【手付名目でも認められない!】不動産業者なら覚えておきたい申込金の扱いとトラブル事例について

古くから不動産業界において申込金や預り金についてのトラブルは多くあります。

売買はもちろんですが、賃貸でとくに多いことが確認されています。

そもそもの話で恐縮ですが、申込金などの支払いは顧客にとっての義務ではありません。

ですが優先順位の確保などを理由として慣例になっています。

金銭を預かる、それ自体は違法ではありませんが、契約にいたらかなった際の返還トラブルがあまりにも多いことから国土交通省を始め東京都や一部の自治体からも注意喚起されています。

申込金,東京都,注意喚起

このコラムを読まれている方のほとんどは不動産関係者でしょうから改めて解説する必要もないでしょうが、金銭受領の目的が物件予約・仮押さえ・検討期間の確保である場合、領収名目をどのようにしようが預り金であると判断されます。

ですから目的が達成できない(契約できない)場合には速やかに返還しなければなりません。

ですが返還に応じないことによるトラブルが多発しています。

発生理由の多くは当事者双方の認識が一致していないからです。

例えば価格交渉を行う場合、購入の意志を裏付けるために金銭を預かり、「価格交渉が成立した際には手付金に充当する」としている場合もよくありますが、契約が成立していなければ預り金に過ぎません。

ですから前述した内容を根拠として返済に応じない、もしくは期間や条件などを明確に説明していないことによりトラブルが発生すれば、行政処分の対象となります。

国民生活センターの相談事例や国土交通省の監督処分基準などを見ると、名目が手付金であっても実質的に申込順位の確保などが目的であると推定される場合は預り金とみなすとしています。

当然に契約が不備に終わった場合は速やかに返還しなければなりません。

今回はこのような預り金に関しての返還トラブルについてを判例や行政指導の事例を交えながら解説していきます。

預り金は名目に左右されない

冒頭で解説したように名目が例え「手付金」とされていても、その目的が優先順位の確保であれば判断としては「預り金」とされます。

ですから、下記のような不動産業者の言い分は通用しないことになります。

「書面をよくみてください。手付金となっているでしょう。ですから返金には応じられません。そもそも契約は諾成契約、つまり買う(借りる)と言った時点で成り立つんです。それに契約書の作成も終わっていますし内見にも人件費がかかっている。それらの費用と相殺するために手付金の放棄として取り扱います」

もっとも上記の言い回しは「業者の言い分は正しいのですか?」と、一般の方から寄せられた筆者への相談からの引用です。

確かに、顧客が預り金であると思い託した金銭の名目が「手付金」とされており、契約は諾成で成り立つのは事実です。

ご存じのように民法第555条では「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と定めており、契約書によらず口頭であっても当事者の意志が表示されれば、契約自体は効力を生じるとされており、これが「諾成契約」が有効であるとの根拠とされています。

ですが続く同法556条で売買予約について定められており、その第1項で「売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意志を表示した時から、売買の効力を生ずる」としながら、続く第2項で売買完結の確答については、相当の期間を定めてもその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約はその効力を失うとしています。

予約と契約の「境」については「相手方の予約完結の意志表示により本契約たる売買が初めて成立する純然たる予約である(大判大8・6・10)」との判例があり、これにより契約当事者双方が予約を完結させる(契約する)との意思表示を明確にしない限り、予約はあくまでも予約に過ぎないとされているのです。

さらに不動産業者が取引に関与した場合には宅地建物取引業法により契約締結までに宅地建物取引士による第35条書面(重要事項説明)の説明、及び契約についての第37条書面(契約書)を遅滞なく交付しなければならないと定められているのですから、不動産業者である我々が「諾成契約」が有効だと力んでも、残念ながら契約が締結されたとはみなされないということです。

これらのことから預り金の名目を手付金にしようが、実質的に優先順位の確保が目的である限りは金銭の返還を拒み、かつ「契約は諾成契約で成り立つんです!」なんて言い分は通用しないことが理解いただけるでしょう。

契約していなければ損害費用の請求は困難

ビジネスマン,営業

相応の期間、不動産業に従事していれば、契約当日、もしくはその寸前に「やっぱり契約はヤメておきます」と言われた経験がおありでしょう。

詳細は明かしませんが筆者にも苦い経験はあります。

契約に向けての日程調整はもとより物件調査や契約書・重要事項の作成など、これまでの労力がいっぺんに「無駄骨」となり、共同仲介であれば面目も丸つぶれになるのですから、宣言された瞬間は頭が真っ白になるかもしれません。

気持ちが変わった原因を把握し巻き返しを図るでしょうが、成功する場合もあれば不首尾に終わることもある。

自らに落ち度がない場合、無駄とは分かっていても「契約は諾成契約で成り立つんです!」と違約金を請求したくなりますが、残念ながら媒介契約で定められた違約事項に該当していない限り請求はできません。

