土地ばかりではなく、資材価格や人件費の見直しにより建築価格は高騰し、その影響で新築住宅の着工件数が落ち込んでいます。
国土交通省が4月30日に発表した3月の新築着工件数を見ると、前年比12.8%減少していました。
単月の減少なら一過性の可能性はありますが、減少は10ヶ月連続しています。
総体的な件数としては減少傾向が続いていますが、その一方で業績が好調なところも見られます。
業績好調なハウスメーカーや工務店の状況について調査していくと、着工戸数の減少を、高付加価値で生じる建築単価の上昇で補っているケースが散見されます。
所得や自己資金、総体予算などから、建築可能な顧客だけを選別する。
同時に自社で建築した住宅については、将来的なメンテナンス受注を見据えて保証期間を長期化させるなど、単価を引き上げる工夫を凝らしているのです。
受注件数を争うのではなく、利益率を引き上げることで売上を確保していく。
これは発想の転換といえるでしょう。
少子化問題や働き方改革による建築業界の人件費高騰、円安による建築資材高騰は低下の要因が見いだせない状況ですから、いずれにしても新築着工件数は減少していくのでしょう。
そうであれば一棟単価を引き上げるというのは、自然な発想です。
このようなパラダイム・シフト(従来の発想から転換し、新たな価値観に基づく対応)を参考に、私たち媒介業者も、これまでの常識にとらわれず新しい発想へと転換していく必要があるでしょう。
とくに注目したいのは、住宅の性能です。
今後、既存住宅市場においては立地や交通の便、デザインだけではなく以下のようなポイントが注目されていくことでしょう。
①省エネ基準相当の性能を有する住宅
②断熱改修工事により、相応の性能を確保できる住宅(多額の費用を必要としない基本的な性能を有していることが前提)
③駆体や間取りなどの諸問題により、断熱改修工事が困難な住宅
来年度から開始される新築時の省エネ基準適合義務化や、既存住宅の広告時における性能ラベル表示制度が解禁されたことにより、「性能の優れた家と普通の家」が色分けされていくでしょう。
立地などの諸条件が同等であれば、選ばれるのは「より性能の優れた家」になります。
優れた性能を有している住宅で、さらにメンテナンスが適切に実施されているのなら、築年数が性能面に影響を及ぼさないとの認識が、一般にも浸透しはじめたのでしょう。
今後、注目を浴びる既存住宅は、「価格の下がらない家」が選ばれる基準になっていくのです。
もっとも、既存で性能が劣っているからといって諦める必要はありません。
リノベーションを実施して、既存性能を引き上げれば良いからです。大規模な工事を実施すれば、当然に相応の費用が必要です。
けれども手を掛けることで資産性も向上し、それにより価格変動の影響も受けづらく、購入価格を上回る資産として生まれ変わるのです。
もっとも、そのような提案をするためには見極めが重要です。
建築図面を確認して工法や基本性能を把握するのはもちろん、インスペクションにより現状の状態を正確に把握し、かつ、どの程度のリノベーションが必要とされるかの予想が必要とされるのです。
それらを総合的に提案できるスキルを有していることが、今後、求められる媒介営業の資質となっていくことでしょう。
今回は断熱性能に関する消費者意識の変化や、国が求める住宅性能の方向性、そしてリノベーション提案に必要なポイントについて解説したいと思います。
住宅市場動向調査から見る最近の傾向
国土交通省による「住宅市場動向調査報告書」を見ても、注文住宅に関しては住宅のデザインに続いて高気密・高断熱、災害にたいする堅牢さなど、いわゆる性能面に注目している傾向が見受けられます。
現在確認できる調査結果は令和5年3月に公開された令和4年度のものです。
この趣向性は次回調査でさらに顕著になっていると予測されます。
本件調査では建売などの分譲住宅や既存(中古)住宅については価格(予算)やデザインが重視され、性能面や付加価値については重視されていません。
ですがエネルギー価格の高騰により、注目度は高まっています。
日本有数のシェア率をほこる家探しサイトのSUUMOやアットホームでも、性能ラベル表示制度が導入されています。
ご存じのように住宅性能表示ラベルは、断熱性能やエネルギー消費性能のほか、ZEH水準を満たしているかどうか、そして目安光熱費がどの程度かを端的に表しています。
ですが解禁から1ヶ月を経過しましたが、現状では性能表示ラベルを掲載している物件はほとんど見当たりません。
