2024年7月1日に宅地建物取引業法第46条に関し大臣告示が行われ、物件価格800万円以下の低廉な空家等に対する媒介報酬が引き上げられました。
これは、増加を続ける空家問題の解決には媒介業者の協力が不可欠であることから、報酬上限を見直し、それにより積極的な関与を促したいとの狙いがあるからです。
これにより、私たちのビジネスチャンスも広がりましたが、地方の農地付き住宅に関しては、手続きの煩雑さや専門知識が求められることもあり、敬遠されがちです。
宅地建物取引士試験の出題範囲には「農地法」が含まれ、売買契約等を行う前に農業委員会に許可(農地法第3条)を受ける必要があることや、申請条件として農作業常時従事要件(申請者又は世帯員等が常時農業に従事する)などを満たす必要があることは理解されているでしょう。しかし、実務経験が不足していれば不安が伴いますから、煩雑な手続きを必要とする農家住宅を敬遠したい気持ちは理解できます。
しかし、取引数が減少している一方で業者数が増加する現状においては、潜在的な収益機会がある案件について、知識や経験不足を理由に敬遠するのは得策といえません。さらに、近年は田舎暮らしへの関心が高まりを見せており、農村漁村への移住希望者は増加しています。実際、筆者のもとにも「移住して農業を始めたい」との相談が定期的に寄せられてきます。
特定非営利法人ふるさと回帰支援センターによる調査結果からも、傾向の高まりを確認できます。
このような背景から、一部の地方公共団体では、都市部からの移住者に対して空家と農地をセットで提供する「農地付き空家」の取組が行われています。空家バンクへの掲載件数も増加していますし、リンクする不動産ポータルサイトでも「農地付き物件」を検索できます。これにより物件探し自体は容易になりました。しかし、問題は取引です。一定規模までの市街化区内にある農地なら、農業委員会への届出だけで済みますが、市街化調整区域や無指定区域の農地は、取引手続きも煩雑で、媒介業者のサポートが不可欠です。しかし、助力してくれる媒介業者がいなければ、消費者は戸惑うでしょう。
農地取引は、ポイントさえ押さえれば、それほど難しくはありません。移住ニーズが高まりを見せ、媒介報酬上限が見直された今、敬遠するのは勿体ないと言えるのです。
今回は、国土交通省が2024年10月に改訂した「農地付き空家の手引」の紹介と併せ、農地付き住宅を取引する際の注意点とポイント、そして移住者の傾向について解説します。
難関は3条許可
農地の権利変動には、農業委員会の許可が必要です。一般的に、農地を農地以外に転用する5条許可は、地域の農業生産への影響が大きいことから、審査が厳しい傾向にあります。しかし、農地の規模や地域性など様々な要因により、審査の難易度は変化します。農地を農地のまま売買する3条申請の方が難しいケースもあるのです。
基本的に農地を取引できるのは、農業を営むもの同士に限定されています。これは、農地が安定した食料供給に重要な役割を果たすことから、農地を取得する者に従事する意思や現実的な事業計画が求められるからです。
原則として農地法の許可権者は都道府県知事ですが、実際には各市町の農業委員会にその権限が移譲されています。主な許可基準は以下のようなものです。
①全部効率利用要件(第1号):譲受人又はその世帯員が、すでに権利を有している農地と、許可申請に係る農地すべてについて、効率的に利用して耕作の事業を行うと認められること。
※取得後の耕作又は養畜の事業に関し具体的内容を明らかにできない場合は、原則として許可されません。
②農作業従事要件(第4号):譲受人又はその世帯員が、その取得後において行う耕作に必要な農作業に常時従事(原則150日以上)すると認められること。
③地域との調和要件(第7号):取得後における耕作事業の内容及び農地の位置・規模からみて農地の集団化、農作業の効率化その他周辺の地域における農業上の効率的かつ総合的な利用の確保に支障を生じるおそれがないこと。
従来は、取得後の農業経営面積が50アール(5反)未満の場合には許可しないとの下限要件もありましたが、「農業経営基盤強化促進法等の一部を改正する法律(令和5年4月1日施工)」により、この下限要件は廃止されました。
