『住まい環境整備モデル事業』は、高齢者・障害者・子育て世帯など多彩なライフステージの変化に対応し、誰もが安心して暮らせる住環境の整備促進を目的としています。
2023年時点では6種に大別された各事業タイプごと民間事業者等から公募を行い、先導性が認められる事業にたいして補助されます。
例えば「課題設定型」、「事業提案型」の場合、各案件につき上限として3億円が補助されます。
ただし全額が補助される訳ではありません。
「住宅等の整備費」は1/10、「調査設計計画費」、「住宅等の整備費」、「技術の検証費」、「情報提供・普及に関する費用」は各2/3までの範囲とされています。
この事業は令和元(2019)年から実施されています。
これまでの評価結果については「住まい環境整備モデル事業評価事務局」が運営するサイトの事例検索で確認できます。
募集して補助金の対象に選定されるのは簡単ではありませんが、どのような発想で事業を計画したのかを知るだけで、空家や閉鎖店舗の利活用に関し参考になるでしょう。
筆者はそのような目的から、毎回、評価結果が公開されるのを心待ちにして確認していますが、今回は不動産業者なら参考になる事業を幾つか紹介したいと思います。
空家の活用提案
評価結果を確認していくと、不動産業者であれば空家の有効活用に目が留まるでしょう。
管理不全空家にたいする罰則が強化されるなど、空家解消は喫緊の課題であり、また相談も増加しているからです。
物件が都市部や人気エリアであれば、早々に売却を薦めるのですが、利便性が悪く人口流出に歯止めが効かない地方都市などにおいては売却も簡単ではありません。
エリアによっては「お金を積まれてもイラナイ‼」なんて言われる場合もあるでしょう。
無償譲渡物件のマッチング支援サイト、『みんなの0円物件』が注目を浴びるのも、そのような背景があるからです。
筆者のもとにも、対応できないエリアの売主から、「売却は諦めているが、せめて有効活用できる方法はないか?」といった相談が寄せられます。
そのような相談にたいし有益な提案ができるよう、引き出しの数を増やしておく必要があります。
そのためにも活用方法について、アイディアを学んでおく必要があるのです。
評価され補助事業として採択された提案はいずれも興味深いものばかりですが、とくに注目するのは高齢者が所有する住宅と、空家の利活用です。
まず令和元(2019)年第1回目に提案され採択された株式会社ハピネスランズ(東京都)による『入居者自宅のシェアハウス化支援付き生活支援サービス施設』を紹介します。
シェアハウスを運営する事業者が、高齢者の所有する自宅(現に生活もしている)を子育て世代向けのシェアハウスに改修し、高齢者は従来のまま生活すると同時に余剰部分を廉価なシェアハウスとして提供する計画です。
入居者はシングルマザーを想定しており、廉価に部屋を貸出す見返りとして高齢者世帯の見守りを担ってもらう。
部屋を提供する側としても廉価ながら収入が得られるのですから、運用的な問題や入居希望者の選定方法など諸問題は想定されますが、高齢者とシングルマザー両方のニーズを満たす興味深い取組です。
次に2019年に課題設定型で補助が決定した有限会社西都ハウジング(大阪)の提案する『単身高齢者と外国人介護士が支えあって暮らすシェアハウス』を紹介します。
築57年の文化住宅を改修し、単身高齢者と外国人介護士が共生できるようにする取組です。
この事業は補助の決定後、2020年までに木造2階建て189㎡の文化住宅の改修を終え、現在は女性専用シェアハウス「コモンフルール」として開業しています。
部屋は9部屋で、1階3室は60歳以上のシングル女性に、2階6室は外国人介護士に貸し出され、異国で生活する外国人女性の暮らしを人生経験豊富な高齢女性が見守りながら、双方がゆるやかに生活できる場を提供しています。
昭和初期以降に一世を風靡した文化住宅は主に連棟式の長屋形式で建築されており、築年数や間取りの問題から入居者を探すのも一苦労で、利活用するにも難しいといった側面があります。
かなりの大規模な改修を必要としますが、外国人女性と高齢者を対象にした斬新な取組です。
もっとも2024年4月からは4号特例が縮小され、一定規模以上の改修工事について建築確認申請を行う場合、構造計算の提出が必要になります。
それに伴い耐震補強工事等が必要とされる場合もありますから、これらのケースに限らず築古物件の利活用を検討する場合は注意が必要です。
