管理会社が賃貸人の委託を受けておこなう賃貸住宅管理業務は、管理委託契約書にもとづきます。
管理委託契約書には国土交通省が策定した「標準管理委託契約書」があり、個々の物件に合わせて適宜変更や追加して用いると非常に使いやすいフォーマットといえます。
2020年に制定された「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(賃貸住宅管理適正化法)」により、賃貸住宅管理業登録制度の運用が義務化され、管理委託契約書は同制度との整合性が必要となりました。
「標準管理委託契約書」は賃貸住宅管理業登録制度との整合性を考慮し、すでに2018年3月30日付けで改訂されています。
ここでは標準契約書の内容にもとづき、管理会社が果たすべき義務と責任について解説します。
標準管理委託契約書の概要
標準管理委託契約書は全22条からなる契約書です。
数戸~数十戸の住戸がある1棟の建物を想定し、まとめられた契約書となっています。
契約書の内容を解釈するうえで、ポイントになりそうな部分について解説していきます。
契約書のダウンロードは、公益財団法人全国宅地建物取引業協会「国土交通省「賃貸住宅標準管理委託契約書の策定について」(2018.04.04)」からおこなってください。
契約書の前文
標準管理委託契約書では委託する業務を4つに区分にしています。
2. 共用部分や屋外などの清掃業務
3. 建物や設備の維持点検などの管理業務
4. 特約業務
契約期間を3年間とすることは、3年ごとに定期報告が義務づけされている特殊建築物に該当する物件もあり、契約期間中に必ず定期報告の時期を迎えることとなり合理性のある期間設定です。
賃貸人のなかには定期報告義務の認識がない場合もあり、管理会社の業務範囲に入っていれば問題ないですが、範囲外の場合は賃貸人に確認だけはするようにしたいものです。
受託者である管理会社の記名押印欄には、実務経験者の記名押印もあります。
この部分は賃貸住宅管理適正化法施行後「業務管理者」に変更されるはずです。
契約解除についての取決めも前文に記載してあります。
管理委託契約書は “委任契約” であり、契約期間中の解除は可能です。
ただし解除通知直後の解約であれば、業務に支障が出ることもあり「3ヵ月」の猶予期間は妥当といえます。
前文には委託を受ける物件の明細や賃貸借条件を記載します。
賃貸借条件は変更になる場合もありますが、受託時点での条件を記載しておくと後々参考になることもあるでしょう。
管理報酬は業務区分ごとに記載しておくことが大切です。
まとめてしまうと業務報酬の見直しが必要になった場合、賃貸人との間でトラブルになることもあります。
賃貸人への送金口座や時期もしっかりと明記しておきましょう。
特に送金時期は遅れることがあると、大きな問題になってしまいます。
最後に契約の始期と終期を明記し、終了時に業務が継続する場合は、文書により更新をおこなわなければなりません。
契約書の本文
ここからは契約条項についての解説です。
1. 業務範囲と再委託について
1条と2条では、業務委託の範囲と再委託の制限について定めています。
業務範囲は前文に記載した4項目にしたがい、別表を作成し細かく業務の内容を記載します。
業務の再委託は可能ですが、基幹業務である、賃料などの徴収・契約更新・契約終了に関する業務を、一括して再委託することはできません。
清掃業務や運営調整業務および建物設備の管理業務は、それぞれ一括再委託が可能であり、清掃会社や建物メンテナンス会社などへの外注が考えられます。
2. 賃貸人代理の権限
3条では、管理会社が賃貸人の代理として次の権限をもつことができると定めています。
・借主から賃貸人への通知を受領
・賃貸借契約の更新
・修繕費用の負担に関する借主との協議
・契約終了による原状回復について借主との協議
3. 借主に対し本契約締結時と賃貸借契約の更新および終了時の書面交付
第4条から第6条では、借主に対して交付する書面の内容について定めています。
・管理委託契約締結時にすでに居住する賃借人に対しても同様とします
・賃貸借契約が更新された借主に対しては、更新条件を記載した書面を作成し交付しなければなりません
・賃貸借契約が終了する場合、借主に対して終了に伴う債務を記載した書面を作成し交付し、求められれば内容について説明しなければなりません
4. 賃貸人が管理会社に対しおこなう情報提供と個人情報保護
第7条から第8条では、賃貸人が管理会社に対して必要な情報を提供し、管理会社が代理人である旨の委任状の交付や、損害保険への加入状況の情報も提供することを定めています。
