国土交通省庁が「宅地建物取引業者による人の死に関するガイドライン」を策定したのは昨年、2021年10月8日のことです。
一般で「事故物件ガイドライン」などと呼ばれていますが、早いもので半年以上が経過しました。
ガイドラインで基準が示された効果なのでしょうか、物件資料に「告知あり」と記載されたものが目につくようになりました。
ガイドラインで、賃貸住宅においては事故物件の告知期間を概ね3年間としたことにより「3年経過後は告知義務がない」と、多少、誤った解釈をしている方も多くなりましたが、それにしても告知期間に対して一定の目安が示されたのは画期的でした。
ガイドラインの制定により、実際に告知が正しく行われているのか、また事故物件の流通が活性化したのか気になるところではありますが、制定から半年では効果測定も行われておらず、窺い知ることはできません。
そこで今回はガイドラインをおさらいする意味も含め、制定以降、公開されている情報等を基に事故物件を取り扱う場合の注意点について解説します。
ガイドラインのポイントを振り返る
ガイドラインでは「契約の判断に影響を及ぼす重要な事実」がある場合、具体的な告知期間は提示されず、年数の経過によらず告知が必要であるとの前提条件を設けています。
これは「賃貸・売買を問わず」です。
契約の判断に重要な影響とは、マスコミ報道や事件の社会的認知度によるとされてはいますが、実際には購入者等の主観によります。
何年経過していようが「事故物件はNG」と考える人には、期限がありません。
実際にガイドラインでも年数によらず告知が必要な事例として、下記のように示されています。
●当事者から質問があった場合
「社会的な影響」との表現は具体性に欠けますが、一般的な解釈としては報道の有無や事件の凶悪性・近隣の認知度などを参考として総合的に判断されるものとされています。
このような観点から、インターネットで検索し当該物件の事故について関連ニュースが多数、確認できるのであれば、年数の経過によらず告知しておくのが無難であると言えます。
もっともガイドラインでは「宅地建物取引業者にはインターネットで調査するなどの自発的な調査を行う義務はない」としています。
ですが同時に「告知がない場合においても、事案の存在を疑う事情がある時には売主・貸主に確認する必要がある」としています。
この表現に多少、矛盾を感じるのは筆者だけではないでしょう。
積極的な調査は不要、虚偽や不告知は民事上の賠償責任を問われる場合もあると前置きして物件状況報告書による告知を受けることが私達、不動産業者の責務。
ただし、告知がない場合でも「疑わしい場合には確認する」と……探偵小説じゃあるまいし、何を根拠に疑わしいと判断しろというのでしょう。
結局のところインターネット等などで事前に、「積極的な調査を実施しておかなければ気が付かないのでは?」と、思います。
義務はなくても禁じられている訳ではありませんから、告知内容に問題がないかどうかを判断する意味においても、簡単で構いませんのでインターネット等により調査をしておくほうが無難であるといえるでしょう。
賃貸においては告知期間の目安を「3年程度」としていますが、全ての告知が3年経過で不要とされるのではなく、社会的影響の大きな事案については総合的な観点から告知について検討することが必要でしょう。
ガイドラインにより事故物件の取引は活性化されたか?
ガイドラインが策定されてから宅建協会などを始めとして、各種不動産関連の連合会なども研修会を実施したことから、不動産業界に限ればある程度まで正しく認識され、実際に活用されていると思います。
ですが多少の誤解や勘違い、曲解などは少なからず存在しているようです。
ガイドライン策定後の傾向として、筆者が相談を受けるアパート1棟売り投資案件などにおいて、販売資料に「告知あり」と記載されているものが目立つようになりました。
購入検討者からのスポットコンサルでレントロールの精査や事故の社会的影響などについて調査を依頼され、購入相場として、「今回提示された金額は妥当か?」などの相談件数が微増しています。
ですから主観的ではありますが、事故物件の売買件数は増加しているとの印象を受けています。
実際には一般の流通物件における告知が、ガイドラインに基づき正しく行われるようになっただけかも知れませんが……。
事故の程度による査定価格の調整率は?
