先日のことですが、昨年に中古分譲マンションの購入を仲介させて戴いたお客様から「防火壁で目隠しされているだけのバルコニーで、隣家の住人が喫煙をして困っている。窓を開けていると煙が室内に侵入してくるし、自分はタバコを吸わないのに受動喫煙で健康被害に遭うのも嫌なので何とかならないか」との相談を受けました。
このような場合には差し障り無く迷惑をしているので控えてくれないかとお願いするのが良いのですが、隣近所にクレームをいうのも気が引けるらしくこのような相談(結局、自分の代わりに注意してもらえないかとの趣旨)はよくあります。
直接、言えなくても管理組合や管理会社、マンション理事長に相談して間接的に注意をしてもらうのも方法の一つですが、このような問題は分譲マンションに限らず、戸建てであっても隣接する住戸のバーベキューの煙や興に乗って騒ぐ「騒音」に関しての悩みなど、とかく相隣関係に関して「悩み」を持たれている方が多いものです。
とくにマンションのような集合住宅形式の場合、居住者が自由に出来るのは壁の中心から内側、つまり専有部分だけですからそれ以外のホールなどについては共有部分となります。
共有部の使用ついては、管理規約はもちろんのこと社会通念上必要とされる程度の配慮については義務であるとして遵守することはもちろんですが、近隣からの影響について集合住宅という特性からある程度「許容」することも日常生活を快適に暮らすためには必要でしょう。
ご存じかと思いますが各戸に設置されているバルコニー部分は、あくまでも「専用使用権」が認められているに過ぎず、その使用についても共有部と同様の配慮が求められます。
共有とはいえ専用使用権が認められているバルコニーですから、ある程度までなら個人的な価値観による使用は容認されますが、それも程度問題であり広々としたバルコニーであるからといってお酒を飲み「大騒ぎ」するなんて行為は慎まなければなりません。
これはマンションに限らず、一戸建ての庭においてバーベキューなどをするときにも、煙が隣近所にいかないようにするのはマナーであり、当然の配慮です。
相身互いの考え方は、法的に表現すれば「受忍」つまり「お互い様」という日本の良き慣習になりますが、それも程度問題であり「さすがにここまでされたら黙ってはいられない」という段までくれば、受忍限度を超える状態となります。
この受忍限度には性格的な傾向つまり個人差が内在しますが、冒頭にあげた相談事例は受忍限度を超えた状態です。
お願いしても聞き入れられずに改善されない場合、法的にその責任を追求することはできるのでしょうか?
今回は同様の事例における判例も交えながら、法的責任について解説します。
副流煙被害の争点
この場合、副流煙が部屋に侵入してくるのは間違いないのでしょうから論点は2つ考えられます。
2.管理規約等にベランダでの喫煙を防止する記述がなくても、不法行為として扱うことは可能なのか?
タバコは嗜好品ですから、個人が周りに配慮して、かつ喫煙禁止区域などにおけるルールを遵守し嗜む分において制限されるものではありません。
ですが平成30年7月25日に公布された「健康増進法の一部を改正する法律」において
2.受動喫煙による健康被害が大きい子供、患者等に特に配慮する
3.施設の類型・場所ごとに対策を実施
が義務付けされており、これらの配慮義務は職場や公共施設等だけではなく「個人生活」にまで及ぶとするのが通説です。
ですから受動喫煙に関しては室内またはこれに準ずる環境においても、それを防止するために必要な処置を講じることが努力義務であるとされています。
このような観点から、専有使用権を有すバルコニーにおける喫煙で近隣の方が迷惑を被っている場合には法的な制裁を受ける可能性が否定できません。
マンションは集合住宅ですから、その形状や特性により上下階や隣接住戸からの「生活音」などは「お互い様」でありことからある程度は受容することが求められますが、受忍限度を超えて我慢を強要する考え方ではありません。
つまり受動喫煙により健康被害が生じた場合、喫煙による副流煙の発生が不法行為とされ損害賠償請求の対象になりうるということです(民法第709条)
実際に裁判でも、喫煙による副流煙に関して争われた判例が存在しており東京地裁平成26年4月22日に判決されたものでは「喫煙はベランダという外気に晒される開放空間で行われたもので、被告の喫煙行為(1日数本)は他の近隣住人の社会生活上の受忍限度内である」とされました。
これは「その程度は我慢しなければならない許容範囲だよ」と裁判所が判断した事例ですが、あくまでも1日に数本程度であると言う点に着目しなければなりません。
同様のケースで副流煙被害の受忍について争った名古屋地裁平成24年12月13日の判例では「マンションの専有部分及びこれに接続する専用使用部分における喫煙であっても、マンションの他の居住者に与える不利益の程度によっては、制限すべき場合があり得るのであって、他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら、喫煙を継続し、何らこれらを防止する措置をとらない場合には、喫煙が不法行為を構成することがあり得る」として原告の主張を認め、損害賠償の支払を命じました。
前者の判例が平成26年、後者が24年ですから時代とは真逆の判決となっているような気もしますが、これは一日における煙草の本数が大きく影響しているのであって、判決自体は妥当なものであると勘案されます。
これらの判例から、たとえ管理規約に定められてはいなくても前述した「健康増進法の一部を改正する法律」による受動喫煙防止対策は、バルコニーでの喫煙にまで及ぶ可能性が高いと考えられますから、喫煙者には副流煙を近隣住戸に及ぼさないための配慮が必要であると言えるでしょう。
まとめ
コラムでは「副流煙被害」に関しての受忍限度について解説しましたが、これは一例に過ぎません。
分譲マンションであっても、引越し時に挨拶に伺ったきりその後は「顔を合わせたこともない」などは普通であり、顔を合わせても会釈をする程度といった付き合い方が多いものです。
これは戸建てなどでも同様で隣近所でも儀礼的な挨拶以上、余計な付き合いをしない方が多くなり、アニメ「サザエさん」などに出てくるご近所付き合いは昔語りなのかも知れません。
そのように近所との人間関係が希薄になった影響が「受忍限度」の狭小化に繋がっているような気もしますが、顧客から同様の相談があった場合には無下にすることも出来ないでしょうから、日常生活における相隣関係のトラブル事例などについては情報収集を心がけ、相談があった場合にも応じられるだけの理論武装が必要だと言えるでしょう。