
不動産業を営むうえで、広告の重要性を軽視する方はいないでしょう。
しかし、その表記内容や文言に目を向けると、意図的か否か定かではないものの、すぐに以下のような不当表示が多数散見されるのが、不動産業界の悲しい現実です。

不当景品類及び不当防止表示法(以下、景表法)では、事業者が供給する商品・サービスの取引において「実際よりも優れていると誤認させる表示」、いわゆる優良誤認表示を厳格に禁ています。
これに抵触すれば、消費者庁長官による措置命令の対象となるばかりか、宅地建物取引業法第32条(誇大広告の禁止)の規定に基づく指示処分や業務停止、最悪の場合は免許取消といった行政処分に加え、6ヶ月以下の懲役または100万円以下の罰金(併科あり)という刑事罰すら科せられます。
しかしながら、国土交通省のネガティブ情報等検索サイトを紐解くと、奇妙な事実に突き当ります。
例えば2025年の1月から12月までの行政処分29件のうち、不当表示に起因する事例は一点も確認されないのです。
これは、前年度における53件の行政処分でも同様です。
しかし、これを見て「コンプライアンスの浸透により、おとり広告は激減した」と結論付けるのは楽観的であり、かつ危険な判断と言わざるを得ません。
行政処分の数字に表れない「見えない制裁」への主戦場は、今や業界の自主規制団体である「不動産公正取引協議会」へと完全に移行しているのです。
そして、不当表示や事実誤認表記で処分を受けた事例の大半が「賃貸広告」であるという事実を、私たちは直視しなければなりません。
本稿では、意図しない表記ミスによって企業の社会的信用を失墜させることがないよう、現代の不動産広告表記における「地雷原」を改めて整理し、実務上の防衛策について詳述します。
行政ではなく「公取協」が担う執行のリアリズム
序文で触れた通り、2025年度の処分内容を国土交通省のネガティブ情報等検索サイトで検索しても、「不当表示による行政処分」がゼロであったという事実は、決して市場の浄化を意味してはいません。
むしろ、官から民へと「監視と制裁」の委託が完了したことを示唆しています。
国土交通省や都道府県による行政処分(指示、業務停止、免許取消)は、公権力による強制力を持ちます。
それゆえに、発動には厳格な事実確認と法的手続きが求められるのです。
担当官が不足する中、一件の「おとり広告」に対して立件を目指すのは、行政コストの面から見ても極めて非効率です。
そのため行政が動くのは、専任の宅地建物取引士の設置不備や欠格、常態的な報告義務違反や重要事項説明書の記載不備など、広告以外の宅建業法違反に限られているのが実態です。
不動産広告に関する規制は、景表法と宅地建物取引業法の二段構えとなっています。
しかし、現実には第三の法律ともいうべき「不動産の表示に関する公正競争規約・同施行規則」が最重視されています。
これにより、不動産公正取引協議会連合会(以下、公取協)は業界団体による自主規制という建前を取りつつも、実質的には極めて実効性の高い執行機関として機能しているのです。
公取協の強みは、その「裁量の広さ」と「スピード」にあります。
彼らは公正取引委員会のような罰則付きの強制調査権や審決権(準司法的権限)こそ有しませんが、加盟事業者が規約に同意していることを根拠に、調査協力や報告を強いることができます。
そして調査の結果、違反が認められれば「違約金」を課すこともできるのです。
違約金は法的な「罰金」ではないため、行政手続法の制約を受けず迅速に処理されます。
かつ、正当な理由がなく支払いを拒んだ場合には、消費者庁に行政処分の要請を求めるほか、訴訟による法的な支払い義務を発生させるといった措置につなげるのです。
公正競争規約自体は業界団体の自主的なルールですが、公正取引委員会と消費者庁長官の「認定」を受けたことにより、「公式のルール」としての権威を有しています。

全国9ブロックに分けられた各協議会が、相談や苦情を受け付けると同時に、規約違反業者に指導や警告、違約金を課す権限が与えられている構造を、私たちは正しく理解しなければなりません。

