【事故物件】入居者死亡による家賃損失は、保証人にどこまで請求できるか?

事故物件のガイドラインについては、その判断基準や調査方法、告知内容まで含めて記事を掲載しています。

このガイドラインにより、私たち不動産業者は売主や貸主にたいして「告知を正確におこなわなければ民事上の責任を問われる可能性がある」として、注意喚起を促し正確に物件状況報告書等を記載してもらい説明をすれば、調査義務は適正におこなわれているとの判断基準が示されました。

また売買・賃貸によらず「自然死や日常生活において当然に予想される不慮の事故」についての「死」は告知が不要とされたほか、それ以外の関しても賃貸住宅においては、3年経過後を目安として告知が不要とされるなど、事案発生からの経過期間についても、あるていどの判断基準が示されました。

これらのことから、私たち不動産業者にたいする調査の責任範囲が明確になり、事故物件が取り扱いやすくなったといえます。

反面として告知義務者、つまり賃貸住宅における貸主や、売買における売主の責任は重くなったような印象が持たれています。

もっとも人の「死」に関しての告知は、賃貸借や購入に関しての意思決定に影響を与える重要な要素ですから、正しく告知することは当然です。

コロナ禍以降の経済不況による解雇や雇止めにより、貧困や所得格差の増加が問題視されていますが、それ以外にもテレワークの増加など労働環境の変化により発症した「鬱」などにより、自殺者が増加傾向にあると指摘されています。

気の毒な状況でありますが、賃貸マンションやアパートの貸主からすれば、入居者が室内で自殺することにより、原状回復費用や特殊清掃の費用が発生し、新たな入居者を募集するにも家賃を下げなければならず、しかも入居者が確実に入る保証もありません。

状況により家賃収入が得られず、収支計画が影響を受けることになります。

アパートやマンションを丸ごと1棟所有している場合には、複数所有の一つと割り切り、減額分を全体収益でカバーするといった考えも持てますが、サラリーマン大家など、投資用として購入した分譲マンションが1室のみなどの場合、このような事態が発生すれば収支計画は破城します。

実際にネットニュースなどでは「投資用に購入したタワーマンションで入居者が自殺してジリ貧に」などの記事を見かけることもあり、信憑性が定かではありませんが、そのような例が増加傾向にあると指摘する専門家もいるほどです。

このような場合、経済的損失を連帯保証人に請求して補填したいと考えますが、裁判による判断基準はどのようになっているのでしょうか?

今回は入居者が自殺など告知義務対象の事案となった場合において、連帯保証人にたいする原状回復請求や損害賠償、また家賃減額等による遺失利益の請求がどの程度認められたかについて、裁判の判例をもとに検証し解説します。

判例からみる請求条件

ここでは具体的な裁判の事例と判決の要旨について解説します。

その前に基本として、損害賠償請求における被告は保証人だけであると考えがちですが、当該賃借人の相続人にたいしても損害賠償が請求されているケースが散見されます。

また借上社宅など、法人契約により賃貸借契約を締結している場合には、入居者(社員等)は転借人となりますが、転借人が自殺した場合には法人を被告とする損害賠償請求が提訴されています。

このことから損害賠償等の請求対象者は、連帯保証人・法定相続人・法人となると考えられます。

賃借人等の自殺や他殺であっても、原状回復費用の請求だけを認め、賃料減額による遺失利益請求を棄却した判例があるなど、善管注意義務に該当するかどうかをポイントとして判決が分かれています。

たとえば善管注意義務が否定されたケースとして、殺人事件があります。

賃借人が殺害され室内に血が飛び散った状態の賃貸マンションにおける判例

賃貸人が原状回復費用と家賃減額による遺失利益を請求しましたが、裁判所は「殺人による被害者に善管注意義務の違反は認められない」として、室内の汚損も故意・過失がないと判決しました。

この判決により特殊清掃費用や原状回復費用のほか、遺失利益も認められず、それらの実質的な負担はすべて賃貸人とされました。

確かに殺人事件の被害者に故意・過失が存在しないことは理解できますし、事件の背景には様々な原因が存在しており被害者の方は気の毒ですが、とはいえ賃貸人は第三者でありながら実質的な被害を負担する訳ですから、賃貸人もやるせないでしょう。

