2024年11月7日、ハウスメーカー大手の積水ハウスがAIQ(アイキュー:東京都文京区)の特許技術を活用した新サービス「AIクローン オーナー」の提供を開始しました。
このシステムは住宅建築を検討している顧客層に向け、実際に積水ハウスで住宅を建てたオーナーによるInstagram投稿を情報源として、AIクローン技術を駆使して24時間365日、住まいづくりに役立つ情報をAIチャット形式で提供します。
通常の生成AI(例:ChatGPT)はオープンソースの情報を活用するため、一つのハウスメーカーが提供する主観的な居住感やこだわりについて、具体的に回答するのは難しいとされています。しかし、今回のサービスは情報源を自社オーナーの投稿に限定し、人間の意志をデジタル化したパーソナルAI(仮想人物)が対応する仕組みです。
このため、利用者はまるで人間と意見交換しているかのようなリアルな体験を得られ、提供側は顧客満足度や自社の売上向上に寄与することが期待されています。
このようなAI技術の発展は、不動産営業職が削減される可能性を示唆しています。実際に、「高額な給料を払わなくても、文句も言わず24時間いつでも対応してくれるAIに業務を任せれば、少人数で業務をこなせる」という意見が、経営者の集まりで交わされます。
AIが顧客データを活用して顧客対応を効率的に行えば、内見や物件調査などの現地作業を除き、多くの業務がAIに置き換えられる可能性があります。
しかし一方で、複雑な交渉や顧客との信頼関係構築といった業務は、依然として人間に委ねられるでしょう。AIでは対応しきれない感情的なニーズや価値観の共有は、営業マンにしかできない部分だからです。
AIが普及する中で、不動産業界が持続的に発展するためには、AIと人間の強みを活かした共存モデルの構築が不可欠です。たとえば、AIは問い合わせ対応や情報提供の効率化を担い、営業マンは顧客のニーズの掘り起こし、個別に充足感を満たす提案を行うことで付加価値を提供する、といった分担が考えられます。
このように、AI技術の発展は不動産業界に新たな可能性をもたらす一方で、営業職を含む業界の役割が変化する契機となっています。AIの効率性と人間の柔軟性を組み合わせた共存モデルの中では、従来の手法に固執する営業マンに居場所はありません。変化に順応し、自身が変わる必要があるのです。
今回はAI技術の発展とDX導入によって変化する不動産業の業態動向と、変化に対応するために必要な営業マンのスキルについて解説します。
DXの現状と導入効果
不動産業界は、広範な情報管理や顧客対応が求められるため、DX(デジタルトランスフォーメーション)との親和性が高い業種といえます。AI技術の導入もDXの一環であり、業務効率化やサービスの向上に寄与する手段の一つです。
日本でのDXは、2018年に経済産業者が提唱した、「企業がデジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織全体を変革する」との概念を基に発展してきました。さらに、「デジタルガバナンス・コード」などを活用し、産業界全体でDXを推進しています。
また、総務省も2021年に公表した「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する研究調査」で業種別の取組状況に触れています。
この調査によれば、情報通信業のDX導入率が44.3%と最も進んでいる一方で、不動産業の導入率は23.3%と低い水準にあります。
しかし、2024年に株式会社スペースリー(東京都渋谷区)が実施した「不動産業界のDX推進進捗状況調査」では、「DXを推進すべし」との回答が99%に達し、「実際に取り組んでいる/いた・予定」の合計は64.3%となっています。この結果から、業界内でDXの必要性を認識し、具体的な行動を起こす企業が増えている状況が伺えます。ただし、このアンケートは対象を1,320名の個人としているため、企業単位における実態との乖離を検証する必要があります。
公益社団法人不動産流通推進センターが2023年に公表したデータによると、もっとも導入率が高いのは「物件情報掲載・募集システム」で52.7%を占めています。次いで「顧客管理システム」(36.3%)、社内会議システム(33.2%)と続きます。
一方で、「チャット・オンライン接客システム(28.9%)」や、「IT重説関連(22.1%)」、「電子契約・電子署名システム(13.8%)」などの導入率は低い状況にあります。
また、生成AIについては、企業としての導入率は限定的であるものの、個人が情報収集や顧客対応文作成に利用するケースが増えています。
これらのシステムはいずれも、従業員数や取扱件数、管理戸数が多い企業ほど導入率が高い傾向にあります。
従業者数が少ない企業ほど、「DX推進の必要性を感じない」とする割合が高く、従業員30人以上では45.4%がDXを推進すべきと考える一方、1~4人の企業では10.9%にとどまっています。
しかし、従業者数10名以下の規模が全体の9割を占める不動産業においては、少人数の企業こそDXを積極的に取り入れることで、業務効率化や顧客満足度向上の恩恵を享受できる可能性があります。
実際に、導入率が低い「物件確認・内見予約システム」や「チャット・オンライン接客システム」、「IT重説関連」、「電子契約・電子署名システム」について、導入後の効果が実感されているのです。
これらのシステムは、現場への移動や電話対応、事務処理などを軽減し、時間効率を向上させています。それにより、「時間」を創出しているのです。
創出された時間は「人間にしかできない業務」、つまり顧客との信頼関係を築く活動や、付加価値の高い提案業務に充てられます。
DX導入の本質的な目的は、単なる業務効率化ではなく、創出した余暇を活用して事業の付加価値を高めることにあります。特に少数精鋭の企業ほど、DXを積極的に導入することで競争力を向上させ、顧客満足度の向上や収益性の向上につながるのです。
