先日、私が講師を努めた営業研修後に若手の不動産営業マンと雑談をした時の話です。
『不動産に限らず、営業マンには語彙力が求められる』との趣旨で話をしたのですが、その後、質問されたのがタイトルとした「不動産営業に語彙力は必須ですか?」との質問です。
曰く、「営業活動の大半は口頭で説明することなので、基本的な不動産や法律関係の用語さえ理解しておけば、それほどの語彙力は必要ないと思う」との言い分でした。
確かに、不動産営業は口頭で説明することの方が多い。
最近では文字情報についても、従来のように形式的なメールではなくLINEなどSNSによるやり取りが主流ですから、話し言葉を言語化したような文章でもコミュニケーションに支障はないのでしょう。
ですが、だからといって語彙力が必要ないと考えるのは少々短絡的です。
そこで件の営業マンにたいし、メモ帳に書きつけた下記の用語を、読みと併せて意味についても説明を求めました。
①「貼付」、②「用益権」、③「齟齬」、④「公租公課」、⑤「修補」、⑥「遅滞」の6文字です。
読みは順にちょうふ・ようえきけん・そご・こうそこうか・しゅうほ・ちたい、です。
ちなみに件の営業マンの答えは、①が「はっぷ」で、続く②は正解。③は読めず④~⑥の読みは正解でした。
意味についての説明は、全体を通してかなり怪しいものでした。
これらは、どれも契約書面の約款などで用いられる言葉です。
意地が悪いとは思いましたが、続けて、「修補と補修の違いは?」と質問すると
「分かりません。同じ意味じゃないんですか?」とのことでした。
確かにニュアンスとしては似たように思われがちですが、前者(修補)は取引される物件に契約不適合(瑕疵)が存在している場合、売主にたいし修復を請求する場合に用いられます。
それにたいし「補修」は、たんに損壊した部分を直すことを指します。
話し言葉だと、相手方にはイメージとして伝わりますからそれほど問題ではかも知れません。
ですがメールの送付も含め、契約書や合意書・覚書などを自ら作成する場合には使用する用語を取り間違えるだけで大きな問題が生じる可能性があります。
それは「ボキャブラリー(語彙力)が貧困」だとして知識総量を疑われる程度のものではありません。
言い間違いであれば、「言った・言わない」の水掛け論で済むかも知れませんが、文字にした場合には証拠が残ります。
それにより思わぬトラブルに発展する場合もあるでしょう。
語彙力は、プロフェッショナリズムや専門性を裏付ける要因であることは疑う余地もありません。
今回は、誤解されがちな不動産関連の語彙や、業務を通じてそれらを高める方法について解説していきます。
語彙力の必要性
のっけから質問で恐縮ですが、「語彙とは何でしょうか?」
難なく答えられた方はこの項を読み飛ばしていただいても構いません。
返答に困った方に向け話をすすめます。
語彙とは「語」の集まりです。
つまり複数の「語」からなるものであって、単語のみを「語彙」とは呼びません。
冒頭で「貼付」などの読みについて筆者が営業マンに質問したのは、語彙は「語」の集合である以上、数多くの「語」、とくに不動産業の場合には専門用語を知っている必要があるからです。
記憶し、常時使える単語が多いほど、必然的に語彙は豊富になります。
ですがそれは必要条件であって絶対条件ではありません。
語は「内容語」と「機能語」に大別されますが、前者は名詞・動詞・形容詞など、後者は助詞・助動詞・感動詞などです。
内容語は語彙力、機能後は文法力に繋がるとされますが、このうち文法力については義務教育を受けている段階で自然に身についているでしょう。
ですが、内容語はその限りではありません。
身につけるには努力が必要とされます。
営業なのだから文法力さえ確かであれば、別段、問題ないと思われる方もおられるでしょうが、言語的なコミュニケーションのみで成立するほど不動産営業は簡単でもありません。
日常業務においても文章を作成する必要が往々にしてあります。
語彙力に欠けていれば、思わぬ齟齬が生じることもあるでしょうし、意図しないトラブルにつながる可能性も増加します。
用語の暗記だけでは足りない理由
「知っている」と「理解している」は違う。
これは、日頃よく耳にする言葉ですから今更説明の必要もないでしょう。
聞き及んだことがある、もしくは耳にしたことがあるといった程度ではその語彙が持つ意味を分かりやすく第三者などに説明することはできません。
口頭で説明するだけで「知っている」の数倍、それを分かりやすい表現で文字に置き換えるにはさらに数倍以上の理解が必要とされるでしょう。
先程多少触れましたが、私たちが日常的に説明に用いる話し言葉と、文章を書くときに使う言葉では、用いられる「語彙」は大きく異なります。
SNSなどでやり取りされる書き言葉は、比較的話し言葉に近いかもしれませんがそれは友達関係だから許容されているだけです。ビジネスで顧客相手に用いられるものではありません。
誤って理解されているケースが多い語彙
不動産業界で口頭による説明の際、よく混同されがちな語彙の一例を下記に紹介しておきます。
所有権と使用権
前者は不動産に限らず「物」に関しての全面的な支配権を指します。
それにより自由に使用・収益・処分する権利があります。
それにたいし使用権は使用が認められた権利や許諾権を指します。
使用権は専用使用権と通常使用権の2種類に分けられますが、前者は後者と比較して独占的権利を有する強いものです。
マンションのバルコニーや専用庭などを思い浮かべれば良いでしょう。
