12月12日、最高裁第一小法廷の判決が大々的に報道されてことにより、不動産業界だけではなく、一般世間からも注目を浴びています。
古く賃貸借契約においては連帯保証人を要求することが一般的で、最近の国土交通省の調査でも90%以上は何らかの形での保証を求めるとされています。
ですが連帯保証人を見つけることは容易ではなく、また本当に連帯保証人が署名したのかなどの真偽性に懸念が生じることも多いことから現在では連帯保証人に代わり独自審査で家賃未払いなどの保証をする、家賃保証会社の利用を条件とすることが多くなっています。
家賃保証会社もしくは家賃債務保証業者とも呼ばれる保証会社ですが、国土交通省に登録されている会社数は令和4年11月16日時点で90社とされています。
もっともこの数は家賃債務保証の適正化を図るため国土交通省により創設された登録制度の要件を満たし、登録された数にすぎません。
また、この登録制度は義務ではなく任意登録制です。
登録要件を満たし、かつ適正に登録しているのだから安心できる家賃保証会社である可能性が高いとして、国土交通省庁が登録会社の社名を公開しているのです。
それ以外、つまり登録をせず家賃保証業務などを行っている会社は全国で160社以上あるとされています。
国土交通省においても正確な数を把握できていないのが実情のようですが登録業者と非登録業者を合わせれば、およそ250社前後、存在しているのでしょう。
国土交通省庁が平成28年10月に公開(執筆時点より6年前)した「家賃債務保証の現状」調査によれば、調査時点でも保証会社の利用率は約6割とされていました。
現在ではさらに増加しているのではないかと推察されます。
さて、本題に話を戻しますが今回の最高裁判決に関しての報道で家賃保証会社の社名も公開されていますが、大切なのはそこでありません。
保証会社のほとんどが採用している可能性の高い「借り主が2ヶ月家賃を滞納するなどして、かつ連絡も取れない場合、物件を明け渡したとみなす」との条項が、消費者契約法第10条に定められた「消費者の利益を一方的に害する条項」であるとして無効とされたことです。
今回はこの判決により、家賃保証会社を始め管理会社、賃貸業者などへの影響も含めて解説いたします。
「結局、何が問題だったの?」立ち退き要件を理解しよう
最高裁の判決が報道で大きく取り上げられた理由について考えてみましょう。
賃貸住宅に居住しているならば、定められた期限までに家賃を支払うのは当然のことです。
これは賃貸契約に限らず、全ての債務契約についても同様です。
ただし契約書に記載された条項が各種法令や公序良俗に反している場合、その部分については「無効」とされます。
今回の裁判では「2ヶ月」、「退去したとみなす」の部分が消費者契約法第10条に基づき違法であると判断されたのです。
正確に表現すれば「追い出し条項」であると指摘されたのは下記4要件です。
1. 家賃を2ヶ月以上滞納したこと
2. 合理的な手段を尽くしても借主と連絡がとれないこと
3. 電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況などから本件建物を相当期間利用していないものと認められること
4. 本件建物を再び占有使用しない借主の意思が客観的に看守できる事情が存在すること
これらに該当する場合、保証会社は賃借人からの明示的な意義がない限りにおいて「物件の明け渡しがあったもの」とみなし、家財などについては残置物であるとして撤去が可能であるとしていました。
もう一つ裁判で争点とされたのが「無催告解除条項」です。
これは賃料が3ヶ月以上滞納された場合において「保証会社は無催告で賃貸契約を解除できる」とした条項でした。
この条項に関して1審・2審では「適法」とされていましたが、最高裁は「保証会社が家賃を代払いしている場合でも解除が認められる。保証会社の一存で解除が行われる。賃借人の不利益を考えれば、家賃滞納の場合であっても催告を行う必要性が大きい」ことを理由として無催告解除は認められないとしました。
原則として賃貸借契約を解除するためには、正当事由が必要です。
正当事由には、契約当事者の信頼関係が著しく損なわれる状態も含まれますが、家賃の滞納は当然として該当します。
信頼関係が損なわれるほどの延滞期間については諸説あるのですが、2ヶ月程度が妥当であろうというのが定説とされています。
ただし2ヶ月滞納があったからといって、ただちに契約解除を認めている訳ではありません。
「相当の期間を定めて催告し、履行がない場合に限り」適法に解除できるのです。
ところが「借り主が2ヶ月家賃を滞納するなどして、かつ連絡も取れない場合、物件を明け渡したとみなす」との趣旨で条項が記載されていれば、家賃を2ヶ月滞納された状態で電話連絡し、その際に不通であれば「物件を明け渡した」とみなし承諾を得ず部屋へ侵入することや鍵の交換などができていまいます。
連絡は家の固定電話なのか携帯電話をさすのか不明ですが、仕事の都合などで電話に出られないケースもあるでしょう。
そのような場合において家賃が2ヶ月以上滞納されていれば「連絡をしたけれども繋がらなかったので契約条項に基づき物件の明け渡しがあったとみなしました」と部屋へ侵入し、残されている家具などは残置物として扱えることになります。
つまり家具などを運び出すことができるのです。
なんせ明け渡しが終了したとみなしているのですから、当然に賃貸借契約も終了しているとみなしているからです(賃借人と連絡がつかない状態であっても、契約が継続している状態で勝手に部屋に入ることはできません。ですが契約が解除され、部屋も引き渡しされているのであれば立ち入ることが可能です。その際に残されている家具などは残置物に該当していると解釈できるでしょう)
自力救済はあらゆる場面で厳しく制限されていますから、実際に部屋に侵入し残置物として家具などを持ち出し、その保管費用などを請求していたのかまでは定かではありませんが、いずれにしても賃借人に与えるプレッシャーは相当なものでしょう。
なぜ最高裁の判決が影響を及ぼすのか?