AI技術の発展による不動産DXの変化
経営者がDXの必要性を感じて導入を検討した際、「何を導入すれば良いのか分からない」と悩むことがよくあります。DXの概念から考え始めると、どこから手を付けるべきか分からなくなるでしょう。
そのようなときは、大局的に捉えるのではなく、AI技術の進化とDXの導入による「顧客利便性の向上」と「業務効率化」という二つの大きな変化に着目されると良いでしょう。以下に具体例を挙げて説明します。
1. 顧客利便性の向上
●パーソナライズされた情報提供
AIが顧客の属性や過去の検索履歴に基づき、最適な物件情報を提供します。これにより、顧客が短時間で求める情報を入手できます。
●チャットボットによる24時間対応
AIによる自動応答で、顧客からの問い合わせに365日・24時間対応が可能です。この仕組みは顧客満足度の向上につながります。
●VR/ARを活用した物件紹介
顧客が現地に出向くことなく、物件の内覧イメージを体験できます。特に遠方の顧客や多忙な人々にとって便利なサービスです。
2. 業務効率化
●物件情報の自動収集・分析
AIが指定条件に基づいて不動産情報を収集し、売買価格や市場動向を予測します。これにより、営業活動の精度が向上します。
●事務作業の自動化
契約書作成やデータ入力などの反復作業が自動化され、人為的なミスが削減します。これにより、営業マンは顧客対応に専念できます。
●マーケティングの効率化
AIを活用したターゲティング広告を行うことで、効果的な顧客獲得が可能になります。これにより広告費を最適化し、集客効率が向上します。
AIと技術とDXの導入は、不動産業界における顧客体験の向上と業務効率化を同時に実現する可能性を秘めています。
しかし、成功するためには「自社にはどのようなシステムが最適か」を検討し、適切な導入プロセスを踏むことが不可欠です。また、導入後も社員のスキル向上や新たな体制の構築が求められるため、継続的な改善が鍵となります。
これらを実現することで、差別化が実現できるのです。
最大の障壁は人的問題
小規模企業がDXの導入に慎重である理由として、まず費用の問題が挙げられます。
しかし、顧客体験の向上や業務効率化による収益性の改善を考えれば、費用は必ずしも大きな障壁とは言えません。さらに、技術革新や市場競争の激化により、システム導入に必要なコストは減少傾向にあります。そのため、導入するシステムを厳選すれば、費用負担は以前ほどの課題ではなくなっています。
では、導入を妨げる主な理由なのでしょうか?
公益社団法人不動産流通推進センターのアンケートによれば、次の三つが課題として挙げられています。
2. システムを導入に必要な社員の能力を向上および人材確保
3. 適切なシステム選択
この結果から、多くの場合、費用以上に「人的な問題」がDX導入の大きな障壁となっていることが分かります。特に、既存社員のスキル不足や適切な人材の確保が課題となり、システムを導入しても効果を十分に発揮できないと危惧されているのです。
営業マンに求められる新たなスキルセット
競合が激化する不動産業界において、DXやAIの導入は今後不可欠です。
このような環境変化に適応できない営業マンは、淘汰される可能があります。生き残るためには、以下2つのスキルセットが求められます。
1. デジタルツール活用能力
AIやデジタル技術を最大限に活用するには、以下の能力が必要です。
●AIツール活用力
AIが提供するデータを理解し、顧客ニーズに即した提案に落とし込む能力。これには質問力や読解力も重要です。
●データ分析能力
AIが処理したデータを正確に解釈し、顧客の個別事情に応じた提案を行う能力です。顧客の個別感情や背景を考慮する柔軟性も求められます。
●プログラミングスキル
必須ではありませんが、簡単なプログラミング知識があると、業務自動化やシステムカスタマイズに役立ちます。
2. 高度な次元のコミュニケーション能力
●共感力とヒアリング能力
顧客の潜在的なニーズを引き出し、適切に提案する能力です。非言語(ノンバーバル)を含む総合的な対話能力向上が不可欠です。
●柔軟性の向上
予期せぬトラブルや顧客の複雑な要望に即納する能力です。特に、AIが苦手とする曖昧な状況への対応力は、人間ならではの強みです。
AIは効率的な分析やデータ処理を得意としていますが、顧客との共感を伴うやり取りや予測不可能な状況への対応は、人間にしかできません。そのため、AIと人間の役割分担を明確にし、人間だからこそ価値を発揮できるスキルを磨くことが重要です。
DXが推進される不動産業界においては、これらのスキル強化が、営業マンとしての価値向上につながるのです。
まとめ
「AI技術が発展すると、いずれ人間は必要なくなる」といった意見を耳にすることがあります。
実際、総務省が平成30年に公開した情報通信白書では、「日本の動労人口の49%が人口知能やロボットで代替可能」との試算が示されており、特に一般事務処理やコールセンター業務でその可能性が指摘されています。
しかし、不動産業界においてはAIやDXの進展を脅威と捉える必要はありません。むしろ、これらの技術を活用することで、業務の効率化や顧客満足度の向上といった新たな可能性が広がると捉えるべきです。
営業マンとして重要なのは、時代の変化に適応し、自らのスキルを進化させ続けることです。そのためにAIにまかせるべき業務を明確にし、人間にしかできない役割、特に共感力や柔軟な対応力といった「人間ならではの強み」を磨くことが求められます。
AIやDXの発展は、決して人間の仕事を完全に奪うものではなく、共存することで補完する存在です。不動産業界の営業マンにとって、DXやAIは脅威ではなく、自らを進化させるために必要な成長の機会なのです。