ただし、これらの要件を満たしていても、申請地が農地として利用できない状態である場合や、資金不足が明白な場合、隣接農地所有者の承諾が得られず将来的な争いが懸念される場合などについては許可されない可能性があります。
とはいえ、農地法第3条の許可申請書は、記載の難しい書類ではありません。譲渡人と譲受人の署名捺印、農地(採草放牧地を含む)の所在、所有権・賃借権・使用貸借・その他など、契約内容について記載するだけだからです。
しかし、農業可能な人数や保有する農作機械、耕作する作物の種類などについて厳密に審査されますから、これらが農地面積に対して不足していると判断されれば許可が得られません。
よく、許可申請と契約のどちらを先にすべきかと質問されますが、許可を得ず締結された売買契約等は無効とされ、さらに3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられる可能性があります。したがって、契約等締結前に許可を受けるのが原則です。
行政庁は、行政手続法第5条第3項の規定に基づき、審査基準を公にすることが求められていますが、実際には公表していない地方公共団体も多く、そのため許可権限を委任されている農業委員会においても農地法第3条に関する許可事務にばらつきが生じていることが多いのです。しかし、移住先として農地付き住宅を希望する消費者は、自家消費程度の家庭菜園を希望しているケースも多く、3条申請が簡易に認められている地域も存在します。
情報は空家バンクから仕入れる
消費者から移住相談を受け、物件として提案する農地つき住宅を検索する際には、レインズよりも、国土交通省が公開している「空き家・空き地バンク総合情報ページ」を活用することで、より多くの情報を効率的に検索できます。
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/sosei_const_tk3_000131.html
このページは、地方公共団体が参画している「空き家・空き地情報サイト」とリンクしており、地域ごとの物件情報を一括して検索できるため、効率的です。
それ以外にも、公的不動産(PRE)情報や国有財産売却情報ともリンクしており、幅広い情報が得られます。
移住相談を受けた際には、移住先で発生し得る特有の問題について、事前に把握しておくことが重要です。
多くの市町村では、移住して生活されている住民の中から「定住・移住アドバイザー」を任命し、地域の習慣や生活状況についての相談対応や情報発信を行っています。そのようなアドバイザーに連絡と取り、地元ならではの生の情報を収集することは効果的です。
若い世代ほど移住希望が高い?
「農地付き空家の手引」では国土交通省が作成した過疎地域への人口移動状況が公開されています。
全体として人口の流出傾向を確認できますが、期末時点で25~29歳および60~69歳の年齢層では、流入が超過していることが確認できます。
60~69歳の年齢層は、雇用延長を希望せず、田舎で自然に囲まれ第二の人生を謳歌したいとの意向がみてとれます。一方、25~29歳の層は大卒であれば就職して数年が経過し、基礎的な業務スキルが身につき仕事が面白いと感じる時期です。この年齢層での流入超過は興味深い傾向です。
実際に都市部の住民を対象とした農村漁村への移住意向に関するアンケート調査結果でも、若い世代ほど「移住してみたい」との意識が高いことを確認できます。
若者が希望する良い仕事の条件は、各種調査で「収入が高い」、「楽しさ、やりがいがある」、「働きやすさ」が上位にランクされますが、一方で価値観としてはキャリアアップよりプライベートを重視する傾向が見てとれます。そのような意識が、移住したいとの回答に影響しているのでしょうか。
総務省が公開している「『田園回帰』に関する調査研究」では、都市部から移住した方々の転入元として、北海道では三大都市圏以外の大都市からの移住が多く、沖縄では三大都市圏からの移住割合が高いことを確認できます。このように、地域ごとに転入元が変化しているのは興味深い傾向です。
移住が増加している沖縄、四国、中国を筆頭に、全体の3割で都市部からの移住者が増加しています。
