国交省への登録事業者850社による社会実験を経て、令和3年4月1日よりIT重説が全面解禁され2か月が経過しました。
現在までのところ、IT重説(非対面取引)による大きなトラブルは耳にしません。
これは積極的にIT重説を行っている会社がまだ少数派であること、また解禁から2か月ではトラブルに関してのデータ集積が充分ではないことから、一見すると問題がないように見られているだけかも知れません。
今後、IT重説を採用する会社が増加することにより、非対面取引によるトラブルが増加する懸念があります。
ですがIT重説は、中小の不動産業者にとって大きなビジネスチャンスをもたらしてくれます。
売主や買主が遠隔地の場合、従来であれば出張して当該地に赴き対面取引をする必要があるため相応に経費と労力が必要とされ、少人数の会社では経営効率の観点から介入が躊躇されました。
現在では不動産に関する基本的な調査もネットでそのほとんどが行えます。
つまり遠隔地不動産の取り扱いが、アイディア次第で容易に取り扱いできるようになり、少人数の不動産業者でも飛躍的に機動力が上がり人海戦術で対応してくる大手業者と渡り合えることができるようになるということです。
いかに早くIT重説を取り入れ、独自の手法を構築していくかが今後の業績に影響を与えると言っても過言ではないでしょう。
現在までのところ登録業者として経験を積み重ねてきた大手や、ZoomなどWeb会議サービスツールを日常的に使いこなしている先進的な業者は、率先して非対面取引を採用し業務を効率化しています。
ところが食わず嫌いもあるのでしょうか?
各種システム理解も含めて億劫がり、対面取引にこだわっている業者が数多く見受けられます。
もちろん対面取引が悪いわけではありません。
ですが三密回避や不要不急の外出抑制の観点により、契約当事者からIT重説を希望された場合には対応しなければなりません。
「当社はIT重説に対応しておりません」などと言えないでしょう。
そこで、不慣れな同業者が私のところへ「取引にあたってIT重説を希望されたのだが、いったいどうやれば良いのか教えて欲しい」などと問い合わせをしてくることになります。
今回の記事では、これからIT重説を採用しようと考えている方に向け基本から解説します。
IT重説に必要な物品等
まず基本的なところではありますが、IT重説には最低限の環境が必要になります。
1.インターネット環境
まず安定したネット環境が必要です。
IT重説は長時間に及ぶ可能性が高いことから、通信データ量も相応になります。
安定した通信状態を維持するためにもWi-Fi環境は必須と考えた方がよいでしょう。
個人の不動産業者から、「事務所にWi-Fi環境がないので大型施設などフリーWi-Fiスポットでおこなってはまずいだろうか?」との相談を受けたことがありますが、個人情報保護やセキュリティの観点からもやめておくべきです。
2.パソコン・テレビ・タブレットなど
のちほど詳しくご説明しますが、契約当事者の本人確認書類などを提示してもらい内容を読み取る必要があります。
モニターを通じて提供画像を正確に読み取れる程度の大きさは必要です。
IT重説は必要に応じて画面共有し画像を提示しながら説明すると、契約当事者の理解がスムーズになります。
ですからサブモニターを接続して一方でデータを開いておき、必要に応じ画面を共有すれば作業が容易になります。
またウエブカメラ・マイク・スピーカーなどが非搭載の機器を利用する場合には、予め周辺機器を購入して準備しておく必要があります。
IT重説の取り決め事項4つの条件
前項で解説しましたが、まず通信インフラを整備し画像と音声が当事者間で問題なく共有できることが前提です。
映像が視認できない場合、または音声が聞き取れない状況が生じた場合は直ちに説明を中断し、当該状況が解消された後に説明を再開することが厳格に求められています。
また、重要事項説明書などの原本が郵送などにより当事者に到達していることも条件です。
説明を開始する前には宅地建物取引士証を画面上で視認できたことを確認するなど、図に記載されている4つの条件を満たしている必要があります。
初めてIT重説をしようとしている同業者から、「書類をPDFにしてメール送付し、それを説明に使用するのは駄目なのか?」と質問を受けたことがありますが、それは認められていません。
ただし、あらかじめ契約当事者の要望事項などの文言を確認してもらう意味でデータを送付するのは問題ありません。
これは、あくまで事前確認のためだからです。
契約当事者に原本が到達してからIT重説を実施する期間の目安ですが、到達確認後、1週間以内が目安とされています。
スムーズにおこなうために創意工夫が必要
非対面取引であることから、書類に誤字・脱字があったことに説明の途中で気付いても、即座に訂正することができません。
原本を送付する前に記載漏れや誤字・脱字がないかの確認を、充分におこなう必要があります。
また記載内容が曲解されないよう、PDFなどのデータなどによりチエックポイントをマーカーで色替えするなど加工したうえで、コメントつきのメールをあらかじめ送付しておけば説明時間を短縮できます。
このようなIT重説をスムーズにする創意工夫の大切さを、国交省はIT重説マニュアルの中で強調しています。
