消防庁の公開データによれば、令和5年の総出火件数は38,659件で、これは1日あたり約106件、さらに言えば約14分ごとに日本のどこかで火災が発生している計算になります。
また、火災による総負傷者数は5,731人、総死者数は1,500人に上り、死者が発生した火災種別で見ると、建物火災が1,201人と全体の約8割を占めています。
そのうち89.4%が住宅火災であり、特に65歳以上の高齢者が74.4%を占めるなど、逃げ遅れが大きな要因となっています。
こうしたデータを見ると、火災のリスクは全ての住宅に共通する課題であることが分かりますが、特に高層マンションの場合には、延焼防止措置も含め避難経路の確保が重要だと理解できます。
マンションでは眺望や採光、プライバシーの確保といった利点に加え、一般的な蝿や蚊などの衛生害虫が到達しづらい高さの高層階ほど好まれる傾向があります。
特に20階以上、高さにすれば60m以上の場合に用いられるタワーマンションでは、「優越感」も購入動機とされることが多いものです。しかし、高層階の購入を検討される方が共通して抱える不安の一つに、「火災発生時の避難」があります。
皆さんも、内見立会時に「火災が発生した時に、高層階だと逃げ遅れる可能性が高くなりますよね」と質問されたことがあるでしょう。
火災が発生した場合における延焼リスクや避難の難易度が、階層の違いでどのような影響を及ぼすのか、不動産業者としては正確に理解して購入希望者に説明する必要があります。
今回は、高層マンションの延焼率や避難経路、防火対策など、一般にはあまり知られていないポイントについて解説します。
高層マンションの火災対策
不動産業者として、高層マンションにおける火災リスクを正確に理解しておくことは、購入希望者や入居者の不安を解消するうえで極めて重要です。
そのため、具体的なデータを提示してリスクを説明する必要があります。
令和5年における建物用途別火災発生状況(既定値)によると、住宅火災の30%は共同住宅で発生しています。
この割合は過去数年間も同様の水準で推移しています(令和4年31.4%、令和3年30.5%、令和2年31.7%)。こうしたデータは、マンション住民にとって火災リスクを意識するきっかけとなるでしょう。
分譲もしくは賃貸、用途地域の如何によらず高層マンションは、建築基準法第2条第9号で規定された厳しい耐火性能基準を満たすよう設計・施工されています。具体的には、火災発生時に建物の最上階から数えた階数ごとに、当該火災が終了するまで耐えられるだけの耐火性能が求められるのです。
また、消防法施行令第12条では、スプリンクラーの設置基準が細かく規定されており、高層マンションにおいては例外なく設置されています。さらに、防煙シャッターや防火扉などの設備も整備されており、煙や延焼が効果的に抑制されます。
それ以外にも、以下のような避難設備が義務付けられています。
1. 特別避難階段
15階以上及び地下3階以下の階層を設けている建築物にたいしては、特別避難階段の設置が義務付けられています。この階段は一般的な避難階段よりも安全な構造や仕様で造作することが義務付けられており、かつ階段と屋内を隔てる防火緩衝地帯が設けられています。
2. 非常用エレベーター
高さ31m以上(約10階建以上)の建物には、消防隊が消火活動を行うための非常用エレベーターが設置されています(設置義務)。ただし、これは住民の避難用ではないため注意が必要です。
3. 避難通路・排煙設備
煙に巻かれることなく地上まで安全に避難できる通路を確保するため、一定の基準に適合する避難施設、排煙設備、非常用照明装置などが設置されています。
マンションからの避難経路
タワーマンションでは十分な火災対策が講じられていますが、居住者が避難方法を理解することで、さらに被害を軽減できます。火災発生時の注意ポイントを以下にまとめます。
①玄関ドアや窓を閉めてから避難する
火災が発生した場合には、煙や延焼被害を防ぐため、ドアや窓を閉めてから避難するのが基本です。
②避難は階段を利用
エレベーターは、火災の発生を検知すると自動的に停止します。これは非常用エレベーターも同様です。
ただし、2013年に消防庁は「高層建築物等における歩行困難者に係る避難安全対策」を策定し、一時避難エリアなどの条件を満たしている場合には、非常用エレベーターでの避難を推奨しています。
