【執行官の調査は信用できない?】競売を扱う際に覚えておきたい現況調査報告書の注意点

つい先日、知り合いの営業マンから「3点セットに専有者が無い旨の記載がされた競売物件の下見に行ったんですが、誰かが生活しているような感じなんです。どうしてでしょうか?」と質問されました。

「執行官の現況調査終了後に所有者が戻ってきて暮らし始めたか、最近では少なくなったけれど、何らの権原もなく第三者が占有を始めたかでしょうね。裁判所から引渡命令を得るのは難しくないけれど、現況について再調査してから判断すれば良いでしょう」と回答しました。

任売件数が増加する一方で、競売物件は減少傾向が指摘されています。

しかし、時には目ぼしい物件が見つかる場合もあります。

その営業マンは知人から依頼され、初めて競売入札補助を体験中とのことでした。

競売物件への入札を検討する場合、以下の3セットの精査が必要です。

1. 現況調査報告書
執行官により作成される報告書。現況地目や建物の種類・構造、占有者の有無や権原やその氏名、外観及び内観状況の写真が確認できます。

2. 不動産評価書
裁判所から依頼を受けた不動産鑑定士により作成される書類。周辺環境や評価額、図面が確認できます。

3. 物件明細書
裁判所書記官により作成される書類。競落後も引き継ぐ必要のある賃借権の有無や、底地権の有無などについて記載されています。

法律で競売物件の内覧制度は設けられていますが、この申立を行えるのは差押え債権者のみとされています。

したがって、一般の入札検討者が建物の内部状況等について知りうるのは、3点セットに記載された写真や文字情報のみです。

例えば、現況調査報告書では物件の現況や室内状況について、その他事項欄に以下のような表現で記載されます。

◯建物内は、きつめの動物臭が感じられる
◯1階床全体に水が浸みている状況にあり、床板に浸みができている
◯建物内は生活している状況が見受けられない

これにより主観を交えずに、臨場時点の執行官による見解が確認できるのです。

また、記載内容を裏付けるため5~13枚程度の内外部写真も添付されています。

現況調査報告書は入札に参加する者にとって特に重要な資料です。

内容に誤りがあってはならないため、民事執行規則第29条を始めとする定めにより、報告書への記載項目や内容、表現方法は厳格に定められています。

しかし、競売であるが故に求められる迅速性や調査実施上の制約もあり、完璧な報告書が作成されているとは限りません。

実際に、入札判断に重要な影響を与える事実が記載されていなかったとして、国家賠償法第1条第1項に基づき国に損害賠償を請求した事件が多数確認されています。

現況調査報告書に記載された事項は、あくまで臨場及び作成された時点であると理解して、自ら詳細調査を実施するのは競売入札時における必須業務です。

しかし、記載された内容は概ね正しいだろうとの信頼に基づいているのですから、その全てを疑ってかかる方はいないでしょう。

本来、競売は相応のプロが手掛けるべき案件であり、そこから生じる不利益は自己責任です。

しかし、現況調査報告書への記載漏れや調査不足、事実とことなる内容の記載があれば、錯誤により競落するケースは誰にでも有り得るのです。

今回は、国家賠償法に基づき争われた裁判例などをもとに、どのようなケースで現況調査報告書への記載不備が認められたのか、また、読みこなすうえで注意したいポイントについて解説します。

執行官の注意義務

執行官の調査義務について争われた裁判は多数あります。

その中でも平成9年7月15日に最高裁で判示された賠償責任が認められる条件、つまり執行官の注意義務については理解を深めておきたいものです。

「執行官が現況調査を行うに当たり、通常行うべき調査方法を採らず、あるいは、調査結果の十分な評価、検討を怠るなど、その調査及び判断の過程が合理性を欠き、その結果、現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合には、執行官が前記注意義務に違反したものと認められ、国は、誤った現況調査報告書の記載を信じたために損害を被った者に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の責任を負うと解するのが相当である。」

つまり、調査及びその結果判断に著しい合理性の欠如が確認され、それにより実際の状況と看過できない程の相違が生じた場合のみ、執行官の注意義務が認められるのです。

つまり、ハードルがかなり高いということです。

例えば平成21年1月30日にさいたま地判にたいし買受人が、競売家屋の直近占有者が自殺した事実の調査を怠り、現況調査報告書にも記載していなかったことは執行官の過失であるとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求しましたが、買受人による請求は棄却されています。

執行官が現況調査を実施する以前に占有者は自殺しており、その事実を近隣住民の多くが知っていました。

しかし、現況調査報告書等には一切、その旨が記載されていませんでした。

「事故物件であることが記載されていないなんて、調査不足だろう」と指摘するのは当然です。

原告である買受人は、以下のように主張しました。

「現況調査時は近隣住民や占有者の家族にたいする事情聴取はもちろん、死亡の事実が疑われる場合には、死亡診断書や検案書を作成した医師への聞取り調査、警察署への照会などを実施して事故物件であるか否かを調査すべきである」

買受人は転売目的で競落した不動産業者でしたが、事故物件であることにより建物を解体が必要とされ、さらに土地も減価して売却せざえるを得なくなったとして総額1,807万円及び遅延損害金を、国家賠償法1条1項に基づき請求したのです。

