国土調査が未実施で法17条地図の整備されていないエリアは特にですが、不動産を扱っていて厄介なのが相隣関係の問題、中でも境界トラブルはやっかいです。
境界自体がトラブルの温床となっている場合もありますし、何より問題が解決しなければ売買を行うわけにも行きません。
なんせ売り主に求められる境界明示義務が果たせませんから。
このように境界問題は私達にも頭の痛い問題ではありますが、境界トラブルを解決する手段の一つである「筆界特定制度」はご存じですか?
筆界特定は何も新しく筆界を定めるものではありません。
筆界特定登記官が、外部専門家である筆界調査委員会の意思を踏まえ、現地における土地の境界位置を特定する制度です。
これにより公的な判断として筆界が明らかにされますから、裁判によらず筆界の問題を解決することもできます。
境界トラブルが現にある場合には、非常に利用しがいのある制度ですので今回は筆界特定の申請方法や特定までの流れ、費用等について解説したいと思います。
筆界と境界は違う?
よく混同されているようですが、「境界」と「筆界」はそもそもの意味が異なります。
境界は法的に、登記された不動産の地番そしてその境目を指します。
ですが一般的には自分の土地と隣接する他人地との境目を表す意味として使用されており、その境目を判断する目安として「境界標」が設置されています。
境界標は境界の折れ点に設置されている目印に過ぎません。
ですから目安に過ぎない境界標は現行法で設置を義務としておらず、また形状についても具体的な定めを設けていません。
ですが目印である以上、永続性は重視されますので石杭・コンクリート杭・プラスチック杭・金属鋲(プレートなど)を用いるのが一般的です。
隣地との境界を明示するものですから、設置義務がなく形状も自由であるからと言って、隣接する地権者の同意も得ず自分勝手に境界標を設置することは、道義的な意味合いからも認められません。
そんなことをすればすぐにトラブルに発展しますから、新たに設置する場合には境界確定測量を行い、測量成果に基づき境界確定図を作成、その後、図面をもとに隣接する地権者に立会を求め位置を確認し設置するのが一般的です。
民法においては第223条で境界標の設置費用について「土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で境界標を設けることができる」と定められていますが、現実的には設置を希望する側が費用を全額負担していることが多いでしょう。
このように同意を得て設置された境界標は登記法第229条において「境界線上に設けた境界標、囲障、障壁及び塀は相隣者の共有に属するものと推定する」と定められています。
正しい手順で設置された境界標は当然に地積測量図と合致しているはずです。
ですから不動産登記法で当該地に境界標があるときは、地積測量図に当該境界標を表示することを定めています。
もっとも位置が正しいはずの境界標も先述したように形状や材質も規定されている訳ではありませんから、古い時代のものは地面に埋もれている、もしくは損壊している場合もあります。
ましてや設置されていない場合も多いのですから、それが境界トラブルの原因とされることも多いのです。
また意図的に境界標を移動するなんて行為も、少ないとはいえあるかも知れません。
もっともそのような行為を防止するため、刑法で「境界損壊罪」や「不動産侵奪罪」を定め、そのような行為が行われないように牽制しているのです。
このような境界標にたいし「筆界」は不動産登記法第123条第1号で下記のように定められています。
「表題登記がある一筆の土地(以下単に「一筆の土地」という)とこれに隣接する他の土地(表題登記がない土地を含む。以下同じ)との間において、当該一筆の土地が登記された時にその境を構成するものとされた二以上の点及びこれらを結ぶ直線」
要約すると下記図における赤い線、つまりは隣接する土地の範囲を区画する線のことです。
この線は地租改正事業において公簿や公図ができあがり地番が割り振られた時点で存在することになりますから、「不動」であると言えるでしょう。
境界標とはことなり所有者同士の合意によっても変更することはできず、分筆や合筆が行われない限り変動することはありません。
ついでに覚えておきたい所有権界
筆界と同時に理解しておきたいのが「所有権界」です。
境界トラブルは筆界が曖昧であることにより、隣接する所有者がお互いの所有権界を主張することが原因であることも多いからです。
