【残金の支払いができない!】買主の支払い能力調査は業者の義務か?

不動産売買において、少なからず存在する現金契約。

ローン条項適用による解除の危険性はなく、融資の申し込み手間も必要ありませんから仲介業者の業務としては、内見立会や交渉を除けば契約書・要事項説明書の作成のほか、登記を始めとする引き渡しの段取りだけです。

交渉等の業務は同じでも事務処理少ない分だけ、「ラク」な契約です。

ですが現金客の「資力」について、皆さんはどの程度の調査を実施しているでしょうか?

多くは物件価格や諸費用も含めた明細書などを提示して、「必要な総額はこのようになりますが、現金で大丈夫ですか?」と、支払い能力に問題がないかのヒヤリングをする程度ではないでしょうか?

もちろんこれでも問題はありません。

原則論として、資力調査は媒介業者の義務とはされていないからです。

ですが「原則論として」という点については覚えておいてください(理由はのちほど解説します)

話は変わりますが筆者は契約後、買主が残金支払いに必要な現金を準備することが出来ず、手付放棄による契約解除をしたことがあります。

まだ不動産経験の浅い時代のことで資力調査に関しての理解が及んでいませんでしたが、それでも道義的に「資力調査は媒介業者の義務ではありませんから」と開き直るわけにはいきませんでした。

「現金で購入すると言っているのだから準備できるのだろう」と安易に考え、具体的な調査を怠たっていたことを自覚していたからです。

現金が用意できなかった事情については省略しますが、いずれにしても決済はできません。

「分かれ取引」でしたから、決済ができないことが発覚した時点で速やかに売主側の仲介業者に謝罪に赴き、さらに業者に同行を願って売り主宅へ伺い謝罪。

「素人じゃあるまいし、購入者の資力調査なんて基本じゃないか!(当時はまだ勉強不足の新人で、素人と変わりのない程度でしたが……)」と、売り主と業者の双方から散々にお叱りを受けたことがあります。

今となっては懐かしい思い出ですが、それ以降は現金客であっても必ず資力調査を実施しています。

資力調査の程度については、媒介業者により見解も分かれると思います。

さきほど、「原則論として資力調査は媒介業者の義務とはされていない」と書きましたが、別の見解からは「調査義務が必要である」とされる場合もあります。

今回は資力調査が媒介業者の義務かについて争われた判例も交えながら、注意するポイントについて解説します。

資力調査は義務か?

媒介業者に買主の支払い能力、つまり資力についての調査義務がどの程度存在するかについて考えてみましょう。

まず原則論としての考えかたです。

媒介業務は委任者からの依頼により、売り側であれば販売活動により買主を探索し、買い側は条件に合う物件を紹介する。そのような営業活動の結果として売買契約を締結させれば義務を履行したことになります。

契約当事者の違約等により解除された場合において、仲介手数料を請求できるのはこのような考えよるものです。

実務として引き渡しに必要な諸々の業務を行ってはいますが、宅建協会などの標準媒介契約書に記載されている「媒介に係る業務」の括りとしては、決済に関する事務について
「登記、決済手続等の目的物件の引き渡しに関する事務の補助を行う」としているだけなのです。

登記や決済手続きは、本来、契約当事者が自ら行うものであり媒介業者はあくまでもその補助であるという考えかたですね。

媒介に係る業務

もっとも、このような媒介業務の内容は売買契約書等には記載されておらず、前述した標準媒介契約書等に記載されているだけです。

冒頭で紹介した事例のように、売買契約締結後に買主が約上の代金の支払いができない場合は売買契約書に記載された条項により手付金の放棄、もしくは違約による契約解除を適用することになります。

売り主としては予定していた残代金の支払いが受けられず期限の利益を逸失しますが、特殊な事情が存在しない限り金銭的な被害が発生する訳ではありません。

このような見解だけをみれば、原則として媒介業者には買主の資力調査の義務はないと解されます。

支払約定書

売買契約締結時に「支払約定書」を準備しておき、記載して貰い取得するのは業務の基本ですが、標準書式の約定書に「違約による解約となった場合にも支払う」と記載されているのは、これまで解説した見解によるものです。

原則としては調査義務がないものの……

前項で媒介業者には「原則として支払い能力についての調査義務はない」と解説しました。

確かに原則論で言えばその通りなのですが、あくまでもこれは宅地建物取引業法上の考えかたです。

実際には様々な判例により、「媒介契約は準委任(民法第656条)契約の性質を併せ持つ」と解されています。

それにより、媒介業者には民法第644条の「受任者の注意義務」が適用されるとの考えかたが通説です。

「受任者は、受任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」とされた条文で、「善管義務」と言い換えたほうが馴染み深いかもしれません。

この善管義務により、現金客にたいしての資力調査は「原則として調査義務はないが、調査すべき特段の事情があるときには調査をする義務がある」と解されることになります。

言い換えればトラブルを防止するため、調査は義務ではないけれど怪しい場合はもちろん、そうではない場合にも間違いなく支払いができるかをヒヤリングする。可能であれば定期預金などの通帳を確認するなど資力に問題がないかのエビデンスを取得することが求められるということです。

