『家族信託』は、超高齢社会における認知症対策に大変有効な手段であるとして、新聞・雑誌・テレビなどで取り上げられることが多くなりました。
弊所は、「高齢者・障害者が安心できる長期的な財産管理」や「数次にわたる円満円滑な資産承継」を実現するために、他の施策と合わせながら『家族信託』を実行するお手伝い(コンサルティング業務)を主要な業務としておりますが、数年前から非常に多くのご相談・ご依頼を頂いており、老親の認知症対策への関心・危機感をお持ちの方が急速に増えていることを実感しております。
特に高齢の不動産オーナー(賃貸物件だけではなく、持ち家をお持ちの親世代全般)が認知症や大病、事故等で判断能力を喪失してしまい、不動産の売却や買い替え、建替え等がスムーズにできずに困ってしまったという声は数多く聞かれます。
また、社会的課題となっている「空き家」の問題も、対策を講じなかったために、遺産争いや所有者が判断能力を喪失する事態が生じたことに起因することが多いです。
そこで、不動産事業者(賃貸管理、売買仲介、賃貸仲介、不動産コンサルティング、マンション・投資販売など)の方々に広くこの「家族信託」という仕組みを知って頂くことで、お客様への売却、買い替え、建替え、建設、資産活用に関する優れたご提案が、将来において確実に実行して頂くことができるようになりますし、「空き家問題」の予防策にもなり得る非常に重要な知識となります(別稿の『不動産会社が家族信託のコンサル業務をするメリットとリスク』もご参照下さい)。
本稿では、筆者の日々のコンサルティング業務の実務を踏まえ、『家族信託』の典型的なメリットを5つ挙げてご説明します。
『家族信託』の典型的な5つのメリットとは?
メリット①:認知症対策
老親の認知症や大病による判断能力喪失に影響を受けない財産の管理処分が実現できる!
家族信託は、老親が元気なうちから、老親の持つ財産の管理を契約で信頼できる子に任せる(“信じて託す”)のが典型的な形です。
契約で託した後は、親本人が元気なうちは親と相談しながら財産管理の担い手たる子(=「受託者」と言います。)による財産管理を行い、もし親本人の判断能力が著しく低下・喪失しても、“資産凍結”されることなく、受託者が単独で、財産の管理や処分がスムーズに実行できます。
たとえば、家族信託で老親の自宅(実家)の管理を受託者に任せておくことで、老親が入院・入所したために空き家となった実家を適切な時期に受託者が賃貸や売却できる等のメリットがあります。
また、老親名義の預貯金の一部を予め受託者が管理する家族信託専用の口座に移動しておくことで、老親が有料老人ホームに入る際に必要となる入所一時金を憂いなく受託者が支払うことができます。
メリット②:成年後見制度の代用
成年後見制度を利用せずに軽負担で柔軟な財産管理が実行できる!
『成年後見制度』は、判断能力が低下・喪失した人が誰でも利用できる汎用性のある“セーフティネット”としての制度趣旨上、下記のような負担や制約があります。
(い)経済的負担:後見監督人が選任された場合(通常は家庭裁判所から司法書士や弁護士が選任される)、後見監督人報酬として月額金1~2万円を後見制度の利用が終了するまで(一般的には被後見人本人が亡くなるまで)、被後見人本人の財産から支出する必要があります。
(う)アクションへの制約:成年後見人は、原則として被後見人本人にとってメリットがあることしかできません。長期的に見れば家族にとってメリットがある相続税対策や資産の積極的な投資運用はできません。また、高額な支出を要する不動産の修繕・建替え・購入をする際には、実質的には家庭裁判所に事前に相談をしたり、許可を求めたりする必要がありますので、たとえ本人が元気なうちに立てていた資産活用計画であっても、成年後見制度を利用した後は、実行したいときにその計画が実行できなくなくなるリスクがあります。
一方の家族信託は、次のようなプロセスを踏みます。
老親が元気なうちに、老親と老親を支える家族が話し合う“家族会議”の中で、親の保有資産や親の希望・想いを家族内で共有します。
そして、それを実現するために、今後の財産の管理・処分方針や誰を受託者にし、どんな権限を与えるか等をきちんと信託契約書に記します。
したがいまして、本人の判断能力が衰えても家庭裁判所のような外部の公的機関の関与を受けずに、家族内で完結した財産管理が実行できます。
家族内で完結できる仕組みであるがゆえ、成年後見制度の利用下では実行できない“資産の組換え”(遊休不動産の活用、老朽化した賃貸物件の建替え、不動産の買換え、余剰資金による収益物件の購入、借入れによるアパートの建設など)や争族対策・相続税対策の実行も、本人の健康状態に左右されずに相続発生のギリギリまで継続できるというメリットがあります。
メリット③:遺言代用+受遺者の財産管理
配偶者や子に財産を遺すだけではなく遺産を管理する仕組みごと遺せる!
