先日、とある賃貸オーナーから相談がありました。
内容は、「家賃の支払いが2ヶ月以上滞り、賃借人との連絡も不通だったので部屋から荷物を搬出したのだが、突然、賃借人から連絡が入り、勝手に荷物を処分したのは違法だから損害賠償を支払え」と言われて困っているとのこと。
皆さんご存じのように、この場合、「分」は賃借人にあります。
理由はともあれ相手方の承諾を得ず荷物を搬出しては絶対に駄目。これは基本です。
ドラマや映画では家賃を滞納した主人公が、部屋に帰ると玄関先に家財道具が搬出されているシーンを見ることもありますが、それはフィクションの世界。現実にそんな行為をすれば損害賠償を請求されても仕方ありません。
賃貸オーナーは自主管理を10年以上続けられている方で、その辺りの理屈は十分に理解しているはずです。なのになぜ、そのような暴挙に出たのか話を伺うと……
警察から件の住人について問い合わせがあり、近日中にその部屋を捜索するので立ち会って欲しい旨の連絡が入り、実際に家宅捜査が行われたとのこと。
どのような犯罪が行われたのか聞いても回答も得られませんでしたが、なんせ初めてのケースです。
家族や親しい人に相談しても決定打といえる回答は得られず、家賃未払いの状態が2ヶ月を超えました。
これからどうなるのか不明ですが、家賃が入ってこないのは困ります。
そこで保証人である母親に連絡をしたところ、「容疑は分からないが逮捕されたことは知っている。自分には家賃を負担する余裕はない。迷惑をかけるのは忍びないので荷物を処分し、新たな賃借人を探して欲しい」と言われました。
念のためその旨を記載した手紙を送付してもらい、荷物を処分しました。
さて、それからしばらくして当の賃借人がひょっこり帰ってきました。
荷物が処分されたことを知って賃貸オーナーに詰め寄ります。
曰く「本人の承諾を得ず勝手に荷物を処分するとは何事だ。慰謝料と損害賠償を請求する。支払わないなら裁判も辞さない」と言われました。
保証人である母親から一筆もらっていることを話しましたが「そんなの関係ない‼」と埒があきません。
困り果てた賃貸オーナーが巡り巡って筆者に相談してきたのですが……
残念ながら勝ち目はない
知見のある管理会社が入っていればこのような自体にはならなかったのでしょうが、自主管理であったのが裏目に出ました。
裁判となれば弁護士の範疇ですが、まだその前段。懇意にしている弁護士を紹介するという前提で、何がマズかったのか説明しました。
第一に「逮捕=犯罪者」ではないという点です。
警察から件の賃借人についての問い合わせが入り、しかも逮捕されたと聞いて気が動転したようですが、刑が確定するまでは被疑者に過ぎないからです。
刑事ドラマや小説をお好きな方ならご存じかと思いますが、逮捕は被疑者の逃亡や証拠隠滅を防ぐため強制的に一時、身柄を拘束する行為です。
これは刑事訴訟法第199条で定められており、要件として「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる(そのほかに逮捕状を必要としない現行犯逮捕などもありますが)」とされています。
逮捕は同法で最大72時間とされていますから、この間に警察は起訴できる程度の証拠固めをしなければなりません。
ですが起訴できると思慮した場合、その前段階として『勾留』し、その期間は最大で20日間(25日間とする例外もあり)となっています。
もっとも起訴後の勾留については当初2ヶ月、それ以降は1ヶ月ごとに更新できるとされていますから、実質的に期間制限が設けられていないことになります。
起訴後の有罪率99.9%を誇る日本の検察ですが、これは確実に有罪となる事件を起訴しているから可能なのであって、起訴して公判を維持できないと判断された場合は『不起訴処分』とされます。
新聞やニュースでもよく見かける不起訴については、具体的に理由を明かす必要はありませんから大概は「嫌疑不十分により不起訴」とされています。
限りなく怪しくても不起訴になれば犯罪者とはされません。
可能性は限りなく低くても、起訴後に無罪を勝ち取った場合も同様です。
警察から連絡が入り気が動転したのは理解できますし、逮捕から勾留が2ヶ月以上に及びその間、家賃が入らないのですから一方的に契約を解除し荷物を処分したい気持ちも理解できます。
保証人に連絡を取り、一筆取ったのもあながち的外れでもありません。
ですが、あくまでも被疑者として勾留されている状態であることを正確に理解していれば、打つ手は違っていたのでしょう。
「逮捕」が信頼関係の破綻に該当するか?