ただし創意工夫は推奨されていますが、具体的な手法についての説明に乏しく今後の課題とされています。
IT重説による不要なトラブルを回避するためには、先ほどご紹介したように事前に情報を開示しておくなど、経験則を積み重ねながら変化対応していく必要があるでしょう。
当事者のIT環境の確認も大切
IT環境については説明するこちら側だけ完全であればよい、というわけではありません。
契約当事者の環境が不完全な場合には、インターネット接続が不安定な状態となり画像が停止する、または画像がダウンするなど説明の中断が予測されます。
そのため契約当事者のIT環境の確認が、下記の図のとおりマニュアルで義務付けされています。
契約当事者の確認からはじめる
説明にあたる前に宅地建物取引士証をカメラに提示して、相手方に名前を読み上げてもらうことからIT重説を開始しますが、併せて契約当事者が本人であることを確認するために、運転免許証など写真付き証明を画面にかざしてもらう必要があります。
具体的な本人確認資料としては運転免許証のほかにもマイナンバーカードやパスポート、社員証など顔写真付きの身分証明が考えられますが、それらを所持していない場合には健康保険証と印鑑登録カードなど、本人以外が所有していないと推測される公的証明2通の確認を推奨します。
これはIT重説が今後も継続して発展してゆくための課題ですが、取引内容や方法によっては内見も含め、契約から決済まで全てが非対面でおこなわれる可能性もあるからです。
その場合に懸念されるのが、いわゆる反社確認についてです。
指定暴力団など反社会的勢力が事務所利用を目的として、非対面取引の盲点をつき利用しようとするケースが想定されます。
万が一の場合には約款にある暴排条項を適用して取引を解除することはできますが、それは余計な仕事にすぎません。
契約解除に必要な手間と労力を考えれば、事前に防止することが重要です。
事前にプライバシーポリシーの同意が不可欠
前項で解説したように、契約当事者の本人確認を厳格におこなうことが大切です。
そのためには個人情報の取り扱いに関して、契約当事者から自社のプライバシーポリシーについての同意を得ておく必要があります。
個人情報保護法では顧客情報を収集する立場にある私たち不動産業者にたいし、プライバシーポリシーの作成・公表が義務付けされています。
ところが同業者に中には「プライバシーポリシー……あったっけ?」と、いう方もおられます。
一応、説明しておきますがプライバシーポリシーはたんなる個人情報保護方針ですから難しく考える必要はありません。
もし自社のプライバシーポリシーが無い場合には、下記内容を参考に作成しておきます。
株式会社○○は、個人情報保護の重要性に鑑み、個人情報保護に関する法令及び関係規範を遵守し、以下のように個人情報保護に努めます。
1.当社は業務を遂行するにおいて、個人情報を適法かつ公正な手段によって取得し、個人情報の保護に努めます。
2.当社は取得した個人情報について、適切な安全管理措置を講ずることにより、個人情報の漏えい、紛失、毀損及び個人情報への不正アクセス等を防止することに努めます。
3.当社は法令に定める場合など正当な理由のあるときを除き、本人の同意を得ることなく、第三者に提供することはいたしません。ただし、当社が他の機関と協力・提携関係のもとで事業を実施する場合、その他必要な場合においては当該機関に個人情報を開示提供することがあります。その場合においても、当社は、当該機関または事業委託先に対し、必要かつ適切な安全管理措置を求めます。
4.個人情報保護への取り組みに関して、当社においては継続的に見直し・改善・向上に努めます。
上記の内容を具備していれば、最低限ですが個人情報保護法で求める条件はクリアしています。
末尾に署名と押印の欄を追記して原本送付のときに同封し、署名した書類をIT重説開始前に画面にかざしてもらえば同意を得たとの要件を満たすことができます。
録画・録音対応は必須か?……今後、想定される問題点
IT重説で、録画・録音は義務とされていません。
ですが非対面取引の場合には、おもわぬトラブルがおこる可能性は否定できません。
これについてIT重説実施マニュアルの中でも録画・録音対応を推奨しています。
録音・録画データは、個人情報保護の観点からも取り扱いに慎重な配慮が必要とされますが、紛争解決の際には証拠にもなりますので、契約当事者の了解を得たうえで実施するのがよいでしょう。
まとめ
記事の中でも一部ふれましたがIT重説の解禁により、査定依頼の受諾や、内見から重説まで全てを非対面でおこなうことも可能になりました。
私のように独立して不動産エージェントを行っている人間は労働時間帯に制限もありませんので、契約当事者が変則勤務の場合で深夜にしか時間がとれないような場合でも、深夜0時からIT重説を開始することで速やかに対応ができることになりました。
また時差のある海外居住者などの取引にも柔軟に対応できます。
冒頭で記載したように発想や考え方次第でビジネスチャンスは広がり、柔軟に働ける環境が整いつつあります。
いち早くシステムに習熟し経験を積み重ねることが、新しい不動産営業スタイルを構築することになり、今後の業績アップへ期待がもてるようになるでしょう。