遺言を書くことで、自分の望む相手(配偶者や子など)に財産を遺すことはできます。
しかし、もしその配偶者や子が遺産を受け取った時点で既に財産管理の能力が無い場合には、結局その受取人に成年後見人を就けて、財産管理を担ってもらう必要が出てくるかもしれません。
たとえば、高齢で重度の認知症を患っている配偶者や障害のある子が受取人となるケースです。
そんな場合でも困らないように、家族信託を実行すると、「遺言」と同様に自分の望む相手に財産を遺すだけではなく、その財産の管理の仕組みごと遺してあげることができます。
先ほどの例で言うと、ご主人が亡くなった後に遺される認知症で判断能力の無い高齢の妻がいれば、引き続き信託の仕組みの中で(成年後見制度を利用することなく)、妻の生涯にわたる財産管理や生活・介護資金の給付を実行することができます。
メリット④:争族・数次相続対策
親が自分の思い通りの資産承継の道筋が実現できる!
家族信託に遺言の機能があることは前述のとおりですが、家族信託の仕組みを利用すると、さらに2次相続以降の資産の承継先まで自分で指定することができます。
つまり、財産を持つ父親が希望すれば、「①父親⇒②(保有資産の少ない)母親⇒③(独身の)長男⇒④(一族の財産とお墓を守るべき)二男の子」といった具合に何段階にも遺産の受取人(資産承継者)の指定が可能となります。
また、1次相続による資産承継者(高齢の配偶者など)が認知症や障害により、遺言等で次の承継者を指定できない場合に、信託の仕組みを利用すれば、父親が保有していた財産については、実質的にその受取人に代わって次の資産承継者を指定できることになります(遺言を書いたのと同じ効果を出せます)ので、後々の遺産分割協議による争いの余地を排除するために利用するのも得策です。
メリット⑤:不動産の共有回避策・共有不動産のトラブル回避策
不動産の共有回避や共有不動産の塩漬け予防が実現できる!
将来的に不動産を複数の子や親戚等において共有で承継せざるを得ない場合、あるいは、既に親からの相続で不動産が兄弟姉妹の共有名義になってしまっている場合があります。
不動産を一旦共有にしてしまいますと、共有者全員の理解・納得が得らえないと(実質的には共有者全員の実印押印と印鑑証明書の提供という協力を得られないと)、実行したいタイミングで不動産が有効活用・売却処分等できなくなるリスクがあります。
いわゆる“共有不動産の塩漬け”と言われ、空き家問題の原因にもなっています。
この問題に対して、家族信託の仕組みを有効に活用できます。
たとえば、将来的に大規模な収益ビルを3人の子に承継させ、賃料収入を3等分してほしいと考えている父親がいた場合、家族信託で信頼できる長男を受託者として賃貸管理を任せておくことが考えられます。
そうすることで、父親の生前から認知症による賃貸経営の停滞回避を図りつつ、父親亡き後は、3人のために長男が引き続き賃貸管理を継続し、賃料収入は兄弟3人で受け取ることが可能となります。
ただし、この収益ビルは、「受託者 長男」が管理処分権限を単独で掌握しているため、大規模修繕の判断や建替え、売却について、他の兄弟の協力が無くても最善の策を最善のタイミングで実行することが可能となります。
もう一つ、既に共有となっている不動産の事例も考えてみましょう。
親からの相続で3兄弟が既にアパートを共有している場合、二男・三男がアパートの管理処分権限を長男に信託契約で託しておくことで、賃貸管理を一元化することに加え、もし3兄弟に相続が発生して財産の承継者(賃料の受取人)が増えたとしても、受託者1名による賃貸経営が継続できることになります。
つまり、家族信託は、「管理処分権限」と「財産的価値・利益」を分離することができる機能を持っています。
「管理処分権限」は、「受託者」1名に集約させつつ、「財産的価値・利益」は「受益者」となる複数の家族・兄弟でシェアすることができる仕組みなのです。
まとめ
「家族信託」は、老親の認知症による資産凍結対策の最有力候補として捉えられているケースが多いですが、以上のように、実は老親の生前の財産管理の局面だけではなく、老親亡き後の財産管理・資産承継の場面でもとても効果的に活用でき得る仕組みですし、収益不動産を複数の家族で持ち合うようなケースでも大変有効な仕組みとなります。