次に令和4年度に㈱こたつ生活介護が提案して採択された「多世代共生型令和の長屋プロジェクト」を紹介します。
一般住宅等を利活用し、居住支援法人が中心となってコレクティブハウス型の共同住宅を提供する取組です。
空家の発生を抑制すると同時に地域住民のつながりを強化するため、そのハブとして居住支援法人が活動します。
先述した事例検索を確認すれば分かるように、「住まい環境モデル事業」として提案されている事業は概ね規模の大きなものが目立ちます。
空家の利活用方法として直ちに真似できるものではありませんが、その発想を学ぶことは有益でしょう。
課題は経済的課題・選択肢の少なさ・コミュニケーション不足などによる影響の解消
前項で紹介した事業計画はいずれも興味深いものばかりですが、これ以外にも様々なアイディアを確認できます。
提案される方は皆、高齢期の長期化を支える住まい造りや、環境に左右されず多用な世帯が暮らせる住まいの提供について、どのように実現するかを考えている方ばかりです。
格差社会と言われる現在は、経済的問題、選択肢の少なさ、人脈の少なさ、コミュニケーション能力の不足などが原因となり厳しい環境や待遇に置かれます。
そのような方々の環境を解消する手段として、持て余されている不動産を利活用する。
この発想を私たち不動産業者も、持たなければなりません。
例えば空家の利活用について相談された場合、リノベーションやリフォーム工事を実施して賃貸または販売することを提案するでしょう。
しかし、リフォーム工事済みだけでは目新しさに欠けます。
それだけで物件としての優位性を確保し、所有者が望んでいる経済的課題などをクリアできるのか微妙でしょう。
必要なのは付加価値の創出だからです。
興味を引くアイディアで集客する
SNSの普及により、個人間のコミュニケーションは活性化されたとの意見は根強いですが本当にそうでしょうか?
確かに表面的な交わりの回数は多くなったのでしょうが、そこには空虚で希薄な人間関係が見え隠れしている気がします。
SNSが普及する前は、対面以外だと電話と手紙がコミュニケーションの手段でした。
気軽に意思疎通できるSNSとは違い、いずれも言葉を選ぶと同時に表現も考える必要がありました。
だからこそ、それなりの抑制が働いていたのかも知れません。
SNSは手軽で容易、思ったことをリアルタイムに返信できる気軽さがあります。
その分だけ思慮が足りなくなり、意図せず人を傷つけることもある。
拙速は時代の要求なのですから対応していく必要はあるのでしょうが、時に立ち止まり思考することは大切です。
これは不動産に関する相談も同様で、空家活用の相談があっても、地方で価格も安く買手が現れない地域の場合は積極的に扱う気にはなれないでしょう。
調査に出向くのも容易ではないし、ましてや内見にも気軽に応じられず経費倒れになる可能性が高いからです。
ビジネスとしてはそれが正解かもしれませんが、コンビニの数より多いと言われる不動産業者が生き抜くためには、都心部の売りやすい物件ばかりを狙っていてはやがて枯渇します。
広告宣伝費が潤沢で、名の売れた大手に対抗できないからです。
対抗するためには、何らかの差別化が必須です。
それでは具体的に何をするか?
それぞれの考え方にもよるのでしょうが、少なくても「待ち」の姿勢ではやがて衰退する可能性が高まります。
増加を続ける空家の利活用は、私たちにとってビジネスチャンスに繋がる可能性が高いものです。
アイディアに溢れる情報を発信することで注目を浴び、その結果、管理不全空家の予備軍である不動産の利活用を提案すると同時に、賃貸難民の方々にたいし居場所も提供できる、つまり不動産業者として社会貢献できるのです。
まとめ
付加価値を創出する方法としては、既存の物やサービスを組み合わせるほか、新しい機能やサービスの付加、新たな価値観の提供などがありますが、オリジナルの手法を考えるのは容易なことではありません。
ですが現状に甘んじていても状況は変わらない。
そのために必要なのが、常に問題意識を持ち、ターゲットや課題を明確にすると同時に多用な視点を持つことです。
だからといって、誰も試したことがないような突飛な考え方を生み出せという訳ではありません。
斬新なアイディアの大半は、既存手法の組み合わせで出来ているからです。
組み合わせを検討するには、その『基』のアイディアとしてどのような物(手法等)があるのかを知らなければなりません。
そのような知見を広める手段として、今回解説した『住まい環境整備モデル事業』の採択事例が大いに参考になるでしょう。