【反社会的勢力排除条項は知っているけれど】意外に知られていない判断基準と報告義務について

不動産に限らず契約書を取り扱っていればよく目にするのが「反社会的勢力排除条項」です。

当然、不動産業におけても媒介契約締結の時点から重要事項の説明書や契約書などいたるところでこの条項が出てきますが、これにより反社会的勢力と取引をしないことはもちろん、詐欺的に取引をさせられた場合には契約解除や違約金が請求でき、またそのような詐欺に関し刑事告訴することが可能になっています。

時折、新聞やテレビで「自身が反社会的勢力の関係者だとばれないよう、知人名義で賃貸契約をした詐欺の疑いで逮捕」などのニュース見かけるのも反社会的勢力排除条項によるものです。

このような反社会的勢力にたいしての排除については下記のような解除条項が定められていますから、みなさん存じのことかと思います。

反社会的勢力,解除条項

ところで、実務において日頃から読み合わせを行っていますから反社会的勢力排除条項については相応の理解が進んでいるとは思いますが「犯罪収益移転防止法」についてはいかがでしょうか?

名称は聞いたことがあるけれど、具体的な内容までは知らないという方が多いのではないでしょうか?

犯罪収益移転防止法は、その名称どおり犯罪による収益の移転を防止するための法律ですが、施工された背景にはマネーロンダリング(資金洗浄)の手口が巧妙になったという実情があります。

不動産業者や金融機関を含む全49の事業者が「特定事業者」に指定されていますが、不動産業においては「土地・建物の売買契約締結またはその代理、媒介」が特定業務・特定取引とされていますが、これら取引に際し犯罪収益移を防止するための義務を負っているのです。

定められている義務は、特定取引前において実施した本人確認や、実際の取引上において「疑わしい事実」が認められた場合、行政庁に届け出ることです。

疑わしい取引の年間通知件数

コラムを書くにあたって調べたのですが、宅地建物取引業者が「疑わしい取引」であると通知(届出)した件数は令和4年においてわずか11件しかありませんでした。

令和4年度の年間通知件数が583,317件あるうちの11件です。

ですが二桁になった分だけ増加しているようで、それ以前の通知件数は令和3年が4件、令和2年が7件など一桁台が続いています。

年間通知件数

それではマネー・ロンダリングの手段に不動産取引が利用されていないのかと言えば、筆者としてはそんなことはないだろうと考えています。

実際に筆者に不動産コンサルティングとして寄せられる「なんとも信用できない相手方なんですが、取引を勧めても大丈夫でしょうか?」という、取引相手の信用状況などに関する調査依頼や相談件数だけで宅地建物取引業者による年間通知件数は軽く超えています。

とはいえ、具体的にどのような相手方もしくは取引であれば届け出が必要なのかの判断基準については、法律を理解していなければ行えません。

宅地建物取引業者による通知件数の少なさは、法律にたいする理解が不足していると同時に通知する判断基準が浸透していないことにも原因があるのでしょう。

そこで今回は、届け出が必要とされる犯罪収益移転防止法の判断基準について解説いたします。

犯罪収益移転防止法上の義務

私たち不動産業(宅地建物取引業)は「特定事業者」位置づけられていますが、それにより義務付けられているのが本人確認の実施です。

犯罪収益移転防止法上の義務

本人確認は特定取引(土地・建物の売買契約締結またはその代理・媒介)を行う前までに実施する必要があり、顧客が個人の場合には氏名・住居・生年月日・取引目的・職業を、企業の場合には名称・本店等所在地・取引目的・事業内容・実質的支配者を確認しなければなりません。

本人確認,特定取引

また不動産の電子取引が全面解禁され増加していることを受け、非対面取引の場合における本人確認方法も正確に理解しておく必要があるでしょう。

本人確認,特定取引,電子

本人特定事項,確認方法,非対面

これら本人特定事項については、運転免許証のほか登記事項証明書などの公的証明(原本)で確認することとされており、確認後はその記録を作成すること、そのうえで7年間の保存が義務とされています。

さらに実際の取引を行った場合には取引記録として、確認記録を検索するための事項・取引の日付・種類・金額などを記載し、本人特定事項と同様に7年間保存する必要があります。

もっともこれらについては通常取引において浸透しており、皆様すでに実施済みかと思います。

ですが、「疑わしい取引の届け出」についてはいかがでしょうか?

