デジタル庁創設と「ハンコ」不要で変わる賃貸事業の今後

菅内閣が誕生し高らかに宣言したのが「デジタル化」と「ハンコ不要」の社会実現です。

具体的な姿はまだ見えませんが、ようやく本格的な動きがはじまったと言えそうです。

IT化に後れをとっていた日本にようやく生まれた大きな波が、賃貸管理業にどのような変化を及ぼすのか、不動産業界でおこなわれていた実証実験と今後の展望について解説します。

IT活用による重要事項説明の社会実験

不動産業界ではデジタル化・IT活用について大きな壁がありました。

宅地建物取引業法で規定している、対面による重要事項説明と書面交付の義務でした。

法律上の義務を遵守しなおかつ業務の効率化を図る方法が検討課題となり、国土交通省は2014年からこの課題について本格的に取組んでいました。

参考:国土交通省「ITを活用した重要事項説明等に関する取組み」

社会実験の準備

宅地建物取引業法は不動産取引の契約に際し、事前に重要事項について買手や借手に書面にもとづき説明し、重要事項説明書の交付を義務づけしています。

説明時には「宅地建物取引士証」を呈示のうえおこなう必要があり、対面による説明が当然とされてきました。

しかし2013年6月14日の閣議において「世界最先端IT国家創造宣言」が決定され、アナログ社会からデジタル社会への転換を見据え、IT利活用の裾野拡大のためのアクションプランが策定されました。

不動産業界においては、対面によるとされていた重要事項説明をインターネットによる方法を検討し、書面交付を電磁的方法による可能性について検討することを決定したのです。

2014年4月24日~12月25日の期間で「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会(平成26年度)」が開催され、最終とりまとめとして次のように社会実験をおこなうことが決定されました。

1. 社会実験をおこなう取引は架空のものではなく、実際の不動産取引で行う
2. 賃貸取引の方がトラブルとなった場合の被害金額が少なく、説明すべき法令が少ないため賃貸取引を先行させる
3. 個人取引よりも法人取引の方が、より慎重な手続きが行われるため法人取引を先行させる
4. 社会実験の期間は準備期間6ヶ月を含め2年間とする

社会実験の実施

ITを活用した重要事項説明の社会実験は、2015年8月31日~2017年1月末の期間でおこなわれました。

実験の対象取引は「賃貸取引、法人間取引」とされ、情報ツールは「スカイプ」などのテレビ会議・テレビ電話ツールです。

実験に参加する事業者は募集に応じ審査し選定された246事業者となりました。

登録事業者の免許内訳は以下のとおりです。(*後に57社追加)

・国土交通大臣 59社
・都道府県知事 186社
・信託銀行 1行

登録事業者の本社所在地分布割合は以下のとおりでした。

・三大都市圏 68%
・その他 32%

実験が行われた取引は賃貸取引で1,069件となり、検証の結果は目立ったトラブルはなく、平成29年度に本格運用の開始が決定されたのです。

中小企業とデジタル化

インターネットの普及がはじまったのは1995年ころからです。

2001年には光ファイバーによる高速接続が可能となり、電子メールでのコミュニケーションはあたり前となります。

デジタル庁,賃貸

引用:総務省「インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化」

2007年にはYouTubeが配信されて、クラウドサービスもはじまるようになりました。

このころには中小企業のIT利活用は一般的なものとなりますが、業務におけるデータ処理などは、Excelを活用した独自のプログラムが主流でした。

ビジネスにおいてはパッケージソフトウェアの導入が一般的であり、導入にあたっては費用対効果や従事する人のスキルが問題となることも多かったのです。

2020年、新型コロナウィルス感染症が猛威を振るい、一気にオンライン技術・ツールが注目されるようになりましたが、それを可能にしたのがクラウドサービスです。

アプリケーションを開発・提供するITベンダーは、パッケージソフトとして販売せずベンダー側のサーバーにアプリケーションを搭載し、ユーザーがベンダーサーバーにアクセスして利用する方式となります。

