媒介契約を締結する際にはインスペクション実施の有無について確認し、実施されれば説明をすることが義務付けされていますから、インスペクションについての説明は不要かと思います。
インスペクションの説明が義務化されたのは2018年4月におこなわれた宅地建物取引業法の改正によりますから、執筆時点で4年を経過し、じき5年目を迎えようとしています。
さすがに業界では浸透しているでしょうが、それではインスペクションの実施率や、実施したことによる購入者などの利害関係者の反応はどうなのでしょうか?
つい先日のことですが筆者に「築浅の中古物件を購入したのだが、窓から風が入ってくるなど室内が寒く、欠陥住宅を売りつけられたと思うのだが……」という相談が寄せられました。
話を聞けば築5年ほどの中古住宅のオープンハウスを見に行き、デザインや立地が気にいって購入したらしいのですが、内見した際には担当営業に「住宅の性能は大丈夫ですか?」と質問したところ「築浅ですし公庫仕様で建築されていますから問題ありません」と言われたとのこと。
築浅であることも、公庫の基準に適合していることも性能を保証する根拠にはなりえないのですが、相談者は住宅に関しての専門家(媒介営業マンが住宅性能に関し知識があるかどうかは、当人の努力による部分が大きいと思うのですが)が言うのだから間違いはないだろうと思い購入したようです。
空家で売りに出されていましたが、売主は個人であり物件状況報告書にも特段の告知事項は記載されていなかったようです。
もっとも物件状況報告書には建物内部が「暑い・寒い」なんて記載項目はありませんから、特記事項に記載されていない限り判断材料はありません。
暑さ・寒さは主観による部分もありますし、根拠なく契約不適合を主張することもできません。
ましてや「大丈夫でしょう」といったニュアンスは、性能などを保証している言葉ではありません。
そのような問題を防止する手段としてインスペクション制度があるのですから「性能面が不安であったのなら、インスペクションを実施しておくべきでしたね」と相談者に話をすると「インスペクションって何ですか?」とのこと。
そこからインスペクションの概要を説明し、斡旋の有無についての説明や確認は媒介業者の義務だと話をしましたが、当人は聞いた覚えがない(もちろん重要事項説明書には記載されています)とのこと。
もっとも重要事項の説明を全体として記憶している方は多くありませんから、説明はされていたのに聞き流した可能性は否定できませんが、相談者いわく「そのような制度があることを事前に説明されていたら、費用がかかってもお願いしていた」とのこと。
ちなみにこのケースでは相談者の求めに応じ、まず現状把握の意味でインスペクションを実施し、建築会社の瑕疵保証保険適用も視野に入れながら媒介業者も交えやり取りを継続中です。
このようなケースはよく聞く話です。
そこで今回は「インスペクションって実際のところどうなの?」という観点から、実施率や認知度合いについて解説したいと思います。
実施状況は把握されているの?
不動産に関しての管轄省である国土交通省において、インスペクションの実態調査は平成元年に実施された「既存住宅状況調査の実施状況に関するアンケート調査結果」が最新のものとして公開されています。
ですが、なにせ4年前の情報(もうすぐ5年)であり実情に即しているとは言えません。
平成29年から30年の1年間で、実績値は約1.5倍の7,013件になったとしていますが、平成30年における既存住宅流通戸数は160,000戸でしたので、インスペクションの実施率は約4%でした。
データは総務省統計局による「住宅・土地統計調査」のデータにもとづいていますが、ご存じのようにこの調査は5年ごとに行われる調査ですから最新でも平成30年の情報なのです。
住宅・土地統計調査は本年(令和4年6月22日)に調査が実施され、現在、土地統計調査に関する研究会が行われていますし、原則として調査後2年以内に公表することとされていますから、近いうちに確認することができるようになるでしょう。
これによりある程度の実施数は把握できるのですが、国土交通省が独自に令和元年に行った「既存住宅状況調査技術者へのアンケート調査」を、再度実施してくれるのが一番です。
ですが現状で調査実施予定は公にされてはいません。
おそらくはインスペクションの認知度はある程度、高まり、それに応じて実施数も増加しているのではないかという仮定のもとで話を進めましょう。
あくまでも令和元年の調査結果によれば、媒介契約件数約57,141件のうち約6%についてインスペクションあっせんの希望があり、そのうち約9割が実際に調査をおこなったとされています。
またインスペクションを行った物件の約7割(2,312件)が売買契約の締結に至っているとしています。
ですがインスペクションの実施が契約締結の直接的な要因であると断定はできませんから「インスペクションの実施により契約率が高まる」という表現には、多少、強引な感じを受けてしまうのは筆者だけではないでしょう。
もっともインスペクションの必要性という観点から言えば、筆者は全件実施が良いと思っています。
専門家である第三者の調査員が、定められた判断基準にもとづき現況調査を実施してくれるのですから、購入者は建物の状態を正確に把握し購入するかどうかを判断できるからです。
反面、インスペクションはあくまでも現況について判断しているだけに過ぎないという前提を取り違え、値引き交渉の材料にされる、もしくは性能が保証されているのだと勘違いされることも多く、目的や意味も含めた理解が不足しているのが現実です。
実際にわたしたち不動産会社がインスペクションを依頼するのは「適合証明」や「瑕疵保険の加入」を目的として行うことが多く、調査会社によれば顧客からの直接依頼は「建築トラブル」や「瑕疵・不具合の確認」が目的とされることが多いらしく、目的にも隔たりがあるのでしょう。
安心R住宅制度は普及している?
