不動産トラブル_ADR(裁判外紛解決)利用のススメ

油断すればすぐに大きなトラブルへと発展するのが不動産取引の特徴です。

そのような場合、話し合いが不調に終わればすぐに「訴えてやる」となります。

筆者は不動産コンサルを主業としていることから様々な相談に応じていますが、最初から「こんなことがあったので訴えてやろうと思うのですが、どう思いますか?」と、訴訟ありきで相談を受けることが多くなりました。

筆者は弁護士ではありませんから「訴えたければお好きにすれば」というのが本心ですが、内容を聞いても訴訟するほどの話ではなく、時間や経費倒れになる可能性も高いことがほとんどです。

30年以上も不動産業に従事していれば証人・被告・原告など様々な立場で民事訴訟に立ち会っていますが、裁判により納得のいく判決が得られることなどほとんどないというのが個人的な感想です。

裁判によってしか解決する手段が存在しないなどの特殊な状況を除き、時間や手間、経費の浪費などを勘案すれば勝訴しても釈然としないのが実際の裁判です。

ですからそれを一番に理解している優秀な弁護士は、簡単に訴訟を提案してきません。

複数の弁護士が参加して面白おかしく進行する法律関連のテレビ番組や、司法改革により一気に増加したといわれる「即独(ソク独_下済みとして弁護士事務所に入所せず、司法研修が終了して弁護士登録が終わると、すぐに独立する弁護士のこと)」が初回相談を無料として間口を広げ、すぐに訴訟を提案する(勝算を度外視して、着手料欲しさに)影響が、安易に訴訟をするといった風潮を後押ししているのかも知れません。

もちろん、すべての即独弁護士がそうではないかも知れません。

ただ不動産業界に置き換えれば、未経験であるのに宅地建物取引士を取得して即開業すれば、事務所を維持していくため数少ない依頼を、なりふり構わず仕事に繋げようとするでしょう。

そのような状態を想像するだけで腑に落ちるのではないでしょうか?

実際に訴訟を起こす気持などない、もしくは裁判によらずとも話し合いで解決できるのに提訴する行為をスラップ訴訟と呼びますが、これは「被告を恫喝することを目的とした訴訟」のことであり、社会的な規範に照らせば「反社会的」な行為であるとされています。

この用語は訴訟王国でもあるアメリカ発祥で、本国であるアメリカでは倫理的な意味も含めて研究が進んでいますが、日本も含めた他国での研究は進んでいません。

スラップはSLAPPと表記しますが、この概念を提唱したデンバー大学のジョージ・プリング教授とペネロペ・キャナン教授によれば、民事訴訟により金銭的・経済的・肉体的・精神的に負担を被告に与えようとする目的での提訴で、弁護士費用や時間の浪費なども含め、合理的な訴訟にならないような問題を提訴するといった特徴があるようです。

アメリカでは消費者団体や平和運動、反差別運動や反公害運動・環境運動の団体が、スラップ訴訟の標的にされているようです。

日本においても千葉県津田沼市のマンション開発業者が、マンション建設反対運動をおこなった住民にたいして損害賠償請求訴訟を起こした件が、理解を得るための話し合いの過程を省略して自己の利益のために訴訟をおこなったスラップ訴訟であると非難されています。

企業はクレームや訴訟に敏感であり、後ろめたいことがなければ法的処置も辞さぬと毅然と構えていなければならない事案においても、提訴されると風評被害を恐れ腰砕けになる傾向が見受けられます。

コールセンターなどにおける、いわゆるクレーム対応も個人に依存しているケースが多く、事前に法的な研修も満足に受けぬまま対応に追われ、心理的負担から「鬱」を発症するなど人的被害に至る場合もあります。

いずれにしても、訴訟に必然性がなければ可能な限り避けるべきでしょうし、判決で100%主張が認められることは少なく、弁護士費用や時間的なロスも勘案すれば可能な限り避けるべきです。

とはいえ話し合いだけでは決着がつかない場合には、第三者の介入により打開策が見いだされる可能性が高くなるのも事実です。

そこで今回は裁判ほどには時間もかからず費用も少ないADR(裁判外紛争解決)について、メリットや問題点も含め解説します。

そもそもADRとは?

ADRとは、先ほど解説したように裁判によらず司法関係者が話し合いに介入して問題を解決する手段であり、語源は「Alternative(代替的)」「Dispute(紛争)」「Resolution(解決)」の頭文字をとったものであり、代替的紛争解決手続もしくは裁判外紛争解決手続を指します。

紛争解決手段として「斡旋・調停・仲裁」があります。

●斡旋・調停
あくまでも当事者同士による解決を目的として、斡旋人は当事者の間に入り専門家として法的な助言や解決策の提案をおこないますが、最終的に同意するかどうかの判断は当事者にあります(仲裁提案にたいして、当事者は拒否権を持つ)

調停も斡旋と同様であり、言葉は違いますが内容は同じと理解しておけば良いでしょう。

●仲裁

事前に当事者同士が仲裁を受けることを合意(仲裁合意)したうえで、仲裁人により解決内容を判断する方法です。

この仲裁判断は、制度利用の前提として「合意」を必要としていることから、仲裁判断にたいして当事者の拒否権はありません。

このような背景から仲裁により定められた判断は、判決と同じ効力を持ちます。

ただし裁判による判決とことなる点として、仲裁判断にたいしては「上告・控訴・不服申し立て」することができず、また仲裁判断された事件については裁判を提訴することもできなくなります。