違約金を収めれば解決とはならない
事業者の中には、「万が一発覚しても違約金を支払えば終わりだ」と誤解している業者も散見されます。
しかし、現代の不動産業者にとって公取協を最も恐るべき存在たらしめているのは、違約金そのものではありません。
主要ポータルサイト(SUMO、LIFULL HOME'S、at home等)との強力な連携こそが、本当の脅威なのです。
主要ポータルサイト(掲載停止対象サイト)各社は、公取協から厳重警告以上の措置が講じられた業者の広告掲載を、原則として1ヶ月以上停止します。
自社ホームページによる集客力が限定的となっている現在、ポータルサイトからの排除は、事実上の営業停止に相当します。
特に賃貸取引を専門としている業者にとっては、行政による「2週間の業務停止」よりも、主要ポータルサイトから「1ヶ月以上の掲載停止」される方が、致命的な打撃となる可能性が高いのです。
「賃貸広告」の脆弱性
公取協による違反事例の圧倒的多数が賃貸広告である背景には、以下のような理由があると考えられます。
1. 物件情報の鮮度と賞味期限
売買物件と比較して、賃貸物件は極めて速いスピードで動きます。
人気物件における「成約済み物件の消し忘れ」は、実務上「忙しくて削除が間に合わない」という実情もあるでしょう。
公取協もそのような理由が存在することを理解していますから、数日程度であれば考慮します。
しかし、合理的な期間を超えて掲載が継続されれば、意図の有無にかかわらず「おとり広告」と認定します。
2. 業者間流通データの盲信
業者間流通サイトからデータを取り込み二次利用する場合、元付け業者の表記ミスや更新遅延があっても、広告責任は掲載業者に帰属します。
「元付業者が表記を誤った」という言い訳は、公取協にも消費者にも通用しません。
同業他社を信用しないと表現すれば語弊もありますが、物件概要など表示義務が課せられている内容が適正か否かについては、自社での再確認が必須です。
3. おとり広告の誘惑
「来店させれば勝ち」という旧態依然の思考による「掘り出し物件」の掲載継続や、他物件へ誘導する「スイッチ」手法は、現在ではAIによる自動パトロールやユーザーからの通報によって、かつてない精度で捕捉されている現実を知るべきです。
SNS・動画広告が地雷原に--「映え」と「表示規約」の因果律
短尺動画(Instagramリール、TikTokなど)による物件紹介は今や集客の柱となりつつあります。
しかし、この「動く広告」こそが、現在最も注視されている地雷原です。
動画広告の特性は、瞬発的な情報発信力です。
しかし、不動産広告には必ず記載すべき「特定事項の明示義務」が存在し、かつ根拠のない誇大表現も禁じられています。
公正競争規約では、「口頭による表現も広告表示とみなす」と規定しているため、例え担当者個人の見解や感想であったとしても公正競争規約の適用を全面的に受けるのです。
1. 「注釈」の欠落
例えば窓からの景色を写し「ご覧のとおり、眺望も抜群です」、あるいは「この物件、何と初期費用が0円です」といったコメントをした場合には、その具体的な根拠を明示しなければなりません。
後者の場合なら、クリーニング費用、鍵交換費用、保証会社利用料が別途必要となることを動画内の視認可能な位置、あるいはキャプションの冒頭に明記するほか、リンク先を提示して確認できるようにするなどの配慮が必要となるのです。
2. 短時間で消えるからという過信
ストーリーズ等の24時間で消える媒体であっても、掲載した瞬間から「公衆への表示」と見なされます。
パトロール側は違反の証拠をスクリーンショットで保存するため、言い逃れはできないのです。
3. 画像加工によるリスク
室内を撮影する際、広角レンズを利用して部屋を実際よりも見えるように映し出す手法はよく用いられていますが、過度な色調補正や、窓から見える電柱を消去するなどの行為は「現況相違」に該当します。
また、近隣に存在する嫌悪施設等を意図的にアングルから外す行為も「不利益事実の不告知」が指摘される重大なリスクを孕んでいます。
まとめ
公正競争規約では、事実に相違する表示や実際より有利であると誤認される表示は、およそ全ての項目において禁止されています。
また、「抜群」「最高」「激安」「厳選」といった最上級表現を使用する際には、データに基づいた客観的根拠の明示が不可欠です。
これは広告のみならず、営業トークにも適用される基本ルールです。
迂闊な発言の真偽がスマートフォンで一瞬に判定される現在、不誠実な広告は自らの首を絞めるだけです。
消費者は複数のサイトを比較し、ストリートビューで現地を確認するほか、SNSの口コミを精査しています。
わずかでも「騙そうとしている」と感じられた瞬間、自社は候補から外されているのです。
不動産広告における不当表示は、単なるケアレスミスではなく企業経営の基盤を揺るがしかねない「最大のリスク」です。
見えない制裁の影に怯えるのではなく、誠実な広告展開を徹底することこそが、最大の防衛手段となるのです。