所有権界とは私法上の境界のことです。
隣接する土地所有権の「境」を意味するという点においては筆界と同様ですが、所有権界は民法による所有権の概念に過ぎません。
相続した土地などの場合に境界標もなく筆界も曖昧な場合、被相続人による「その庭石の端から内側はウチの土地だ」なんて言葉を頼りに所有権を主張すれば、隣接する土地所有者と所有権界で争うことになります。
所有権界は地租改正以降継承されています。
隣接する所有者の合意により境界標が設置されている場合、物理的に境界標が境界であるという根拠を示すことができますが、先述したように古い時代の境界標は木杭であったりする場合も多く、腐食していたり折れて先端が確認できなくなっている場合もあります。
筆者の経験でも庭を造るのに邪魔だからと、隣家の承諾を得ず境界杭を抜いて、その後おおよその位置に戻したことによりトラブルに発展し相談を受けたことがありました。
そのような状態の境界標はもはや信頼に値しませんし、境界標を設置した当時のものと思われる測量図面を見ても、測量技術の未熟さなのか測量士が誤ったのか定かではありませんが、どうにも寸法が合わないなんてことが起こります。
昭和30年~40年代の地積測量図は寸法が「間」で面積表示も「坪」で表示されており、辺長の記載が無い図面まで存在します。
ですがそのような信用性の低い図面や境界標であっても民法による所有権の概念では有効とされ「ウチの敷地はそこの木の辺りまでだ!」と地権者が強硬に権利を主張することになります。
先程、解説したように境界標の設置は義務ではありませんから、存在しないもしくは位置が正確ではない場合において、さらに思い込みなどが作用すれば現実に即していない所有権界を主張することになります。
本来であれば筆界・所有権界・境界標は全て一致しなければならないのですが、筆界を表す「地図」や「公図」、「地積測量図」などに過失等による誤りが存在し、それが訂正されずそのままであればトラブルに発展します。
不動産の境界トラブルにおいて「筆界」と「所有権界」の認識相違によるものが多い理由は上記によるものです。
筆界特定制度とは
筆界特定制度を要約すると、前項であげたような筆界がはっきりとしていないことによるトラブルを、筆界特定登記官が外部専門家である筆界調査委員会の意思を踏まえ測量や関連資料を精査し、土地の筆界を特定する制度だということです。
筆界が特定できれば所有権界の認識もそれに準じますから、境界標の位置が誤っている場合には新たに設置(測量と地積更正登記、及び利害関係者の同意が前提ですが)することもできます。
ここで注意しておきたいのは、筆界特定制度は新たに筆界を定める制度ではないということです。
特定のため実地調査や測量等を含む様々な調査をおこないますが、それはもともと存在している筆界を明らかにするためです。
これにより明らかにされた筆界は公的なものとされますから、裁判を行わなくても筆界をめぐる問題を解決することが可能になります。
もっとも筆界が特定されても、その結果に納得できない場合には、その後裁判で争うこともできます。
ですから隣地所有者等が、筆界特定では納得しないだろうと予測される場合には不向きです。
最初から裁判に持ち込む方が良いでしょう。
筆界特性を利用するメリットは、裁判よりも早く結果が得られ、かつ費用が安く解決の糸口が得られることです。
筆界特定に必要な基本費用は申請手数料と測量費用ですが、特定された後には後日紛争を防止する意味から境界標の設置や各種登記費用が必要となる場合もあります。
測量費用は土地面積や地型によっても異なりますが、目安としては40~70万円程度でしょう。
申請手数料は、申請地と筆界を特定する隣地の固定資産評価額を合計した金額を、該当する下記の表から確認し納付します。
例えば申請人と隣地価格の固定資産評価額合計が¥4,000万円の場合、申請手数料は¥8,000円です。
手続きの流れ
続いて申請から特定までの流れを解説します。
1. 申請
申請者となる土地の所有権登記名義人等が、対象の土地を管轄する法務局または地方法務局などに申請書を提出して、申請を行います。
申請書は法務省の下記リンク先から入手することができます。
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji104.html
申請書の記載はそれほど難しいものではありませんが「筆界特定を必要とする理由」については、筆界特定を必要とする理由のほかそれまでの経緯も含め詳細に記載する必要があります。