賃貸住宅においては皆無に等しいでしょう。
性能表示を行う準備が整っていないのか、様子見しているのか明確ではありませんが、性能に関する表示が注目を浴びているため、掲載件数もすぐに増加していくことでしょう。
したがって性能に関しては、顧客が望む営業マンの必須知識として、今後ますます重要視されていくでしょう。
基礎知識に関しては、早い段階で身につけておくことが賢明なのです。
変わりゆく性能基準
省エネ基準への適合義務化が施行されるのは、2025年(令和7年)4月からです。
施行日以降に工事に着手する建築物(住宅、非住宅問わず)は、すべて適合義務の対象とされます。
省エネ基準は、地域区分ごとに設けられた断熱性能等級と一次エネルギー消費量等級により判定されますが、義務化されるのは令和4年3月31日までは最高等級(それ以降は、段階的に断熱等級5、6、7が新たに創設されています)であった断熱性能等級4です。
施行日以降からは省エネ基準相当が最低ライン、つまり「普通の住宅」になります。それだけではありません。
2030年には現行のZEH水準(等級5)が最低ライン(義務化)とされる予定なのです。
確実に義務化されるとは限りませんが、高確率で引き上げられるでしょう。
現状で日本の住宅における断熱性能は、性能面で最先端を走る欧州には遠く及んでいません。
先進国においてはもっとも低い性能だと指摘されているほどです。
「省エネ基準義務化は横暴だ!」などの声は至るところで聞かれますが、性能先進国では当然のことであると認識されていますし、国際条約である「京都議定書」に基づいて二酸化炭素排出量を削減するためにも断行せざるを得ないのです。
5年などすぐに過ぎてしまいます。これから新築住宅を建築される方にたいして私たちが行う助言としては、将来的な売却時の評価(査定額)にも関わるとして、「最低でもZEH基準」相当の性能を確保することを推奨していく必要があるでしょう。
改正を踏まえたうえで提案時に心がけたいこと
基本的に、施工後において適合義務の対象とされるのは新築・増改築にたいしてです。
したがって改修やリフォームは対象外とされます。
増改築にしても、新たに増築された部分にのみ適合が求められるだけですので、建物全体への断熱改修は不要です。
もっとも、今後、選ばれる住宅であるためには性能が必須です。
増築部分だけ省エネ性能を向上させれば、性能の違いにより室内での弊害が生じる可能性がありますし、性能表示ラベルで性能を誇示することもできません。
工事を複数回に分ければ、人件費や諸経費の分だけ費用は割高になります。
増築工事と併せてそれ以外の部分にも断熱改修工事を実施したほうが効率的です。
そのようなポイントを念頭におき、リノベーション工事の実施を前提として物件選択する場合には、以下の点について考慮する必要があるでしょう。
①断熱改修を行えない箇所に注意する
省エネ基準への適合義務化は、住宅・非住宅によらず10㎡以上の新築・増改築に適用されます。
当然、分譲マンションも同様です。
したがって2025年4月1日以降に建築される分譲マンションは、建物自体が省エネ基準を満たしていることになります。
一般的にRC造やSRC造の断熱性能は、戸建住宅ほど注目されない傾向があります。
戸建ての場合、多少築年数が古くてもグラスウールなどの断熱材が充填されていますが、1980年以前に建築された分譲マンションの多くは断熱材が施行されていません。
それ以降は断熱ボードやスタイロフォーム、ウレタン吹付けなどによる断熱が見られるようになりましたが、確実に行われるようになったのは住宅品質確保促進法(品確法)が施行された2000年4月以降に建築された建物です。
試しに自社で依頼を受けている分譲マンションの施工図に目を通してください。
内部仕上表や矩計図、平面詳細図を見れば断熱材が施行されているかどうか確認できるでしょう。
分譲マンションの場合、専有部分以外の改修については個人で行えません。
そのため、建物全体としてどの程度の性能を有しているか、また今後実施される修繕計画において、断熱性能を引き上げるために「外断熱工事」や「開口部断熱補強工事」が予定されているかを確認することが重要です。
②管理状態、修繕実施状況の把握が重要
今後は住宅がどのような工法で建築され、どの程度の性能を有しているか、また建築後にどのような頻度で点検が実施され、それに基づき修繕や改修されたかの記録の有無が重要性を増していくでしょう。
