不動産業の皆さまが少なからず持っているだろう業務効率についての不満。
筆者が不動産業界に入った31年前と比較すれば格段に便利になっていますが、便利になってもそれ以上を求めるのは世の「常」です。
今では懐かしい話になりましたが、ある時期までレインズの売買物件登録なども専用のマークシート型式でした。
必要事項尾を塗りつぶし、協会指定のシステムへFAXで送ると方式でしたが機器の性能や通信状態の影響もあったのでしょうが、一苦労の作業でした。
送付が一回で受け付けられ登録完了することなど奇跡に近く、何度もエラーとなり、その都度、エラー箇所を訂正して送付する必要があり、マークシートへの記入時間まで含めれば登録完了まで最低でも1時間程度は必要でした。
今ならシステムにログインして必要項目を入力するだけですから10分もあれば完了します。
また当時は文字情報として毎朝流れてくるレインズ日報を同僚と奪い合い、目ぼしい物件があれば取り扱い業者に連絡してFAXで図面を送付して貰う必要もありましたから、とても非効率でした。
とはいえ、当時はみな同じ環境ですから当然のこととして時間を費やしていました。
ところが現在はどうでしょう。
レインズに販売資料が登録されていれば、扱い業者に連絡しなくても入手することができます。
また登記情報サービスにより、オフィスにいながら登記識別情報や地積測量図も取得できるようになりました。
従来であれば必ず法務局にいかなければ取得できず、都市部では法務局の駐車場絶対数も少ないことから、駐車場探しから悩む必要もあり、また遠隔地の登記簿取得などは移動時間も含めれば1日仕事でした。
比較が古すぎる感もありますがそのような時代からみれば、非常に効率化されたのは間違いありません。
ですがまだまだ改善が求められている点もあります。
縦割り行政の弊害ともいえますが、固定資産評価証明や道路幅員調査など管轄庁や行政庁によるデジタル・情報共有化の遅れが生じている部分です。
固定資産評価証明は管轄市役所に委任状を携えて赴かなければなりませんし、建築確認申請書や確認図面なども建築関連課へ行く必要があります。
また道路種別や幅員などについてもネットで調べきれないときは、道路台帳閲覧に道路管理課・認定課などに出向く必要があります。
ですが2025年までを目途に、新たに構築されるプラットフォームにより多様な不動産関連情報は一元管理され、急速に改善されるのではないかと予測されています。
国土交通省が躍起になって推し進めている不動産ID化による成果です。
今回は不動産ID化の進捗状況と行政情報の連携体制、そして私たちが率先して不動産DXを導入することにより官民の情報が良い意味で共有され、結果として業務効率の促進、ひいては自社の業績を安定させることに繋がるかについて解説します。
そもそも不動産ID化とは
不動産ID化とは、不動産のマイナンバーだと理解すれば良いでしょう。
つまるところ情報の一元管理です。
マイナンバー制についてはいまさら解説する必要もないでしょうが、年金・雇用保険・医療保険・福祉・税務・給与額などの他、義務化とされてはいませんが「マイナポータル」の任意登録者は経済対策給付金や児童手当・生活保護費などの申請・受け取りなども含め、政府が運営するオンラインサービスであるポータルサイトにアクセスすることによりおこなうことができます。
現在でも賛否両論ありますが、出生から死亡までおよそ個人に関する情報が一元管理される国民総背番号制です。
これらの関連法はデジタル監視六法であると揶揄されましたが、なし崩し的に進められ現在に至っています。
不動産に関しての情報を、登記情報・固定資産税・建築確認申請・リフォーム履歴なども含め一切合切、マイナンバーと同様に一元管理するのが不動産ID化です。
不動産関連でいえば空き家対策法案が可決され来年から施行されますが、所有者不明地や相続未登記の登記義務化により、所有者はいずれすべて炙り出され、固定資産税などの税務情報も含め紐づけられるでしょう。
筆者がコラムや講演会を通じて「所有者不明地の所有者に逃げ道はない」と警告しているのも、不動産ID化によりいずれ全ての情報が露見すると予測しているからです。
不動産ID化に向けての背景
国交省が推し進める不動産ID化ですが、背景に「デジタル社会実現に向けた重点計画」とデジタル庁設置が関わっています。
