媒介契約の型式には専属・専任・一般の三種類があることについて説明は不要でしょうが、最近、囲い込みの温床であるとの指摘がインターネットなどでも多く見られる影響なのか「一般媒介でお願いしたい」と言われるケースが増加しているようです。
そのため専任媒介契約を勧める場合の説明に労力が必要になったとの話をよく耳にしますが、1社にしか依頼できないなど契約当事者にたいする自由度が制限される反面、業者にも積極的な販売活動や業務処理報告義務があるのですから、誠意をもって販売活動を行うという前提は必要ですが、筆者は専任媒介契約以外では受任に応じません。
これは個人的に、不動産という高額な物件を取り扱うのには依頼者と受任するわたしたちの信頼関係が何よりも大切であるという思いからですが、考え方は人それぞれでしょう。
中には「業務処理状況報告書の作成が面倒なので、一般媒介しか受けません」という方もおられるようですから、考え方も様々であると言えるでしょう。
媒介契約の方式は当事者の意向や受任するわたしたち不動産業者それぞれに考えもありますので、どれが良いかなど議論するだけ無意味でしょう。ですが覚えておきたいことが一つあります。
それは媒介契約の解除についてです。
わたしたちから媒介契約の解除を申し出ることはまずないでしょうが、委任者からは下記のような理由により「媒介契約を解除する!」と、一方的に宣言されることがあります。
●広告回数が足りない。もっと大々的に広告して販売活動をして欲しい
●すぐに売れると思っていたのに、全然、音沙汰がない
●業務処理状況報告書が遅れて届いた
●内見回数が足りない。本当に販売活動をしているのか?
●内見に応じても売れないのは、営業マンの力不足ではないのか!
もっともこれらは筆者の経験上、媒介契約解除を希望する根拠として浴びせられた言葉のほんの一例です(もちろん、誠意をもって販売活動しているつもりですが)
皆様も、このようなクレームを受け媒介契約の解除を迫られたことはありませんか?
今回は媒介契約の解除に関し、判例も交えながら考えて見ましょう。
正確に覚えておきたい媒介契約の解除事由
通常、わたしたちが利用している媒介契約書は国土交通省が定めた標準媒介契約約款に基づくものが大半でしょう。
そもそも業者優位に媒介契約書の条項を作成すれば、消費者契約法第10条の規定により「消費者契約の利益を一方的に害する条項の無効」とされてしまいます。
そのような媒介契約書をあえて作成することにメリットはありません。
それでは標準媒介契約約款の契約解除(例示は専任媒介契約のもの)を見てみましょう。
委任者から契約解除を請求する場合には「相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときは解除できる」とされています。
ちなみに解除権には「約定解除」と「法定解除」の2種類が存在しますが、上記のような規定は約定解除です。
もっともこれらの種別によらず、解除により契約の効力はさかのぼって消滅します。
民法の定めにおいて契約解除は、当事者一方の意思表示によって行うことが認められています。
ですが、いくら一方的な意思表示により解除請求できるとはいえ「営業マンの態度が気に入らない」、「何となく信頼できない」などの主観的な理由で媒介契約が解除されては、わたしたち不動産業者も飯の食い上げになってしまいます。
ですから標準媒介契約書では解除理由を限定しています。
信義則違反・故意又は重過失による不実告知・著しい不正行為の3つです。
原則論としてこれ以外の理由による解除要望に応じる必要はありません。
解除要件を限定しているのは「債務者の帰責制(責任)」を明文化しているからです。
帰責制が確認できる場合においても「相当の期間を定めて催告」が必要とされ、それでも履行がされない場合に始めて解除できるのです。
ですが実際にはどうでしょう「担当者が気に入らないから契約を解除してくれ」など、あらかじめの催告(無催告解除)もなく宣言される場合が多いのではないでしょうか?
相当期間ってどれくらい?