しかし、現時点ではこれらの条件を満たしたマンションは限られるため、階段や非常階段を利用して避難するのが原則です。
高層建築物の火災では、煙が下層階から上昇してきますので、避難時には一酸化炭素を含む黒い有毒ガスを吸い込まないよう、鼻と口を濡れたタオルやハンカチで覆い、姿勢を低く保ちながら移動することが重要です。
③避難はしごの利用
マンションのバルコニーには、避難ハッチや避難はしごが設置されています。
ただし、避難はしごは地上まで降りることを目的とておらず、消防車のはしご車が届く範囲(約9階、30m級のはしご車が多いため)まで移動することを想定しています。避難時に慌てることがないよう、設置位置と使用方法を確認しておくことが大切です。
実例から学ぶこと
高層建築物における火災リスクは、映画や実際の火災事例を通じて強く印象づけられます。1974年に公開された138階建ての超高層ビルで発生した大火災を題材にしたパニック映画、「タワーリング・インフェルノ」や、2012年公開の「ザ・タワー超高層ビル火災」では、高層ビル火災の恐怖と救助活動の困難さや重要性が描かれ、多くの人々に強い印象を与えました。
これらの作品は、火災リスクへの意識を高める一助になっています。
現実の事例として、2017年6月にロンドン西部の公営住宅で発生した「グレンフェル・タワー(24階建)」火災では、子ども18人を含む72名の尊い命が失われました。
この悲劇の背景には、外壁や断熱材メーカーが検査結果を不正に操作して、基準が満たされていない建材を使用していたことや、政府や建設業界がそのリスクを認識しながら適切な対応を講じていなかった点に問題があったことが、調査委員会による報告書に記載されています。
また、日本でも2022年6月、東京品川区の44階建タワーマンションで火災が発生しました。この火災では消防車30台以上が出動し、400人以上が避難する事態となり男女4人が病院に搬送されましたが、幸いにも命に別状はありませんでした。しかし、高層階に住む高齢者が避難を断念するケースが報じられるなど、高層建築ならではといえる避難の難しさが浮き彫りになりました。
高層建築物からの避難原則と例外
高層建築物からの避難は「全員避難」が原則ですが、状況に応じて例外も存在します。
火元から離れた階に住む高齢者や身体の不自由な方にとっては、煙が侵入しないよう窓やドアを閉めて部屋に留まる方が安全な場合もあるからです。
また、避難する場合にも、以下の優先順位を念頭に行動すると良いでしょう。
②20階以上の高層階
現代の高層建築物は厳格な防火対策が施されています。法令を遵守して建築されている建物であれば、冷静な行動で安全な避難が可能です。
不動産業者は、高層建築物の購入や賃貸入居を検討する顧客に対し、火災リスクに関する正確な情報を提供する必要があるのです。特に以下の点についての説明を入念に行うことで、顧客の不安が軽減できます。
●火災発生時における適切な避難行動
●避難はしごの設置位置や非常用エレベーターに関する注意事項など、防災設備の説明
これらの説明を適切に行うことで、顧客の安全意識を高めると同時に信頼を得られます。不動産業者には、防火対策に関する正確な知識を備え、顧客の疑問に的確に答える姿勢が求められるのです。
まとめ
マンションの高層階が選ばれる理由として、開放感や美しい景観、騒音の軽減、防犯性の向上、プライバシーの確保などが挙げられます。また、高級感あふれるタワーマンションの上層階に住むこと自体を一つのステータスと捉える方も少なくありません。
一方で、混雑時のエレベーター待ち時間や停電時の移動困難といったデメリットも存在します。特に、火災が発生した場合には高層階ほど避難が難しいという課題が指摘されています。
こうした点について不安や疑問を持つのは自然なことです。不動産業者には、これらの不安を解消し、購入検討者が正しい選択を行えるよう適切に説明する責任があります。そのためには、建築基準法で定められた防火対策の内容やマンションに備えられた具体的な防火設備について正確に理解し、丁寧に説明することが求められます。
メリットだけを強調するだけではなく、災害時のリスクやその対策についても正しい知識を伝えることが、住まいを提供する者としての責務なのです。