昨年(2021年)6月18日に閣議決定された「デジタル社会実現に向けた重点計画」は、高度情報通信ネッワーク社会基本法(IT基本法)の規定に基づき、2020年に閣議決定された世界最先端デジタル国家宣言と官民データ活用推進基本計画を全面改訂し策定されています。
その実現に向けての主体的な立場を、デジタル庁が担うとされています。
デジタル庁は設置が2021年9月とまだ新しいことから、名前を聞いたことはあっても具体的に何をしているのかわからないといった意見を耳にします。
デジタル庁HPでは政策・計画を「デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDXを大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを今後5年で一気呵成に作りあげることを目指します」としています。
実現できるかどうかは別としても、僅か5年で一気にIT化を推し進める計画で、ましてや不動産ID化もその計画に含まれています。
私たちも、出遅れる訳にはいきません。
計画の概要を知り、進捗状況に合わせて自社のDX化を推し進めていかなければ時代に取り残される危険性があるからです。
私の知る限りではありますが不動産ID化についての導入反対意見は聞こえてきません。
何よりも不動産業が不動産ID化についての認識が浅く、それをどのように活用して事業に生かしていくかという考えにまで至っていないことが理由ではないでしょう。
デジタル庁の組織と具体的なスケジュール
デジタル庁の組織は以下の図のとおりです。
デジタル庁がかかげる計画に基づき、国土交通省も不動産ID化とDXに向けての有識者会議をかなりの頻度で開催しており、筆者も一般視聴で何度か参加しています。
有識者会議では毎回のように現状におけるDX導入成功事例を織り交ぜ意見交換している訳ですが、それらの意見交換を聞いていると「逃げ隠れ出来ない不動産の見える化」を、不動産ID化で実現しようという意図を強く感じました。
「DX化により業務効率が飛躍的に上がるのだから、あなたたち不動産業界も四の五の言わず不動産ID化に向けて全面的に協力しなさい」という暗黙のプレッシャーです。
デジタル社会の実現に向け、まず地方行政の保有情報を共有する目的で地方公共団体の基幹業務等システム統一による標準化、ID・認証などがあげられています。
不動産インフラ分野において国土交通省は、国土に関するデータや経済活動、自然現象に関するデータを連携させ、各分野を跨いでデータの検索や取得を可能とすることが最優先であるとしています。
そのためのデータ連携基盤として「国土交通データプラットフォーム」を2022年中に構築するとしています。
このプラットフォームが実装されれば、国土交通省以外のデータとの連携拡大を図ることができるようになり関係府省庁や地方公共団体、民間企業が保有するデータとの連携が可能になります。
現在、国土交通省からプラットフォーム実装についての進捗状況についての情報が、積極的に公表されていないこともあり、2022年中に完了できるかどうかは微妙ですがそう大きくずれ込むことはないと予想されます。
このようなインフラデータをどのように活用し民間ビジネスに繋げていくかの検討が、先ほど解説した頻繁に行われている会議の主題ですが、それと同時に急務とされている個人認証や漏洩防止の処置、情報が悪用されない体制を構築するため内閣府科学技術・イノベーション推進事務局内にデータ連携検討会が設置され、インフラ間の連携や取り扱いルールなどについての検討が始められています。
新たな価値創出にはそのようなインフラデータと併せ、各個人が保有するパーソナルデータを含めての活用が必要であるとされていますが、そのような個人パーソナルデータの取得には本人同意や権利利益に配慮することが当然に求められることから、個人が自らの意思でデータ蓄積・管理・活用するためのプラットフォームが重点項目として優先されるべきだとされています。
地理的情報、人や企業などの活動主体についての基本的なデータは勿論ですが、様々な場面で活用される公共施設・制度・保有資格などのデータなどについて一義的に参照できるデータ基盤が整備されれば、ID等によりデータを紐づけることにより各データとの連携が可能になり、新たな価値が創出できるのです。
結局のところ、何が変わるの?
