賃貸物件の修繕には長期間の計画にもとづきおこなうメンテナンス、退去時におこなう原状回復、そして突発的に生じることの多い修繕工事があります。
突発的な修繕工事には入居者が工事をおこない、あとで管理会社やオーナーに請求がくるものがあります。
内容によっては居住中に請求ができるものとできないものがあり、管理会社の対応も変わってきます。
これらの「必要費」と「有益費」について解説し、善管注意義務違反にもとづく入居者への修繕費請求の事例も紹介します。
賃貸人が負う修繕義務と賃借人が行使できる修繕費請求権
屋根や外壁からの雨漏り、外部階段手摺のぐらつき、このような緊急性のある建物の不具合があった場合、賃借人は速やかに賃貸人に連絡することが求められています。
国土交通省が定めた「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)」において『乙は、本物件内に修繕を要する箇所を発見したときは、甲にその旨を通知し修繕の必要について協議するものとする。』とし、賃借人からの通知により修繕の要否を賃貸人が判断することになります。
賃貸物件の修繕義務は賃貸人にあるのですが、その根拠は民法にあります。
第601条(賃貸借)では、賃貸人の義務について次のように定めているのです。
条文の一部には『当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと』とあり、賃貸人は賃借人に「使用及び収益」させることにより、賃料を受取ることができるのです。
「使用及び収益」をさせるには、雨漏りするような建物や、階段から落下するような危険な状態を放置できません。
賃貸人は快適で安全な生活空間を提供する義務があります。
そのため必要があれば修繕をおこなわなければなりません。
ではたとえば照明器具の電球が切れた場合や、蛇口のパッキンが劣化して水が漏れるなどの軽微な修繕も賃貸人の義務になるかというと、そうではありません。「賃貸住宅標準契約書」では軽微な修繕について次のように定めています。
『乙は、別表第4に掲げる修繕について、第1項に基づき甲に修繕を請求するほか、自ら行うことができる。乙が自ら修繕を行う場合においては、修繕に要する費用は乙が負担するものとし、甲への通知及び甲の承諾を要しない。』
別表第4には以下のような軽微な修繕は賃借人が自ら修繕し、負担も賃借人がおこなうよう定めています。
・蛇口のパッキン、コマの取替え
・風呂場等のゴム栓、鎖の取替え
・電球、蛍光灯の取替え
賃貸人が修繕をおこなわない場合には賃借人が自ら修繕をおこなう
賃貸物件に不具合が発生した場合、入居者はまず管理会社に連絡をします。
管理会社はその状況をオーナーに連絡し、どのように対処するかの指示を仰ぐのが普通です。
しかしオーナーに連絡がとれないときや、修繕工事をおこなうことに躊躇したとき、入居者は待っておられず自ら修繕をおこなうこともあります。
そのときの工事費の負担はどのようになるのでしょうか。
民法第608条(賃借人による費用の償還請求)には次の規定があり、入居者はオーナーに対して費用請求ができるとされています。
『賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。』
先にあげた「屋根や外壁からの雨漏り」や「外部階段手摺のぐらつき」などは、建物を使用し収益するためには修繕が必要なものになります。
さらにその費用負担はオーナーがすべきものなのです。
入居者からは工事費用を支払うよう請求がきます。
もちろん管理会社はその請求に対応しなければなりません。
必要費と有益費の違い
前述した民法第608条(賃借人による費用の償還請求)には第2項があり、そこには次のような規定が書かれています。
『賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第2項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。』
この条文にでてくる「有益費」とはなにか?そして有益費を入居者が負担して修繕をおこなった場合、オーナーは賃貸借契約の終了時に有益費を入居者に返還しなければなりません。
