先日のことですが筆者のもとに「安心R住宅って、本当に安心なのですか?」と相談が寄せられました。
「国土交通省が定めた制度に基づき、その要件を満たした住宅です。耐震性の確認や、雨水侵入防止などの改修工事も行われ、併せて内部のリフォーム工事もしくはその提案も行われますから安心できる住宅ですね」とお答えしました。
ご存じのように「安心R住宅」とは中古住宅のマイナスイメージを払拭する手段として、国土交通省が平成29年12月1日に告知した「安心R住宅制度(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)」の要件を満たした住宅です。
平成30年4月1日から制度運用されています。
標章を使用するには公益社団法人全日本不動産協会など、現在13団体となる特定既存住宅情報事業者団体を通じて会員登録の申請が必要です。
具体的には各団体の定めた研修を受講し、効果測定を受けた研修修了者が1名以上在籍している状態で会員登録を行い、その後、物件ごとに安心R住宅調査報告書などを提出することにより、販売広告などにおなじみの標章を使用することができるようになります。
注意いただきたいのは、標章使用はあくまで調査報告書を提出して承認された物件に対してであり、「安心R住宅取扱店」など、自らの会社を広告する手段として使用することはできないということです(具体的には特定既存住宅情報事業団体登録制度ロゴマーク使用マニュアルなどで確認することができます)
既存住宅の「不安・汚い・品質の程度が分からない」といったマイナスイメージを払拭し、優良な既存住宅の差別化を図る素晴らしい制度ですが、折込広告やポータルサイトで見かけることはほとんどありません。
冒頭にあげた「安心R住宅って、本当に安心なのですか?」という質問も、筆者がメインで活動するエリアに安心R住宅の販売物件が存在していないことから、なぜ不動産業者は手掛けていないのかという疑問もあったようです。
実際に安心R住宅は、どれくらいの件数が販売されているのでしょうか?
参考までに不動産ポータルサイトとして物件登録数が最も多いとされているSUUMOで「安心R住宅」を検索してみました。
すると執筆日時点(令和4年12月7日)で47件の販売物件を確認することができました。
ですがこの数は市区町村単位ではなく、全国を対象とした検索結果です。
さて、この数は多いと言えるのでしょうか?
東京商工リサーチが2019年7月27日におこなったSUMOの物件登録数調査の結果では、調査日時点で616万8422件とされています。
登録物件数は日々変動しているのでしょうが、常時600万件以上が登録されていると推測されます。
もっともこの登録件数は土地や新築なども含まれていますが、それを差し引いたとしても多いとは言えないでしょう。
国土交通省がリュース、つまりは中古住宅活性化のためしかけた制度が、なぜこれほどまで普及していないのでしょう。
今回は安心R住宅の基本から始め、普及がなぜ進まないのか、そしてメリットやデメリットについても解説していきたいと思います。
安心R住宅の基本を学ぶ
「安心R住宅」の標章を広告などに使用するには以下の要件を満たしている必要があります。
1. 新耐震基準(昭和56年6月1日以降の建築確認申請による建築物)を満たしていること(それ以前の建築物に関しては耐震基準適合証明書が必要となります)
2. インスペクションにより構造上の不具合や雨漏りが認められないと判定されること(不適合の場合には改修工事を行ってから再検査を受け、適合とされることが必要)
3. リフォーム済みであること(もしくはリフォーム提案書の添付)
4. 購入者の求めに応じ既存住宅売買瑕疵保険を締結できること(検査適合証が必要)ただし保険加入は任意
これらは基本的な要件ですから、安心R住宅として販売をしたいと考えた場合、まず既存住宅売買瑕疵保険の検査事業者による検査が必要です。
ここで注意していただきたいのが既存住宅売買瑕疵保険の指定する検査事業者によるインスペクションでなければ意味がないということ。
既存住宅状況調査は、国土交通省の定める講習を終了した既存住宅状況調査技術者である建築士であれば行うことはできますし、民間資格である住宅診断士によるホームインスペクションなどもありますが、既存住宅売買瑕疵保険会社は原則としてそれらの方が作成した報告書での加入を認めていません。
各保険会社が信頼できるとして指定した機関による調査報告書が必要だからです。
