【賃貸人が荷物をおいたまま失踪】処理はどうする?

筆者は実務として不動産取引を行うほか、執筆や不動産コンサルを「業」としています。

経験年数や広報活動の影響でしょうか、不動産コンサルでは複雑な事案が持ち込まれる場合が多く、単独で対応できる場合には自力で処理しますが、裁判を経て解決を要するケースでは気心の知れた弁護士や司法書士など各士業と連携して処理にあたります。

そのようなコンサル案件として先日「独居高齢者が、荷物をおいたまま行方知れずになっておりどうしたらよいか?」との相談を受けました。

聞き取った概略は以下の通りです。

1. 賃借人は70代後半の独居老人で、家賃が半年以上入金されず連絡がつかなくなっている。

2. 居室で動けなくなっている可能性も考えて警察に相談し、居室に立ち入りを実施、安否確認をしてもらったが荷物は残ったままであり本人不在であった。

3. 生活の痕跡は直近のものではなく、数か月は部屋を開けている状態だと推定された(安否確認した警察官の弁)

4. 保証人に連絡を試みたが、契約書に記載されている電話番号が使われておらず連絡もつかない。また住所地に手紙を送ったが、あて先不明で返送されてきた。

賃貸を取り扱う不動産業者の方であれば似たようなケースに遭遇することもあるでしょうし、このようなケース処理が煩雑であることにより、入居審査における独居老人受け入れ拒否につながるといった背景もあります。

今回のコンサル案件でも賃貸人は、状況を放置しても改善の目途がたたないことから、

「滞納家賃も回収したいが、それよりも荷物を撤去し、他の賃借人を募集したい」というのが依頼の趣旨でした。

このケースでは以下のように問題を分け、それぞれに解決をしていく必要があります。

1. 滞納家賃の回収
2. 賃貸契約の解除
3. 残置物の撤去

ただし賃借人所在不明ですから、通常のケースと異なる方法によります。

それ違法です!!

テレビドラマなどでは、家賃を滞納している主人公が家に帰ると、玄関の鍵が交換されて開かず、廊下に荷物を放り出されて路頭に迷うなどの描写があります。

皆さんご存じのように賃貸人の許可なく無断で室内に侵入し、ましてや勝手に荷物を処分することはできません。

全て違法行為です。

強硬手段を擁護するつもりはありませんが、賃貸人の気持ちは理解できます。

実際に私が不動産業界に入った30年前にはそのような対応も横行していました。

ですがインターネットで法律関連の情報を簡単に入手できるようになり、借地借家法も改正を繰り返した結果として賃借人の立場は強くなり、下手な対応をすると損害賠償を請求されます。

今回のコンサル案件では家賃が半年以上に渡って滞納されており、賃貸借契約における信頼関係が破壊するに足ると判断され、債務不履行による解除要件は満たしています。

ただし賃貸借契約を合法的に解除するには、賃借人と直接に話し合い合意解除するか、配達証明付き内容証明郵便の送達により賃貸人の契約解除意思が、確実に賃借人に伝わっている必要があります。

ですが賃借人が不在の状態では内容証明郵便を送付しても意味がありません。

所在不明での対応方法は?

賃借人所在不明の状態で、賃貸人が希望する賃貸借契約の解除と荷物の撤去をおこなうには2つの方法しかありません。

1. 興信所などに依頼して賃借人を探し出す。
2. 裁判による判決を得る。

このうち興信所に依頼して所在調査をするのは、時間や費用、確実性も含め勘案するとあまり現実的と言えません。

居室に侵入すれば通院先病院の領収書や各種の郵便物、メモなどから所在不明者の痕跡を探り調査に着手するといった手法もありますが、先ほど解説したように賃借人の許可を得ず合鍵などで無断侵入すること自体が違法です。

コンサルでも、裁判による解決策を提案しました。

ご存じかと思いますが、裁判による判決が出ていない状態で賃借人の許可を得ず侵入し、搬出・処分をすると違法な自力救済に該当します。

違法な自力救済(民法709条)とは、法の助けによらず、発生している侵害状態を自力で解消する一連の行為です。

今回の例によらず無断で鍵を交換する行為や、賃借人の許可を得ず室内に侵入する行為はすべてこの違法な自力救済に該当し、賃借人のプライバシー権等を侵害したとして損害賠償請求を求められる場合のほか、住居不法侵入罪などの刑事事件に発展する可能性があります。

安易な行動は厳に慎むべきです。

裁判と所在調査どちらを選んでもそれなりの費用が生じますが、状況により確実な方法を選択することが大切でしょう。

賃貸契約前に確認していれば……

賃貸業のリスクが具現化した今回のコンサル案件ですが、滞納家賃の回収と放置されている荷物の撤去のためには、弁護士費用や裁判費用など各種経費のほかにも相応の労力が必要になります。