インスペクションの実施件数について正確な情報を確認することはできませんから、目先を変えて「安心R住宅」の普及状況を確認してみましょう。
ご存じのように「安心R住宅」は平成29年12月1日に施行された「安心R住宅制度(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)」に基づき、販売広告などにおなじみの商標が掲載された住宅のことです。
安心R住宅として商標を利用するためには、耐震基準(昭和56年6月1日以降)などに適合し、かつインスペクションを実施したうえで構造上の不具合や雨漏りが認められないとされ、さらに購入者の求めに応じ既存住宅売買瑕疵保険を締結できる要件を満たしている必要があります。
下記のグラフは戸建・マンションなどにおいて「安心R住宅調査報告書」がどれだけ提出されているのか、その伸び率を表しています。
累計件数は4年間で5,144件ですから全国的にみればごく僅かであることが確認できます。
インスペクションについては業者と消費者の間に認識の違いがあります。
わたしたち不動産業者は、インスペクションは設計士などの登録インスペクターが、建物の現況について調査した報告書に過ぎず、既存住宅売買瑕疵保険に入らない限り保証が約束されるものではないという認識があります。
消費者も現況調査であると理解が進んではいるのでしょうが、建築知識に長けている訳ではありません。
ですから直ちにメンテナンスをしなければ躯体に影響を及ぼすほどではない劣化判定にたいしても神経質になり「欠陥だ」と指摘してくることもあるほどです。
居住中の物件であれば売主の協力なしに調査ができないのがインスペクションですから、なかなか積極的に推奨しようという気にもならないのが実情かも知れません。
「安心R住宅」とするためには既存住宅売買瑕疵保険の引受先が指定するインスペクションの実施と、指摘事項に対しての改修工事が必須とされますが、国土交通省自体「安心R住宅は国の登録を受けた事業者団体の構成員(会員企業)の責任において、国が定めた要件に適合する旨を表示するものであり、国による個別審査を受けたものではありません」と言っているのが現実です。
結局、実施されているの?
筆者の私見ではありますが、インスペクションの認知度は高まっていると思いますが、実施率についてはそれほど増加していないと考えています。
一般社団法人不動産流通経営協会がまとめた2021年度の「不動産流通業に関する消費者動向調査」によれば、インスペクション実施率は46.6%とされています。
これだけ見ればずいぶんと浸透したようなイメージを受けますが、同業者で常にインスペクションを実施しているとの話をそれほど聞きません。
先の調査については、1都3県(東京都・千葉県・埼玉県・千葉県)において令和2年4月1日から令和3年3月31日までの間に住宅を購入し引き渡しを受けた世帯が対象とされていますが、有効回答数は1,255票とされ、そこから算出された数字です。
対象エリアが1都3県に限定され、かつネットによるアンケート調査に協力してくれる世帯の回答結果ですから偏りが生じている可能性が考えられます。
5年前に4%前後であった実施率が、全国的に46%まで増加しているのだとすれば喜ばしい限りではありますが、不動産業者の集まりにおける会話や、同業者へのヒアリングに基づく主観によればせいぜい20%あるかどうかではないかと思われます。
実数については国土交通省などの調査が行われるまで待つしかありませんが、現状では想像の域を出ないのが実際のところです。
まとめ
結局のところ、様々な調査によっても現在のインスペクション認知率を確認できるデータを発見することはできませんでした。
冒頭であげた相談者の例についても、宅地建物取引業法でインスペクションの説明が義務とされていますから、説明は間違いなく行われているのでしょう。
ですが顧客の理解が不足していれば、そこで問題が生じる可能性が高まります。
そのような誤解をまねかないために、わたしたちは丁寧な説明を心がけると同時に適度に理解の程度を確認し、啓蒙活動を実践しながら適切に斡旋について確認することが大切なのでしょう。