令和6年の新年度を迎え、まだ体に馴染んでいないスーツに身を包み、集団で歩く若者を見掛ける機会が多くなりました。
一部の例外はあるのでしょうが、高額な不動産を取扱う私たちは日頃からスーツやジャケットを着用しています。
クールビズが広がり、ネクタイ着用を義務としない会社も増加してはきましたが、営業職である以上は身だしなみも大切です。
無論、それだけではありません。
立ち居振る舞いや接遇、敬語の使い方など営業としての基本はもちろんですが、学生時代には縁のない、難解な不動産知識を一気に学んでいく必要があります。
もっともこれらは一朝一夕に身につくものではありません。
不断の努力は欠かせませんが、同時に焦らず成長していこうという余裕も大切です。
筆者は業界経験30年を超えましたが、いまだに知らないことも多く、学ぶという意味では新人の皆さんと一緒です。
日々弛まず精進していきたいものです。
さてそれなりに業界経験もあることから、同業他社に依頼され新人研修を引き受けることがあります。
お世辞にも見目麗しいタイプではありませんので、接遇やマナーではなく、もっぱら不動産関連知識についての研修です。
筆者はその際、ご覧いただいているサイト運営会社である「ミカタ株式会社」から無償提供されている、「役所調査のミカタ(https://f-yakucho.com/)」を教材として多用しています。
記事をご覧いただいている方の利用率も高いと思いますが、面倒な役所調査を、スマホ片手に順に埋めていけば、重要事項説明に必要な調査が完了してしまう。
さらに、経験者でも悩むであろう記載例文が、500種類以上も検索可能です。
これだけでも十分に活用できるのですが、ミカタ株式会社が役所調査をした結果が公開されており(役所調査レポート)、これが新人研修に役立ちます。
事前準備としてのオンラインによる確認、そして窓口に出向き調査・確認する必要性など調査の流れや注意点、経験者でも苦労したポイントなども紹介されており、なぜ注意が必要とされたのか、確認はどのような推論に基づき実施されたのかを指導するのに役立つのです。
教育係に任命され、どのようにすれば良いのか悩まれている方は参考にされると良いでしょう。
さて、習うより慣れろではありませんが、役所や現地調査を自ら行うことにより、重要事項説明ではどのようなことを説明しなければならないのか、なぜ説明が必要なのかについて学べます。
それらを順に解説しながら研修を進めていく訳ですが、相手は新人です。思わぬ質問が飛び出すことも往々にしてあります。
最近も、「建築確認図面記載の敷地境界が信用できないって本当ですか?」との質問を受けました。
なるほど、良い着眼点です。
経験者であれば建築確認の申請図面に記載されている敷地境界が、必ずしも正確とは限らない理由はご存じでしょう。
とくに旧い時代の建築確認申請の配置図は、一切、信用しないぐらいの心構えが必要です。
申請後にしか建築に着手できない公の建築図面で、なぜそのような状態が看過されているのか、今回は不動産初心者に向け、確認申請図面の不思議について解説したいと思います。
確認する事項が違う
一部の例外を除き、建物の建築や増改築、移転時には原則として建築確認を申請し、許可を得てから着手する必要があります。
建築確認申請は、その建物が建築法規に違反していないか確認することを主眼としています。
ですから確認審査機関は、提出された申請図面が、建築基準法を初めとする各種法令に合致しているかを重視しているのです。
媒介を主業としている場合、建築確認申請業務に関与する機会は少ないでしょう。
目にする機会としては、査定依頼を受けた際に売主から提示される場合などでしょうから、建築図面を読めない方が多いもの頷けます。
そもそも図面の枚数が多い。
設計や確認申請を手掛けた会社(設計事務所)により、添付図面も6~30枚以上と大きく隔たりがあり、さらに申請書をくわえるとかなりボリュームになります。
それぞれの図面が持つ意味を理解していなければ、所見で戸惑うのも仕方がありません。
現行基準では、木造住宅のほとんどが4号建築物(2階建以下、延面積500㎡未満の木造建築物に関する特例。
2025年4月から範囲が縮小され、新2号もしくは新3号に分類されます)に該当しています。したがって原則として提出が必要な図面は下記のようなものです。
●配置図・敷地求積図
●各階平面図
●床面求積図
●構造関係規定等の図書・省エネ関連図書(2025年以降、新2号建築物に該当する場合は提出)
立面図やシックハウス検討書などが入っていないと思われるかもしれませんが、その以外の、断面図、各階床伏図、基礎伏図、仕上表、構造関係図面(構造計算書等)などについては、都道府県の建築主事や確認検査機関が権限に基づき、提出を義務付けているだけです。
また建築を専門に請け負っている事務所などは、計画された意匠などが正確に理解されるよう、展開図や意匠図などが数多く添付(建築確認申請用図面としては添付されません)されます。
施主に渡される図面も、おのずと枚数が多くなるのです。
このように地域性や設計会社の影響で、そのボリュームも変化するのが建築確認申請図面なのです。
もっとも、枚数に違いがあっても必ず含まれているのが配置図です。
建築確認申請における配置図とは、敷地の大きさ(求積)や、土地の奥行き、間口寸法や高低差などを記載した図面です。
ですが、不思議に思うことはありませんか?
境界標が確認できず、そのため間口・奥行き寸法が不明瞭で、当然に地籍測量図も存在しない敷地。
にも拘らず、建築確認申請書に添付された配置図には、境界をもとに求積計算された図面が添付されている。
一体、どのように確認されたのでしょうか?