さてこの調査報告書ですが、築年が相応に経過した住宅において劣化判定(不適合)が何もないなんてことはまずありません。
よほどこまめにメンテナンスを実施しているほか築後数年などの例外を除き、なんらかの劣化判定が指摘されるのは当然だと考えておく必要があります。
もっともその場合には、不適合箇所にたいし改修工事を実施して、再度検査を受け適合していれば検査適合証が発行されます。
安心R住宅での販売を検討した場合、内部のリフォーム工事と基本的な性能面(耐震性・雨水侵入防止措置)の改修を混同している方がおられるのですが、求められている意味が違います。
基本性能に関しては、有無をいわせぬ絶対条件です(全項目適合していなければ、申請すらできません)
それにたいしてリフォーム工事は既存住宅の「古くて汚い」とのイメージを払拭することが目的とされています。そのためにリフォーム工事を行う、もしくはリフォーム提案書を作成するとされているのです。
そのような意味合いから新築後5年以内の住宅についてはリフォーム工事やリフォーム提案書の提出が不要とされているのです(ただし不具合事象がある場合を除く)
もっとも見た目がきれいで不具合も発生していない住設機器などについても、定められた耐用年数もしくはメンテナンス年数を経過している場合にはリフォーム(もしくはリフォーム提案書)が必須とされます。
また年数未満であっても汚れや色落ち・変退色などがある場合には、同様の対応が求められます。
耐用年数やメンテナンス年数は、国土交通省が定めた基準に基づき特定既存住宅情報事業者団体により「住宅リフォーム工事の判断基準」として厳格に定められています。
例えば下記のような判定基準です。
年数根拠には耐用年数とメンテナンス年数がそれぞれ記載されていますが、耐用年数とはメンテナンスを継続しても、不具合なく維持できる限界年数とされており、この期間を経過している場合には交換が必要となります。
それにたいしメンテナンス年数は、各部位ごとに定められた維持更新が必要とされる判断基準で、この期間を経過していれば実際に不具合が生じていない場合でもリフォーム工事(必ずしも交換ではない、維持更新の措置)が必要とされます。
これらの基本条件を満たした上で、さらに建築確認申請書やメンテナンス記録のほか長期優良住宅などの場合にはその証明書なども準備してから「標章使用申請書」や「広告掲載・宣伝告知・承諾依頼書」のほか「安心R住宅調査報告書」などを所属する特定既存住宅情報事業者団体に提出し、承諾を得ることにより「安心R住宅」として販売が開始できます。
安心R住宅制度は普及している?
安心R住宅制度が開始されたのは平成30年4月1日のことですから、執筆時点(令和4年12月7日時点)で4年を経過しました。
わたしたち不動産業者であれば、取り扱った経験がなくても名称だけは知っている「安心住宅」ですが、その普及率はどれくらいあるのでしょうか?
令和3年11月30日に国土交通省が公表した資料によれば申請累計件数は4,514件とされています。
公表から1年以上経過していますから多少増加しているのでしょうが、この累計件数が多いのかといえば微妙な気がします。
年間で平均すれば約750件といったところかと思いますが、全国の既存住宅流通量は約160万戸前後で推移しています。
そこから考えれば年間の約4.6%前後が「安心R住宅」として申請され、販売されていることが分かります。
さて国土交通省庁が既存住宅の「古い・汚い・性能面で不安」と言われるマイナス面を払拭するための手段として制度化した「安心R住宅制度」ですが、申請件数を見る限りにおいて普及率が高いとまでは言えません。
趣旨は素晴らしく、購入する消費者にとってもメリットのある制度がなぜあまり普及していないのか、事項ではメリットとデメリットの観点から考えてみましょう。
安心R住宅のメリットとデメリット
消費者のメリットとしては、第三者の専門家が住宅の状態を確認してくれている。
またそれに応じ必要なリフォーム工事が実施(もしくは提案)され、さらに既存住宅売買瑕疵保険にも加入できるのですから「安心して既存住宅を購入できる」ことでしょう。
また工事内容や条件によっては「住宅ローン控除」や「住まい給付金」など有利な制度を利用することもできます。
もっとも、そのような工事などを実施すれば同様の条件下の既存物件と比較すれば多少、割高になるかと思いますが、安心して購入できるメリットを考えればある程度は許容できるでしょう。
これはあくまでも購入者にとってのメリットですが、それでは売主にとってのメリットについて考えてみましょう。