前項で諾成契約が認められてはいても、不動産業者が介入している場合は重要事項説明後、契約書と重説に記名(もしくは署名)押印(もしくは電子署名)がなされ初めて契約が成立したとみなされます。

余談になりますが、民法で諾成契約が有効とされているのは意志の確定は書面によらずとも成立するとの考えが基本であるからですが、その理屈によれば各書類に記名(もしくは署名)がなされた時点で契約の意志は確定されたと推定できるでしょう。なのに押印を求めているのは「二弾の推定」により、意志の確定をより盤石にするためです。

重要事項の説明を受け契約書の内容を確認してから記名(もしくは署名)を行い、その後、押印をしていることにより二段階で意思確認(本当に購入してよいのか、もしくは売却してよいのかを自問する)を行ったと推定されることになり、意志の確定が明確であるとしての証拠能力が高まります。

余談になりますが、実印などむやみやたらに押してはならない印鑑に「アタリ(印鑑の上の部分を削ってくぼみをつけたり、しるしとなる突起物を埋め込み簡単に上下が分かるようにするもの)」をつけないのは、印鑑を押す前に上下を確認しながら冷静に再考するためと言われています。

そのように説明すれば「電子契約の場合には電子署名だけではないか」と反論が聞こえてきそうですが、電子署名法第3条において、「電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する」と定められており、電子署名が電子データに付与されたものであることから、本人性(データが本人により作成されたものであること)と非改竄性(データが改竄されたものではないこと)が証明され、さらに電子署名が第三者機関である認証局から発行されていることから、「二弾の推定」がなくても当事者が電子署名を行ったとして、同様の推定ができるとされているからです。

行政指導の事例

預り金の返還を拒んだことにより業務停止などの行政指導を受けた事例にはことかきません。その中には行政指導を不服として裁判を提訴したものもありますが、不動産業者の言い分が認められることはすくないようです。

一例をあげれば土地建物の媒介にあたり、購入希望者から受領した預り金を、売買契約が成立していないにも関わらず返還を拒んだとして免許行政庁から15日間の業務停止処分を受けたことにたいし、売買契約は成立していた(もしくは買主は追認していた)として処分取消しを求めた令和2年の福岡高裁判決です。

裁判自体は行政処分が適切かについて争われたものですが、詳細を確認すると、その原因となった顧客は契約が成立していた(もしくは追認していた)と、不動産業者に錯誤させるような言質があったように見受けられます。

ですが、これまで解説したように不動産業者が介入している以上は適正な契約関連書類(重要事項の説明、及び契約書を含む顧客のそれぞれへの記名、もしくは署名)が存在していなければ証明することはできません。

適法に契約が成立していなければ預り金は預り金のままその性質を変えることはありません。

第一審で不動産業者の主張は退けられ、それを不服として控訴しましたが棄却、さらに上告するも最高裁において上告は受理されず控訴審判決が確定しています。

争点は預り金がどの時点で手付金となるかでしたが、前述した理由により返還は拒めないものとされ、返還に応じなかった業者への行政処分は適法であると判断されたのです。

まとめ

インターネットで「預り金返還トラブル」と入力すれば、かなりの件数が検索されるでしょう。

どちらかと言えば賃貸に関しての手付金・申込金・預り金などの返還トラブル記事が多いようですが、売買についても相応数確認できます。

それらの大半は一般ユーザー向けのもので、不動産業者を対象としていません。

「不動産会社のミカタ」コラムは不動産業に従事している方を対象としていますから、提供する情報も解説も論点が異なります。

買付証明を差し入れる際、顧客の本気度を試す意味合いで一定の金銭を預かること自体は違法ではありませんし、その際に「簡単に帰ってくるとは思わないでください」と言葉を添えるのも、気持ちを確認するための試金石としては良いでしょう。

ですが契約交渉が不備に終わった際には、速やかに返還に応じなければなりません。

顧客をつなぎとめておきたい気持ちが優先し「次の候補物件が見つかったら流用するので、このまま申込金をお預かりしておきます」なんてのはよくある話ですが(当事者である顧客から、そのような行為が適法なのかについて筆者のもとに相談が寄せられるケースがあります。

無論、預り金のまま据え置くのは適法だと答えます)名目によらず、契約が締結されなければ預り金はそれ以上のものにはなりえません。

余計なトラブルが発生しないよう、預かる場合においてはその意味合いについて正しく説明をすると同時に、返還を求められた場合には速やかに応じることが大切だと言えるでしょう。

【今すぐ視聴可能】実践で役立つノウハウセミナー

不動産会社のミカタでは、他社に負けないためのノウハウを動画形式で公開しています。

Twitterでフォローしよう

売買
賃貸
工務店
集客・マーケ
業界NEWS