不動産動向の現状を確認し、これからのビジネス展開を検討するための有益な情報となる国土交通省「住宅市場動向調査」ですが、開始から22回目となる令和4年度の調査結果が令和5年5月19日に公表されました。
この調査は統計法に基づき、総務大臣から承認を受け行われている一般統計調査で、類似する民間の調査とは規模と質がことなります。
国が主導する調査ですから、個人の住宅建設に関して与えられた外部からの影響や資金調達方法など、設問も多岐に渡り見ごたえがあります。
今回の調査対象者は令和3年4月~令和4年3月の期間に住み替え・建て替え・リフォームを行った世帯にたいして行われており、注文住宅・分譲住宅・既存(中古)住宅・民間賃貸とリフォームについて利用関係別に分類されています。
詳細な動向については現物の報告書に目を通していただくほうが良いものの、ページが464Pにもなる重厚さです。
コラムでもすべてを解説することはできません。
そこで今回は「住宅市場動向調査」の結果について筆者が興味深いと感じた部分のみを解説していきます。
顧客はDX化を求めている
住宅購入を購入した方の情報収集はインターネットが72.1~80.9%と、雑誌や新聞折り込み広告などと比較して圧倒的です。
ですが、インターネットの活用は物件情報を知るためだけではありません。
今回の調査結果で筆者が最も確認したかった結果が、DX化の情況でした。
ご存じのように2021年9月にデジタル改革関連法案が施行され、さらに翌(2022)年5月18日から改正宅地建物取引業が施行されたことにより重要事項説明はもちろん契約についても売買・賃貸を問わず電磁的取引により完結することが可能になりました。
もっとも契約を締結するためには電子契約システムの導入が必要となりますが、印紙の貼付が不要になる・好きな時間に契約できる、紙代の節約にもなるなどのメリットから注目を浴びました。
契約当事者である顧客には特段のデメリットも存在しないのですから要望されることも多いでしょう。
実際、とある調査会社のアンケート結果によれば、賃貸におけるIT契約希望者が80%にも達しているのに、対応できる管理会社は13%にも満たないとされていました。
さて全面施行から約1年を経過した訳ですが、実際の実施状況はどのくらいあるのについては管轄省である国土交通省においても正確な実数は把握していない情況でした。
それまで令和4年2月に作成された「IT重説等の実施状況と今後の対応について」というレポートが最新のものとして公開されていますが、それによる導入率は賃貸で13%、売買で5%と低い数字とされていました。
筆者はこれまでにも「不動産会社のミカタ」コラムで、何度にも渡りDX化の必要性について言及してきました。
ただし同時に「どのように活用するのか」、「社員にたいする教育訓練の準備は大丈夫か」、「社員の意識改革は進んでいるのか」などに注意しなければ導入しても活用されず、結局は余計な出費を計上して実績変わらずになりかねないと注意を促してきました。さて、結果はどのようになったでしょうか。
DX化はそれほど浸透していない?
1年遅れの調査結果であるとはいえ、Zoomなどのオンライン会議による物件説明や商談が多少増加しているものの、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)は微増、鳴り物入りで始まったオンライン重説や電子署名を利用したIT取引については、新築の注文住宅や分譲マンションにおいて多少の増加が見られるものの、既存(中古)の戸建住宅や分譲マンション取引においてはほとんど活用されていないという残念な結果となっていました。
新築・既存などの物件種別によらず、不動産業界全般においてDXを活用することにより様々なメリットが生まれます。
IT重説や電子署名による不動産取引を導入すれば不動産取引のプロセスの多くが自動化され、効率的に管理できます。
物理的な文章の送付や移動時間によるタイムロスもなく円滑な取引が行えることから生産性も向上するのです。
またVRやARの活用により、顧客はオンラインで仮想ツアーや動画の提供を受けられる。
それにより遠隔地であっても購入が検討できるようになります。
物理的な距離という垣根が払拭されれば私達の商圏も広がるのです。
さらにZoomなどのビデオ会議を活用すればリアルタイムに顧客とのコミュニケーションを取ることが可能となり、疑問や要望にたいし迅速かつ柔軟に対応できます。
不動産行はDXとの親和性が高いのは間違いありません。
ある意味ではこれまでのビジネス手法を根本から覆せるほどの「力」を持っているといえるのです。
DXについて疑心暗鬼が蔓延している?