また、平成22年と27年の国勢調査を比較したところ、都市部からの移住者割合が拡大している地域は全国で249区域(全国区域区分の16.7%)あり、特に都道府県境や中山間地域といった過疎化しやすい地域において移住者が増加していることを確認できます。
筆者が受け付ける移住相談では、移住後の仕事として地場食材を活用したレストランや民宿、ペンションの開業を希望する割合が高いものの、一方で資格や特技を活用したリモートワークを予定される方の割合が増加している印象を受けます。
アンケート結果では、資格や特技を活用して生計を立てたいと考える割合が最も多く、次いで「役場や地元企業への就職」、さらに農林水産業の従事と続いていることも注目すべき点です。
さらに、移住を希望する時期についても理解が必要です。アンケート結果によると、20~30代では「条件が整えばすぐにでも」、40代は「子育てが終わってから」、50代では「自分又は配偶者が退職してから」、60代で「配偶者との離・死別など家族構成に変化があったら」など、年代ごとに移住を実現したいタイミングの異なることが確認できます。これらの年代別傾向は、農地付き住宅を消費者にアプローチする際の参考になるでしょう。
地元は何を望んでいる
移住は成功させるには、移住者本人の意識と計画性が最も重要ですが、それと同時に受け入れである地元が移住をどのように捉えているかを知ることも大切です。「農村漁村地域に移住してくる都市住民に何を期待するか」との質問に対し、最も多かった回答は「地域で子育でして欲しい」でした。
少子高齢化は全国的な傾向ですが、特に農村漁村地域で顕著です。実際に移住相談を受けて調査のため現地を訪れ、町内会長に話を聞くと、「昔は近くの公園でたくさんの子どもが走り回っていたが、最近は全く見かけない」とため息混じりに語ることがあります。
「子は鎹(かすがい)」という言葉があります。これは子どもへの愛情が夫婦の仲を保ち、円満な関係が保てることを意味します。同様に、移住先で早く地域に溶け込むために子どもが果たす役割は、想像以上に大きいのです。
一方で、子どもが巣立った年齢層の場合は、積極的に地域の行事に参加して、徐々に信頼関係を築いていく必要があります。都市部と農村漁村地域における住民同士の距離感には大きな違いがあり、これがストレスであるとして、早々に引き上げる原因となることが少なくないのです。
また、農林漁業への就職については、地元住民が特に期待していない点にも留意が必要でしょう。地元がどのような移住者を求めているかアドバイスすることも、私たち不動産業者の大切な役割です。
石の上にも5年
移住して就農した方へのアンケート調査では、農地や資金の確保、農業技術の習得に苦労したとの回答が多いことを確認できます。
就農から1、2年目で生計が成り立つ人は14.6%程度に留まっており、就農5年目を超えてようやく半数が農業で生計が成り立てられると回答しています。つまり、それだけの期間、生活をどのように維持するか計画しておく必要があるのです。
移住相談を受けると、稀に就農すればすぐに利益が得られると考えている方もおられます。しかし、最低でも3年、通常は5年以上の努力を続けないと生活が安定しない可能性が高い点については、しっかりと情報提供しておく必要があります。
また、地域によっては移住者に対し、就農から数年間、金銭的支援を行う制度を設けている場合もあります。移住相談を受ける前に、地域の支援制度を調査しておくことが重要です。
まとめ
移住に関し、私たち宅地建物取引業者に求められている役割はなんでしょうか。それは、希望者に対して専門的なアドバイスを提供し、問題が生じないよう適切に取引を進めることです。
専門的なアドバイスを行うためには、農地法第3条に関する知識はもちろん、移住後に発生が懸念される問題や、それをサポートするために設けられた地域ごとの支援制度について深く理解しておく必要があります。さらに、受け入れ先の地域が移住者に何を期待しているかを理解し、齟齬の生じる可能性がある場合には、移住先の再検討や移住計画そのものを見直したほうがよいと助言する必要があります。
大都市圏からの移住を促進し、一極集中の解消と増加する空家問題の解決に貢献するためには、私たちの誠意ある活動がかかせません。そのためには、最新の情報を収集し、常に学び続けることが不可欠です。