賃貸マンションの室内で賃借人が知人を刺殺、その後、自らが飛び降り自殺した判例

前項と同じく殺人に関しての裁判ですが、今回は被害者ではなく加害者のケースです。

この場合は賃借人に善管注意義務違反があるとされ、遺失利益を賃料減額分約179万円と算定して、連帯保証人にたいし損害賠償の支払いを命じています。
この二つの判例から、自然死や自殺・他殺などの死亡要因によらず、賃借人の故意もしくは過失等による善管注意義務違反の有無が、逸失賃料(利益)や原状回復請求の判断基準にされると考えられます。

ですから自然死の発見が遅れて腐乱状態となった場合などでは、故意・過失が存在する余地が低いことから、原状回復費用や逸失賃料(利益)は賃貸人の負担とされる可能性が高いことが伺えます。

善管注意義務の分かれ目はどこか?

選択,矢印

前項で善管注意義務違反が裁判により認められることが、連帯保証人等にたいする原状回復費用や逸失賃料(利益)を請求できる判断基準であると解説しました。

ここで、あらためて善管注意義務のおさらいしてみましょう。

善管注意義務は、正式には「善良なる管理者の注意義務」であることはご存じかと思います。

賃貸借契約においては「賃貸目的物の引き渡しから返還までのあいだにおいて、善良なる管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務(民法400条)」とされています。

賃借人は、自己のものと同様の注意をもって物件に物理的損傷を与えないようにすることが求められます。

判例を別とすれば、事故物件ガイドラインで告知不要とされている自然死であっても、賃借人によっては「嫌だ」と思う場合もあるでしょうし、ましてや耳目周知の程度によらず、殺人事件の発生現場であれば、心理的な嫌悪感が優先するでしょう。

当然として「住みたくない」であり、人により「よほど家賃が安いのであれば検討する」といった感じでしょうか?

事故物件のガイドラインでは告知期間の目安を3年間としていますが、事件の内容によってはそれ以降も近隣住民の記憶に残り、入居者がつかないなど逸失状態が長期的に渡り継続する可能性もあります。

賃貸借における事故物件の相談業務などにおいては、この善管注意義務についての見解は正しく理解しておく必要があると言えるでしょう。

一部では賃貸借契約書の約款に、「目的物件内での自殺をおこなわない」とする趣旨を記載し、事案が発生した場合に善管注意義務違反を適用できるようするといった動きもあるようですが、多くは衝動的に発生する自殺行為にたいしてまで、予め加重な負担を求める約款が適切かどうかについて有識者の間でも意見が分かれているようです。

判例から見る損害賠償額の目安は?

●東京地判平成13年11月29日の判決では、借り上げ社宅であった賃貸用アパートにおける社員の自殺により、事案発生後10年程度は賃料の減額を実施しなければならないと賃貸人が主張し、その計算に基づく損害賠償を請求しましたが、裁判所は事案経過後2年程度で心理的瑕疵は希釈するとして、2年間分の賃料差額(約44万円)の支払いのみを認めています。

●東京地裁の平成19年8月10日では、単身ワンルーム物件内における自殺は、世間の耳目をあつめる特段の事由もなく、またワンルームマンションという居住形態は相隣関係も相当程度に希薄であるとして事案発生から1年間は賃料全額、及び以降2年分については賃料の半額が相当であるとして計約132万円を、自殺した者の相続人及び連帯保証人にたいして支払いを命じています。

この判例は、どちらもガイドライン制定前の判例ですが、両方とも事案発生後の3年間を心理的瑕疵による賃料減額における相当の期間としています。

●平成22年12月6日の東京地裁判例では、賃貸住宅におけるユニットバス内においてのリストカットによる自殺において、ユニットバス交換及びエアコン等の交換の他、賃料減額にたいする逸失利益を求めたのに対し、裁判所はユニットバス交換(約58万円)についてのみ認め、それ以外の原状回復請求を否決しました。

また賃料の減額の相当期間は事案発生から2年間を1/2、それ以降の2年間1/4が相当であると判決しており、4年間の逸失利益を認めたのは、同様の判例の中でもっとも長い期間に該当します。

この裁判では先ほどのユニットバス交換費用と、4年間の遺失利益相当分として合計約142万円を、損害賠償額として相続人に支払いを命じています。

上記の判例では、原状回復義務を事案発生の場所に限定している点で参考になります。

●東京地裁で平成23年1月27日に判決された単身用、とくに学生をメインの入居者としている賃貸マンションの自殺事案では、賃料減少額の計算をおこなうにあたって入居期間の目安である2年間を一区切りとして算出し、さらに学生が部屋を探すピークが3月であるとして5か月間を足した2年9カ月を減額賃料計算の根拠としました。