ご存じのように、法的に契約の解除と荷物の処分はまったく違う手続が必要です。
そもそもの話になりますが、借地借家法において解約はお馴染みの『正当事由』がある以外は、双方の同意による他は認められません。
相談例の場合は家賃が2ヶ月以上滞納されている状態ではありますが、これだけではまだ弱い。
家賃の滞納を理由として信頼関係が破壊されたとするためには、一般的には3ヶ月以上家賃が滞納され、そこから相当の期間を定めての『催告』が必要です。
催告は電話もしくは不通郵便でも「可」ではありますが、裁判に発展した場合に備え内容証明郵便で行うのが一般的です。
警察に勾留されているのに書面送付などできないと思いがちですが、内容証明郵便は逮捕もしくは勾留中の被疑者にたいしても送達できます。
そのあたりを理解して手続をしていれば、賃貸オーナーの悩みも半減していたかも知れません。
もっとも家賃滞納以外の理由、例えば「逮捕されるような入居者には居住して欲しくない」などの理由であれば、それがどの段階で正当事由となるかについては熟慮が必要です。
この場合、「逮捕により当事者間の信頼関係が破壊された」という客観的な状態が必要とされます。
逮捕・勾留が信頼関係の破壊にあたるかどうかは、当該犯罪行為の内容や重要性、近隣住民への影響を考慮されますから、相談事例のように逮捕の理由が定かではなく、また結果的に不起訴となった状態において認められることはないでしょう。
接見が可能であったのかは定かでありませんが、可能であれば「こんな状況では困るので、申し訳ないが部屋を明け渡してくれないか」などと立退き相談を行う方法があったかも知れません。
そのような行動をせず、契約が解除されていない状態で荷物を搬出した賃貸オーナーの立場は不利なのです。
荷物の搬出に必要な手順
そもそもの話になりますが、借地借家法において解約は正当事由が存在する、もしくは双方同意による他は認められません。
賃借人の許可なく荷物を搬出・処分するには裁判の訴訟判決が必要です。所謂「明け渡し断行の強制執行」の申立です。
これがなければ当人の承諾を得ず、勝手に荷物を搬出・処分することはできません。
賃借人が行方不明(夜逃げなど)の場合は「公示送達」により審理されますが、相談のケースでは居場所がわかっています。
被疑者としての勾留されている状態である今回の相談事例において、強制執行が認められる可能性は限りなく低いでしょう。
賃貸契約書には「暴排規定」を設けていたようですが、これは定められた反社会的勢力(暴力団・暴力団関係者・総会屋など)に属していることを隠して入居していた場合などにおいて契約を解除できるとしている特約に過ぎず、容疑も定かではない被疑者を排除できるものではありません。
結局のところ賃貸オーナーが行った行為は、いずれも不法行為になってしまうのです。
一連の経緯から気持ちは理解できまるものの、賃借人の要求が正当だと判断される可能性は高いでしょう。
相談者である賃貸オーナーには法廷で争う方法もあるが、請求されている額が妥当であれば話し合いで収めるほうが無難だと回答しました。
まとめ
あらためて解説する必要もないのでしょうが、正当事由が存在していない立退きはプロの仕事です。
賃貸オーナーの中にはいまだに大家の方が圧倒的に強い、だから賃借人にたいし無理難題を強いても認められると勘違いしている方がおられます。
管理会社などが関与していれば、そのあたりの問題も解消されるのでしょうが自主管理の場合には旧態依然の思考を持たれている方が少なくありません。
今回紹介した相談事例においても、理解が伴っていれば大事にならなかったでしょう。
賃借人が逮捕され、相当の期間釈放もされず家賃滞納状態になれば「さっさと退去させて新たな賃借人を見つけたい」と思う気持ちは分かります。
ですが、何事にも手順がある。
入居させるかどうかは賃貸人により判断できますから、強い立場にあるのは間違いありません。
但し賃貸借契約が成立してしまえば賃借人の立場が強くなる。
賃貸借に関しての法改正は、例えば退去時における原状回復費用についてのガイドラインで示されているように、慣習とされている賃貸人の横暴を抑制し、ひいては賃借人の立場を保護する傾向が強まっています。
私たち不動産のプロは様々な相談に応じます。
トラブルを未然に防ぐために必要な知見については積極的に学んでいくようにしたいものです。