このケースでは賃貸人が自主管理していたことから連帯保証人の「裏取」をしていませんでした。

せめて連帯保証代行サービスなどを利用していれば、すくなくても滞納家賃に関してだけは防止することもできましたが、後の祭りです。

今後は独居高齢者などに部屋を貸す場合には、お互いのためとして「保証会社」もしくは「保証人代行サービス」を利用するほうがよいと助言しました。

ただし高齢の独居老人の場合には、保証審査自体が困難であるケースも多いので予め確認が必要です。

また連帯保証人の権限範囲についても理解しておく必要があります。

事案が滞納家賃請求だけであれば、連帯保証人にたいして滞納家賃の請求で処理できますが、居室への侵入や荷物の撤去に関しての権限は連帯保証人にありません。

多少、難しい言い回しになりますが賃借人の明け渡し責務は、主たる債務として一身専属的な給付を目的としていると解され、保証人等が代わって実現することはできないとされているからです。

保証人にたいしては滞納家賃も含め、明け渡し遅延請求期間における賃料相当額に遅延賠償支払い義務までしか求めることができません。

例外的に、連帯保証人が賃借人から解除権・明け渡し代理権を付与されるケースもありますが、この場合においても

① 連帯保証人が賃借人と一定の信頼関係(親子関係など)があると考えられる個人である。
② 特約目的が、個人の連帯保証人としての賃料支払い責務が過大になることを防止する目的であること。
③ 特約内容を、賃借人が明確に認識した上で契約していること。

これら要件を確実に満たしている必要があり、また賃借人から裁判が提訴された場合には、要件が具備されているかどうかの立証責任は賃貸人に生じますので、充分な注意を要します。

これらの例外的な特約が認められるのは、①の要件である賃借人と親族関係など一定以上の信頼関係にある個人に限定されますので、そのような関係が成立するはずもない保証会社等が賃貸契約書約款【賃借人が行方不明である場合に家賃等を滞納した場合、賃借人の承諾なしに施錠や室内確認を行い、明け渡し手続きおよび当該物件に残置された動産物を処分しても異議申し立てしない】との記載をしても、当然のことながら無効とされます。

訴訟の種類

今回のコンサルケースでは、賃借人の所在が不明ですので被告不在で「明け渡し訴訟」を提訴します。

明け渡しを求める訴状に「契約解除の意思表示」を記載し公示送達(民法98条1項)されることにより、契約解除後と併せて強制執行手続きに移行し、明け渡しが実施されます。

判決により強制執行が認められれば、残存物の処理も同時に認められます。

コンサルケースは賃借人所在不明という難易度の高い処理案件ですが、一般的な処理では家賃滞納が数か月に渡った場合、仲介業者として賃貸人に今後の方針を判断してもらいます。

賃借人が在宅しているならば、事前に話し合いの余地もありますし支払い督促により状況を改善します。

また裁判により解決するには下記2つの方法があります。

滞納家賃の回収のみの場合には「少額訴訟」
立ち退きを希望する場合には「明け渡し請求訴訟」

ただし少額訴訟は、公示送達を利用できません。
つまり賃借人所在不明の場合には「少額訴訟」で問題を解決することができず、「明け渡し請求」で提訴するしか方法はありません。

まとめ

賃貸人所在不明の事案は、賃貸業のリスクが具現化した状態であると解説しましたが、実際にはレアケースとまでいえません。

今回のような独居高齢者のケースに限らず、繁華街にあるワンルームマンションなどでは賃借人がエリア特有の業種に勤務している場合も多く、所在不明で連絡不通になるなどは日常的です。

そのようなエリアを中心に賃貸仲介をしている業者では、社宅や寮として勤務先会社(店舗)に借り上げして貰うなどの防衛策を講じています。

また個人の場合には、必ず保証会社を利用条件とするなどです。

長期間の所在不明や連絡不通は事件性があるのか、それとも単純な失踪かの判断も容易ではありません。

独居高齢者の場合には体調を崩して入院し、治療が長期化して心ならず家賃滞納が発生することもあります。

個人情報保護法は遵守しなければならない大切な法律ではありますが、高齢者介護施設や入院先病院も、個人情報保護法を根拠として「お答えできません」の一点張りで、所在調査も昔ほど容易ではなくなりました。

このような時代背景も鑑み、契約前の与信調査や保証会社の利用を検討するほか、問題が生じた場合の方法論についても知識拡充していく必要があるといえるでしょう。

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