ITを利用した法35条書面説明、いわゆるIT重説が解禁されたのは2021年3月30日のことです。
さらに製本書類の郵送を必要とせず、すべてを電磁的方法により行える契約方法が解禁されたのは2022年5月18日からです。
改めて考えれば、すでに1年以上が経過しているのです。
Zoomなど非対面型のコミュニケーションツールが飛躍的とも言えるほど普及したのはコロナ禍の功罪ともいえるでしょう。
一時より下火になったとはいえZoom飲みなど、斬新なツール利用法が考案されたのも、人間が持つ応用力によるものだと言えるでしょう。
企業サイドとして電子契約の導入を検討する理由は様々でしょうが、一般的には「脱ハンコ」そして「ペーパレス化」が上げられるでしょう。
印刷すれば数十枚にも達する法35条書面、及び法37条書面や添付書類について印刷や製本が不要になり、さらに「印紙の貼付も不要」ですから環境保全とコスト削減にもつながります。
不動産の契約当事者はその多くが一般の方であることから対面取引の場合には、土日に集中することが多く、内見など新規対応に支障をきたします。
ですが電磁的方法であれば、当事者が了解しリラックスした状態で説明を受けられる前提さえ整えば、たとえ夜中でも契約ができるのです。
このように印刷や製本などに要する労力が不要になり、時間調整も容易、さらにコスト削減にも繋がる電磁的取り引きは、不動産業者として導入しない手はない。
筆者は電磁的方法による契約解禁以前から、具体的なマニュアル解説はもとより導入メリットについて情報を発信し続けてきました。
ご存じのように印刷した法35条並びに法37条書面を契約当事者にあらかじめ郵送し、Zoomなどにより説明を行うIT重説だけを行うのであれば特段、設備投資する必要はありませんが、電磁的取引きを行う場合には電子契約サービスの導入が不可欠です。
これは電磁的契約を行う場合には改竄やなりすまし防止のため電子署名やスタンプが必須とされ、さらに電子帳簿保存法に基づき書面を保存しなければなりませんから、必然として電子契約サービスの導入が必要だからです。
機能や価格、プランなどについてはサービス提供会社ごと様々ですが、選択先の利用料のほか、導入してからの利用実績によっては導入前よりもコストが上がってしまうなんて笑えない話になってしまう可能性があります。
さて、そこで改めて着目したいのが不動産業界における導入率と、導入している会社において実際にどの程度、電磁的方法により契約が締結されたかです。
さらに、非対面であることから発生した問題としてどのようなものがあるか、また顧客の認知度についても知っておきたいでしょう。
今回は主に電磁的契約の導入を検討中の方々向けに解説したいと思います。
現状の導入率は?
残念ながら、不動産の管轄省である国土交通省から電磁的契約の導入率についての調査結果は公開されていません。
適時、ヒアリング調査などは実施されているようですが、その結果について確認できません。
解禁から1年を経過しましたが、いまだ発展途上であることから本格的な調査をするには至っていないのでしょう。
ですが、まったく調査が行われていない訳ではありません。
電子契約サービスを提供している「電子印鑑GMOサイン」を提供するGMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社と公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会が共同で調査を実施し、その結果を2023年7月27日付けで公開しています。
もっとも、調査対象が「電子印鑑GMOサイン」の利用者及び検討者である1,723社であることから、かなりの偏りがあるのは否めません。
ですが参考にはなりますので紹介しておきます。
まず電子契約を利用した顧客の反応についてですが、71.2%が満足したとされています。
電磁的取り引きを承認される方はパソコンやテレビ、タブレットなどによりIT環境がすでに構築されており、少なからず日頃の業務などを通じ改竄防止などのセキュリテイ面や電子署名についても理解が及んでいると推察されますから、契約締結場所に足を運ぶ労力もいらず印紙代も節約できるなど、利点を享受できるとして満足度が高いのは頷ける結果です。
それにたいし気になるのは不動産会社の意見ですが、業務フローの改善(56.6%)・顧客との日程調整(53.9%)・コスト削減(50.0%)が導入により達成できたとされています。
過半数を占めていることから概ね導入当初の目的は達成されているとも受け取れますが、回答者はすでにシステムを導入してる会社です。
導入し、実際に活用している会社の回答結果としては何とも微妙です。
とくに契約当事者の居住地について距離を厭わず契約できることや、電子帳簿保存により各種契約書面などの一元管理が容易になるはずの電磁的取引ですが、「遠方の顧客対応など、顧客満足につながった(35.5%)」、「契約データを一元管理できるようになった(23.7%)」といずれも低迷しています。
繰り返しますが、回答はすでにシステムを導入している会社です。なぜこのような結果になっているのでしょうか?