実はそうした確認は行われていません。
実施されたのは現地調査に赴いた方が行った現況測量です。
設計者が配置計画のため現地に足を運んでいる可能性はありますが、建築会社の設計部門の場合、現地確認をせずに図面作成を行っていることも多く、現場管理者や営業マンが、およそこの辺りとした寸法(現地調査表などに記載)を基に、設計者(建築確認申請図面作成者)が登記面積と辻褄が合うよう微調整して作成しているケースが多いのです。
測量士ではない無資格者が現況測量した寸法で問題が生じないかと思うでしょうが、建築確認の審査を行う機関は、そもそも敷地について認証している訳ではありません。
図面に記載された内容が正確であるとの前提に基づいて、造られる建物が建築関連法規を満たしているかを審査しているだけなのです。
配置図面は根拠がなければ信用しできない
前項で建築確認申請図面の配置図が信用できない理由を解説しました。
求積上、辻褄が合って入れば建築確認申請は許可されるのです。
もっとも、中間検査や完了検査時に、ひと目見て違和感のある寸法が記載されていれば検査担当者も指摘しますから、一見、信憑性のある数字が記載されています。
したがって隣地との境界が記載されていても、当事者が合意しているとは限りません。
例えば隣地との境界がブロック塀である場合を考えてみましょう。
境界標が確認できなければ、境界が塀の内側なのか中心か、もしくは外面なのか判断できません。
所有権に関わる事項ですから、私たち不動産業者であれば、当事者に聞き取り調査を行うのは必須で、後日紛争を回避する意味でも境界確認や実測、地積更正登記や境界標の復元や新設を提案するところです。
経験がある方も多いと思いますが、利害関係者に聞き取りを行うと、「塀の中心じゃないの?」、「塀の内側がウチの敷地じゃないかな」、「境界標なんか見たことがない」などと言われる。
あげく当事者から「この塀はどちらの持ち物なの?」と質問されることすらあるのです。
判断がつかないから聞き取り調査を行っているのです。
そのような質問に答えられるはずがありません。
そもそも境界確定は土地家屋調査士や弁護士業務です。
私たち不動産業者にできるのは、対処法をアドバイスする程度です。
民法では229条で「境界上に設けた境界鋲、囲障、障壁、溝及び塀は、相隣者の共有に属するものと推定する」としています。
この場合、「推定」とは、事実が明確ではない状態においては、反対の証拠があがるまでに限り、仮に真実としておくというほどの意味です。
もっとも境界を明確にしておかなければ、塀の管理責任はもとより、いずれ敷地面積や越境問題にも発展します。
放置して良い問題ではありません。
ですが建築確認申請においては、曖昧に作製した配置図面でも許可されるのです。
したがって「そういえば、これに書いてあったような……」、と建築確認申請の配置図面を提示されても、そこに記載された寸法などを裏付ける根拠(地籍測量図や境界標)が確認できない限り、うかつに信用してはなりません。
建築計画概要書に記載されている配置図も同様
不動産の調査においては、建築計画概要書を取得するケースも多いでしょう。
ご存じのように建築概要書は、建築計画の概略が記載された図面で、建築確認申請の際に提出される書類の一つです。
これにより建築物の建築主や、場所、敷地の大きさ、建築面積や延べ面積などのほか、建物配置などを確認できます。
建築計画概要書は、特定行政庁(建築基準法に基づき、建築主事を置く地方公共団体)に保管されており、誰でも閲覧が可能です。
閲覧は都道府県や建築主事を置く市区町村(建築指導課など)で行えますが、最近では一定年度以降に処分が行われた確認申請の概要書については、特定行政庁のWebページで閲覧できるようになりました。
建築計画概要書の閲覧制度は、1971年(昭和46年)1月1日施工の建築基準法一部改正によって発足されています。
従ってそれ以前に処分された物件については閲覧できません。
また、1999年(平成11年)5月1日に建築基準法施工規則が一部改正される以前は、保存期間が5年(現行は建物が存続している限り保存)とされていましたので、すでに廃棄されている場合もあります。
また建築計画概要書に記載されている敷地寸法等が正確とは限らないのは、先述したとおりです。
どれだけ詳細に記載されていても、正確である裏付けが確認できない限り、およその寸法が記載されているに過ぎません。
地積測量図が存在していても、年度によっては測量技術も低く、信憑性がない場合もあります。
私たちには不確実な情報をもとに敷地調査を実施しないよう、細心の注意が求められるのです。
まとめ
なぜ境界確認が重要なのかについては、解説するまでもないでしょう。
地籍測量図も作製された時代によっては信用できません。
標準売買契約書においては境界明示を売主の義務としていますが、信頼できる精度の確定測量図や境界標などが存在していない場合、明示された「点」が境界であるとは限りません。
そもそも境界非明示で公簿取引された場合、境界明示自体が省略されるケースもあります。
それは、トラブルが発生する危険性を引き継がせる取引です。
境界、いわゆる筆界は個人の「財産界」でもあります。増減すれば、資産に影響を与える結果になるのです。
私たちは不動産のプロです。後々、遺恨を残すような取引を行ってはなりません。
今回、解説したように建築確認申請の配置図に記載されていることを根拠に、権利の主張ができない理由について理解して、適切な取引が行われるよう配慮する必要があるのです。