「お客様第一主義」というキャッチコピーをよく目にします。
商売は顧客があってこそ成り立つのですから、お客様を大切にする心構えは大切です。
さらに不動産業のような1on1のサービス業では、顧客ニーズに合わせて柔軟に対応する覚悟が求められます。
ですが、それも程度問題でしょう。高飛車な態度で無理難題を押し付け、しかも事あるごとにクレームを入れてくるとなれば話は別です。
不動産業の新人が短期間で離職していくのは変則的な勤務時間や給与体系もあるでしょうが、顧客とのコミュニケーションがうまく行かず人間不信に陥ったことが理由の場合も多いでしょう。
高額な不動産を取り扱い、賃貸物件の不具合対応や家賃の督促なども行うのですから、ある程度のクレームに対応するのは当然の責務です。
ですが、理由が明確で主張に合理性があるのならよいのですが、優越的立場にあぐらをかき無理難題を押し付けてくるのは、クレームではなくカスハラです。
威圧的な言動はもちろん脅迫や中傷、執拗な謝罪要求や土下座の強要など、筆者のような古株は何度も体験しその都度切り抜けてきましたが、ゆとり世代が中心となる新人営業にはかなりの負担となり、労働意欲が失われていくでしょう。
そのような状態に陥った若手営業マンに「やはりゆとり世代の子たちは……」などと、精神的な脆さを論じても何ら解決はしません。
筆者は、顧客から執拗にクレームのSNSメッセージが送られてくると悩んでいた営業マンに相談され、実際の文章を目にしました。
そこに並んでいたのは、思いつく限りの非業中傷と罵詈雑言で、ここで紹介することなどできないほど辛辣な内容でした。
若手でなくても落ち込むでしょう。
今回は正当なクレームとカスハラ行為の線引、そして合理的な理由なく迷惑行為が繰り返された場合の対処法について解説します。
法的にはカスハラの定義が存在していない
語彙として広く認知されているカスハラ、いわゆるカスタマーハラスメントですが、法的な定義は設けられていません。
厚生労働省は2022年2月から「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」を公開していますが、マニュアルに限りという前提で以下のように定義付けています。
『顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの』
つまり、①優越的な関係を背景とする相手方から②業務上もしくは社会通念上許容される範囲を超え③就業環境が阻害される状態であれば、カスハラに該当していると言えるでしょう。
令和2年度に厚生労働省が実施した調査結果によれば、カスハラとして最も多いのは長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレームが最も多く(52%)次いで、名誉毀損・侮辱・暴言(46.9%)、著しく不当な要求(24.9%)と続いています。
脅迫や暴行・傷害などはさすがに少ないでしょうが、顧客からの執拗なクレームや侮辱を受けた経験は、少なからず皆さんあるでしょう。
カスハラの相談は上司が正解?
企業の規模にもよるのでしょうが、カスハラに関しての相談窓口が社内に設置されているケースは稀です。
身近で相談できるのは同僚や上司でしょうが、相手が顧客であることから具体的な対策を講じるのも難しく、公的な機関に相談しようにも特段の窓口は存在していません。
結局は上司などから「大変だろうけど、担当なんだから自分で何とかしろ」と突き放される可能性の方が高いのでしょう。
大声で暴言を吐き威嚇する、もしくは暴力的に危害を加えようとする場合、退去の要求をしても居座り続けるような場合には警察に連絡して対応してもらうこともできます。
「顧客だから大事には……」と躊躇する気持ちもあるでしょうが、度が過ぎれば不当要求者でしかありません。
どのようなケースが刑事事件になるかを理解して、適時判断すれば良いでしょう。
①脅迫罪(加害者にから直接あるいは間接的に害を加えられる状態で、一般に畏怖される程度の告知があった場合)
②強要罪(生命・身体・自由・名誉もしくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫・暴行を用い、義務のないことを強要する場合など_謝罪金など金銭の支払いを強要するようなケース)
③恐喝罪(暴行または脅迫を手段として畏怖され、それにより財物(金銭など)を交付し、占有が加害者に移転した場合)
④威力業務妨害(威力を用いて業務を妨害する場合)
直接的な暴力行為だけではなく、迷惑電話や脅迫的な内容のメール・SNS投稿が繰り返される場合も「威力」にあたるとされます。
⑤不退去罪(退去の要求を受けたにもかかわらず、正当な理由がないのに、住居・建物などから退去しない場合)
このうち脅迫・強要・恐喝については、現行犯の場合を除き通報するのも悩みますが、威力業務妨害と不退去罪は、カスハラ対策としては使い勝手がよいものです。