差別化された「安心R住宅」は信頼度が高く、早期売却できる期待が高まります。
反面、安心R住宅は専属専任もしくは専任媒介以外の選択肢がありません。
またインスペクション(費用は5~10万円程度)と、不適合にたいする工事は先行して行う必要がありその費用も負担しなければなりません。
また内部のリフォーム工事についてはリフォーム提案書で代用することはできますが、耐用年数を超過している設備機器などは交換が必須とされますから、費用負担の問題もあり結局のところ事前に交換工事を実施するしかありません。
安心R住宅として販売されている物件で「入居中物件」がほぼ見受けられないのは、このような理由によるものです。
結局のところ空家にして販売するという前提条件がなければ、利用しにくい制度であることが売主にとってのデメリットであると言えるでしょう。
これはあくまでも契約当事者の観点によるメリット・デメリットですが、わたしたち不動産業者の立場から考えてみましょう。
メリットとしては安心R住宅の標章を利用でき、耐震性や不具合がなく、安心して購入できるといった観点から広告活動を実施できることから注目度も高く、早期売却できる可能性が高いということでしょう。
また複数の安心R住宅物件を広告展開することにより、誠実で良心的な業者として周知される可能性も高まります。
デメリットとしては「申請も含めともかく面倒」だということです。
安心R住宅物件は事前に不適合箇所の是正工事などを実施しますから、その価格は当然に物件価格に上乗せすることができます。
それにより媒介報酬額も多少、増加するのですが申請手数料などを別途請求することはできません。
申請などにようする手間暇はあくまでも媒介報酬の中に含まれているとされているのです。
さらに専属専任もしくは専任媒介の更新のたびに、登録団体にたいし「安心R住宅調査報告書」を再度、作成して提出する必要があります。
また媒介契約の締結後には既存住宅売買瑕疵保険の現場検査を手配し、検査適合証を取得する必要もあり、不適合となった場合には指摘箇所を補修して再検査を受ける必要です。
また実際の工事を行わずリフォーム工事提案書を提供する場合には、その作成費用が必要となる場合もあります。
これらは販売開始前に必要な作業ですが、それらの負担は一般的に売主が負うことになりますので、納得してもらうために説明も必要です。
結局のところ、これらの手間をかけて間違いなく高く販売できるのであれば売主である顧客も納得するのでしょうが、安心R住宅として販売するための数々の手間については別途費用を徴収することは出来ませんから「制度の趣旨や、安心して購入できるという点については理解できるけれど、手間賃もでないのであれば、普通に販売したほうが楽だよね」なんて気持ちにもなるのは理解できます。
また既存住宅は適切なリフォーム工事を実施したとしても、あくまでも中古です。
新築住宅であってもちょっとした不具合が大きなクレームに発展することもあるのですから、リフォーム工事に関してのクレームはそれ以上になる可能性もあります。
「安心して納得できる既存住宅」を喧伝し、消費者に誤解を与えてしまうと不必要な問題が生じる可能瀬は否定できません。
まとめ
「制度としては間違いなく素晴らしい」これが安心R住宅にたいする筆者の率直な意見です。
既存住宅流通活性化のためにもこの制度がどんどん普及してくれれば良いというのが本心ですが、それでは自らが安心R住宅を顧客にたいして積極的に推奨するかと問われれば答えはNOです。
手間がかかるというのも理由の一つですが、もっとも大きな理由が耐用年数などの定めです。
耐震性や雨水侵入などの部位を適切に判定し、必要な措置を講じるとすることは賛成ですが、問題は内部の設備機器です。
きちんとメンテナンスをして大切に使用され、まだまだ利用できる設備機器なども耐用年数を経過していれば交換が必須とされる。
良いものを大切に末永く使用するという考え方に反していると思うからです。
この点については所属する特定既存住宅情報事業者団体の説明会に参加した際、質問したのですが「制度に従ってください」が回答でした。
また煩雑な業務にたいしての費用が別途で請求できない点についても、安心R住宅の活性化を阻む要因になっているのではないかと考えています。
ですが制度として素晴ことには異論もありません。
わたしたち不動産業者が制度の内容を正しく理解して顧客に説明し、同意を得られるのであれば1件でも多く安心R住宅を販売することが大切なのでしょう。