【保険金の不正請求を防ぐ】勧誘の罠を回避する方法と顧客への助言

不動産を購入した際、必ず加入するのが火災保険です。

現金で購入する場合は任意加入ですが、住宅ローンを利用する際には、金融機関が債権保全を目的に質権設定を求められる場合もあり、それ以前に、火災保険への加入が融資実行の必須条件となっているのが通例です。

もっとも、火災によって建物が滅失した場合に金融機関から請求される、滅失相当分の一括返済や追加担保の提供要請に対応するためにも、火災保険の加入は不可欠と言えるでしょう。

ですが、補償範囲を火災のみに限定する契約は少なく、大多数の方は、風災、雹(ひょう)災、水災、さらには盗難による損傷といった多様なリスクが包括的に補償される住宅総合保険を選択します。

このように、所有者にとって重要な資産保全の手段である火災保険ですが、近年、その制度を悪用した勧誘が社会問題化しています。

訪問やウェブ広告、SNSなどを通じ、本来は補償対象外となる経年劣化に起因した屋根、雨樋、外壁などの損傷について、「火災保険の適用により自己負担なく修理が可能です。

保険金請求手続きも全て代行します」と巧みな話術で勧誘し、深刻なトラブルへと発展する事例が後を絶ちません。

周知の事実ですが、経年による損耗や劣化の補修費用として保険金が支払われることはありません。

悪徳業者は、虚偽の罹災報告書や偽装写真、過大な見積書などを作成して保険会社に請求を行いますが、このような申請がなされた場合、所有者自身が直接的な不正行為に加担していなくとも、結果として詐欺の共犯と見なされ、法的責任を追及されるリスクを内包しています。

筆者に実務経験においても、例年春先になると、「経年劣化による損傷を雪害によるものとして申請すれば、保険金で修繕費用が賄える」といった趣旨の勧誘を受けたという相談が寄せられます。

また、大規模な自然災害が発生した後には、必ずといってよいほど同種の詐欺的商法が横行する傾向があります。

さらに、保険金が支払われた場合のみ手数料が発生する「成功報酬型」を謳い、保険金請求手続きを代行する事業者も存在します。

彼らは保険金が支払われた場合、不当に高額な手数料を請求するのです。

私たち不動産の専門家には、顧客である消費者が、意図せずこのような詐欺的行為に加担する事態を未然に防止する社会的責務があります。

本稿では、これら悪質業者の手口と実際に発生したトラブル事例を詳説し、顧客から同様の相談を受けた際に、我々が専門家としていかに的確な助言を行うべきかについて深く考察します。

火災保険の基本原則と専門家の責務

不動産取引において火災保険は、売買や賃貸の別、取引態様の専門性を問わず、資産保全と融資契約履行の根幹を成す必須要件です。

特に住宅ローンを利用する際の担保価値維持という観点からも、その加入は不可欠と言えます。

我々が一般に火災保険と称する契約の大半は、火災、落雷、爆発に加え、風災、雹(ひょう)災、雪害といった自然災害、さらには水災や盗難に起因する損害までを包括的に補償する住宅総合保険です。

近年の住宅総合保険は、価格協定保険(建物新価・家財新価用)特約が付帯されていますが、厳密には「新価(再調達価格)」と「時価」が存在します。

●新価:経年劣化を考慮せず、同水準の建物や家財を再取得するために必要な現在の金額。
●時価:現在の新価から、使用による消耗や経年劣化分を差し引いた現状相当の金額。

新価・時価いずれの評価基準が採用されたとしても、火災保険には「経年劣化に起因する損害は保険金支払の対象外である」という絶対的な原則が存在します。

したがって、屋根材の褪色や劣化、シーリングのひび割れ、雨樋の錆などは、補償の対象となる「突発的な事故」ではなく、建物の所有者が当然に負うべきメンテナンスや修繕の費用と見なされます。