事故の原因や発見の状況、報道の有無によって判断は都度、行う必要はありますが売買金額の目安としては、一般的な市場価格から勘案して以下のような金額調整を行います。
●自殺30~50%(発見状況・死因・報道の程度により変動)
●殺人50%~(事件の内容・報道の状況・近隣住民の認識により変動)
あくまでも目安ではありますが、「告知あり」物件の価格の市場流通性をランダムに調査した比率ですので、目安となる調整率だと思います。
売買における年数の線引は、解決しないテーマ
人の「死」に関するガイドラインにより、ある程度まで判断基準は明確になりましたが、売買の場合における事件後、何年経過すれば告知が不要になるといった判断基準は示されていません。
売買・賃貸ともに自然死や不慮の事故の告知は原則不要とされているのはご存じのとおりです。
また「賃貸に限り」、自然死や不慮の事故の場合であって発見までに時間が経過し損壊状況等が著しい場合や特殊清掃がおこなわれた場合について、社会的な影響を考慮する必要のない場合、特殊清掃実施後、「おおむね3年」と線引きされました。
売買の場合には特殊清掃を実施した時点で、期間の定めなく告知が必要となります。
もっともガイドライン制定時における意見交換会においても、賃貸における3年間という期間について「短すぎるのではないか」などの意見も多かったことも無視できません。
結局のところ、入居者または購入者の心情を充分に勘案し、告知について検討する必要があるということでしょう。
ですが自然死等であれば告知は不要なのに、特殊清掃を行えば告知義務が発生する。
「それなら特殊清掃は行わないで、告知をせず貸し出したい」と考える賃貸オーナーがいても不思議ではないでしょう。
「告知あり」になれば賃料を値下げする必要もあり利回りに影響を及ぼす。それなら「いっそ……」と思っても仕方がありません。
ですがそれは、損壊状態が著しい現場を見たことがない方の意見です。
夏場に1ヶ月近く発見されなかった場合などは、あまり良い表現ではありませんが腐敗して体液がフローリングまで浸透し、その「臭い」も尋常ではありません。
特殊清掃を実施してフロアやクロス、状況により壁ボードまで剥がして大規模修繕を行わなければ、とてもではありませんが原状回復できないものです。
このような現実から、一般的な認識として特殊清掃を実施するということは、死後、発見が遅れ「腐敗が著しい状態」であったと認識し「告知あり」と定められているのでしょう。
いわゆる「借り主の判断に重要な影響を及ぼす発見状況」だということです。
特殊清掃なし | 特殊清掃が必要なケース |
発見が早く、簡易的な清掃でそのまま貸し出せる状態(原則_告知不要) | 死後、発見が遅れ相当に腐敗が進んだ状態。専門業者による「臭い」除去など、相応の清掃業務を実施しなければならない。
(告知義務) |
結局、賃貸物件の場合にはオーナーが管理会社等の意見等を参考に、室内の状況などを総合的に判断し特殊清掃を実施するかどうか判断することになります。
実施した場合、フローリングやクロスを全て交換するなど通常損耗を超えた工事が必要となる場合もあり、高額な原状回復費用や賃料を見直すことによる逸失利益は連帯保証人にたいし損害賠償が請求されることになります。
原状回復における自然損耗は賃借人に請求できないとして、国土交通省から「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が制定され、詳細な判断基準が示されています。
ですが死亡後、1ヶ月を経過してから発見され、大規模な特殊清掃と原状回復費用が必要となり、その損害を連帯保証人に請求したケースでは被告の「予期し得ない請求額を負わせる連帯保証契約は、その責任が過大な範囲に及ぶ場合、信義則上限定されるべき」との主張は、この裁判で認められず、「原状回復費用と逸失利益は連帯保証人が負担すべし」と東京地判平29年2月10日で判決されています。
実際には死後、どれくらいの期間で発見されているの?
孤独死など、全国的な発生状況を統計的に調査・公開しているデータを見つけることは出来ませんでしたが、国土交通省で2018年にまとめられた「東京都における死因別統計調査」によると、東京都内という前提はあるものの、以下のようなデータが公開されています。
2003年から年々、増加している傾向が伺えます。
また「孤独死の死因」データにおいては病死が60%超と過半数を占めています。
このような「孤独死」は2000年以降、現在まで上昇を続けていますが、それでは死亡した場合、発見されるまでの期間は平均してどの程度なのでしょうか?
行政サービスとの関わりや、近隣との付き合い方などで発見までの期間にバラツキがあると想定されますが、2019年の日本少額短期保険協会の公開データによれば以下のようになっています。
62%は1~3日以内に発見されています。
季節や室内温度等により腐敗状態等は影響を受けると思いますが、特殊清掃が不要な日数は2~3日程度までだと推察されますので、自然死や不慮の事故が「死因」で合った場合、約62%は「告知不要」の可能性が高いのではないかと考えられます。
反面「全体の41%については何らかの特殊清掃が必要」との見方もできるでしょう。
まとめ
ガイドラインにより指針が示されたとは言え、受け取り方や嫌悪感については人それぞれです。
「告知不要」の要件に該当しているから、一律に説明をしないという考え方はある意味では正しく、また反面、トラブルの発生が予見されます。
ガイドラインでも質問された場合には、経過期間によらず「告知が必要」とされており、「知っていれば借りなかった(買わなかった)」というクレームにたいし「告知義務がないケースだし、聞かれなかったから告知しなかった」という私達の反論は交わることがなく、無論、私達の意見が正論であっても「当事者の心情を勘案し、ケースごと適切に判断するべし」とのスタンスで策定されたガイドラインでは決着がつかないでしょう。
もっとも裁判においても判断材料として「ガイドライン」は採用されますから、上記のようなトラブルで一方的に断罪されることはないのでしょうが、何とも難しい問題です。
今後、このような例での判断基準も蓄積されガイドラインも刷新されるかと思いますが、顧客の性格や判断基準を見定めながら、当面は個別に対応していくほかないのでしょう。