【減少しない賃貸退去時のトラブル】確実に理解したい、原状回復の定義

賃貸管理業務をされている方にとって、退去時における原状回復を巡ってのトラブルはさして珍しいものではないでしょう。

賃借人は1円でも多く敷金が戻って欲しい、もちろん、敷金を超える原状回復費用など払いたくはありません。

私たち不動産業者からすれば、乱雑に使用された形跡があり、明らかに善管注意義務違反である損傷について回復義務を履行しなければ、賃貸オーナーに顔向けができません。

従前法においては原状回復義務などの定義が曖昧であり、一部の不心得業者などが何でもかんでも賃借人負担としていたことから、トラブルが絶えることがありませんでした。

そのような事態を重く見た政府は「民法の一部を改正する法律」を2017年5月に成立し、令和2年4月1日から施行しました。

この改正により、それまで曖昧であった部分も明確に定義づけされました。

具体的な改正ポイントは以下のようなものです。

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この改正によりトラブルの減少が期待されていましたが、実際にはそうでもないようです。

実際に独立行政法人_国民生活センターで集計している「敷金返還トラブル」の相談件数推移をみても、年間12,000件前後と、改正前と変わらない高い水準で推移しています。

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筆者は不動産コンサル業として、不動産業者側(賃貸オーナー含む)と賃借人の両方から相談を受けることがありますが、処理のために実働してみると、法律の定義が理解されていないことがトラブルの原因であることが大半です。

インターネットが普及する以前は、不心得の不動産業者が知識格差を利用して、敷金を返金しないですむように賃貸オーナーと共謀し、経年変化と賃借人の善管注意義務違反を混同して原状回復を請求することが多く、それによるトラブルが主流でした。

民法改正以降、不動産業者側においては理解不足、賃借人側は根拠のないネット情報を妄信していることによるトラブルへと変貌しているようです。

筆者がコンサル案件として受任し、実際のトラブル解決に乗り出して、法律の定義に基づき「これは経年変化、これは……残念ながら過失損耗ですね」と、双方立ち合いのもとで仕分けしてあげると、大半のトラブルは収まります。

一般の方は、ネットの書き込みなどがその知識の根底にありますから、情報ソースによっては勘違いをしている場合も多いのですが、それは致し方がないといえるでしょう。

大切なのは、私たち不動産業者が改正法で定められた定義を正確に理解して、退去時の立会いにおいて明確に根拠を提示して納得を求めることではないでしょうか?

トラブル処理に割く時間は、はっきりと言って無駄でしかありません。

言うまでもなく利益を生み出す業務でないからです。

今回の記事では改正法の理解を深めて戴くことを目的として、とくに裁判件数の多い「原状回復」に焦点をあて解説します。

原状回復の定義を正確に理解する

改正法による原状回復の定義は、以下のようなものです。

「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」

単純に言い換えれば、

① 賃借人の通常使用により生ずる損耗
② 上記以外の損耗

これだけです。

「通常使用による損耗」は具体例をあげると下記のようなものがあり、これらは賃貸人の負担です。

●日光によるもの(畳日焼け・フローリングの変退色・壁紙の日焼けや劣化)
●家具配置による床のへこみや痕跡
●テレビや冷蔵庫等、家電設置による背面クロスの電気焼け
●下地ボードに影響を及ぼさない程度の画鋲などの跡
●設置機器の機械寿命を原因とする不具合や故障
●建物の構造的な欠陥であると予測されるもの(クロスのカビ・雨漏り跡やシミ・よじれ)

上記以外、つまり賃借人の「故意・過失・善管注意義務違」には以下のようなものがあげられます。

●引っ越し・家電搬入時などの損傷
●結露の放置が原因と特定されるカビやシミ
●飲食物などをこぼしたことによるシミ
●タバコによる焼け焦げや穴、壁紙の変色や匂い
●下地に影響を与えるほどの壁穴
●手入れを怠ったことによる浴室やトイレのカビや水垢
●鍵の紛失、もしくは使用方法の問題により発生した破損による交換
●逸脱した使用方法による設備機器の故障

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改正点については、法務省が下記URLで分かりやすい資料を提供してくれています。

必要に応じて印刷し、参考とするほか、退去前の賃借人に予め渡すなどすれば、誤った認識がされないように予防線を張ることもできるでしょう。

https://www.moj.go.jp/content/001289628.pdf

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減少しないトラブルの相談事例、具体的には?

冒頭で独立行政法人_国民生活センターへの、原状回復トラブル相談は減少していないと記載しましたが、具体的に下記のような相談事例を確認できます。

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上記は実際に国民生活センターに寄せられた相談の一例ですが、皆さんはこの相談を明確に仕分けできるでしょうか?

