筆者は自ら不動産実務を手掛ける以外に「不動産会社のミカタ」など、不動産関連サイトへの記事提供、顧客や不動産会社にたいするコンサルティング業務をおこなっています。
そのような業務から派生し、不動産業者の依頼で「社員教育」を手掛けることもあるのですが先日、新入社員の教育訓練で営業マンの基本とも言える「登記事項証明」の読み方をレクチャーしました。
研修には業界経験5年以上の中堅社員も参加していたのですが
と質問したところまったく手が上がりません。
ご存じのように登記事項証明は表題部・権利部(甲区)・権利部(乙区)で構成されていますから正しく理解するために「物権法」は欠かせません。
そこで中堅社員を名指しして
「……」
「昨年、宅地建物取引士に合格されましたよね?試験勉強で物件法を学ばれたと思うのですが」
「……」
返答がありません。
研修を終え代表者にその話をすると「不動産=物件そんなことも知らないのかアイツラは」とお怒りの様子。
筆者は「いやいや、それも間違いですから」とさすがに口には出しませんでしたが………。
同様の質問を別の会社でも繰り返し、人数換算で50人弱へ質問しましたが納得できる回答はゼロでした。
不動産実務に「物権法」の知識がどれほど必要か定かではありません。
取引実績を上げ、実務をこなしている営業マンが疑問にも思わず必要性も感じていないのですから、考えようによっては不必要な知識かも知れません。
ですが顧客から「どうして不動産のことを物件と呼ぶのですか?」と質問され、「法律でそう呼ぶように決まっているのです」なんて、解答が繰り返されているとしたら不動産業界の未来は明るくありません。
「物権」と「物件」読みは同じく「ぶっけん」ですが、前者は権利に関して、後者は主体そのもの、つまり取引対象物を指しています。
このような蘊蓄などは必要ありませんが、せめて不動産のプロとして登記事項証明に記載されている「地番と住居表示が異なる理由」や「権利部が甲区・乙区に分けられている意味」程度は正確に理解している必要があるでしょう。
そこで今回は「今更、人に聞けない物権法」について解説します。
そもそも物件法とは
冒頭の代表者の弁ではないですが「不動産=物件」と、不動産業者のみならず一般の方も使用しています。
社会的に認知され使用されている用語活用ですが、私たちは不動産のプロです。
一般の方よりも少しは専門的な理解を深めましょう。
私たちの生活に最も深く関わるのは「私法」ですが、私法における基本法は「民法」です。
不動産業務はもちろん、私人としての生活に深く関わる民法の基本は一通り抑えておきたいものですが、民法は財産に関する規定(財産法)と家族に関する規定である家族法がありますが、財産法は主として「物権」と「債権」に関しての定めです。
このうち「物権法により定められ創設された『物』を支配する権利」のうち契約の対象である「物」をさす言葉で、不動産に限らず動産もその対象とされます。
「物件」は「物」自体を指し、「物権」は権利であると理解すればよいでしょう。
ですから土地・建物等の不動産に限らず身近な日用品の使用・収益・処分に代表される「所有権」も含めた「権利」です。
直接的な「物」を指している訳ではありませんから、その時点で「不動産=物件」との表現が正確には誤りだとご理解戴けるでしょう。
ですから不動産業者同士の挨拶代わりで用いられる「何か良い物件はないですか?」との問いは、物権であれば賃借権か永小作権か、はたまた抵当権か専有権か、そもそも物件が不動産なのか動産なのかも分からない曖昧な表現に過ぎないということになります(もっとも、そのような考え方をする人はいないでしょうが)
物権のうち動産は引き渡しにより第三者に対抗要件を持ちますが、不動産は「不動産登記法」もしくは登記に関する法律の定めに従い、登記をしなければ第三者に対抗することができない登記優先主義を採用しています。
ですが実態として登記優先主義では、登記により「公示力」は取得しますが「公信力」まで保証されません。
公示力は公に示す手段のことで、登記により第三者に対し「権利」を持っていることを公表することを意味します。
「公に示す」まさに読んで字の如し。
それにたいし「公信力」は登記名義人が真実の権利者ではない場合において、登記に記載されている内容を信用し取引した場合に保護されるかを意味しますが、前述したように登記法において公信力はありません。
登記簿に記載された内容が全てにおいて優先し効力を生じさせているわけではなく、そもそも所有権移転登記は令和6年4月1日から登記が義務化されるまで義務ではなく、第三者への対抗要件を具備するため、権利者の自発的な意思によって行われるものでした。
所有権の移転登記を怠り、それによる不利益を受けるのは「アナタです」という「権利の上に眠る者は、保護せず」との法格言通りの考え方です。
もっともこのような考え方により、相続などにより真実の所有者が変わっても登記事項証明では確認することが出来ず、所有者不明の放置空き家問題などに発展したのですから、改正後は公信力の信頼性も増していくことでしょう。
その際の権利関係と登記の記載が異なっていた場合に不利益を受けても保護されない、いわゆる「真実の権利関係を優先」しているのでややこしいのですが、不動産業者は基本行動として登記事項証明の記載内容を鵜呑みにせず実態調査を重要視するのはこのためで、法律論は所詮トラブル救済に必要な事後的処置だからです。
所有権という権利
物権法の代表格は「所有権」ですが、これは登記事項証明書でも権利部(甲区)において所有権のみを、権利部_乙区(所有権以外の権利)と分けて表示していることからも明らかでしょう。
このように所有権は物権の中でも別格なのですが、だからといって記載された所有権者が必ずしも真実の所有者であるとは限らないのは前項で解説したとおりです。
所有権とは「使用・収益・処分を自由に行える権利」のことですが、この権利は「排他性の帰結」つまり物件を円満に実現する又は妨げられる恐れがある場合の妨害・除去・予防権が認められています。
ところで物権法についてですが、「物権法定主義」という言葉はご存じでしょうか?