賃貸とリース
どちらも借りる側からすれば同様の意味を持ちますが、前者は所有者自らもしくは管理会社が所有・管理する物件を貸し出すのにたいし、後者はリース会社が所有者から一括して借り上げ、それを借主に貸し出すという点で違いがあります。
前者は普通借家契約として1年以上であれば良いとされていることから、1~2年をひとまずの期間(特段の定めがなければ更新可能)とすることが多いのですが後者は最短期間が定められてはいませんが比較的長い期間(10年など)を定め契約することが多いのも特徴でしょう。
リノベーションとリフォーム
よく混同されていますが、リフォームが老朽化した建築物などを見映えも含め改修すること、つまり新築状態により近く「戻す」ことを目的とします。
リノベーションではさらに資産性や性能的な向上を目的にします。
つまり新築時以上の付加価値を生み出せるよう工事を行うことです。
そのためリノベーションは、工事も大規模となり当然に費用も高くなります。
修繕と改装
修繕は新築状態に近い状態へ回復するため行われますが、改装は新築時よりも高い性能や機能を獲得することを目的に行われます。
修繕はリフォーム、改修はリノベーションを指していると理解しておけば良いでしょう。
建築面積と延床面積
前者が壁や柱など構造躯体の面積、つまり真上からみた投影面積として一般的に建物の外部寸法で計算されるのにたいし、後者は各階の床面積を合計したものです。
基本ですので説明不要かも知れませんが、口頭による説明においては延べ床面積が、建物面積・延べ面積などと言い換えられていることが多いものです。
デューディリジェンスとインスペクション及び鑑定評価
前者が不動産投資などの際、対象不動産に投資するかどうかを判断するために行われる詳細な物件調査(物理的・法的・経済的調査など)であるのにたいし、インスペクションは建物や設備の劣化状態のみにたいし行われる建物現況調査です。
インスペクションはデューディリジェンスに包括された調査項目の一つだと言えるでしょう。
弁済と返済
不動産初心者がよく誤用する言葉です。「弁済」は債務を履行し完結することです。
つまり、一括して返済し債務を消滅させる場合に用いられます。
月々の約定額を分割で支払う場合は「返済」になります。
広義には返済も弁済の一部であるとされますが、そこまで考える必要はないでしょう。
解約と違約
解約が全て違約になる訳ではありません。
手付放棄もしくは手付金及びそれと同額を提供しての解約は、売主買主双方に認められた権利ですから、それを履行しても違約になる訳ではありません。
違約は一方の当事者が、契約条件を履行しない相手方にたいし契約を解除する権利のことです。
契約に関しての基本ですので混同される方は少ないと思いますが、念のため掲載しました。
語彙を広げるためには
語彙が豊富であれば知的に見えますし、何よりも営業マンにとって武器になることは間違いありません。
それでは、語彙を広く学ぶためにはどのような方法があるでしょうか?
筆者が取り入れている方法を、下記に列挙します。
読書
ジャンルを問わず読書は語彙力を深めるのに有効な手段です。
文学書、専門書、雑誌や小説など手当たり次第に読むだけで、新しい語彙に触れる機会を得られますし、雑学知識も増加します。
語彙学習アプリを活用する
ゲーム感覚で語彙を学べる、語彙学習アプリを活用するのも有効です。
最近は無料で、幅広い年代向けに語彙力を鍛えられるアプリも登場していますので、手軽に利用できるでしょう。
分からない単語はすぐ調べる
読書もしくは映画やテレビなどを見て、知らない用語が出てきた時にはすぐに調べる癖をつけましょう。
スマホで簡単に調べるのも有効ですが、時間がある場合には広辞苑など本格的な辞書で調べることをお勧めします。
手軽さとは程遠いことから敬遠されがちな辞書ですが、引く過程で様々な語彙に触れるという副次的な効果もあり、それにより学習能力が高まるとされています。
好みの問題もあるでしょうが、積極的な利用をお勧めします。
類語辞典を活用
語彙が豊富になっても、表現に適しているかどうかは別の問題です。
そこで、言い回しなどが適切か学ぶためにも類語辞典を活用しましょう。
類語辞典は紙版とアプリ版があり、手早く調べるには後者が便利ですが、時間に余裕があれば紙版を利用するほうが学習効果も高いでしょう。
まとめ
今回は不動産営業に語彙力が必要な理由と、その高めかたについて解説しました。
顧客とのコミュニケーションツールは従来主流であったメールから、LINEなどのSNSに移行しています。
短文と手軽さなどの特徴から、SNSによるやりとりはフランクになりがちですが、業務である以上は線引が必要です。
表現や内容はもちろんですが、文字数制限のあるSNSでは伝達したい事柄を、いかに端的に分かりやすく表現するかに気を配る必要があります。
そのような時にこそ、豊富な語彙力が「力」を発揮します。
正確かつ専門的な用語を適切に使用することで、目的が達せられるからです。
言い間違いを即座に修正できる口頭伝達とは違い、文章では入力した後の推敲は不可欠です。
専門性の高さから意図せず冗長になりがちな内容を、簡潔で明確な言葉で表現するには口頭で説明する数倍の、語彙にたいする理解が求められます。
語彙力の向上は、専門家としての信頼性を高めると同時にトラブルを未然に防止する効果も発揮します。
語彙力は、意識して学ばなければ向上しないことを理解して日々の行動に取り入れたいものです。