不動産業界にDXが徐々に浸透しているとはいえ、先進的に導入している他業界と比較すれば温度差は否めません。
導入障壁となっているのは、伝統的な業界構造と文化・イノベーションリスクとコスト・セキュリティーとプライバシーに対する懸念・技術の普及と社員教育の必要性など様々な理由が考えられます。
仲介業者の集まりで「なぜIT取引を代表するDX化が浸透しないのか?」と言う議題に関しディスカッションして感じるのは「問題が生じたらどうしよう」という漠然とした不安を持っている経営者や営業マンが多いということです。
確かに不動産取引においては、たとえ対面であっても「そんな話は聞いていない」と言われるなど突発的なトラブルが発生することもあります。
また画面越しであることから当事者の挙動を感じることも制限されるので「何か問題が生じたら大変だ」と不安にもなるのでしょう。
ですがただ悩んでいるのでは勿体ない。
新しいプロセスやシステムを導入した場合に生じた問題への対応方法や、その責任の所在を明確にして負担を軽減する。
具体的な対策やサポート体制を構築することで導入は可能になるはずです。
やはり在宅勤務が行える部屋の要望が多い
続いてコロナ禍以降、在宅勤務の増加により変化が生じた物件の間取りについての経過を見てみましょう。
今は落ち着いたとはいえ、コロナ禍において在宅勤務が増加したことにより「仕事に集中できる個室」を希望する方が増加しました。
専念できる個室を持っている割合は戸建住宅(既存)が62.1%と最も高く、反面、賃貸においては「在宅に専念できる個室やスペースがない」の割合が36.6%と高くなっています。
在宅勤務の実施率が、コロナ禍よりも減少したとはいえ専用個室を求める要望が多く、これから既存物件をリフォームして販売する場合や新たに賃貸住宅を建築する場合には、テレワーク専用個室などを盛り込むことにより注目度が高くなるのではないでしょうか。
初めての購入がほとんど。住み替え需要は少数派
仲介においてダブル両手が狙える「住み替え」案件は嬉しいものですが、全ての住宅種別において二次取得者、つまり住み替えは11.6~17.4%と少数です。
私達が対応するほとんどの方が「初めての購入者である」という形は従来どおりと考えて差し支えありません。
調査結果で興味深いのが、「住み替え前の住宅処分方法」です。
住替えをする場合、従前の持ち家は処分するのが基本であると感じますが、実際には従前に集合住宅(分譲マンションなど)を所有されていた方の売却率こそ74.3%(注文住宅への住替え)・71.2%(分譲住宅への住替え)と高いものの、戸建てにおいては50.0%(既存住宅への住替え)・45.2%(分譲住宅への住替え)・29.7%(注文住宅への住替え)と、思いのほか少ないのが分かります。
売却以外では賃貸として運用する・親や兄弟が住む・今後売却予定などが上げられていますが、無回答や空き家・その他の比率も相応に確認されます。
省エネ設備の変動
原油高による電気代の高騰やガス・灯油価格の上昇。
一般家庭だけではなく企業においても死活問題となる情況ではありますが、そのような背景から注目度が急上昇しているのが省エネ設備です。
太陽光発電においてはFIT(固定価格買取制度)の買取金額が下がり続け、売電により得られるメリットは減少していますが、蓄電池を併せて導入する自己消費を目的とした設置率は上昇しています。
注文住宅においては令和2年に一度減少に転じその後に回復という形になっていますが、分譲戸建てにおいては上昇を続け令和4年における設置率は20.7%にまで達しています。
東京都では2025年4月から、大手ハウスメーカー等が供給する住宅に限りという前提で太陽光発電システムの搭載が義務化されます。他府県でもその動向を見ながら導入を検討している情況です。
東京都では補助金や売電、自己消費による電気代の節約で設置費用は6年程度で回収できるとしていますが、その経過報告を参考にして設置義務化に向け追随するところも出てくるでしょう。
いずれにしても太陽光発電の搭載や提案は、今後の住宅販売における一つのキーワードであると言えるでしょう。
物件価格の高騰により購入者の年齢も変化
不動産価格の上昇について解説は不要かと思いますが、そのような価格の影響が購入者の年齢に影響を与えているのでしょうか?
