
現在の不動産業界、特に賃貸仲介の分野においては、デジタル技術の進化が営業手法そのものに大きな影響を及ぼしている。
その代表的な例が、システムによる「マッチング提案機能」である。
これは、ユーザーが提示した希望条件に基づいて、システムが自動的に該当物件を抽出、一覧表示する機能であり、導入している企業も多い。
営業担当者は、ユーザーの条件入力さえ正確に行えば、あとはシステムが最適な物件を提示してくれるため、業務の効率化に直結している。
こうしたマッチング機能は、確かに一定の精度を持っており、営業経験の浅い担当者でも漏れのない提案が可能となる点で、大きなメリットがある。
実際、「駅徒歩10分以内」「築10年以内」「2階以上」「独立洗面台」など、ユーザーが望む条件を網羅的に設定すれば、それに合致する物件を瞬時に提示できる。
情報の量も質も高く、物件写真や設備情報、地図、周辺環境などもまとめて確認できるため、ユーザーにとっても満足度の高いサービスである。
しかしながら、実際の営業現場において、このシステムに全面的に依存する姿勢は、成約において致命的な弱点にもなり得る。
なぜなら、営業とは単なる情報提供ではなく、「人間同士の信頼関係の構築」と「プロフェッショナルとしての価値提供」が求められる仕事だからである。
つまり、どれだけシステムの精度が高まったとしても、ユーザーが「この人に任せたい」と思う要素は、人間的な信頼や専門的知識に根差しているのだ。
成約率の高い営業担当者に共通するのは、「頭の中に膨大な物件情報のストックがあり、それを即座に引き出せる能力を持っている」という点である。
たとえば、ユーザーとの会話中にふと出た一言から、「それなら〇〇エリアにこういう物件がありますよ」と即応できる。
このスピード感と的確さが、ユーザーに安心感と信頼を与え、契約へと自然に導いていく。
システムではこの“間”や“説得力”は再現できない。
さらに言えば、こうした知識の裏付けがあることで、営業担当者は単なる「条件に合う物件の紹介」だけでなく、「条件には入っていないけれど満足度の高い物件」の提案もできるようになる。
たとえば、「徒歩10分以内が希望」と言っていたユーザーに対し、「徒歩12分ですが、目の前にバス停があり、道も明るく安心です。その分、家賃が1万円安くなります」といった説明ができる。
このような提案こそが、営業としての付加価値なのである。
しかし、この「物件知識に基づいた提案力」は、一朝一夕で身につくものではない。
日々の努力と継続的なインプット、そして現場での経験を積み重ねることによって、ようやく身につくものである。
具体的には、次のような取り組みが必要となる。
まず第一に、「日常的な新着物件チェック」が挙げられる。
これは単にポータルサイトや社内システムで一覧を眺めるだけでは意味がなく、「どのユーザーに、どの物件が、なぜ合うのか」を常に想像しながらチェックする習慣を身につけることが重要である。
条件だけでなく、外観や写真、位置関係、過去の問い合わせ状況などを細かく確認し、自分なりの評価をすることで、知識が蓄積されていく。
次に必要なのは、「実務経験の積み重ね」である。
机上の空論ではなく、実際にユーザーを案内し、反応を見ることで、物件の“生きた情報”が蓄積されていく。
たとえば、「写真では綺麗に見えるが、実際は共用部がかなり古く感じられる」「周辺の騒音が気になる」など、現場でしかわからない情報が数多く存在する。
こうした経験を積むことで、よりユーザー目線に立った提案が可能になるのだ。
また、物件情報の記憶や整理も重要である。
優秀な営業メンバーは、物件を見ただけで「このマンションは○○さんが満足していたな」「このアパートは前回、家賃交渉が通った」といった具体的な記憶が伴っている。
これは日々のメモや情報整理を怠らず、記憶の定着を意識しているからこそ成り立つ。
単なる記憶力の良さではなく、習慣化による「思考と記憶のシステム化」ができているのである。
こうした物件知識は、賃貸仲介という業務の枠を超え、不動産業界全体で長く活かされるスキルでもある。
仮に将来的に賃貸管理や売買仲介、開発業務に移ったとしても、「地域の物件特性」「市場感覚」「お客様目線の物件評価」といった基礎知識は、必ず業務に役立つ。
とりわけ売買仲介では、物件の“売り”を短時間で的確に伝えるスキルが求められるため、賃貸仲介時代に培った提案力が直結する。
そして最後に、こうした知識やスキルを持つ営業担当者は、結果として「お客様からの紹介」「リピーター契約」が増える傾向にある。なぜなら、ユーザーが「この人なら安心できる」「またお願いしたい」と感じるからである。
これは、広告や価格競争では得られない「営業」としての「資産」であり、長期的なキャリア形成にも繋がっていく。
つまり、テクノロジーの力を活用することは現代の営業において欠かせないが、それ以上に重要なのは、「人間力」と「物件知識の蓄積」によって築かれる「提案力」である。
このバランスを持った営業担当者こそが、今後の不動産業界においても継続的に成果を出し続ける存在となることは間違いない。