クラウドサービスの投資額は2014年から急増するようになりました。

デジタル庁,賃貸

引用:経済産業省「中小企業のデジタル化に向けて 令和2年7月 中小企業庁」

現在、ITにかかわるさまざまなアプリケーションのほとんどは、クラウドサービスであると言っても過言ではありません。

不動産業を牽引する不動産テック

デジタル化は小さな企業が飛躍的に成長する機会をもたらすようになりました。

賃貸管理業界でも新しい潮流ともいうべき、成長事例があります。

1. 全国5,000店舗が導入するTATSUJIN

さまざまな業務が混在する賃貸管理業務を効率化したのが、Webサービスの「TATSUJIN」です。

・ 賃貸管理マニュアル「ちんたいちょう」
・ 外壁診断・提案書作成システム「がいへきくん」
・ 建物点検・巡回記録アプリ「きろくん」

など賃貸管理に必須なアプリケーションをPC・スマホ・タブレットから利用でき、LINEやGoogleドライブなどのSNSを活用し、事務所に戻らずともその場でさまざまな連絡や報告が可能になるシステムになっています。

導入店舗は5,000店舗を超えるほどの評価を得たサービスです。

参照:公式サイト

2. 賃貸管理のすべてを効率化したITANDI BB

物件掲載からスタートし、入居~退去までの管理業務をシームレスで行えるWebサービスが「ITANDI BB」。

・ 物件掲載と募集「ITANDI BB」
・ 物件確認の電話に自動応答「ぶっかくん」
・ 内見予約の自動受付「内見予約くん」
・ 入居申込Web受付「申込受付くん」
・ 契約業務の電子化「電子契約くん」
・ 入居者の更新・退去システム「更新退去くん」
・ データ連携の自動システム「RPAくん」

少人数でも煩雑な賃貸管理の事務処理をミスなく処理できるのが、ITANDI BBの各アプリケーションです。大手賃貸管理会社においても導入実績があり、信頼性の高いアプリケーションがそろっています。

参照:公式サイト

今後のデジタル不動産業

重要事項説明書ならびに37条書面への宅地建物取引士の押印、および契約当事者の記名押印について、更新契約は宅建業法にもとづく書面交付の適用外となりました。

このため更新契約については、電子契約移行への障害はなくなったといえるでしょう。

新規契約については、電子化から除外されていた定期借家契約についての実証実験が開始されており、賃貸借契約の電子契約化はいよいよ実現性が見込める状況になっています。

『不動産業を牽引する不動産テック』で触れたように、これまであたり前と思われていた働き方が大きく変化しています。

賃貸管理業においてはオフィス内での事務作業以外に、物件の現況確認やリフォームの提案、入居者からのクレームへの対応などで外出することが多い仕事です。

現地で確認し写真を撮ったのち、事務所に戻ってディスクワークを行うのがこれまでの常識でした。

しかしITツールにより、現地から直接リフォーム会社に状況を伝え、修繕工事の見積りを依頼する。

作成された見積書は外出先で「Googleドライブ」により確認するなど、オフィスに戻る必要もなく一日のスケジュールをこなすことが可能になっています。

このような大きな変化は、デジタル庁の創設とハンコ不要の動きにより、もっと速いスピードで進むことが予想されるのです。

新しいツールやサービスがどんどん提供され、取捨選択に困るような局面も考えられますが、無関心ではいられない状況になります。

小さな事業所ほどデジタル化が進まない傾向になりますが、ガラパゴス化した賃貸管理会社といったレッテルを貼られることのないよう、最新情報に敏感である必要があるでしょう。

まとめ

2020年の新型コロナウィルス感染症は、オンライン化・リモートワークといった、働き方を大きく変えるキッカケを作りました。

デジタル化政策は “待ったなし” とも言える重要な位置づけになり、26位に転落したとも言われる「一人当たりGDP」を押し上げる、潜在的効果があるとも考えられます。

デジタル化はすべての産業の構造や仕組みまでも変化させる可能性があり、賃貸管理業界においても積極的な利活用を図る試みが大切です。

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