昨年の報告書と比較すると、分譲戸建1.1歳・分譲集合住宅で0.5歳・注文住宅0.2歳、上昇しています。
反面、既存戸建1.1歳・既存集合住宅では0.1歳、下降に転じていますが、これは新築分譲価格の高騰により早々に諦め、早い段階から既存物件を中心に購入検討したかたが増加したのも理由の一つかも知れません。
1次取得者の平均年齢は下記の表のとおりです。
物件種別によりバラツキはありますが、37~44歳の年齢層がもっとも多い傾向は例年どおりです。
興味深いのは1次取得者の平均年収です。
既存を含めての平均は600万円以上。
無論、それ以下の年収で購入されている方もいますが全体からみれば少数です。
国税庁の令和3年「民間給与実態調査」によれば日本の平均所得は443万円となっていますから、住宅が購入できる所得に達するには、やはり相応の年数が必要になるということでしょうか。
実際に、物件価格の高騰が影響しているのでしょうが、平成30年の1次取得者の平均年収は705万円にたいし、令和4年度は801万円と5年間で100万円近く上昇しているのです。
利用する住宅ローンの返済期間
住宅を購入する場合、大半の方は住宅ローンを利用しますが物件種別によって返済期間に違いがあります。
新築の場合、集合住宅を除き30年以上の期間を採択している方が多く、既存住宅では平均30年未満の返済期間が選ばれています。
とはいえ平均でみれば徐々に返済期間は長くなってきているのです。
それでは返済負担率はどうなのか確認すると、物件種別によらず20%を下回っています。
下記の図をみれば一目瞭然ですが、年間の返済額自体は平成30年の116.5万円にたいし令和4年では174万円と、57.5万円も増加しています。
ですが返済負担率は減少しています。
もっとも物件種別により返済負担率の平均は異なります。
とくに既存住宅などにおいては16.6%ですから無理のない堅実な範囲だと言えるでしょう。
ですが利用する金利タイプについては圧倒的に変動を選択している率が高く、3~10年の固定金利選択型は平成30年以降減少を続けています。
住宅ローンを含む銀行金利は上昇機運にありますから、固定金利選択型も検討の余地があるとは思うのですが、昨年まで低金利のまま推移していましたからそちらを選択することが多かったのでしょうか。
先述したように返済負担率は減少していますが、返済にたいして「非常に負担感がある」、「少し負担感がある」と回答した方の合計は全国平均で65.2%にも達しています。
堅実に返済負担率を下げても、インフレにより様々な物品の価格が上昇しています。結果、住宅ローンの返済を負担に思う方が増加しているのでしょう。
私達が住宅ローンを提案する場合には、そのような実態も理解したうえで行うよう心がけたいものです。
高気密高断熱はもはや定番
従来であれば住宅の性能よりもデザインや間取りを重視する傾向が高かったのですが、近年では高気密高断熱であること、火災や地震・水害などへの安全性が高いことを重視する傾向が高まっています。
今回調査においてもその傾向は顕著に見られました。
筆者は「不動産会社のミカタ」のコラムにおいて、今後の不動産営業マンは不動産を販売するにあたり住宅性能に関して正しく説明できる知識や、顧客が安心できる災害に関しての詳細な情報提供が必須であると主張し続けてきましたが、回答結果を見てもそのような傾向がはっきりと現れていることが確認できます。
住み替えは売却損が発生している
住み替えの場合、従前の住宅を売却すると少なからず売却損が発生します。
無論、取得時期や金額、取得後の近隣開発情況などの影響により利益を得られるケースもあるのでしょうが、全国平均としては損が発生しています。
もっとも新築価格の高騰に影響を受け、既存市場も上昇していますから損益自体は減少しているようですがこのような傾向であることは念頭におく必要があるでしょう。
まとめ
今回は464Pものボリュームがある「住宅市場動向調査」報告書のうち、筆者が興味のある部分だけを抽出して解説しました。
報告書ではそれ以外に世帯主の職業や住宅選びのポイントやインスペクションの実施状況のほかリフォームに要した費用や変更した箇所などが掲載されています。
取り扱う物件種別により皆さんが興味を持たれる部分も異なるとはおもいますので、時間のある時に一度は調査報告書に目を通すことをお勧めいたします。
営業を行うにあたっては顧客動向を視野にいれ、時代に即した対応を心がける必要があります。
常に情報を仕入れ、自ら考え業務に生かしていく。
厳しい時代で生き残っていくには必須の心構えであると言えるでしょう。