不動産に限らず全業種で着々と進むDX化ですが、DXは「データとデジタル技術を活用して競争上の優位性を確立する」という定義が存在しており、IT活用を抜きにしては成立させることは困難でしょう。
例えば不動産電子契約の解禁は、地域格差による弊害を解消し不動産取引が迅速化されるメリットがあります。
IT活用によるDX化の典型だと言えるでしょう。
このようなIT化の波は様々な分野で進められていますが、中でも実現が困難だろうと言われてきた民事裁判において2022年5月18日に改正民事訴訟法が参議院本会議で可決・成立したことにより2025年までを目処として段階的にIT化されるなど、もはやどこまでの業務がIT化されていくのか予測することすら難しい時代に突入しました。
もっともIT化に伴い法改正が必要な場合、事前に政府主導で有識者も交えた検討会等が開催され議論されます。
検討会についてはウェビナーとして一般視聴できることも多く、また議事録についても公開されています。
それら公開情報を入手することにより改正内容や運用方針等について、ある程度は推測することが可能になります。
筆者は不動産実務と同時に、セミナーや執筆も手掛けていることから最新情報の入手はある意味で責務のようなものですから、国土交通省や法務省で行われている意見交換や研究会などに参加することも業務の一環です。
ですから多少は一般的に流布されている情報より精度の高い情報を有し、ご覧いただいているコラムなどで解説している訳ですが、そうではなくてもインターネットを中心として日々膨大な情報が流され続けている現在において、有益な情報とそうではない物を取捨選択するだけでも大変な労力です。
従来であれば専門職以外に入手が困難であった情報も、ネットを利用することで簡単に「知る」ことができるのですから「もはや知識や経験は不要だ!」と言い切る方が増加するのも頷けます。
ですが、筆者の私見としてそんなことはありません。
知識や経験は絶対に必要です。
ただし、それらに固執するのではなく時代の変化に併せ柔軟に進化を続けることが重要であるだけです。
たしかに難解な用語など暗記しなくても、スマホを利用すれば大概のものは検索できますが、基礎知識を持たず正確に内容を理解することは困難でしょう。
そもそも情報が氾濫している状態において、その「真偽」を見抜くには必要です。
自らの能力を引き上げるには、知識や経験を有することは何よりも成功への近道となるでしょう。
冒頭で、「どこまでの業務がIT化されていくのか予測することすら難しい」と書きましたが、対面を原則としていることから実現は難しいだろうと思われていた公正証書についても、2025年を目処として電子化に対応するとの方針が法務省から公表されました。
そこで今回は不動産業者にとって様々なトラブルを未然に防ぐ意味で知識が必要とされる「公正証書」と「確定日付」について解説を行います。
電子化までのスケジュール
「公正証書」と「確定日付」はどちらも公証人役場の管轄です。
そのうち公正証書は公証人法(明治41年法律第53号)により、対面が原則とされてきました。
当事者が公証人役場に出向いて公証人に証書内容を申述し、公証人がその内容を法的に精査し書面にまとめるには数度の打ち合わせが必要であることから、対面手続きによるしか方法がなかったという背景もあります。
私人からの嘱託により公証人が作成する公正証書は、その目的が将来紛争の予防であり、そもそも経験豊富な法律職である公証人が、当事者の意思を慎重に確認することにより高度な証拠能力を確保する必要がありますから、様々な意味で電子化は困難であるとされてきました。
ですが合理化を優先するアメリカではすでにオンライン公証が確立されています。
コロナ禍によりその利用率も加速度的に増加しており、DX化を急ぐ日本でも導入の可否について議論されてきました。
もっとも公証人が担う事務のうち、すでに電磁的記録の認証(定款を含む私署証書の認証)や日付情報の付与(確定日付の付与)については、「公証制度に基礎を置く電子公証制度」としてすでにデジタル化に対応した法律上の措置が講じられ、実際に運用されています。
法務省は2022年7月23日、公正証書についての手続きを全面的にオンライン化する方針を固め、それに伴い必要とされる公証人法の改正についても含め来年(2023年)通常国会に改正案を提出するとしています。
運用開始は2025年度前半を目標としているため具体的な手続き上の流れについてはこれからとなっています。
ですが現在入手できる情報の範囲からは、マイナンバーを活用して本人確認資料とすると同時に、専用ベージにおいて必要書類を提出することができ、ウェブ会議システムで公証人と打ち合わせするのが基本的な流れになるのではないかと推察されています。
もちろん作成された公正証書は当事者だけが利用可能な専用ページから入手し、署名は電子署名による方法が採用されるでしょうから、不動産売買契約において顧客が利用するイメージに近いと理解しておけば良いでしょう。
公正証書とその役割
不動産業者で「公正証書」という言葉を知らない方は少ないと思いますが、その目的は国民の私的な法律紛争を未然に防ぎ、私的法律の明確化、安定化を図るためとされています。
そのような目的からIT化が導入されても、私人(個人・法人)からの嘱託により、公証人がその権限に基づき作成する文書という形式が変わることはありません。
文書を作成する公証人は国家公務員法上での公務員にはあたりませんが、資格要件は公証人法の規定により厳格に定められています。
ほとんどが判事・検事・法務事務官などを長らく努めた有識者であり、いわば法律のプロです。
さらに公証人法第13条に基づき法務大臣が任命されますから、厳密には公務員ではないけれど、実質的意義として公務員に当たると解されています。
そこで私人からの嘱託であっても、公証人が作成した文書は「公文書」と同格になるわけです。
公文書ですから、記載された文章の成立については真正である(作成名義人の意思に基づいて作成されたもの)と推定されることになり、結果、法的にも「形式的証明力」のある文書とされる訳ですね。
ですから金銭消費貸借契約を公正証書で作成した場合、違約等で直ちに強制執行できる旨の陳述が記載されていれば、裁判によらず執行力の付与を受けることが可能になります。
本来であれば執行力は、裁判で勝訴判決が言い渡され、その判決が確定することにより初めて得られる権利です。
公正証書にその旨が記載されていれば裁判によらず執行力が付与されるのですから、証明力がどれほど高いかお分かり戴けるでしょう。
ですから、作成できる証書は公正証書法で厳格に定められています。
そのような公正証書で、不動産業者に馴染み深いものの一つに定期借地権設定契約があります。
全ての定期借地権設定契約が公正証書によると義務付されている訳ではありません。
契約約款の特約と借地借家法の関係性など、将来的な問題を防止するための取り決めを定めるのにおいて公正証書によるメリットが大きいので、ほとんどの定期借地権設定契約が公正証書により締結されているだけです。
先ほど解説したように公正証書には「執行力を付する」ことができますので、数十年先に明渡しに関して紛争が生じ「そんな内容の契約をした覚えはない!」などの言い逃れをされても、一切、通用させないことができるからです。
公正証書の種類
そのような法的に証拠力と執行力を付することができる公正証書で作成される書面にはどのようなものがあるのでしょうか?
