新型コロナ感染症の影響は「リモートワーク」という働き方を普及させ、宿泊費や家賃のサブスクリプション化を生み出し、多拠点居住という新しい暮らしのスタイルを定着させました。
この変化は賃貸住宅市場の構造にも影響を与えています。
ここでは、今後起こると考えられる賃貸住宅需要の大きな変化に着目し、賃貸業・管理業のあり方について考えを巡らしてみます。
多拠点居住の実態
多拠点居住プラットフォームADDressは「利用実態レポート2021版」を公表しました。
利用割合の多い年代は20~40代で約8割を占めており、男女比は6:4となっています。
家族構成では単身者が約4割と、家族や友人・パートナーとの同居世帯のほうが多くなっています。
住民票登録地は関東が約7割であり、次いで関西が約1割強といった状況です。
職業は約4割が会社員、次いでフリーランス・個人事業主が約3割、そして会社経営者が約1割とつづきます。
職種では、コンサルタントや士業の方が多く、次いでWebデザイナーやクリエイター、そして企画職・IT技術者とつづいています。
注目されるのは副業を行っている割合が約4割と多く、ADDressの利用目的が3割強を占める「ワーケーション」がトップであることです。またADDressを主な住まいとしている割合が約4割でこれもトップとなっています。
月間利用頻度は10日以上が過半数となり、スポット利用は少なく常態化していることがわかります。
このアンケート結果から見出せることとして次のようなポイントが指摘できます。
・ワーケーションが多拠点居住の主要目的となりライフスタイルの価値観に変化が生じている
・地域や人との交流が増えることに価値観を見出す事例も多い
多拠点居住は絶対数としてまだ多くはありませんが、確実に社会に普及し定着していくことを予感させる結果です。
サブスクプランを実施するホテル
コロナ禍の影響を大きく受けている宿泊業界では、これまでの宿泊需要ではなく「住まい」としての需要にフォーカスしている事例があります。
ビジネスホテルとして全国に展開するアパホテルは、150以上のホテルで『30日間の連泊プランで定額99,000円』を打ち出しています。
2021年10月31日までの期間キャンペーンですが、ホテルを住まいやリモートワークスペースにする、新しいコンセプトにより生まれたものです。
新型コロナ感染症が収束し観光業界にも元の姿が戻ってくると、終了するキャンペーンと予想されますが、長期滞在型のホテル需要を生み出すキッカケになると考えられます。
またビジネスホテルでは「マンスリーホテル」というカテゴリが生まれており、アパホテル並みのサブスク利用はむずかしいですが、ホテルの長期滞在需要と賃貸住宅との境界はますます曖昧になっていきそうです。
ワーケーションから生まれる新たな賃貸需要
矢野経済研究所は「ワーケーション市場」に関する調査を実施し、2020年度の国内ワーケーション市場規模が699億円と予測、さらに2025年度には3,622億円に達すると発表しました。
出典:矢野経済研究所「ワーケーション市場に関する調査を実施(2020年)」
宿泊インパクトが5割以上を占めますが、宿泊は文字どおりの宿泊施設のみならず、住居系にもおよびADDressが展開する「家守」のいる戸建住宅は、ワーケーション体験を充実させる施設となるでしょう。
「空き家活用」「地方活性化」「新しい絆」などのキーワードで語られ構築される社会の仕組みに、ワーケーションは重要な切り口になる可能性があります。
全国にある民間賃貸住宅は約1,530万戸であり(2018年時点)、ワーケーション需要に適応できる住宅は相当数あると考えられます。
新型コロナ感染症の収束後、企業においては引きつづきリモートワークを継続させるケースが少なからずあるでしょう。
例をあげると、話題となっていた電通本社ビルは3千億円程度で売却されることが正式決定しました。
財務上の対策面もありますが、広いオフィススペースが不要となったことが、売却の理由とも言われています。
リモートワークは働く場所を変化させると共に、暮らす場所も変化させるキッカケとなりました。
そして一部の企業でおこなわれていた「ワーケーション」は、リモートワークの重要なスタイルの一種として定着していく可能性を秘めているのです。
ワーケーションの普及により生まれる変化
ワーケーションの普及は賃貸市場に変化をおこし、さらに不動産の証券化がサブスクリプション賃貸を可能にする動きを生むと思われます。
賃貸住宅の2極化
賃貸管理会社がワーケーションビジネスへ参入するアプローチについて考えてみます。
・地域活性プロジェクトに加わる
などがキッカケとなり、管理物件からワーケーションに対応できる物件が生まれ、あるいは育てるようなことが多くなりそうです。
ワーケーションには「泊まり放題」や「移りやすい」など、家賃や宿泊費のサブスクリプションが望ましく、管理物件のサブスクリプション化は課題となります。
また宿泊施設と賃貸住宅の区分がなくなると「住む」から「泊まる」に、ニーズは変化し、ワーケーション施設としては家具家電付き住宅が求められます。
このことは賃貸住宅が、これまでのスタイルを維持していく物件と、家具家電付きのマンスリータイプに2極化することを意味しています。
空き家の減少
多拠点居住が広がると1つの世帯が住まいを2か所以上持つ(借りる)状態となり、総体的に空き家数は減少していきます。
しかし世帯あたりの住居費が2倍になることはなく、年間における国民全体が支払う住居費はあまり変わらないと予想できます。
そのため家賃を受け取るオーナー(大家さん)の全体収入も変わることはありません。
家賃の全国トータル金額は変わりませんが空き家は減少するので、1戸あたりの平均家賃が減少し「家賃のシェアリング現象」が生まれます。
つまり全国の家賃収入を全国の大家さんが分け合う構造が考えられます。
サブスクリプション家賃普及の効果
家賃のシェアリング現象は不動産投資の面でも生まれます。
現在は賃貸住宅の所有者は特定のオーナーであり、1棟ごとに家賃収入が異なり「利回り」が異なるのが通常です。
しかし賃貸住宅の所有権は証券化され1口1万円のオーナーがたくさんおり、アセットマネジメントをおこなう運営会社が経営するといった形態が増加しています。
運営会社はほかにも物件を運営しオーナーへの配当は物件単位ではなく、運営する物件のトータル収益から配当される方法に変っていきます。
つまり所有権が小口化されることにより、物件ごとの収益を考える必要がなく物件全体の収益向上のため、サブスクリプション家賃が効果的な戦略になると考えられるのです。
このような供給側の構造変化が、ワーケーションを主としたサブスクリプション賃貸を普及させる原動力にもなると考えられるのです。
まとめ
賃貸管理をとりまく社会・経済環境は常に変化しています。
リモートワークやワーケーションなど人々の暮らしや生活の変化は、賃貸住宅のあり方までも変えていくものです。
ずっと同じ方法でビジネスが成り立つものではなく、変化に対応する視点や洞察力も必要と言えるでしょう。
この記事で述べた変化の影響については、まだ漠然とした捉え方に過ぎませんが、数年後にはより具体的な姿で捉えることができるのではないかと思います。