また借主が法人の場合、借主から賃貸人の個人情報(マイナンバー)の提供を請求される場合があります。
この場合の賃貸人の個人情報を提供する件について定めています。
5. 反社会的勢力の排除と善管注意義務
第9条では、賃貸人および管理会社が反社会的勢力ではないことを確約し、万が一、暴力団排除条例に抵触する場合は、管理委託契約の無催告解除が可能であることを定めています。
第10条では善管注意義務について定めています。
6. 管理報酬と管理会社の立替費用の支払い
第11条と第12条では、賃貸人が支払う管理報酬に関する取決めと、管理会社が業務上立替えた費用について、賃貸人が速やかに償還することを定めています。
7. 賃貸人への敷金などと賃料などの引渡しおよび管理業務の報告
第13条と第14条では、賃貸人へ引き渡す敷金・賃料などの引渡し方法と、管理業務の報告を賃貸人へおこなう時期や頻度について取り決めることを定めています。
さらに賃貸人と管理会社の財産を分別して管理すること、引渡す賃料から管理報酬を相殺することについても定めています。
分別管理の定めは賃貸住宅管理適正化法にて義務とされたもので、重要な改正点です。
委託業務の成果は報告のしかたにより評価が変わるものです。
報告書の内容や頻度により、賃貸人と管理会社の信頼関係が深まることもあれば、失うこともあります。
金銭のやりとりと同様に重要なことであることを認識しておく必要があるでしょう。
8. 緊急時の対処や免責について
第15条と第16条では、緊急時などにおける住戸への立ち入り権限や、賃貸人が受ける可能性のある損害に対する免責事項について定めています。
管理会社が委託を受けておこなう業務のため、管理会社には賃貸人と同様の権限が必要になります。
また業務上において発生しうる災害等についても、管理会社に帰責事由がない場合の免責について明確にしておく必要があります。
9. 契約期間と更新について
第17条と第18条では、契約の有効期間を明記し更新についての定めをしています。
10. 契約解除に関する取決めと紛争処理について
第19条から第22条では、契約解除についての取決めと紛争が生じた場合の、裁判所の指定をおこないます。
契約解除に関する取決めは必ず契約書にはあるものであり、裁判所の指定も必ずおこなうものです。
「標準管理委託契約書」の改定前は、「住宅の標準賃貸借代理及び管理委託契約書」として、管理委託契約と代理契約が一体となっていましたが、改定後は代理契約に関しては従前の「住宅の標準賃貸借代理契約書」を活用することとされています。
そのため改定前の「成約に向けての積極的努力義務」については、改定後の標準管理委託契約書からは省かれていますので、成約努力義務については別途「代理契約」が必要です。
管理会社の義務と責任
管理を委託する場合、オーナーには次のような動機があると考えられます。
・複数の物件を所有しておりすべての物件の管理ができない
・建物管理などに必要な専門知識がない
本来はオーナーがおこなう管理業務を管理会社に委託することは、古くからおこなわれていた方法です。
管理会社は家賃を集金しオーナーに引渡し、入居を希望する人と賃貸借契約を締結し入居させ、退去する際には立会をし原状回復をおこない、新しい入居者を探して満室にするというルーティン化された業務をコツコツとこなしていきます。
しかしオーナーが管理会社に求めることは、ルーティン化された仕事だけではないこともあります。
賃貸管理委託業務や賃貸借代理契約で対象とする、業務範囲を超えた次のような要求です。
・上記を満たす収支計画の立案と実行
すべてのオーナーに該当することではありませんが、賃貸経営環境が悪化してくると、これらのことをオーナーが求めてくることがあります。
管理会社はその要求に応えられる能力を必要とし、実践できる経営体制を確立する必要があるといえるのです。
まとめ
標準管理委託契約書の内容は、賃貸住宅管理業者登録規程(平成23年国土交通省告示第998号)にて定められた、「賃貸住宅管理業務処理準則」にもとづいています。法律の範囲内で必要な条項が盛り込まれているのですが、契約当事者間においては不十分なものになっていることもあるでしょう。
たとえば、今日求められることと考えられる、より大きな責任を伴う業務である「プロパティマネジメント」あるいは「ファシリティマネジメント」においては、標準管理委託契約書の内容では不十分であるとともに、管理会社に求められる能力もより高いものになってきます。
管理会社の社会的立場が大きくなるにしたがい、必要とされる会社の姿も変化しなければなりません。