超高齢社会の日本においては、賃貸経営をおこなうオーナーの高齢化もすすんでいます。
また少子化により賃貸事業の承継がむずかしく、運用途中の賃貸物件を売却せざるを得ないケースも考えられます。
高齢化にともなう判断力の低下により経営上の重大な決断を誤り、経営状態が悪化するリスクを回避する意味からも、賃貸事業の承継は今後大きなテーマとなるでしょう。
2006年の改正により、不動産信託が賃貸事業の安定した承継を可能とする手法として、クローズアップされるようになりました。
オーナーから後継者問題を相談されることも多くなる管理会社にとっても、不動産信託とりわけ民事信託に関する知識は必要なものといえます。
ここでは民事信託に関する基本的な事項と、管理会社が信託業務を担う「商事信託」についても簡単に解説します。
民事信託のしくみ
民事信託とは、たとえば高齢の父親が所有する賃貸物件を息子に委託し、賃貸物件から生まれる利益を父親の収益とする方法です。
息子は事業としておこなうわけではないので、信託法による業者である必要はありません。
所有者からの委託により不動産の管理・運用をおこなうのは、家族や身内に限定されませんが、一般的には家族に委託するのが多いといえます。
民事信託は2006年の改正信託法により一般化したもので、まだ新しくあまり知られてはいません。
特徴的なポイントを以下の項目について解説します。
・信託期間の限度
・信託の方法
・成年後見との違い
不動産の所有権は?
民事信託の対象になる不動産は、管理運用する受託者に所有権を移転します。
受託者は信託契約で取決めした範囲で不動産を運用したり場合によっては売却したりして、生まれた利益は受益者に帰属します。
一般的には不動産信託を委託する人と受益者は同一人物になることが多いですが、受益者を委託者の妻にする、あるいは子や孫にするケースもあります。
所有権移転登記の原因は「信託」となり、信託財産には「倒産隔離機能」が働くので、委託者や受託者に破産などのアクシデントがあっても、不動産が債権者の手に渡ることはありません。
また登記にあたっての登録免許税は「信託登記」には課税されますが、所有権移転に関しては課税されません。
不動産取得税も非課税となります。
受益権の相続と信託の期間は?
受益者の権利は遺言により子や孫へと承継させることができますし、受益者を複数とすることも可能です。
信託期間も自由に定めることができますが、受益者が死亡することも想定され、遺言により次の受益者を指定するか死亡により信託を終了させることも可能です。
また信託開始時に二代目、三代目と、受益権の相続順を決めて指定しておくこともできます。
この場合には、信託開始からの30年ルールという縛りがあります。
30年ルールとは、信託開始から30年を経過した以後に受益者と指定されている人が死亡するか、受益権が消滅すると信託が終了すると定めています。
さらにこの「30年ルール」により信託が終了したとしても、新たに信託を開始することが可能なので、期限についてはほとんど意識する必要はないのです。
信託の方法
信託を開始するには3つの方法があります。
2. 遺言による
3. 公正証書などによる
一般的には家族に委託することが多く、公正証書などによる方法は家族以外の場合になるでしょう。
契約は口頭でも有効ですが書面にしておく方が望ましいです。
契約の場合は委託者と受託者との双方が、信託の内容や範囲を確認し契約します。
しかし遺言の場合は委託者が一方的に受託者を指定する場合があり、遺言執行時まで受託者が承知していないなどの問題もあります。
不動産の信託は登記も必要であり、書面による契約が適切といえるでしょう。
成年後見との違い
不動産信託は事業承継手法のひとつです。高齢になったオーナーの選択肢としては、ほかに成年後見制度の利用があります。
それぞれの特徴をまとめると以下のようになります。
民事信託 | 成年後見制度 | |
不動産の移転時期 | 自由に決められる | 本人所有のまま |
二次相続 | できる | できない |
不動産処分の権限 | 契約により設定 | 制限がある |
他の財産への関与 | 契約で定めた範囲まで | 全ての財産を管理 |
高齢になったオーナーにとってもっとも心配なことは、認知機能の低下により適格な経営判断ができなくなることです。
・入居審査の最終判断を誤ってしまう
など収益性や安定性に問題のある経営判断をしてしまわないような対策が必要です。
成年後見制度は賃貸物件の所有権は本人のままになりますが、売却の必要性が出てきた場合、自由に売却することができない可能性があります。
また成年後見制度はすべての財産が成年後見人の管理下となりますが、不動産信託は対象不動産だけが受託者の管理となり、他の財産に対してはなんの関与を受けることがありません。
つまり不動産信託は成年後見制度よりも自由度が高いことが大きな特徴といえるのです。
商事信託の可能性
民事信託は家族などに不動産管理を委託し、これまで同様の収益を得る方法ですが、家族などではなく不動産管理のプロフェッショナルに委託する方法があります。
「商事信託」といい、信託業法にもとづいた専門会社に依頼するものです。
商事信託は一定要件を満たすと管理会社が信託会社になることも可能です。
不動産信託に関する信託会社には次の2種類があります。
内閣総理大臣の登録を受けます。最低資本金が5千万円の株式会社であり、1千万円の営業保証金が必要となります
2. 運用型信託会社
内閣総理大臣の免許を受けます。最低資本金が1億円の株式会社であり、2千5百万円の営業保証金が必要となります
信託会社は旧信託業法の関係から銀行が多くを占めますが、改正信託業法により大手賃貸管理会社の系列会社が管理型や運用型の信託会社を設立しています。
独立系の信託会社も存在し、シニア世代をターゲットとした不動産管理や金銭管理の信託事業をおこなっています。
不動産信託業は超高齢社会における不動産業のひとつの業態として、機会と条件が整えば参入を検討すべきジャンルといえそうです。
まとめ
不動産信託は高齢となったアパートオーナーなどの、事業承継をスムーズにおこなう手法です。
財産の分別管理による倒産隔離機能により保全が図られ、安全の高い資産管理が可能になります。
また相続と異なり二次相続対策が可能なことは、資産散逸防止として活用できる手法ともいえます。
ビジネスパートナーである管理会社は、高齢オーナーと信託受託者の橋渡しをおこなうことにより、信託開始後も賃貸物件の管理を継続することが可能となるでしょう。
そのためには幅広いコンサルティング能力が求められるのです。