先程、宅地建物取引業法に資力調査を義務とする定めはないと解説しましたが、善管義務に関しては、その意図するところが重複すると思われる条文が存在しています。

それが宅地建物取引業法第31条です。

宅地建物取引業法第31条

「信義を旨として、誠実にその業務を行わなければならない」としている業務処理の原則ですが、曖昧な表現ではあるものの、読み方によって宅地建物取引業法上の「善管義務」であると言えるでしょう。

民法第644条そして宅地建物取引業法第31条、ことなる法律に共通する「善管義務」の見解により、「原則ではないけれども現金客の場合、資力調査をしておかなければ万が一の場合、責任を追求される恐れがある」と考えられます。

違約による契約解除の報酬請求

コイン,ミニチュアハウス

さて支払約定書に「違約による解約となった場合にも支払う」と記載されていますから、そのような場合、当然に請求をしたいところですが私達の調査等に落ち度がない場合でも「決済できなかったのだから、少しマケて」と言われるのはよくあることです。

落ち度がなくても減額請求されるのですから、調査不足があったとしたら「アナタの落ち度で決済ができなかったのだから、支払いをする気はありません!」などと言われてしまいます。

このような違約による契約解除においての報酬請求を巡って、判例としては平成2年9月6日の判タ748号事件で以下のように判決されました。

「仲介人は、原則として、売買等の契約の成立を仲介するものであって、買受人の支払能力の有無についてまで一々調査する義務はないといってよく、したがって、仲介人の仲介行為によって売買契約が成立した後に当該契約が債務不履行その他の理由によって解除となっても、仲介人の仲介行為に対する報酬請求権には何らの影響を及ぼさないのが原則であるべきである。
しかしながら、-(中略)- 仲介人において買受人の履行能力に不安があることを知悉し、もしくはこれを容易に知り得た等の特段の事情がある場合には、仲介人が買受人の支払能力について調査する義務を負う場合もあるものと解するのが相当である。」

ポイントは善管義務に対する考えかたです。

準委任者の債務不履行(この場合、資力調査の不足)により受任の目的が達せられない場合、民法第415条の「債務不履行による損害賠償」が適用されます。

ですから委任者が仲介手数料と損害賠償請求権の相殺を主張できる場合もありうるということです。

前述した「アナタの落ち度で決済ができなかったのだから、支払いをする気はありません!」と依頼者が主張する根拠です。

また不履行の原因となった過失が軽微である場合においても、民法第648条「受任者の報酬」第3項「委任者の責に帰することができない事由によって委任事務の履行ができなくなった」として履行の割合に応じた報酬請求だけしか認められない場合もありますから、「決済できなかったのだから、少しマケて」という言い分が通る場合もあります。

個々の案件や過失の程度により判断も分かれるのでしょうが、過失の程度によって責任を負う可能性があることについて覚えておく必要があるでしょう。

依頼者も法律的な知識を有して不払い、もしくは減額支払いを要望してくる訳ではないでしょうが、落ち度がないとしても「決済できなかった」という事実は存在しますから、私達、媒介業者も「なんだか申し訳無い」といった気持ちになります。

支払約定書に基づき全額請求できる権利はありますから、権利を行使するのもよし。

また事情を鑑みて多少の値引きに応じるのも皆さん次第でしょう。

ですがこれまで解説したように、調査に落ち度がないということが前提です。

余計なトラブルを生じさせないよう、現金客の場合には資力調査が義務とまではいえなくても、念を入れて調査をするよう心がけたいものです。

まとめ

「正直不動産」などの漫画による影響もあるのでしょうか、「仲介手数料は上限金額なのだから、少しマケてよ」と、したり顔で要望されたとの話を最近、耳にします。

確かに上限であることは間違いないのですから、報酬を減額するかどうかは皆さん次第でしょう。

仲介手数料上限についての考えかたは、個々の見解により色々あるでしょうからここで論じるつもりはありません。

あくまでも筆者の場合、一切、値引きには応じません。

不動産のプロとして、正規仲介手数料の金額に見合う業務をこなしているという自負があるからです。

ですから、減額を要望された場合には笑みを絶やさず「確かに正規仲介手数料は上限ですから、減額に応じてくれる業者さんがおられるかも知れませんね。では、そちらに依頼されれば宜しいのではないでしょうか。当方は誠心誠意、問題が生じないよう販売協力させていただくことを信条としておりますので、正規仲介手数料は安いとすら思っていますので」と、お断りするようにしています。

経験からではありますが、当初から仲介手数料の値引きを要望してくる委任者と良好な関係を構築することはできないですし、不思議なもので「不本意な気持ちを残したまま」受任した場合、トラブルが発生する確率が高いと思っているからです。

科学的な根拠もない思い込みかもしれませんが、そのようなこだわりが大なり小なり様々なトラブルを経験しながらも不動産業を31年間、つつがなく続けてこられた秘訣だと思っているからです。

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