裁判所は申立に対し、執行官には目的不動産の現況について可能な限り正確に調査くべき注意義務が存在しているとしながらも、民事執行手続の一環であることから迅速・経済的実施が求められ、また、所有者を含む関係人の協力を得ることが困難な場合も多いことから、現況調査報告書の記載内容が実際の状況と異なるからといって、直ちに執行官が注意義務に違反したと評価するのは相当ではないとしたのです。

現況調査報告書等の限界

最高裁が示した判断基準を踏襲し、執行官が調査義務を怠ったと言えるのは、通常行うべき調査方法を採らなかったあるいは、調査結果についての評価や検討を怠った場合など、調査・判断の過程が合理性を欠いたことにより看過し難い相違が生じた場合と判示したのです。

事故物件であるか否かは社会通念上、入札の意思決定に重要な影響を及ぼす事項です。

したがって現況調査報告書にその旨が記載されるのが当然です。

同様の内容で争われた裁判では、売却決定が取り消された事例がある一方、本件のように否定されるケースが確認されるなど、諸条件によって判断が別れているのです。

したがって私たちが競売への入札を検討する際には、現況調査報告書に記載された内容が必ずしも現況に即しているとは限らないことに留意して、独自調査が必須であると理解しておく必要があるのです。

現況調査の記載内容は、告示開始半年以上前の現況

現況調査は通常、競売開始決定の通知が債務者に到達してから1~2週間後に行われます。

その後、競売が公告されるまで3~5ヶ月、さらに期間入札が開始されるまでは公告期間を含め1ヶ月程度の期間があります。

つまり、現況調査報告書に記載された現況は、およそ4~6ヶ月以上前に収集された情報なのです。

したがって、「本件所有者が占有している」と記載されているのにその実態がなかったり、反対に占有されていない旨が記載されていても、実際はそうではない場合もありうるのです。

また、現況調査報告書に添付されている室内状況についても、写真から想像した以上にひどい状態であるケースも珍しくありません。

さらに、売却許可決定後に買受人が競落した物件を訪れた際、債務者と想定される遺体を発見した事例もあるのです。

売却許可決定後の取消申立

前項の遺体発見事例は、具体的には以下のような事件です。

競売物件について売却許可決定を受けた買受人の従業者が、当該競落物件に訪れた際、物件内で腐乱死体(後の警察による捜査で、所有者兼債務者であることが判明)を発見しました。

買受人は、当該物件には「心理的瑕疵」が発生しており、したがって民事執行法第75条1項の「損傷」に該当するとして本件売却許可決定の取消を申立ました。

しかし原決定では申立が却下され、その取消を求め提訴したのです(名古屋高裁平22・1・29)

ちなみに民事執行法第75条で定められた「損傷」に関する条文は以下の通りです。

『最高価買受申出人又は買受人は、買受けの申出をした後天災その他自己の責に帰することができない事由により不動産が損傷した場合には、執行裁判所に対し、売却許可決定前にあっては売却の不許可の申出をし、売却許可決定後にあっては代金を納付する時までに決定の取消の申立をすることができる。』

この事例は、心理的瑕疵について民事執行法の「損傷」が適用できるかどうかが争われた興味深い裁判です。

名古屋高裁は買受人が以下の点で不利益を被ったと判断しました。

1. 入札した以降、腐乱死体を発見するまで遺体残置の事実を認識していない。
2. 現況調査報告書、物件明細書及び評価書のいずれにも記載されていない。
3. 死体の発見が周辺住民に知れ渡っている事実。

以上により買受人自ら使用するのもためらわれるばかりか、転売も困難であり、買手が現れたとしても売却価格を減額せざるを得ないと判示したのです。

それにより、物理的損傷以外の状況も物件の交換価値を著しく損なうものであるから、法75条1項にいう「損傷」にあたるとして、その類推を根拠に売却許可決定は取り消されるべきと判決しました。

この裁判例は執行官の調査不足に起因するものではありませんが、買受人となった後、現況調査報告書等に記載されていない損傷を発見した場合に参考となる事件です。

なお、原審でも、物理的な損傷以外で不動産の価値が著しく損なわれる場合には、法75条1項の「損傷」に該当する余地はあるとされました。

しかし、死因が自殺であるとの認定は不可であるとして、価値が損なわれたとは言えないと判断したのです。

まとめ

今回は、競売への入札を検討するに際し、物件状況を知るうえで最も重要な書類である現況調査報告書の記載漏れについて解説しました。

調査項目や記載方法については厳格に定められているものの、様々な制約の中で調査が行われるため、漏れ落ちが生じる可能性は十分にあります。

さらに、現況調査報告書の記載内容が公告開始の4~6ヶ月以上前の状況であることを理解していれば、その間に状況が変化する可能性もあります。

結局のところ、競売物件の入札を検討する場合には、現況調査報告書等を参考にしつつ独自に調査することが必須だということです。

明白に評価や検討を怠っている、もしくは調査・判断の過程に合理性を欠いていることが立証できない限り、現況と異なることについて裁判所に責任を求めるのは困難です。

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