また共有部分における事案発生が、賃貸マンション全体に影響を及ぼすかの判例については事例が少なく、見解が難しいところです。

ガイドラインでは通常使用されない共有部分における事案発生は告知不要、それ以外、たとえばマンション屋上からの飛び降り自殺などは告知義務があるとしています。

この場合の告知義務は賃貸・売買共通で3年を目安とされていますが、自殺などの発生が居室なく共用部であったとしても、耳目に周知されているケースでは入居者が減少する可能性を否定できません。

このような場合に自殺者の保証人にたいして損害賠償の請求ができるでしょうか?

東京地裁で平成18年4月7日に判決された事例があり、この裁判では「建物の屋上から道路上へ飛びおりた自殺は、建物部分で発生したものではないから、賃貸物件にまつわる嫌悪すべき歴史的背景とまではいえない」として、保証人への損害賠償請求等を否定しています。

損害賠償等を請求できる判断基準の目安は?

コイン,虫眼鏡

裁判の判例はこれ以外にも多数、存在しますが以下のような類似性が見受けられます。

あくまでも目安ではありますが、下記の類似性を理解しておくことにより事故物件にたいする原状回復や損害賠償請求の根拠のほか、遺失利益計算の参考にできるでしょう。

●死因が自然死である場合、家賃減額等の遺失利益や原状回復費用の支払いが認められる可能性は著しく低い(ただし、遺体の状況等により原状回復費用の一部が認められる可能性はある)

●自殺や他殺における原状回復費用において、容認されるのは事案発生により損傷などの影響を受けた特定の場所に限定される可能性が高い。

お祓いや供養の費用は請求として認められる可能性が高い。

●自殺や他殺を原因とする事案発生後からの家賃減額請求において、遺失利益として3年間が妥当である(確認できた判例での最長期間でも4年間)

またその3年の期間内においても建物形態や主とされる入居者属性により、減額率は考慮される可能性が高い。

請求できる遺失利益は、事案発生後から1~2年にたいしては従前家賃の1/2が目安となり、それ以降は1/4程度とされる可能性が高い。

●嫌悪感の度合いとして判例では「通常人の」もしくは「社会通念上」との文言が散見されることから、世間の耳目を集めたかどうか、つまり大々的にニュースで報道されたかどうかにより家賃減額の判断基準が分かれると推定される。

●原状回復費用については当該行為後の室内状況と死因の因果関係が認められるかにより判断が分かれる。

つまり首つり・リストカット・睡眠薬の服用などの自殺方法と室内状況が個別に判断され、社会通念上、著しい損傷等がないかぎり否決される可能性が高い。

●自然死や自殺などの死亡原因によらず、室内にのこる「異臭」については認められる可能性が高い。

ただし、原因の除去に関してはクロス交換やカーペット交換・特殊清掃費用などに留まり、従前居住者の生活感を消すためが理由であるクロス交換等の費用が認められる可能性は著しく低い。

まとめ

所有する賃貸物件が告知義務対象、つまり事故物件となれば、その損害を連帯保証人等に請求したくなるのは人情でしょう。

人の死に関するガイドラインが制定されたとはいえ、告知義務の範囲が明示されたに留まり、数量化できない社会的な耳目や、当然として予想される心理的瑕疵を払拭するための家賃減額など、経済的にも精神的にも賃貸人への影響は大きいといえます。

ただし、判例では賃貸人による請求が過大であると判断されるケースが多く、実際に被る影響から勘案すれば、損害額にたいして得られる金銭は低い傾向が見て取れます。

もっとも連帯保証人などは、近親者の死亡により少なからずショックを受けているのですから、追い打ちをかけるように多額の損害賠償請求を容認することは、裁判所としてもできない部分があるのではないかと思います。

私たち不動産業者は賃貸人もしくは賃借人(あるいは双方)の相談に応じることが業務ですから、不動産のプロとして、今回解説した損害賠償や減額家賃の妥当性についての判例や目安についての知識を備えておく必要があります。

多額の損害賠償が認められるケースはないと理解して、裁判による解決ではなく、双方納得した形で合意できるよう助言することが、私たちの責務ではないでしょうか?

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