この基本原則を顧客に深く理解させることで、悪質業者の「保険金で直せる」という甘言に惑わされるリスクを低減できます。

しかし一般消費者が、損害を「事故」と「劣化」に区分して判断するのは困難です。

例えば、積雪が原因で発生する屋根からの「すが漏り(融雪水侵入)」はその典型です。

保険会社は、適切なメンテナンスや除雪といった措置が講じられていれば防止できたと判断し、経年劣化であると考えます。

記録的な大雪や暴風雪により発生した場合は例外とされますが、予測不能な異常気象であると客観的に証明することは困難です。

にもかかわらず、例年、悪質業者は「雪害として申請すれば保険適用となる」と唆し、本来対象外である「すが漏り」被害を申請させる事例が後を絶たないのです。

このように、風災や雪害と偽って経年劣化の消耗を申請させる行為は、損害保険制度の根幹を揺るがす明確な不正行為であり、断じて容認できません。

悪質商法は、消費者の知識不足につけ込み、「自然災害による損害」と「経年劣化による損耗」に関する引の曖昧さを巧みに利用しています。

彼らは、経年変化箇所を意図的に自然災害による被害であるかのごとく偽装し、虚偽の罹災報告書や水増しした見積書を作成して申請を主導します。

重要なのは、このような不正行為において最終的な法的責任を負う主体となるのが、保険契約者であり保険金の受取人でもある所有者自身であるという事実です。

業者に主導されたとしても、所有者は共犯者と見なされるリスクを負います。

そのため、我々不動産のプロフェッショナルは、「知らなかった」では通用しないのが法治国家の原則であることを、消費者に深く認識させる啓蒙の責務があるのです。

ですが、顧客の資産を守り、法的な窮地から遠ざけるためには、この問題に関する高度な知見は不可欠です。

悪質業者の手口とトラブル事例の深堀り

保険金の不正申請を企画する悪質業者が最も巧妙に利用するのは、消費者の「自己負担を回避したい」という心理と、損害保険に関する知識不足です。

彼らの勧誘方法は多様ですが、その根幹には共通する甘言の構造が見受けられます。

1. 悪質業者の勧誘方法と甘言構造

(1)自己負担ゼロの強調

悪質業者は、訪問、電話、デジタル広告などを通じ、「火災保険を利用すれば、お客様の自己負担は一切発生しません」、「修理費用は全額、保険金で賄えます」といった極めて魅力的な謳い文句で接近します。

これは、顧客に対し「無料で修理できる」という誤解を与え、冷静な判断力を奪うための常套手段です。

しかし、虚偽の申請によって保険金が支払われた場合、保険加入者である消費者が保険金詐欺の罪を問われる可能性を負います。

また、保険金が不支給となった場合でも、先行して実施された工事費用、調査費用あるいは契約解除に伴う多額の違約金を請求されるなど、深刻なリスクが伴います。

(2)申請代行に基づく強引な勧誘

火災保険の請求手続きは契約者自身が無料で行えます。

にもかかわらず、悪質業者はしばしば、「請求手続きは複雑で面倒なため、すべてこちらで代行するのでご安心ください」と持ちかけ、この「申請代行」を実質的な修繕契約とセットで誘導します。

中には、申請代行業務だけを手掛け、高額な報酬を請求するケースも確認されています。

さらに、保険請求に必要な被害箇所の写真撮影時に、経年変化部分を故意に破損させたり、被害の発生時期や原因について虚偽の報告を促したりなど、顧客を重大な不正行為に誘導しています。

(3)災害発生時の「緊急性」を悪用

大規模災害の直後には、悪質商法が特に多発します。

「今すぐ修理しないと、建物全体に致命的な影響が及ぶ」、「保険金の請求期限が迫っている」などと虚偽の緊急性を強調し、顧客に考える時間を与えず契約書に署名させようとします。

書面の内容を十分に確認させず、さらには契約書を渡さない業者も存在し、そのような契約書には高額な違約金など、消費者に極めて不利な条項が盛り込まれているケースが頻繁にみられます。

2. 虚偽請求の具体的な手口と高額報酬の罠

保険会社は、損害の原因が「自然災害による突発的な事故」であるか、「経年変化による損耗」であるかを厳格に審査します。悪質業者は審査を欺くため、以下のような不正手口を用います。

●被害箇所の偽装(物的証拠の捏造)

経年変化で脆くなった屋根や雨樋などの申請箇所を、業者が意図的に破損させて写真を撮影します。

これは、器物損壊罪や建造物損壊罪に該当しうる行為です。

●見積書の水増し

適正価格の修繕費用を大幅に水増しした見積書を作成します。

水増し分として、本来保険適用外である老朽化部分の修繕費用や、不必要な高グレードの建材費用を計上するケースが散見されます。

また、顧客から水増しを要望される場合もありますが、不動産のプロフェッショナルとしては、その行為が詐欺幇助に該当することを明確に説明し、断固として応じてはなりません。

●発生原因・時期の虚偽報告

数年前から存在していた経年劣化による損耗について、「先日の台風で破損したことにすれば保険金が支払われます」などと誘導し、虚偽の報告を促すケースが多発しています。

事実と異なる報告をする行為は、保険金詐欺の構成要件を満たす犯罪行為となります。

さらに深刻なトラブル事例として、成功報酬型の代理申請が近年特に増加しています。

保険金が支払われた場合にのみ手数料が発生する報酬形態のため、一見、経済的リスクはないように見えますが、報酬は保険金の30%から40%と、極めて高額に設定される場合が少なくありません。

