誰しもが加齢により少なからず表れる認知症。
初期症状としては物忘れ・理解力や判断の低下、集中力や作業能力の低下など、本人にも自覚症状はあるのですが「加齢によるものだろう」と思いたい、というより認めたくないものです。
ですが早い段階で本人が自覚することにより、症状を軽くすることや改善する対策を考えることはできます。
ただし本人がそのような対策を講じない場合には症状が進行し、対応が困難になっていきます。ですから認知症の予防は周囲の親しい方が初期症状に気が付くことが大切だと言われています。
ですが現在の医療技術を似てしても、ある程度まで進行を遅らせることはできますが根絶治療は存在しません。
もっとも症状に早く気が付き適切な治療やケアを行えば進行をコントロールできることから、そのような場合に本人や親しい方が考えなければならないのは医療施設への相談と、成年後見制度の申請や不動産を始めとする所有財産の管理・処分です。
設備が調った施設の権利金などの入所費用は施設の程度により様々にありますが、認知症の受け入れに対応している介護付き有料老人ホームの月額利用料金は15.7~28.6万円と安くはありません。
そのため筆者のところにも施設への入所金額にあてるためや、相続対策などにより本人もしくは親族等の方から不動産売却相談が寄せられることがあります。
このような相談において注意するべきが「本人の弁識能力の程度」です。
弁識能力とは、「自らが行った行為の結果、何らかの法的な責任が生じることを認識できる能力」のことで、主に成年後見人制度において使用される用語です。
つまり不動産業者は安全な不動産取引を実現するため、所有者本人の理解力が正常であるか、代理で相談を持ちかけてきた親族の方が善意なのか、場合によっては他の相続人から抜け駆けをするため、認知症が進行している所有者を誘導しているのではないかなどについて細心の注意を払わなければなりません。
そのような確認作業を怠ると場合によって相続トラブルに巻き込まれ、詐欺的な行為である売却に加担したとして訴訟問題にまで発展しかねません。
不動産業者が売却依頼を受ける場合、所有者への売却意思確認は必須ですから、その際の受け答えで認知症が進行している場合にはもちろん「怪しい状態」も把握できますが、前者の場合には成年後見制度を利用してもらうように助言するのはもちろん、親族等でトラブルが生じても対応できるレベルでの法的な要件を備えているなどの例外を除き売却依頼を受けることはないでしょうが問題なのは後者、つまり怪しい状態の場合です。
売り依頼は一件でも多く欲しいのが私たちの本音ですが、とはいえトラブルが予見されるのに迂闊に受けることはできません。
このような場合に私たちはどのような点に注意して、売却の判断や対策を検討する必要があるでしょうか。
今回はそのような「限りなく怪しい」認知症の状態における対応について解説します。
認知症が進行している状態で売却依頼を受けてはならない理由
本人が認知症の進行している状態を自覚している場合には、本人が直接連絡してきて売却相談をしてきます。
この場合には、本人が理解して自らコンタクトしてきているわけですから弁識能力に欠陥はなく、余程、受け答えに問題がない限り、所有者本人の意思として売却活動しても問題は生じないでしょう。
また実務的な考え方としては、少々、認知症の傾向が進んでおり親族などが代理として委任してきた場合でも、他に相続人が存在していないとの裏付けがとれれば、誰も訴え出る人が存在しない訳ですから問題は生じません。
この場合には売却後にいきなり相続人を名乗る人が現れないように、親族関係を正確に把握して置く必要があります。
そうではない場合、つまり事理を弁識する能力を有さないと判断される場合には冒頭で解説したように、その程度に応じ被成年後見人や被保佐人・被補助人など成年後見人制度を申請する他ないでしょう。
成年後見人制度には上記の法定後見制度の他、任意後見制度も設けられていますが、これは弁識能力が正常な状態において「誰に・どのように・どのような支援をしてもらうか」を決めた上で、後見開始の審判によらなければなりません。
裁判所による審判を経ず「任意後見人」を名乗ることはできませんし、そのような状態は無権代理にしか過ぎませんから認知症の症状が進んでしまえば、あとは法定後見制度により後見人が選定しかありません。
成年後見制度は時間がかかる
成年後見人制度の申立には戸籍謄本や財産目録、収支予定や医師の診断書に親族の同意書などの書類が必要とされ、それらの書類を準備するのも時間は必要ですが、裁判所によりことなりますが審判の申し立てから早くて1月以上、ながければ半年以上かかる場合もあります。
もっとも書類収集や審判申立からの時間はまだしも、やっかいなのは親族間の意見が対立している場合です。
そのような場合には親族からの同意がえられませんし、何よりも本人の認知症が時間経過により進行していきますからいずれ収拾がつかなくなります。
怪しい場合の実務処理
筆者は不動産コンサルティングで報酬を得ていますので、泥沼化した状態で調整に時間を掛けても無駄にはならないのですが、一般的な仲介業務の場合、「相談無料」を謳っているでしょうから不動産の売却や運用など、何らかの具体的なアクションがなければ下手をするとタダ働きになってしまいます。
ですから「限りなく怪しい」状態程度であれば本人や親族に意向により、何とかしたいものです。
とはいえ売却後に親族がでてきてトラブルになるのは回避したい。
そのような場合、方法はあります。
もっともある程度、弁識能力があるという状態に限りますが……。
まず以下、項目のそれぞれの作業は全て後日紛争を回避するため動画に収めておくこと。
携帯電話の動画機能で問題はありません。
以下内容を口頭により本人に質問し、回答内容も含め動画撮影する。
日付・名前・住所・売却等処分を依頼する財産・売却資金に活用内容・売却が及ぼす法的な結果
本人から親族等への「委任状」を作成する。
本人の手が震えて字がかけないなどの状態であっても問題はありません。
本人が親族等に代筆を依頼し、委任事項を口頭で述べてもらいます。代筆で記載した委任状は本人に見せて確認してもらうと同時に内容を読み上げます(動画撮影必須)
可能な限り司法書士に同席を依頼する。
査定が終了し、売却が決定しているならば予め司法書士と相談して上記2点の作業に同席してもらっておくと、その後の手続が楽になります。
司法書士法では本人の意思確認について「面談」を義務としているからです。
同席していれば司法書士は本人との面談により意思確認が出来ているわけですから、その後、認知症が進行して弁識能力に問題が生じても動画撮影時点の意思を確認できているという判断から代理人による移転手続きがおこなえます。
もっともこのような方法は変則的な手法ですから、予め充分に打ち合わせが必要です。
結局のところこのような対策は、後日、トラブルになることを回避するための手段です。本人の意思による資金使途が明確な場合には多少の危険性は容認されるはずです。結果的に本人や親族の意向に適うことになるでしょう。
まとめ
筆者は近親者や本人からの依頼により、今回のコラムで解説した様々な「認知状態」にかんしての販売相談等に応じてきましたが、完全に本人の弁識能力が欠け、かつ相続人の意見調整が割れている時には「法定後見制度をご利用ください」と相談を打ち切ります。
販売の依頼を受けビジネスに繋げたいのは本音ですが、その後、想定されるトラブルを勘案すれば断るのが正解だからです。
解説の中で紹介したようにある程度、本人の弁識能力が確認できる場合には動画撮影など必要な手順を行うことにより他の相続人に対し抗弁できますが、そうではない場合は断るのが良いでしょう。
終活ブームの影響でしょう「生前贈与」や「家族信託」、リバースモーゲージの検討など、私たち不動産業者には様々な相談が寄せられます。
正しい知識を学び、相談が寄せられた時に慌てないよう備えておきたいものです。