これらの内容については仲裁法(平成15年法律第百三十八号)により定められています。

また裁判とはことなる特徴としては以下のようなものがあります。

① 簡易な手続き。
手続き方法に厳格な定めがなく、臨機応変に対応できる。

② 解決までの時間が早い。
あくまで目安ですが、平均して3回程度の話し合い(約3か月)で解決に至っています。民事裁判はご存じのように三審制ですが、そのうち第一審の平均でも6カ月~2年程度は必要であるとされています。

③ 当事者による自律的解決であることから、得心できる。
原則は当事者による平和的な解決です。斡旋人は法的な妥当性を補完しながら、中立的な立場で介入するだけですから当事者同士が譲歩できるのであれば、平和的な解決が得られます。

④ 費用が安い。
事件の内容にもよりますが、裁判の証拠採用とは違い厳格な手順による鑑定も不要で、また必ずしも弁護士を介入させる必要性もありませんから、費用が安く済みます。

⑤ 非公開である。
ADRは原則非公開です。
刑事裁判のような傍聴人制度も存在せず、プライバシーが漏洩することもありません。

ADRはどの程度利用されている?

日本弁護士連合会によりまとめられた内容を見ると、2019年(令和元年)で1062件、前年度が1034件ですから微増となっています。

これは全国での件数ですから、ADRの利便性を勘案すれば、認知度も含め利用は多くないのが現状のようです。

全センター,申立件数

申し立てにたいして不受理は存在せず、100%受理されています。

申請が100%受理されているとはいっても、相手方が話し合いに応じる姿勢を持っているのが前提ですから、当事者の一方が不応諾の場合や、応諾前の取り下げが最大で46%あります。

全体として申請してから話し合いに至っているのは9~46%の範囲です。

進行中を除く解決率は16~46%とバラつきがありますが、平均すれば20%前後はADRにより解決しています。

5件に1件とされる和解率をどのようにとらえるのかは人それぞれかと思いますが、泥沼状態で膠着している場合など、時間を経ても決着するとは言えない紛争が第三者の介入により打開できる可能性があるなら、いきなりの裁判ではなく、ADRを経由してからでも遅くはないかと思います。

申立件数,内容

具体的な申請方法は?

ADRは裁判外の話し合いですから、各都道府県の弁護士会にある公益社団法人民間総合調整センターや独立行政法人国民生活センターが窓口です。

インターネットなどで「○○県ADR」と検索すれば、該当する弁護士会などが検索できます。

基本的に、都道府県の窓口の違いにより申し立て費用がことなることはありません。

ADRを利用する前には、事案がセンターの利用により解決できるかを判断するためとして、事前に弁護士に相談して紹介状を作成して貰う必要があります。

ただしセンターでも直接相談を受け付けています(要事前予約)ので、あくまでも原則論としてご理解ください。

申し立て費用は1件あたり¥11,000円(税込)です。

紛争がADRにより解決した場合には、原則として成立手数料が解決内容(額)に応じて必要です。

ADR,解決額
申請が受理されても相手側が話し合いに応じない場合もありますが、ADRには出頭要請などの拘束力がありませんから、その場合には事件終了となり支払い済みの申請手数料の半額(¥5,500円)が返金されます。

申立書の部数などは都道府県によりことなりますが、共通する書式には以下のようなものが必要です。

1. 申立書(2部~)
2. 弁護士作成の紹介状
3. 申立手数料(1件_11,000円)
4. 本人確認書類(個人の場合は免許証。法人の場合は資格証明書又は商業登記簿謄本)
5. 個人情報の利用の同意書式
6. 申立ての根拠となる資料(証拠書類など)があれば、その写し(2部~)
7. 代理人による申立ての場合は、委任状
8. 仲裁申立ての場合は、仲裁合意書

申立書などの書式は各都道府県の窓口となるセンターのホームページからダウンロードできます。

和解あっせん・仲裁申立書
記載は難しいものではありません。

注意事項としては2つあります。

一つ目は申し立ての趣旨、つまり相手方に求める結論(例えば、相手方に対し100万円の返還を求めるなど)を明確にすることです。
申立の趣旨
もう一つが申し立ての理由、つまりセンター利用により解決を望むのに至った経緯や概要です。

申立の理由
証拠書類などと整合性があるよう、日時、場所等は正確に事実に基づいて記載が必要です(例_令和〇年〇月〇日に、工事終了後30日以内に支払うという約束で契約金額100万円のリフォーム工事を実施し引き渡しを終えたが、明確な場所の指摘もないまま全体として工事内容に不満があると主張し、引渡しから3ヶ月経過した現在も支払いがされていない)

まとめ

相手方が話し合いに応じる意思を持っているという前提は必要ですが、ADRは、広く認知され活用されるべきだと筆者は考えています。

トラブルの発生無しが理想ではありますが、取り扱い案件が増加すれば比例するように発生するのがトラブルです。

紛争自体も問題ではありますが、そのような事件があると精神的にも実務的にも支障がでます。

筆者もよく聞くセリフですが「でるところにでてやる」といった言葉。

言葉の裏に「訴訟も辞さない」といった恫喝も含まれている訳ですが、経験上、相手方がそのような態度に出るのであれば「そうですね。でるところにでてきちんと話し合いをしましょう。つきましてはADRという制度があって……」と、あくまでも話し合いによる解決を望んではいるが、こちらも裁判も辞さずといった態度を明確にすれば「いや、そんなにムキにならなくても……」と、吐いた言葉を翻して解決に至るケースが多い物です。

大切なのは、自分がミスをした場合にはその非を認め相応の償いをする。

また過剰な要求に対しては断固として拒否し、かつ公序良俗に反しないよう誠実に対応することでしょう。

ある意味ではドライに、効率的に解決への糸口を探ることが大切であるといえるでしょう。

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