これは犯罪収益移転防止法第8条で定められており、「疑わしい取引」については免許行政庁に届け出ることが義務付けされているのです。

疑わしい取引とはどんな取引のこと?

疑わしい取引は届け出が必要であると理解しても、いったいどのような取引を「疑わしい」とするのか悩みますよね。

法律では「特定業務において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあると認められる場合」とされていますがなんとも漠然としています。

犯罪収益移転防止法は平成20年3月1日に施工されましたが、当初は「特定事業者の知見によって判断する」という、「おいおい、義務なのに判断基準についてはボールを投げっぱなしのお任せ状態かよ!」というものでした。

さすがにそれではまずいと思ったのか、施工後6年目の平成26年11月27日に法律が改正され、翌年の平成27年9月18日に改正省令が公布(施工は平成28年10月1日)されました。

疑わしい取引,判断基準

この改正などにより「疑わしい取引」についての判断基準が示されました。

とはいえ取引確認の結果や取引態様など、相変わらず「特定事業者の知見」に頼る内容ではありますが、唯一、使えるのは「犯罪収益移転危険度調査書」を勘案しての判断基準でしょう。

ちなみに、このコラムを読まれた方は周りの同僚の方などに「犯罪収益移転危険度調査書ってご存じですか?」と聞いてみてください。

おそらくは10人のうち1人が知っていれば良い方ではないでしょうか。

筆者が研修や会合などで同様の質問をしてもほとんど浸透していないことが確認されました。

ですが「犯罪収益移転危険度調査書」は犯罪傾向の変化に併せ2015年以降は毎年改変され、国家公安委員会が毎年12月に公表されています。

犯罪収益移転危険度調査書

インターネットで「犯罪収益移転危険度調査書 2022国家公安委員会」と検索すれば確認できますし、調査したい年度部分たとえば2022を2020などに変更して検索すれば、過去の調査書を確認することもできます。

筆者は毎年、犯罪傾向を知り防止するための手段として毎年楽しみにして閲覧していますが、かなり読み応えがあります(令和4年最新版で147P)

また併せて警察庁が公表している「犯罪収益に関する年次報告書」(令和4年最新版で166P)にも目を通せば、さらに理解が深まります。

両方に目を通せば313Pにもなりますからかなり読み応えのあるボリュームになりますが、マネー・ロンダリングに悪用された取引事例や危険性の認められる商品・サービスなどについての部分を丹念に読み込めば、具体的な判断基準についての知見が深まり、犯罪などに巻き込まれる危険性が軽減されることでしょう。

参考事例を把握して、疑わしい取引を見抜く

ボリュームのある各報告書に目を通すのは大変でしょうから、ここでは簡単にマネー・ロンダリングの傾向や手口について簡単に解説しておきます。

まず反社会的勢力と聞けば指定暴力団や下部組織を思い浮かべる方が多いのでしょうが、マネー・ロンダリングに限って言えばそのような組織の検挙事件は全体の10.2%に過ぎません。

令和元年から令和3年の間におけるマネー・ロンダリング事犯の検挙事件は1,769件と報告されていますが、そのうち暴力団構成員等の関与が明確になったものは180件しかありません。

では暴力団構成員等が関与しなくなったのかと言えばそうではなく、手口が巧妙になり関与が明確にされないだけで、マネー・ロンダリング事犯の主体は「暴力団」、「特殊詐欺犯罪グループ」、「来日外国人犯罪グループ」であるとされています。