もっとも事例紹介だけでは具体的な情報に欠けていますので、筆者も仕分けするのは困難ですが、あくまでも表面情報だけを頼りに仕分けしたとすれば以下のようになります。

【光回線工事原状回復相談】

賃借人の申し出どおり、管理会社等の了解を得た書面が存在し、かつ原状回復は不要であるという文言が記載されているのであれば支払い義務はありません。

書面が存在せず、双方の記憶が曖昧である場合には第三者の裁定を検討する必要があります。

【高額ハウスクリーニング費用請求相談】

金額が記載されていないので判断に困りますが、社会通念上における一般的な美装工事費用を逸脱している請求であれば、明確に善管注意義務違反による汚損箇所であり、かつ社会通念上妥当な金額以上は支払う必要がありません(賃貸借契約書の約款に退去時の美装工事が明記され、かつ賃借人がその説明を受けて承諾しており、金額が妥当である場合には支払い義務があると解されます)

【管理会社の現状確認書紛失による支払い請求相談】

賃借人が現状確認書を保持していてなければおかしいような気もしますが、双方所持していないという前提では、賃貸借契約開始時の状態を賃貸人・賃借人のどちらも証明することができません。

この場合、現状確認書を紛失した管理会社の「責」は重いと判断され、「故意・過失・善管注意義務違」を明確に証明することができない限り、退去時の状態は通常損耗の範囲内であると解され、原状回復費用の請求はできません。

【ふすまの張替費用相談】

詳細な状態が記載されていないので判断に困りますが、ふすま紙が日焼けで変色している程度なら通常損耗であり賃借人に負担義務はないと判断されます。穴が開いているなどの損傷がない限り、請求はできません。

【クロス張替相談】

5年間の賃貸借期間であるから、当然に変退色は生じていると考えられます。

ですから日焼けなどによる変退色は、当然に自然損耗とされ請求できません。

喫煙などによる汚損は対象となりますが、賃貸借期間を勘案すれば、それらも軽減しなければならない可能性も考慮する必要があります。

さて、皆さんはどのように仕分けられたでしょうか?

このように実例として挙げられているQ&Aなどの相談ケースを、回答を見ずに仕分けすることにより、実務トレーニングをおこなうことができますので、知識を拡充する意味からもお勧めです。

裁判ではこんなところが争われている

前項のような、仕分け作業に関しての知識を身に付けるには裁判の判例動向に目を通すことも大切です。

ご存じのように、一般的な賃貸借物件における原状回復に関するトラブルが裁判で争われる場合には、その大半が金額140万円以下であることから、裁判所法第33条により管轄は簡易裁判所において少額訴訟として争われます。

原状回復における敷金返還請求にかんしての判例に目を通すと、争点は以下に集約されます。

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たとえば下記2件の裁判判例では、善管注意義務違反によるカビの発生や、タバコによる汚損も賃貸借期間が長期に及ぶ場合には斟酌され、賃借人の原状回復負担を否定しています。

「10年近く賃借していたことを考慮すると、時間の経過にともなって生じた自然の損耗といえる」(東京簡易裁判所判決)「18年以上賃借していた物件で、内装 の修理・交換が一度も行おこなわれておらず、この間に発生したカビは手入れに問題があったとしても経過年数を考慮して原状回復費はない」(川口簡易裁判所判決)

この判例により、たとえ善管注意義務違反による汚損であっても、経年変化による残存価値を考慮して負担割合を判断しなければ、裁判になった場合には敗訴する可能性が示唆されています。

また、賃貸借契約の約款に特約を記載してあるから安心という訳でもありません。

賃貸借契約における特約条項は、消費者契約法第9条(消費者が支払う損害賠償額を予定する条項等の無効)及び同10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)を裁判所が厳格化している判例が増加しており、例えば「退去時にはクロス交換を賃借人の負担でおこなうものとする」とい特約条項を設けても、社会通念上当然に発生する義務とは趣を異にする義務の負担と解され、裁判において特約を無効とされる可能性が高いと判断できます。

最近の裁判では、この消費者契約法第9条及び同10条の特約に関しての争いが増加しています。

判決では「賃貸借契約の際に、趣旨の説明が明確になされ、賃借人が承諾していなければ義務を負わない」との判断が大半となっていることに注意が必要です。

また善管注意義務違反について、不動産業者の考え方として賃借人負担であるとされる、クロスや水回り設備の「結露」を原因とした汚損についても、裁判所の判断は異なります。

「結露は建物の構造上により、発生の基本条件が与えられるものであるから、特別の事情が存在しない限り、その汚損を賃借人の責に帰することはできない」

とされている判例が主流であり、結露を放置していたことが汚損の根本原因であると立証できない場合には、トラブル(裁判)となった場合に、賃借人負担であるとする根拠を否定される可能性が高いことには注意が必要です。

まとめ

今回の記事では、改正後も減少しない原状回復のトラブルについて解説しました。

具体的な法律の改正ポイントや国民生活センターに寄せられている相談ケースのほか、判例まで紹介しましたが、これらのトラブルは契約時の説明を充分におこない、また賃借人の理解の程度も確認し、明け渡し時の負担按分も改正民法のガイドラインに基づき適切に処理していれば起こりえないものです。

もちろん賃借人の思い込みによりトラブルに発展する可能性は否定できませんが、私たち不動産業者が改正民法を正しく理解して、明確な根拠を提示して説明責任を果たし、退去時の状態を自然損耗とそれ以外に正しく仕分けすれば納得が得られることでしょう。

トラブルが減少しない一番の原因は、私たち不動産業者が正しく理解できていないことが最大の原因かも知れません。

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