普及に歯止めをかけているのは抵抗感
9月23日の不動産日にちなんで毎年全宅連で行われている「住居の居住志向及び購買等に関する意識調査」において、電子契約の解禁を知っているかどうか質問がされています。
2023年2月に公開されている最新版では「知っている」、「聞いたことがある」と回答した方は合計で27.8%しかおらず、残る72.2%は「知らない」と回答しています。
解禁前に実施された前年の2021年調査(2022年2月公開)では、「知っている」もしくは「聞いたことがある」の合計が51.3%でした。
理由が不明ですが、解禁前の方が認知度も高いという結果になっています。
解禁前に注目され、関連する報道が多かったのも理由の一つでしょうが何とも不可解です。
もっとも、次いで行われた質問結果は興味深いものでした。
不動産取引の電子契約についての意識について質問した結果です。
積極的に利用したいという意見は売買で13.5%となっており「書面の方が安心だ(20.0%)」を下回っています。
また「印紙非課税のメリットがあるなら利用したい」との回答が20.5%ある一方で、不動産が高額であることを理由に抵抗感があると回答した方が12.2%います。
賃貸においても似たような結果になっていますから、不動産関連の契約全般について電子契約への抵抗感が伺えます。
実際に電子契約システムを導入している不動産業者を対象に行われた調査において、電子契約業務の課題について質問されていますが、66%が事前承諾を課題として上げています。
顧客の認知が低ければ電子契約についてその手順や流れ、安全性などについて一から説明する必要がありますし、長時間かけて説明をしても「高額な取り引きなので、電子契約では安心できない」と承諾が得られなければ、説明に要した労力も無駄になります。
担当者も、無駄になる可能性を考慮して「電子契約もできますよ」と、従来の対面取引を前提として話を進めながら軽く興味があるか聞く程度なのかも知れません。
冒頭で述べたように、筆者は電子契約の導入を推奨しています。
書面印刷の労力が不要で時間調整も容易な電子契約が、今後、必ず主流になると確信しているからです。
そのために現状の普及率と、導入して実際に運用している各業者が感じている課題を把握したうえで、電子契約の安全性や様々なメリットについて情報を発信していく必要があると考えています。
電子帳簿保存法の理解が及んでいない
電子契約システムを導入してすでに活用している方に話を聞くと、まれに「導入後の方がデータ管理も煩雑になり手間がかかるようになった」と言われます。
先述したアンケート結果でも「契約データを一元管理できるようになった」が23.7%と低迷していますが、すでにシステムを導入している会社も電子契約データの保存方法などについて苦慮しているのではないかと考えられます。
印刷してファイリングするよりも、はるかに整然と管理できる電子データの一元管理で問題が生じるのか疑問だったのですが、詳細に話を聞くとその大半は「電子帳簿保存法」について知見が不足しているからのようです。
なんせ「電子帳簿保存法って何ですか?」と質問されるぐらいです。
基本的な話ですが、電子契約システムの導入先を選択する際のポイントとして、電子帳簿保存法に対応しているシステムであるかの確認が必須です。
電子帳簿保存法、いわゆる「電帳法」は2022年1月に改正法が施行されています。
それにより電子取引で利用した一連の電子データ、つまりメールやPDF・システムを経由してやりとりされた契約書・請求書・領収書などその全てを電子データのまま保存することが求められ、さらに便宜上、印刷物でやり取りされた書類についても電帳法の定めに該当した解像度のスキャナで取り込みデータを保管する必要があります。
電帳法に対応している電子契約サービスであればそれほど問題にはなりませんが、そうではない場合あちらこちらに保存されてしまった電子データをかき集めるだけでも余計な労力が発生します。
もっとも電帳法に対応しているシステムを利用している場合であっても、それを利用する社員が理解していなければ機能しません。
電子契約システムを導入していても、実務面で全てが電子データのやりとりで完結できる訳ではありません。
決済時の領収書などを筆頭に、印刷物で対応するしかない書面は少なからず存在します。
電子データと印刷物などの混在しているのが、実際の不動産取引の現状です。
そのような場合には印刷物でやりとりされた書面などは、必ずデータにして保管しなければなりません。
これはシステムを導入していない場合も同様で、共同媒介で相手方が電子契約を希望する場合には、それに応じる側も電子契約について相応の知見が求められます。
電帳法でメールやダウンロードで取得した電子取引データについて、すべて電子上で保存するとの定めがあるからです。
結局のところ、今後、電子契約システムの普及が進めば少なからず対応を迫られることが増加するでしょうし、「うちは電子契約システムには対応できませんから」と頑なになれば、ビジネスチャンスを失う結果になるでしょう。
導入は自由ですが、少なくても電子契約の基本的な流れなどについては学んでおく必要があるということです。
まとめ
電子契約についての展望は明確です。
売買において高額であることを理由に印刷物の方が安心という声も根強いものです。
ですが実際にはオンラインクラウドストレージや専用データベースに保存される電子データの方が盗難、火災、改竄、破損などのリスクを低減します。
将来的に電子契約はますます一般的になるでしょう。
今後、不動産契約の当事者になっていくZ世代や次の世代などは早くから電子決済に慣れ親しんでおり、電子契約にたいしての抵抗感も少ないことが予想されます。
不動産会社では電子契約システムを導入していない会社が大半を占めますが、2022年の改正電帳法により、たとえ電子契約システムを導入していない場合でも、共同媒介の相手方が電子契約を採用していれば電子データ保存が必要になります。
電子契約サービスの利用金額も、その普及に伴い手頃な価格になっています。
電子契約についてのメリットや今後の動向に注意を払い、導入を検討する時期が到来していることに目を向ける必要があると言えるでしょう。