まず威力業務妨害は、現に業務妨害の結果を必要とせず、業務を妨害するに足りる行為があれば成立するとされており、電話の録音やメール・SNSなどの履歴があれば判断しやすい。
不退去罪は会社に押しかけられた場合に限られますが、相手方の滞留目的・退去要求の正当性・退去要求に反する意志の程度、不退去の状態が継続することによりもたらされる侵害の程度で判断し活用できます。
警察の原則は民事不介入ですが、上記刑法の成立要件が満たされるほどの不当要求にたいし、我慢を強いられる必要はありません。
話し合いで解決できるのが最も良いのですが、イザと言う時のために成立要件については理解しておきたいものです。
またどうしても大事にしたくない場合には、カスハラ問題に知見のある弁護士に相談するなど、訴訟を含め検討するのも良いでしょう。
ちなみに民事訴訟としては、問題行動の禁止命令などの仮処分申し立て、理不尽なクレームによる損害賠償請求などが考えられます。
経営者や上席には、社員や部下を守る責任がある
新人営業が鞄持ちとして先輩に同行している場合などを除き、会社での接遇や顧客宅への訪問は、基本として個人行動になるでしょう。
一連の営業行為と契約や融資関連などを分業制にしている会社もありますが、ほとんどの不動産会社では担当者が最初から最後まで、全ての業務を取り扱うケースが多いでしょう。
ですから問題が生じた場合のクレームやそうではない場合の過剰要求などについても、個人として引き受けることになります。
個人に与えられた裁量で穏便に解決できるならよいのですが、必ずしも上手くいくとは限りません。
とくに他社でも名前を知られるほどのハードクレーマーに引っかかれば、生半可な知識では対応できないでしょう。
状況により経験が豊富な経営者や上席が介入し解決する必要があるのです。
筆者が勤務している時代の話ですが、新築現場の近隣から毎日「音が煩い!」と、執拗にクレームが寄せられたことがあります。
建築工事は少なからず騒音を生じます。
ですから工事着手前には粗品を持って近隣を周り、粗品を配ってのあいさつ回りを徹底していたのですが、それでもクレームは入ります。
大概は一時的なもので、クレームが入った場合には現場の職方にその旨を伝え、より一層配慮するように伝達するなどの対応を行い沈静化するものです。
ですが、前述したケースでは名前を名乗らず一方的に暴言をはき、それも連日のことですから電話対応していた事務職がとうとう根を上げてしまいました。
そこで筆者が電話を変わったのですが、現場の職方に指導し可能な限り「音」が生じないよう配慮して工事している旨を伝え、度重なるクレーム行為は場合によって威力業務妨害に該当する可能性があると穏便に伝えると、「貴様」、「殺してやろうか」など罵詈雑言の嵐です。
電話終了後、毎回このような調子なのか問いただすとそのようで、番号非通知の電話に出るのが怖いと言いました。
そこで翌日の電話も筆者が対応し、今回から電話のやり取りは全て録音すると宣言し、今後の如何によっては威力業務妨害として告発する用意がある旨を宣告しました。
「手前ふざけんな!」と言われ電話を切られましたが、意趣返しもあるのでしょう、その後、公害レベルの騒音が常態化していると警察に通報され建築現場にパトカーが派遣される事態になりました。
あげく口コミ情報で、「〇〇社の工事現場が近隣にまったく配慮せず騒音を撒き散らしている。あまりにも近所迷惑なのでクレームを入れたら、偉そうな奴が出てきて脅された」と書き込まれました。
現場を含め事務方の業務にも支障が生じているのは間違いなく、口調が荒いことから女性陣は電話に出ることがトラウマになるような状態でしたから、宣言通り一連の書類を作成すると同時に告発状をまとめ警察に出向きました。
翌日も電話が入り筆者が対応し、告発状を提出した旨を宣告すると電話が切られ、その後、数回無言電話が入りましたがやがて沈静化しました。
警察からことの顛末の報告はありませんでしたので、どのようになったのかまでは分かりませんが、過剰要求に対しては毅然と対応することが大切です。
まとめ
今回はカスハラに関連する解説を行いましたが、実際のところ、判断基準は難しいものです。
不動産業の場合、企業として許容範囲の基準を設けているケースは、筆者の聞き及んだ中ではほぼありません。
基本的には都度、判断です。
もともと個人経営の性格を有する不動産営業の場合、企業としての判断基準がなければ迂闊に判断もできないでしょうし、当人に知識がない、もしくは上席などが相談に応じてくれる体質がなければ抱え込んでしまうでしょう。
そうなれば精神的に疲弊して、個人としての業績に影響が生じるのはもちろん、場合によっては「鬱」を発症するもしくは業界に嫌気がさして離職していくことになりかねません。
そのような事態を防止するためにも、あらかじめカスハラの判断基準を明確にし、企業としての考え方、対応方針を統一すると同時にどのような状態であれば刑事罰に該当するかの知見を深めることが重要なのでしょう。