所謂、「住宅の履歴書」です。
長期優良住宅の場合、維持保全の記録が義務付けられていますが、一般の住宅はその限りではありません。
建築会社によっては独自の書式を顧客に提供している場合もありますが、数は多くないでしょう。
今後、資産性を維持して「選ばれる住宅」であるためには、断熱性能の確保は当然として、履歴内容等について個人で管理を行い、いつでも提供できるよう備えておく必要があるのです。
履歴シートについては、住宅金融支援機構が「マイホーム点検・補修記録シート」との名称で提供されています。 https://www.jhf.go.jp/loan/hensai/hosyu_kanri.html
これから必要とされるリノベーションの方向性
新築住宅を斡旋する場合、最低ラインとして「ZEH水準の省エネ住宅」を推奨しておくのが適切でしょう。
前述したように、2030年には建築物の最低ラインが「ZEH水準」に引き上げられる可能性が濃厚だからです。
したがって断熱改修工事を実施する場合も、可能な限りその水準を目指すことが肝要です。
断熱性能を表現する用語として、「ZEH水準」、「ZEH基準の水準」、「ZEH相当の水準」、「ZEH基準相当」など数多くの表現が用いられています。
何とも混乱しそうですが、これらは全て同じ意味です。
ただし、「ZEH」と上記の用語が意図している意味は違います。不動産業者でも、これらを混同している方が多いようです。
ZEH水準等とは、日本住宅性能表示基準において「断熱性能等級5」+「一次エネルギー消費量等級6」に適合している住宅です。
それにたいし「ZEH」は、上記の性能を満たしたうえで、住宅で消費される一次エネルギーを「0」以下にしなければなりません。
つまり、太陽光発電など再生可能エネルギーの利用が必須なのです。
ZEH水準相当まで断熱改修するためには、既存の外皮性能を把握する必要があります。
外皮とは、外気と接する「天井や床、外壁、開口部、床、起訴」のことを言います。
断熱材で外気と室内の温度環境を区分する部位を「熱的境界」といいますが、その部分について検討しなければならないのです。
断熱改修工事とは、つまるところ基準に達していないない熱的境界を補強する工事なのです。
内壁を破壊して断熱材を全て充填し直す必要があるのか、もしくは壁の内側にスタイロフォームを施行するだけで基準を満たせるかどうかは、現状の断熱性能がどの程度であるかによって変わります。
また、今後「選ばれる住宅」であるためにはそれ以外の部分にも目を向ける必要があります。
例えば「特定性能向上」を目的として行われる劣化対策、耐震性向上、維持管理・更新の容易性や可変性などを向上するために工事です。
近年頻発する自然災害に対応するため、防災性やレジリエンス性(猛暑・暴風・豪雪・地震などに対し、優れた防災力や耐久性、災害後の適応力)に優れた住宅となるよう、改修工事の内容を検討するもとも大切です。
既存の工法や経年変化による劣化状況や基本性能を正確に把握したうえで、どの程度、改修工事が必要か判断するのです。
当然、どの程度まで工事を実施するかにより金額にも違いが生じます。
このような提案には高度な建築関連や温熱環境などの分野についての専門知識が必要となります。
知識をすぐに身につけることは困難ですが、少しづつでも身につける努力を重ねていきたいものです。
これからは立地や築年数などの限られた要因ではない、「価格の下がりにくい住宅」が注目される時代になっていくからです。
まとめ
時代の変化に呼応して、選ばれる住宅の基準も変わっていきます。
新築供給価格が上昇し、既存住宅の需要は増加していくでしょう。
ですが、取引量自体は人口減少の影響により、やがて縮小していきます。
地方圏においては供給と需要のバランスが崩れている状態が散見され、「放棄分譲地」や「限界ニュータウン」なんて言葉を聞く機会も多くなりました。
地域的な二極化傾向は最近始まったものではありませんが、今後は都市機能などの諸条件が満たされている地域でも、選ばれる住宅でなければ売れない時代が到来する可能性があるのです。
これが現実となれば、住宅を探す顧客の着眼点は「価格の下がりにくい住宅」です。
物件を斡旋する場合や売却の依頼を引き受ける際にも、適切な助言を行うことが必須となるでしょう。
そのためにも建築やリノベーションに関する知見はもとより、住宅の温熱環境に関してなど幅広い知識を取得して、新たな営業スキルを構築していく必要があるのです。