期間については3ヶ月程度の猶予が欲しい。
3.転居費用が心細いので、妥当だと思われる金額の支払いを望む。
4.転居先を紹介して欲しい(これについては筆者が、条件にあう転居先を紹介させていただきました)

このケースは立ち退き交渉を目的として活動したわけではありませんが、内縁関係に関しての法律をある程度は理解していたこと、相続人と寡婦それぞれの主張をヒアリングし、中立的な立場で助言が行えたことが短期売却につながったという事例です。

まとめ

筆者は自身が不動産実務を行う一方で、業界の地位向上を目的とした後進育成活動を行っており、その際に様々な相談を受けることがあります。

不動産業者からの相談ですからだいたいは困りごと、つまりトラブル相談なのですが、話を聞くとほとんどが「後手に回った」ことが原因のようです。

この場合の「後手」は抽象的な表現ですが、初見でヒアリングを徹底し事前に対策を講じていれば防げたケースや、理解が不足しているのに誤った見解を伝えてしまい、それを訂正もしていなかった場合などにトラブルが発生しています。

「人間は忘れる生き物である」と言ったのはドイツの心理学者であるヘルマン・エビングハウスですが、筆者もしたり顔で「確か、似たような事件についての最高裁判決があったはずです。その際はこのような点が重視され……」なんて話をしておきながら、気になって調べてみると最高裁ではなく地裁判決であり、慌てて言い直すことなどはしょっちゅうです(上訴の余地がある場合には判決がひっくり返る可能性もありますから、確定判決かどうかには注意が必要です)

高額な不動産を扱う私たちは、日々アップデートしていくことを心がけ、経験や学びを「力」にかえ業務に生かしていくといった心構えが大切だということでしょう。

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