かねてから国の政策としても進められてきた多拠点居住は、コロナ禍の現在、テレワークやワーケーションというキーワードと共に、社会的な認知が高まっています。
そのようななか多拠点居住を体験できる機会をつくる動きが、さまざまなチャネルで表れており、不動産業界においても売買・賃貸の区別なく「多拠点居住」ニーズに関わることが日常的なことになるかもしれません。
ここでは分譲マンション購入者への特典として提供される、多拠点居住の無償体験サービスやコワーキングスペースの無償利用権を紹介し、多拠点居住に関わる最近の政策などについてお伝えします。
多拠点居住を体験できる分譲マンション
大阪ガス都市開発株式会社が事業主である分譲マンション「シーンズ大森パークサイド」は、1LDKと2LDK全26戸の単身者向けの「居住と投資」を目的とした物件です。
首都圏の分譲マンションとして初めての試みとして、以下の購入者限定の特典をおこなっています。
2. コワーキングスペース「BIZcomfort」の無償利用特典(月間2日間、2年間無償)
参考:PR TIMES「多様な働き方を選択する時代にふさわしい「新たなライフスタイル」の提案 首都圏初、多拠点居住とコワーキングスペースの無償利用権を購入者に提供」
ターゲットが単身者のため、多拠点居住やコワーキングスペースとの親和性は比較的高く、コンセプトとして『当初は自己居住を目的とし、ライフスタイルの変化に応じて賃貸活用、そして次のサイクルで売却し新たな住まいを購入する。』と、このようなストーリーを提案しています。
将来的な売却までの過程では、多拠点居住を体験することもあり、コワーキングスペースを利用したリモートワークもあるかもしれません。
新しい生活や働き方が生まれてきた今日、これからのニーズを先取りし分譲事業に落とし込んだ実例と言えるでしょう。
多拠点居住の需要は拡大する
一般社団法人 不動産流通経営協会が2020年7月にまとめた「複数拠点生活に関する基礎調査」によると、現在複数拠点生活の実施者は617万人と推計され、今後複数拠点生活を希望する意向者は661万人と推計しています。
実施者・意向者ともその目的は『自分の時間を過ごすため』がもっとも多く、仕事もしながら趣味などの時間も大切にしたい「ワーケーション」的な生活スタイルが望まれているようです。
多拠点居住による人の移動は「人口流動」と定義され、地方と大都市双方が活性化され持続可能性を高めるとされています。
実施者と意向者の合計は約1,300万人であり、現在の生産年齢人口約7,400万人の17.5%に該当します。
またリモートワークの可能性が高い労働人口は、独立行政法人労働政策研究・研修機構のデータによると、事務従事者と専門的・技術的職業従事者の約2,600万人と考えられ、およそ5割がワーケーション的な生活スタイルに対応できると推測できるのです。
多拠点居住をすすめる政策
多拠点居住の需要は都市在住者にあるものですが、国の政策としてすすめてきた背景には、地方の農山漁村にその必要性があったという側面があります。
地方経済が衰退し空き家・空き店舗が増加するなかで、地方再生の手法として取り組んだのが「二地域居住の推進」です。
地方にとっては単なるブームで終わるのでなく、継続的に都市からの人口流動が生まれる仕組みを作りたいというのが本音です。そのため多拠点居住の普及は、地方からの視点で考えるべきテーマと言えるでしょう。
国土交通省は政策としての「二地域居住」を推進するため、全国二地域居住等促進協議会を設立(2021年3月9日)し、特設サイトを立ち上げました。
協議会の構成員は以下のとおりです。(2021/7/11現在)
・都道府県42
・市区町村597
■協力会員:関係団体、事業者等 44団体
・移住等支援機関
・不動産関係団体、全国版空き家・空き地バンク運営主体
・交通関係団体
・関連民間事業者
・関連メディア
「ADDress」をはじめとした多拠点居住プラットフォームの利用者増に伴い、需要の喚起は今後ますます活発になると考えられます。
地方においては魅力ある事業の創設と、ダイナミックな人口流動を呼び起こす仕組みづくりが重要になってきます。
そのためには資金面での支援も必要であり、国の支援策はもちろんのことクラウドファンディングなど新しい手法を積極的に用いることが求められます。
地方在住者のチャレンジや移住者の一念発起など、メディアを通して各地での活動が全国に発信されるようになると、やがて国民的な運動として「多拠点居住」が普及していくのではないかと予想されるのです。
多拠点居住は住まいの価値観を変える
住宅と居住する人との関係性は次の2種類です。
2. 借りる
この2つの類型にプラスして「シェアする」が今後定着すると考えられます。シェアは「所有する」にも「借りる」でもあり得ることで、いろいろなバリエーションが生まれます。
さらに時間軸を加えると居住する空間は1か所ではなく多拠点となり、時に応じて住まいは所有するものや借りているものに変化します。
多拠点居住の考え方が生まれたころは、半定住という概念だったそうで、住まいは非定住に変化していくと考えると現在のこのダイナミックな変化を理解できそうです。
高度経済成長期に生まれた「マイホームの夢」は、所有することに焦点を当てていましたが、現代の住まいは「シェア」するものであり「使用する」ものに変化してきました。
マイホームの増加は核家族の増加を生み、一方で大家族制の解体が進む歴史でした。そして今、家族とは異なった絆やつながりを求めて、シェアが生まれ人口流動が生まれていると捉えることができます。
住まいの形は人の営みを反映するものであり、社会の変化とともに変わっていくものと考えなければならないと思います。
まとめ
多拠点居住は単に暮らし方や生活スタイルがテーマではなく、住まい・住居を見直すことになるキッカケになるかもしれません。
宝島社が発行する『田舎暮らしの本』は1987年の創刊です。以来30年以上にわたり地方移住を紹介する情報を発信つづけてきました。
そして現在、テレワーク・リモートワーク・ワーケーションなどの、新たな概念やキーワードが生まれ大きなムーブメントになろうとしています。
不動産を所有することなく使用する方法が多様化し、価値観も変化していくと思われます。
多拠点居住ニーズから生まれる社会の変化に注目しなければならないようです。