物権は民法で定められたもの以外に当事者間で自由に創設することを許さないとする規定ですが、これは物権法が強行法規であることを示唆しています。
任意規定は強行規定に対し概念的に存在していますが、どちらも私人同士の関係(私法)においての効力規定・取締規定となります。
契約者自由の原則においては当事者合意により、自由奔放に権利関係が維持される状態になれば一物一権主義の根本が崩れ、登記台帳に記載されていない権利主体が複数存在することになります。
そこで不動産に関しての権利関係を整理して一定の「型」にはめ込み、排他的な権利の変動は登記により外界から認識できる表象手段を備えなければ完全な効力が生じないとする物権法定主義があてられました。
所有権と債権の違い
物を支配する権利が「物権」であるのにたいして「特定人に対し一定の給付または行為を請求する権利」が債権です。
つまり特定・主張が債権のキーワードだということです。
債権はその権利を実現するため相手方の行為が必要とされるのが基本です。
原則として「物権」は債権にたいし優先的効力を持っていますから対抗要件を備えなくても主張できるのですが、例外的に「賃借権」は、賃借人保護の観点から「物権」に近い効力が与えられます(債権の物権化)
ですから賃借権については物件相互間の優先的効力(先に成立した物権が後に成立した物権よりも優先される。ただし対抗要件としての登記は必要)が採用されますので、賃借権が設定されている物件取引は注意が必要であるのもそのためです。
債権といえば「金銭債権」ばかりを思い浮かべる方も多いですが、特定人に対しての給付または行為を求める権利が「債権」ですから、金銭債権だけではありません。
民法399条に「債権は金銭に見積もることができないものであっても、その目的とすることができる」と定められている通り「物権的請求権」や、家に帰ってこない配偶者に対し請求する「夫婦の同居請求権」も債権です。
もっとも債権の給付を請求するためには、下記の要件を満たしている必要があります。
●確定可能性
債権の目的を確定する
●実現可能性
実現可能であること
●適法性
適法な給付であること
これら要件を満たしていれば債権となりますから、特定物債権・種類債権・金銭債権・利息債権・選択債権・任意債権など範囲は広く、宅地建物取引士の受験勉強に出てくる「債権法」は、ごく一部であると理解しておく必要があるでしょう。
まとめ
筆者は不動産業界に入って31年になりましたが、今でも毎日のように様々な知識を拡充するため研鑽を積んでいます。
不動産関連のコラムを皆様に提供しているのですから知識を刷新は当然ですが、執筆のため下調べしていると自分がいかに物を知らないかに気が付く毎日です。
ある経営者から研修前「あまり詳しく教えず広範囲を概略程度にサラッと教えて欲しい」との要望がありその真意を問うと、「物を知りすぎるとアレコレ考えてしまい、営業の勢いがなくなる。基本は大切だけど、知らないぐらいがちょうどよい」とのことでした。
知らなすぎることは問題ですが、ある意味でその通りかも知れません。
営業トレーニングなどで内見案内に同行すると「誤った内容を自信たっぷり」に説明していることが多く、内見終了後にその点を指摘すると「え、そうなのですか………」と絶句していますが、間違いなく実績は上げています。
不動産業者に入りたての新人がその熱意だけで短期間に契約を重なることはよくありますが、「物」を知らないから、「それ言ったら駄目でしょう」という説明を平気でおこない、熱意で契約まで漕ぎ着けてしまう。
もっとも重要な告知事項を割愛していれば、後からトラブルになる可能性は高いのですが、それをフォローするのは指導係など上席の仕事でしょう。
前述した経営者の弁ではないですが、知識ばかりを詰め込み、求められてもいない説明を顧客に披露するのは単なる自己満足ですからいただけませんが、経験を積み重ねながら同時に必要な知識を学んでいってこそ「智慧」になります。
「正直不動産」がNHKで放映され、法律も度々、改正される昨今。
これからは正しい知識を持ち提案できる不動産業者のみが生き残る時代であると言えるのではないでしょうか?