ここまで長々と解説を続けてきましたが、興味のない方からすれば「結局のところ、何が変わるの?」と思うでしょう。
行政の目指す情報一元化に向けての取り組みを理解するには、国がかかげるデジタル化に向けての方針や、デジタル庁設置の意図など基本的な部分の理解も必要だと思い解説しましたが、具体的な何が変わるのかだけ知りたい方はここから読めば充分です。
まず人・法人・土地・建物などを社会基本データとして「データレジストリ」としての整備することを目的とした「ベース・レジストリ・ロードマップ」が策定されるということです。
図を見れば一目瞭然化もしれませんが、個人・法人・土地・公共・法律などの情報が横並びして全て紐づけされます。
もちろん個人や法人に重要な影響を与える可能性の高い「センシティブ情報」については、当該者以外に行政が必要に応じて確認できる以外には公開はされません。
話を戻しますが、不動産ID化により想定されるメリットには以下の図のようなものがあります。
② 情報収集(調査等)の簡略化
③ 低未利用の不動産活用・所有者不明地の所有者探索
④ 不動産サイトとの連携により重複掲載防止・おとり広告排除・AI価格査定の精度向上
まずプラットフォームを経由して情報が連携されることにより、不動産調査で役所に出向く必要性が激減するでしょう。
そして低未利用の不動産情報、例えば相続後に何ら活用されず放置されている土地などの履歴情報を確認できるようになり、私たち不動産業者が労せずしてアプローチできる土壌が構築されます。
またその際に現在ではある種、職人芸でもある所有者不明地の探索が容易になります。
さらにレインズや民間の不動産サイトなどとの連携が強化されれば、あきらかに法令違反であるおとり広告は排除され、販売価格や契約額の情報が累積されることにより、AI価格査定の精度も向上します。
いかがですか?
不動産ID化により、これだけ劇的に変化する可能性があるのです。
不動産IDは、登記識別情報を思い浮かべれば良いでしょう。
登記識別情報はアラビア数字その他の符号の組み合わせによる12桁の符号ですが、不動産IDは一桁増え、13桁(区分所有建物は枝番が付与されることから18桁~20桁)になる予定です。
まとめ
現在、様々な会社から不動産DXの紹介メールや、セミナー案内が皆様のもとに届いているでしょう。
ご覧いただいている「不動産会社のミカタ」でも、不動産DX関連セミナーを実施しています。
実際に導入を検討している、もしくはすでに導入し活用している方も多くいるでしょう。
筆者も不動産DXについては早くから注目し、導入費用も含めメリット・デメリットについて検証を重ねてきました。
ご存じのように不動産業者の多くは社員数人の小規模体制ですから「いゃ~ウチにはDXなんて必要ないよ」と、最低限のシステム利用はしているけれども、それ以上の導入は見送っているのが現状です。
DXの導入を早くからおこなっているのは先見性のある小規模業者や資金力のある大手不動産会社が大半でしょう。
ですが、これから時代は変わります。
それもはるかな未来ではなく、これから数年で劇的に変わる可能性が高いのです。
5年以内に全ての計画が達成されるとまでは思いませんが、核となるプラットフォームはここ数年で実装されるでしょう。
民間として実装されたプラットフォームをいち早く利用することにより、業務効率を引き上げることができ、不動産業界における自社の優位性をさらに構築できるでしょう。
そのためにも不動産ID化の進捗状況については意識して情報を収集し、早い段階から不動産DXを導入して活用方法などにも慣れ親しんでおけば、来るべき時代に柔軟に対応できるのではないでしょうか?