では「必要費」と「有益費」の違いはどのようなものなのでしょう。
1. 必要費とは
建物を使用収益するために必要な費用のことをいいます。
たとえば雨漏りの修繕などは典型的な費用であり、台風により割れた窓ガラスの修繕や、水漏れのする錆びた配管の交換といった費用です。
2. 有益費とは
BSアンテナの付いていない借家で、入居者がBS放送を視聴したいためにBSアンテナを自費で設置しました。契約終了時に入居者はBSアンテナを設置したままにするので、設置費用をオーナーに請求しました。
たとえば上記のようなケースがあった場合、BSアンテナが付いていることにより、オーナーが利益を得るつまり「BSアンテナが付いているので家賃を高くできる」ような場合は有益費といえる可能性はあります。
しかしBSアンテナを設置してから数年経過しており劣化もおきています。
設置するときに5万円かかったとしても、現在価値で評価するとほとんど価値はないと考えられる場合は、有益費はゼロかもしくはわずかとなるのです。
またBSアンテナが付いていても、利益があると判断するかどうかはオーナーの判断になるので、有益費と認められるかどうかは、現実にはむずかしい面があるといえるでしょう。
また、有益費の場合は退去時の請求になり、居住中の請求はできないことを付け加えておきます。
ここまでは入居者から管理会社やオーナーに対して、なんらかの費用の請求があるケースについて述べてきましたが、次に入居者に対して費用の請求ができるケースについて紹介します。
賃貸人が賃借人に請求できる善管注意義務違反の事例
賃貸借契約の終了による入居者の退去時には、管理会社が立会いをおこない、原状回復義務のある修繕箇所について点検をします。
原状回復については2020年の民法改正においても明文化されたように、経年劣化や自然損耗については入居者の義務とはならないことになりました。
これまでも国土交通省が作成した「原状回復ガイドライン」にもとづき判断されてきましたが、より厳しく法律を遵守することが求められるようになります。
その一方で入居者には「善管注意義務違反」により、修繕費用を認めた判例があります。
庭修復費用請求事件 平成21年5月8日判決言渡 東京簡易裁判所
この判例の詳細は以下になります。
参考:裁判所「庭修復費用請求事件(本訴,通常手続移行),敷金返還請求事件(反訴)」
要点は次のようなものです。
・請求内容:手入れがなされなかった為に荒れ果てた庭の修繕費
・ 判決要旨:賃借人が庭の手入れを怠り、雑草が繁茂し庭が荒れ果てたことは、入居者の「善管注意義務違反」に該当する
戸建住宅の賃貸借契約において、庭の手入れについての具体的な記述がないのは一般的です。
この件においても契約書には賃貸借の範囲として庭が明記されておらず、手入れについても具体的な注意事項などはありませんでした。
唯一あったのが、植栽の剪定に関して『管理会社からは、知識が必要なため原則的に剪定はしないように』と注意を受けていたのでした。
判決においても植栽の剪定をおこなわなかったことに関しては、善管注意義務違反が問われなかったのですが、その他の雑草が繁茂する原因といえる、草取りをしなかったことについて善管注意義務違反を認めたものです。
賃貸管理業務をおこなっていると、入居者の善管注意義務違反に該当しそうな事例に直面することは少なくありません。
例をあげると次のようなケースが考えられます。
・室内にゴミを放置し床を腐蝕させた
・タバコのヤニ汚れが異常
・コンロなどの備品が壊れたままになっている
原状回復ガイドラインでは居住後の経過年数に応じて、入居者の負担割合を低減しますが、明らかに異常な劣化や汚れなどは、善管注意義務違反と認められるケースがあります。
退去立会では冷静で慎重な判断が求められるといえるでしょう。
まとめ
賃貸物件の修繕費は基本的にオーナーが負担するものです。
緊急時には入居者が工事を発注するようなケースもありますが、費用はオーナーが負担するのが一般的です。
ただし必要費ではなく有益費に該当する内容の修繕工事や、オーナーが負担する必要のない修繕工事もあります。
管理会社は退去時の原状回復も含めて、オーナーと入居者の間に入り、費用負担の調整をおこなう重要な役割を担っているのです。