敷地内に塀など、隣地から越境物が存在している場合、もしくは逆に越境している場合などのケースは特段、珍しくありません。
不動産実務において現地調査を行えば、よく目にする光景です。
境界際に並べられた花壇ブロックが、心ならずも倒れて越境している修復が簡単なものから、塀や物置・エアコン室外機などが越境しているケース。
狭小地の場合には雨樋や電線などの引込線が、空間として越境しているケースも見受けられます。
隣家と仲もよく、生活に支障がない場合にはそのままでも良いのですが売買するにあたってはそのままで良いわけがありません。
当事者同士で越境の事実を確認し、対処方法についても検討して買主に説明をする必要があります。
原則はそのような越境状態が将来においてトラブルの原因にならないよう、速やかに改善してしまうことです。
ただし状態により、すぐに改善することが困難な場合も多々あります。
そのような時、私達、不動産業者はどのような対応を検討すれば良いのでしょうか。
今回は越境物の確認や、それが発見された時に備えておくべき内容、そして注意点について解説します。
「明示は売主責任」は通用しない
越境物を放置したままの状態で取引を行うと、将来的に隣地所有者が変更になるなどした場合、思わぬトラブルに発展する可能性が高くなります。
それでなくても売主には物件引き渡し時までの境界明示義務が存在していますから、それを怠った場合、取引に関わった業者もまた媒介契約上の義務を怠ったと判断されます。
「売主が明示義務を怠っただけだから、自分たちに責任はない!」なんて言い訳は通用しません。
昭和61年の大阪高裁で、媒介業者の責任について争った裁判で
とされているからです。
この裁判の際に根拠法とされたのが民法644条(受任者の注意義務)と同656条(準委任)です。
「受任者は、受任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」という定めで、不動産業者の媒介業務には宅地建物取引業法以外にも、受任者の注意義務、つまり「善管義務」がかかせられています。
越境処理の基本的な考え方
越境の事実は、放置すれば後日のトラブルに発展する可能性が高いですから、可能であれば売買のタイミングで是正してしまうのが一番です。
ただし塀の越境などは大掛かりな工事が必要となる場合もあり、また費用の問題もあることから簡単に是正できないケースも多いものです。
そのような場合においても当事者の立ち会いによる状況確認は絶対に必要ですし、是正方針などの打ち合わせ内容や申し合わせ事項を書面にまとめ、双方捺印して保管しておく必要があります。
また越境物は目に見えている部分だけではありません。
特に旧分譲地などは配管経路で隣地の敷地内に埋設している場合があるなど配管経路も注意をしておく必要があります。
建て替え時などに土中埋設管が使用できなくなる可能性も高く、メンテナンスなども問題も生じるからです。
完全な囲繞地など、他人地を通らなければ配管の経路が確保できないなど特殊な場合は除くのにしても、そのような状態を放置しておくことにメリットはありません。
このような場合も含め、私達、不動産業者は詳細にそのような越境状況等を確認し「越境に関する覚書や協定書」の有無や記載されている内容、また存在していない場合には新たに作成し、将来的において問題が生じないようにしておくことが重要でしょう。
作成する覚書の内容
越境に関する書面の表題は、覚書・協定書どちらでも構いません。
越境物に関しての取扱いを定めた内容であれば、覚書・確認書・協定書・念書など、どのような表題を使用しても、ある種の契約書としての意味合いを持つからです。
もっとも本来は、それぞれ意味がことなります。
主な使い分けとしては以下のような感じでしょう。
覚書
1. 契約締結前に双方の合意事項を書面にする。
2. 契約締結後に、新たな合意事項が発生した場合の書面。
3. 契約書に記載されている合意事項を変更した場合、その内容を証する書面。
確認書
覚書とほぼ同じです。
協定書
一般的には、契約当事者間において基本的合意事項を約定した契約書がすでに存在しており、その基本的事項に対し、具体的な細目を定める書面として利用されます。
念書
覚書と似通った意味合いで利用されますが念書の方が自由性も高く、「詫び状」の表題として使用される場合も多く見受けられます。
形式として合意ではなく、どちらか一方が相手方に書面を差し入れる方式です。
このような違いを勘案すれば、協定書もしくは覚書がしっくりとするかも知れません。
筆者が通常、このようなケースで使用する書式においては覚書の締結を証する協定書としています。
締結する合意内容は、個々の案件によりことなりますが基本的には
② 越境物所有者の確認
③ 撤去しないのであれば地代等の支払いを行うか
④ 撤去しない場合に備えた、将来の建て替え時などの対応
⑤ 売買など所有権移転した場合の継承義務
上記のような内容は基本として記載しておきたいものです。
相手方に拒否されたら?
相隣関係を円滑にというのは一般的な共通認識ですが、売買の場合、売主と隣家の折り合いが悪く、すんなりと合意に応じてくれないケースがあります。
当事者同士で話し合いをしてくれ、私達が書面の作成をするだけなら楽なのですが、上記のような場合、「話もしたくないからアンタ代わりにいってきてくれ!」などと丸投げされていまいます。
仲介業者としては低姿勢で隣家に伺うのですが、トラブルの根が深い場合には隣家もスンナリと納得してはくれず板挟みになってしまいます。
このような場合、義理人情や法理も織り交ぜ時間をかけて説得にあたるしかありません。
それでも相手方が交渉に応じてくれない場合にはどうするか?
「不動産侵奪罪」という伝家の宝刀があります。
これは刑法235条の2で定められている立派な刑事罰で、「他人の不動産を不当に領得する意思を以て、その不動産に対する占有を排除し、それを事実上の支配下におくこと」によって成立する罪で、10年以下の懲役刑です。
もっともこの場合の侵奪は「占有者の意思に反して不法に占有を自己に移す」行為であり、他人地にたいする家屋等の建設などがそれにあたりますから、そこまで悪意のない「ついウッカリ」といった越境の事実に適用されることはありません。
ただし多少、強めの言葉を用いて説得するには効果的です。
あくまでも筆者の経験ですが、すぐに撤去を求めるものではなく将来的な建て替え時などに撤去するという「覚書」にたいし、根拠なく頑なに拒絶する方がおられました。
そこで「分かりました。越境しているという事実があり、こちらもすぐに撤去を求めている訳ではなく、あくまでも将来においてトラブルにならないよう覚書の締結をお勧めしているだけですが、それを拒否されるのであれば侵奪の意思ありということで、不本意ながら刑事告訴も視野に入れ検討したいと思います。ちなみに不動産侵奪罪というのがあって……」と話を詰めていきました。
言い方を間違えれば「脅すのか!」とキレられる場合もありますが、そこは理路整然と、合意しないことにメリットはないと説得するには効果的な法理です。
まとめ
境界確認は、媒介契約締結前の査定段階で訪問した時の調査項目です。
予め境界の確認をおこない、越境の事実があるのならば査定報告書を行う際にどのような是正方針を検討するのか話し合う必要があります。
それをせず「境界明示は売主にある」との思い込みから、事前の境界確認を怠り、決済前の境界明示の段になって慌てて確認をしたところ境界鋲が発見できなかったり、破損して正確な位置が不明であったり越境の事実が確認されたりなどでトラブルに発展するケースが多くあります。
このような場合、決済の延期や、場合によっては売主の「違約」による契約解除などにまで発展する場合もあり、媒介業者としての「善管義務」を怠った私達も、少なからず責任を問われることになります。
くれぐれも事前確認を怠ることがないよう、早期確認・早期対応を徹底するようにしましょう。