借家人の失火による損害を賠償請求できる法的根拠

アパートの一部で火事が発生し、1室が焼失してしまいました。

オーナーは火災保険に加入していることがほとんどで、保険金により修復工事費を準備することができます。

一方、居住中の物件であれば入居者が加入している借家人賠償保険により、修復工事費に充当することも可能です。

この場合、オーナーは入居者に損害賠償請求をおこなうことが必要です。

日本には失火責任法という法律があり、失火の場合は責任を負わなくてもよいといわれますが、アパートの場合はどのような法律により、入居者に請求できるのかを解説します。

失火責任法とは

「失火責任法」とは正式名称を「明治三十二年法律第四十号(失火ノ責任ニ関スル法律)」といいます。

条文はたった1行で次の内容です。

“民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス”
引用:e-Gov「明治三十二年法律第四十号(失火ノ責任ニ関スル法律)」

ここでいう「民法第709条」とは次の条文になります。

“故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。”
引用:e-Gov「民法第709条」

『失火によりおこった火災については、失火した人に重大な過失がない場合、民法第709条で定める賠償責任を免れる』ことを意味しています。

明治32年に制定された法律です。この当時の日本は木造家屋がほとんどであり、現在のような「不燃建材」や「防火構造」といった、燃えにくい建物を造る技術やしくみもありませんでした。

ひとたび火事が発生したら、広範囲に燃え広がることを防ぐ術がなかったのです。

失火した人自身も被害にあいその日から寝るところもない状態です。

とても損害賠償に応じることはできませんでした。

以来、失火責任法は継続されており日本においては、失火の責任を問わないことが社会のルールになっているのです。

賃借人が負う賠償責任

入居者が誤って火事をおこしアパートが消失してしまった場合、オーナーは入居者に損害賠償請求をします。

失火責任法では入居者に重大な過失がない場合は、賠償責任を免れるはずです。

では、なぜ大家さんは入居者に損害賠償請求ができ、入居者は借家人賠償保険による保険金により、オーナーに賠償するしくみになっているのでしょうか?

この場合別の法律が適用され、入居者の賠償責任が問えるようになっているのです。

オーナーと入居者との契約関係

入居者は賃貸借契約にもとづきオーナー所有の住宅に居住しています。

そこには入居者に対して「善良な管理者の注意義務」が発生します。

戸建住宅では、隣家からの火事によって類焼した場合、被害を受けた人と失火した人との間にはなんの契約関係もありません。

したがって失火した人は「失火責任法」により賠償責任は生じませんが、賃貸借契約関係にあるオーナーと入居者の間では、入居者に「善良な管理者の注意義務」があり、失火に対しての損害賠償責任が生まれるのです。

また賃貸借契約においては、入居者は退去時に原状回復して借りた物件をオーナーに返す義務があります。

しかし火事により焼失すると、原状回復し返還する債務が履行できなくなり、契約違反になってしまうのです。

このように善管注意義務違反と賃貸借契約違反により、オーナーには入居者に対する賠償請求権が生まれ、損害賠償を堂々と請求できるしくみになっています。

隣人に対する賠償責任

入居者のひとりが失火による火災をおこし、隣室にも延焼してしまい損害を与えた場合、出火元の入居者は賠償責任を問われるのでしょうか?

この場合、重大な過失がなければ「失火責任法」が適用され、賠償責任は免れます。

では延焼により損害を受けた隣人は、その被害をどのように補償できるのでしょう?
そのために加入するのが家財保険です。

つまり「失火責任法」がある日本においては、出火元に対する損害賠償請求はできないため、火災保険により自らの財産を守る必要があります。

また出火元の入居者も家財の被害を受けていますので、これも自ら加入している保険により補償を受けることができるのです。

入居時には必ず家財保険とそれに付帯した「借家人賠償保険」に加入します。

家財保険は自分の財産を守るための保険であり、借家人賠償保険はオーナーに対する賠償責任を履行するための保険です。

失火見舞金

「失火責任法」により、過失がなければ他人に損害を与えても賠償責任はありませんが、火事の原因となった入居者は気まずい思いをするものです。

大きな被害とはならなくても、隣人の住戸内に煙が流れ込み損害を与えることもあります。

そこで、損害賠償としてではなく「お見舞い」という気持ちを表す目的で、火災保険や家財保険には「失火見舞金」を保険メニューに加えているケースが多くなっています。

1世帯あたり20万円という設定が多いようですが、火災により迷惑をかけた方への気持ちとしては充分な金額かどうかはよくわかりません。

賃貸住宅が焼失した場合の契約

賃貸住宅が火災に見舞われた場合、賃貸借契約はどのようになるのでしょう?

修繕工事はオーナー負担でおこないますが、被害の状況が著しく修繕の範囲が広い場合は、費用も高額となり復旧が不可能ななこともあります。この場合は賃貸借契約が終了します。

被害が軽微であり修繕工事費用が借家人賠償保険や、オーナーが加入する火災保険で補填できる場合は、オーナーの考え方にもよりますが、賃貸借契約は継続します。

国土交通省が策定した「標準賃貸借契約書」には『本契約は、天災、地変、火災その他甲乙双方の責めに帰さない事由により、本物件が滅失した場合、当然に消滅する。』とされており、 “滅失” した場合に契約が終了すると定めているのです。

まとめ

入居者によっては、入居時に契約した家財保険の更新をせずに居住していることもあります。

管理会社の更新チェックがしっかり為されているとおきないことですが、たくさんの物件を管理し多くの入居者がいる場合、更新忘れがゼロではないこともあります。

保険更新忘れは万が一のとき、入居者に大きな負担が生じる場合もあります。

オーナーと入居者の利益を守る意味でも、管理会社は火災保険や家財保険の更新には注意したいものです。

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