相当の期間の解釈については、非常に曖昧です。
媒介契約書にも具体的な日数が明記されていません。
試しに周りの方に「相当の期間ってどれくらい?」と質問してみましょう「1周間ぐらいかな……」という人もいれば「いやいや2周間は必要でしょう」という方もおられるでしょう、中には「相当」である以上、1ヶ月は開ける必要があるという方や、そんなのは長すぎる2~3日で充分だという方もおられるかも知れません。
筆者は、大審院で大正6年6月に判決された「相当の期間とは履行を準備し、これを履行するために要する期間をいい、債務者の病気・旅行などの主観的な事情は考慮されない」との判断基準を根拠に、媒介契約においては「催告日を含め7日間」が妥当と考えています。
この見解については、法学者により債務の履行準備ができているという前提であれば3~5日で良いとされる方もおられますが、実務として履行準備が必要であると考えれば1周間は妥当なところでしょう。
もっとも契約内容によっては履行準備に時間を要する場合もありますから、全てがこの期間に当てはまる訳ではありません。あくまでも媒介契約における「相当の期間」の解釈です。
実務では無催告解除の要望がほとんど
さて信義則違反・故意又は重過失による不実告知・著しい不正行為に限定されている媒介契約の解除要件ですが、実際には「知人から紹介された不動産業者が良い人で、そちらに依頼したいから契約を解除してくれないか?」や「おたくの営業マンは質問しても回答ができず、何かを依頼しても返答が遅い。まったく信用できないから契約を解除したい」など、好意的に解釈すれば解除事由に該当するかも知れませんが、およそ「無理筋」がほとんどです。
一方的に媒介契約の解除を要望され、それに応じた場合には「責に帰すことができない事由によって媒介契約を解除されてときは、履行のために要した費用の償還を請求することができる」と媒介契約条項で定められていますから、それまでに要した広告宣伝費などの根拠を提示して、その費用を請求することは認められています。
ですが、請求すれば大概は金額や内訳で揉めます。
筆者はこれまで32年間、不動産業に従事していますから、一方的な契約解除の要望に何度も対応してきました。
契約解除を要望された時点で、依頼者との信頼関係は半ば失われています。
そのような状態で無理に媒介契約を継続しても、内見や値段交渉に応じてくれないばかりか、些細なミスがクレームに発展する可能性も高まります。
それならば媒介契約の解除に応じ、別の物件を販売するため尽力したほうが建設的な考え方かも知れません。
そこで解除に応じた場合、実際に請求できる金額ですがこれはいたって少額です。
営業マンによる調査や広告作成、内見などに要した労力を金額として算定することが困難なことが主な理由です(履行に要した費用の請求は認められていますが、そのためには明確に算定根拠を示す必要があります)せいぜい掲載した広告費用をスペースなどで按分した少額しか請求できません。
腹立たしくありますが、損得を勘案し適切な対処法を考えるのが良いでしょう。
判例から見た即時解除の要件
さて、相応の期間を定めて催告してとの要件があっても、実際には無催告解除がほとんどです。
ですが、無催告解除を要望されたからと言って応じる必要はありません。
これは媒介契約の解除について平成16年4月に神戸地裁で判決されて事例があるからです。
ただしこの裁判は媒介契約の解除だけが争われた事件ではありません。
以下で概略を解説しておきましょう。
購入を目的として媒介契約を締結し、媒介業者の斡旋により物件の売買契約を締結して決済まで終わった後に争われた事件です。
「なんで決済終了後に、媒介契約の解除で争われたの?」と思われたでしょうが、被告(委任者)の主張としては売買契約後において重要事項の記載不備が発覚し、かつ希望した融資承認の期日(委任者が居住していた賃貸住宅契約解除の都合)を過ぎれば媒介契約を解除するとあらかじめ宣言していた(裁判においても、被告が希望した融資承認期日を過ぎれば媒介契約を解除すると言っていたことは確認されています)のだから、決済を待たず媒介契約は解除されており、従って媒介報酬の支払いには応じないということです。
確かに委任者の指定した期日を10日ばかり過ぎてからの融資承認でした。
裁判の争点は「一方的に宣言された媒介契約の解除は有効か」に絞られました。
ちなみに被告(委任者)が締結した購入の媒介型式は一般媒介でしたが、解除条項に「相当期間を定めて催告する」と記載されていませんでした(無催告解除が認められていると受け取れる内容です)
裁判所は媒介契約解除事由の規定について「相当期間を定めた催告を必要とせず、直ちに解除しうるものとした趣旨を鑑みると、その解除が認められるのは、媒介契約の性質上およそ許されない背信的な行為を行った場合で、かつ履行を催告してその結果を待つまでもなく、当該契約の目的を達成することが期待できないことが明らかな場合に限られる」として、被告(委任者)の主張を退けました。
無催告解除は、わたしたち不動産業者によほど重要な落ち度(背信的行為)がなければ成立せず、そもそも通常の媒介契約書であれば「催告をしてからの解除」と明記されているのですから、一方的な解除要求に応じる必要はないことが分かります。
まとめ
今回は媒介契約の解除について解説しました。
媒介契約を委任者から要望する場合には信義則違反・故意又は重過失による不実告知・著しい不正行為などの具体的な根拠が必要であり、その場合においても催告から相当期間の猶予が必要な点。
また実務面においては、条項によらず無催告解除が多いのですが、法的には過失がないという前提において解除に応じる必要はない点についてご理解いただけたと思います。
もっとも、法的な定めと人間心理は別ものです。
理由は様々でしょうが、委任者から「媒介契約を解除したい」と宣言された時点で信頼関係は破錠していることがほとんどでしょう。
媒介契約の条項により解除を拒むか、それとも応じるかは皆様の判断次第ではありますが、解除要件について正確に理解しておくと同時に、結果としてどちらが「得」なのかも含め結論を出す必要があるでしょう。