自信がない場合、別途費用は必要となりますが土地家屋調査士等を代理人として申請することも可能です。
そのほかの添付書類として、必要に応じ以下のような書類等が必要になります。
○代理権限証書
○相続証明書
○承継証明書
○所有権(一部)取得証明書□氏名変更(更正)証明書
○住所変更(更正)証明書
○固定資産評価証明書
○現地案内図
○手数料計算書
なお申請書に記載された内容に基づき、筆界特定の対象ではないと判断された場合には申請が却下されますので覚えておきましょう。
2. 公告・関係者への通知
筆界特定の申請がなされた旨が公告されるとともに、関係人(筆界で接する隣地所有者)に対して通知されます。申請人・関係人は追加や反論を目的として意見・資料の提出をすることができます。
3. 筆界調査委員による調査
法務局または地方法務局の長から指定された筆界調査委員が必要な調査を行います。
筆界調査委員は、対象土地または関係土地等の実地調査を行い、申請人・関係人などから知っている事実を聴取するほか、資料の提出を求めるなどします。
4. 対象土地の測量
申請人が測量費用の概算額を予納します。その後、筆界調査委員による調査の結果を踏まえて対象土地の測量が行われます。
5. 意見聴取
期日が定められ、筆界特定登記官にたいし申請人及び関係人が意見を述べる、もしくは資料を提出する機会が与えられます。
なお意見聴取の際には筆界調査委員も立ち会うとされています。
6. 筆界特定
筆界調査委員の意見や申請人及び関係人の申述内容のほか、地図等の内容や様々な状況・事情を総合的に考慮して、筆界特定登記官が対象土地の筆界を特定します。
その後、申請人に筆界特定の内容が通知され、筆界特定をした旨が公告されます。
またその時点で関係人にも通知されます。
効力の限界とメリット・デメリット
申請から特定までの流れは前項の通りですが、最終的な特定までに必要な期間については、関係者の数や事案の複雑性・困難性などの事情に左右されますが概ね9ヶ月前後が目安とされています。
従来は筆界に関する紛争解決は裁判所に「境界確定の訴え」を提訴するしか方法がありませんでした。ですが裁判では費用や判決に要する期間など諸問題が多いことから、平成18年から始まったのが筆界特定制度です。
筆界特定は法務局により行われる制度ですから、登記調査に関しては裁判所よりも優れています。
そのため手続きが迅速に進められるというメリットがあります。
裁判であれば最低でも9ヶ月以上とされていますから、迅速である点については間違いないでしょう。
また費用負担の面でも有利です。
筆界特定制度では土地の所有権の登記名義人等の申請に基づいて,筆界特定登記官が,外部専門家である筆界調査委員の意見を踏まえて,土地の筆界の現地における位置を特定する制度ですから必ずしも弁護士などの代理人を必要としません。
測量を除き、申請人が自らおこなうことができますので、裁判と比較すれば安上がりです。
特定されれば、それは公的機関による行われた結果ですから行政処分としての効力はないものの相応の証明力を有することになります。
裁判でしか決着がつかない場合を除き有効に利用できるでしょう。
デメリットとしては筆界特定後も不満があれば筆界確定訴訟が提起される可能性があることです。
裁判では筆界の確定を求めて争うことになりますので、判決は不可争力を持ち確定されます。
「特定」と「確定」つまりこの違いが、大きいのです。
まとめ
よほど根深く当事者同士がいがみ合っていない限り、筆界特定は使い勝手の良い制度です。
筆界特定登記官と外部専門家の筆界調査委員が、申請人や関係人の意見を聞き、さらには可能な限りの書類等調査をおこない測量を実施して特定された筆界は、通常であれば十分に納得できるものだからです。
境界標が設置されていないことが問題の発端であれば、この際だから費用を負担して境界標を新設し地積更正登記等をおこなえば以降、新たなトラブルに発展する可能性も激減するでしょう。
それでも筆界確定訴訟が心配であれば、はなから裁判で決着つけるしかありません。
筆者も筆界特定制度を推奨していますから、数度、申請から特定までを見届けたことがあります。
今のところ筆界が特定された後にトラブルが再燃した話を聞きませんから、当事者も納得しているということなのでしょう。
万能な方法であるとまでは言いませんが、検討する余地はあるでしょう。