それでは「疑わしい取引」を判断する際のポイントについて解説しておきます。

1.現金の出どころや額に着目する。

本人確認により知り得た契約者の収入・資産等に見合わない高額の物件を購入する場合には注意が必要です。

「現金で購入してくれるし、売れれば別に良いよね」と思ってしまう方もいるかも知れませんが、疑わしい場合には報告する義務があるのを忘れてはいけません。

2.契約者の隠匿

よくある事例ですが、売買契約を架空名義や借名で締結した疑いがある場合などです。

また法人の場合にはその実態がない(このケースは筆者自身2~3度、体験しています)場合もあります。

疑わしい場合で記載された住所が近い場合には実態調査を行うのが良いでしょう。

それ以外でも売買により所有権が移転された登記識別情報通知など、重要書類などの送付先を契約者の住所と異なる送付先に指定してくる場合なども「疑わしい」とされます。

3.不自然さを見極める

要望する内容が不自然な場合には疑ってかかることです。

たとえば「1か月以内に売却を完了して欲しい」など極端に売却を急ぐケースや、そのために経済的合理性を度外視した「安値」でも構わないという場合には疑う余地があると言えるでしょう。

それ以外でも短期間のうちに多数の売買取引をしている場合のほか、購入後すぐに売りに出す場合などはよほどの理由が存在していない限り不自然な行動だといえます。

疑わしい取引の場合には速やかに届出が必要

前項で「疑わしい」場合のポイントを解説しましたが、実務においては3番めの「不自然さ」により気がつくものです。

例えば筆者が届出したケースでは会社員が1億以上の現金で一括決済を要望したケースがあります。

現金の出どころを聞いたところ「相続した」と返答されました。

そこで「現金で1億以上も相続したのであればそれ以外の資産もかなりおおかったのでしょうね。相続税はどのくらい負担されましたか?」と質問したところ、かなりうろたえました。

相続財産が高額であるほど、相続税を少しでも低く抑えたいと調べるものですが、相続税の税率さえ把握していません。

弁護士と税理士にまかせていたのであまりよく覚えていないとのことでしたので、担当した弁護士と税理士の名前を尋ねてもはっきりしない。

このようなケースはどう贔屓目にみても「疑わしい」ことになります。

疑わしくでも「手数料が入ればよい」と考える方もいるかも知れませんが、そのような疑いをもったまま契約すればそれ以外の契約当事者に多大な迷惑をかけることになり、自身の信用を失墜することに繋がりますし、よしんば契約をしたとしても、契約の相手方は「何らの催告なしに契約を解除」することができます。

また引き渡しまえの解除においては20%の違約金、引き渡した後でも反社会的勢力の活動拠点として利用された場合などには事後においても契約の解除及び前記20%の違約金にくわえ80%(つまり全額)相当額の違約罰を制裁金として徴収できるのですから、他の契約当事者の負担は相当に軽減されます。

また違約金を原資として媒介報酬(取引が別れで、反射組織側の媒介担当である場合は媒介報酬の請求権)の支払いを受けることができるのですから、「疑わしい」と思われる場合には速やかに届け出をするようにしましょう。

疑わしい取引,届出

また判断に悩む場合には、不動産流通推進センターのサイトからダウンロードできる「不動産売買における疑わしい取引のチェックリスト」などを活用してみるのも良いでしょう。

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実務においては当事者の言動が不自然さや、やり取りの端々で辻褄が合わないことなどから「なにやら怪しい」と気がつくものですが、当初はチェックリストなどを利用しながら少しずつ不動産屋としての「感」を磨くことが必要かもしれません。

まとめ

今回は犯罪収益移転防止法の観点から、不動産業者による「疑わしい取引」の通知(報告)件数が他の指定業種と比較しても著しく少ないという実態から、あらためて取引当事者の本人確認方法と、疑わしいと判断するための基準について解説しました。

あまり理解されていない部分ですが、所轄行政庁は犯罪収益移転防止法により必要な限度において、特定業者に対し報告または資料提出の要求、立入検査、指導、是正命令などを行うことができると規定されています。

また是正命令などに従わない、もしくは違反した場合には罰則規定もおかれています。

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また故意に通知を怠ったことにより、取引物件が反社会的勢力の拠点として利用されていた場合などは、風評被害も含め信用の失墜に繋がりかねません。

また間接的にマネー・ロンダリングに関与することになった道義的責任を問われる可能性もあるでしょう。

そのために被る有形無形の損害を勘案すれば、「疑わしい」場合には迷わず通知し、防止に協力する必要があるといえるでしょう。

法律の趣旨を正しく理解し、犯罪を防止するために活動する義務が不動産業者にはあるからです。

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