また、多くのケースでは委託契約書に保険金が不支給となった場合の調査費用負担義務や、高額な契約解除の違約金条項が巧みに織り込まれており、これにより顧客は修繕が実現しないにもかかわらず、予期せぬ経済的損失を被ることになるのです。

相談を受けた際の適切な対応

このような悪質な勧誘を受けたと顧客から相談があった際、我々不動産のプロフェッショナルには、単なる情報提供だけでなく、顧客の資産と法的安全を護る専門家として、冷静かつ具体的な初動対応を行う責務があります。

1.初動対応:詐欺被害防止の三原則の徹底

顧客をリスクから遠ざけ、業者との接触を絶つためには、以下の三原則を徹底してもらう必要があります。

●即答しない

悪質業者の甘言や強引な説明に対し、その場で安易に返事しないように助言します。

特に、契約書や委任状への署名・捺印は確実に留保することが、法的拘束力を防ぐ第一歩となります。

●情報提供しない・応じない

「無料点検」や「申請サポート」といった売り込みに応じないよう、促すことが大切です。

また、不必要に個人情報や損害保険の契約内容を開示せず、直ちに交渉を打ち切るのが賢明な対応です。

●署名しない

同意書、契約書、委任状など名目によらず、内容に納得できない限り一切の書類に署名・捺印しないようアドバイスします。

また、悪質業者は署名済み書類の控えを渡さないケースが散見されるため、安易に書類原本を引き渡さないことも重要です。

2.専門家による具体的な状況確認と正規ルートへの誘導

悪質な業者からの勧誘を断った後、あるいは万が一すでに契約締結済みである場合には、以下の具体的なアクションを助言・サポートします。

(1)契約解除と法的対応の助言

すでに契約を締結している顧客には、速やかにクーリング・オフを行うように助言します。

特定商取引法に基づく適用期間は、法定書面を受領した日を含め8日間ですが、この期間は契約書への記載に加え、口頭での説明も義務付けられています。

説明が行われていないことを立証できれば、たとえ期間が経過していてもクーリング・オフが適用され、契約の解除が可能となります。

業者が「すでに部材を発注している」などと反論されるケースも見受けられますが、契約の経緯を勘案すれば、契約の履行に着手したと法的に見なされる可能性は極めて低いと助言すべきです。

(2)保険契約の内容確認と損害箇所の精査

保険金請求の正当性が確保されているか、以下の点について確認します。

●保険契約の確認:損害箇所に保険が適用されるか否か、補償範囲(特に風災、雪災、水災の有無と内容)を保険証券に基づき確認します。

●損害発生日の特定:経年劣化と自然災害の線引を明確にするため、損害発生日を客観的な災害記録と照合して特定する必要があります。

●罹災状況の厳格な記録と調査

損害箇所は必ずしも目視できる部位ばかりではありません。

例えば構造材の破損や地盤沈下などは、専門的な知見なしには判断できない部位です。

インスペクションの実施や、保険会社の損害鑑定人、あるいは建築士に調査を依頼するなどして破損箇所を明確にし、証拠として写真撮影を含め詳細に記録することが肝要です。

(3)正規の修繕業者の選定によるリスク排除

損害保険の適用範囲と確信される場合にも、修繕工事に関する見積もりや実際の工事発注は、地域の優良な建設業者や、住宅メーカーのリフォーム部門など、信頼性の高い正規ルートを通じて行うように助言します。

また、施工業者を選定する際には、相見積もりを通じて適正価格で発注する配慮も不可欠です。

これらの具体的、かつ段階的な対応を助言してサポートすることで、顧客の資産を守り、不動産プロフェッショナルとしての揺るぎない信頼性が確立されるのです。

まとめ

本稿では、顧客の被害を防止するために必要なプロフェッショナルとしての知見、さらには意図せず顧客が詐欺に加担することがないように、正しい知識を説明する手法について詳述しました。

不動産取引と損害保険の親和性を鑑みれば、不動産のプロフェッショナルには住宅ローンの知識と同様に、火災保険に関する高度な専門知識が不可欠です。

不動産業者の多くが損害保険の代理店を兼ねている現状においては、従業者に損害保険募集人資格の取得を推奨すること自体が、コンプライアンスの強化と顧客保護の姿勢を示す有効な施策となり得ます。

競合が激化する現在の不動産業界において、単に媒介業務のみを手掛けるという選択肢は、もはや最善ではありません。

不動産に関連する幅広い事象、特に顧客の資産保全に関わる保険トラブルに対して的確にアドバイスを提供できる広範なコンサルティング能力が不可欠です。

多岐にわたる相談に対し真摯に応じることで、顧客の信頼を獲得でき、結果的に確実な実績へと結びつきます。

つまりは、プロフェッショナルとしての持続的な成長戦略に繋がるのです。

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