賃貸オーナーについては、家賃が滞納されていようが家賃保証会社により支払いが行われますから金銭的な影響はありません。
家賃分が代払いであっても支払われている状態においては賃貸オーナーには実質的な金銭的負担はありません。ですから、賃借人との間において契約を解除するほど信頼関係が失われていると断定することはできません。
「〇〇号室の家賃が滞納されています」と報告を受けても「そうなんだ、困ったねぇ」なんて感覚でしょう。
ですが家賃保証会社は、家賃を代払いしなければならないのですから滞納期間が長くなればそれだけ金銭的な負担が重くなります。
そこで本来は契約当時者でなければ権利を行使できないはずの部屋を使用する制限を、契約条項を根拠として、管理会社が一存で制限したのです。
この解釈について最高裁は「追い出し条項の4要件を満たすとされた場合、賃貸借契約が終了していないのに、法的手続きによることなく明渡しが実現されることになり著しく不当である。また定められた条項によれば賃貸借契約の当事者ではない保証会社の一存で物件の使用が制限されることになる」と厳しく言及しています。
「相当の期間を定めて催告し、履行がない場合に限り」との方法を遵守すれば、立ち退き交渉が数ヶ月に及ぶ可能性もあり、その間、賃貸オーナーにたいして支払う金銭も負担しなければならず、また立ち退き終了後、支払った金額を回収する手間も必要になります。
そのような手間を最小限に留めるため条項を設けていたのですが、それが最高裁で「違法」とされれば本来の手順に戻すしかありません。
家賃保証会社が「追い出し条項」について、どのような内容を採用しているのかについては不明ですが、類似する条項については一斉に見直しを図ることでしょう。
筆者は人道的な見地から最高裁の判決を支持しつつも、不動産業者として「様々な事情があるのは理解できるが、賃貸オーナーや家賃保証会社も家賃が適正に支払われることで事業を継続している。そもそも複数ヶ月支払いをしない方の問題が大きい」と考えています。
今回の判決により賃借人の審査はさらに厳しく行われるようになり、保証料の値上げも予測されます。
賃借人を募集しても入居者が審査条件を満たさないなどの影響が懸念されます。
今後、賃貸契約の注意点は何か?
家賃保証会社は一斉に契約書の見直しを図ることでしょう。
それ自体は管理会社や賃貸業者が直接的に関与する部分ではないかと思いますが、前項で解説したように審査基準が厳しくなることは当然に予測されます。
それにより賃貸希望があっても審査で撥ねられ、なかなか賃借人が決まらず募集広告費などの負担が増加することも懸念されます。
また3ヶ月家賃滞納時の無催告解除については1審・2審では「適法」とされたように、最高裁も無催告解除が違法なのではなく「保証会社が無催告で賃貸契約を解除できる」ことについて違法としただけですから、貸主による無催告解除を否定したものではありません。
このあたりの理屈を考えれば賃貸オーナーの協力を得て適正に催告し、そのうえで無催告解除できるようにすることは可能だと考えられます。
実務面においては今後も家賃保証会社を利用する場合は継続していくと考えられますが、今回の最高裁の判決は、借主保護(弱者救済)という観点から家賃保証会社を牽制しようという思惑が見え隠れしています。
背景には国民生活センターに寄せられる明渡しトラブルが年々、増加していることも影響しているのでしょう。
まとめ
今回の判決を受け報道各社は「違法条項使用差止め」や「不当契約の抑止につながる判決」など、まるで貸し側に問題があると錯覚するような見出しの記事が多く見られました。
ですが家賃を支払わない賃借人の問題についての視点は欠けています。
確かに著しく不当な条項については是正される必要はあるのでしょうが、だからといって家賃を支払わないことが正当化される理由にはなりません。
私たち不動産業者としては今回の判決内容や争点を正確に理解して、賃借人・賃貸人双方に偏らず、適正に権利を行使するための方法を模索していく必要があると言えるでしょう。