もっとも法令に違反しておらず法律行為や私法上の権利に関しての内容が是認できるものであれば、それほど限定されるものではありません。
ですが大別すると、下記の3つに分類されるでしょう。
1.契約に関する公正証書
不動産業者においては土地建物売買契・賃貸借契約などが一般的ですが、それ以外で金銭消費貸借契約のほか贈与・委任・請負などの契約書もあります。
また契約書以外でも、土地境界の合意書などは契約に関する「書」として分類されます。
私人からの嘱託により作成されるのが公正証書ですが、事業用定期借地権や成年後見制度における「任意後見人契約」などは公正証書によることが義務とされています。
2.単独行為に関する公正証書
公正証書は単独行為に関しても利用されています。
代表的なのが「遺言公正証書」でしょう。
相続につきものの紛争を防止すると同時に、自筆証書遺言であれば必要とされる家庭裁判所による「検認」が必要ありませんので迅速な財産の移転が可能になるからです。
筆者の私見ですが、公正証書IT化によりもっとも利用が増加するのがこの単独行為に関しての公正証書ではないかと思っています。
3.事実実験公正証書
もっとも馴染みの薄いのが「事実実験公正証書」ではないでしょうか?
ですが利用方法さえ理解していれば不動産業者でも使える公正証書の形式です。
事実実験とは、公証人が私人からの嘱託に応じ権利義務や法律上の重要な事実において実験(確認)することを意味しています。
五官とは目・耳・鼻・舌・皮膚の感覚器官を指す言葉です。
似た言葉に「五感」がありますが、こちらは視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の感覚とされており、意味は似ているものの厳密にはことなる表現とされています。
話を戻しますが、公証人が自らの感覚で認識した結果を公正証書にしたものが、事実実験公正
書です。
不動産においては、例えば境界について公証人により現状あるがままの状態を確定し公正証書にする(ある意味で証拠保全と考えれば良いかも知れません)などです。
民法改正により、事業融資等の保証人の意思確認を公証人がおこない書面とする「保証意思宣明公正証書」が令和2年から新設されていますが、これも事実実験公正証書に分類されるでしょう。
それ以外、例えば銀行の貸し金庫に保管されている内容物を明らかにする、すでに存在している書類を証明するなどのほか、企業に不利益を与えたものの供述などを事実実験公正証書に記載することもできますので、将来の紛争を防止するために必要な証拠保全といった意味で活用範囲の広い公正証書です。
上記で大別した種別によらず共通しますが、内容はもっともらしくても法令に反する場合はもちろん、私法上の権利を制限する下記のような内容について公正証書にすることはできません。
✖養育権や面会交流権を理由なく放棄させる内容
✖強制執行時に、法的範囲を超え服することを定める内容
✖金銭消費貸借契約において、利息制限法の上限を超え定める金利
法令に反し、当事者のどちらかに都合の良い公正証書は依頼することができないと理解しておけば良いでしょう。
確定日付とは
私署文書が確定日付印の日付において確実に存在していたことを証明するのが、確定日付です。
あくまでも書類が存在していることの証明ですから、内容について証明されている訳ではありません。
ですが実践的な取引において、筆者がもっとも利用しているのが確定日付です。
法の定めにおいて問題のない書類であるという前提は必要ですが、トラブルが予見される当事者に対し「この覚書は公証人役場で確定日付を得ている正式な書類です」などとプレッシャーを与えるため取得します。
もっとも公証人が内容を精査してお墨付きを与えている訳ではありませんから、言い方を間違えてはいけません。
ですが確定日付印の押されている書類は上手く使うことにより効果を発揮します。
まとめ
不動産売買契約における電子化でも同様ですが、公正証書の電子化認証において怖いのは「なりすまし」です。
公正証書は公証人が作成した法的に証明力ある書面ですから、記載された内容を疑うこと人は少ないでしょう。
もそのように公正証書を信用し取引を行ったことにより損害を受けた当事者は、認証機関である公証人役場に損害賠償を請求することも出来るかと思いますが、その場合には公証人の過失を証明しなければなりません。
公証人は法律のいわばプロですから、その目を欺くのですから余程、巧妙であり誰が見ても誤認する内容であったと推測されますから、責任を立証するのは困難ではないかと推察されます。
IT化により利用方法が簡素になり、利用率もあがるのでしょうがそれだけに新たな盲点が生まれる可能性が指摘されています。
私たちは高額な不動産を扱うプロとして、DXによる恩恵を享受しながらもそこから生じる新たなトラブルに対応するため理論武装が必要だと言えるでしょう。