【契約締結当日の白紙撤回で損害賠償請求できますか?】とある業者からの質問

先日、不動産会社のミカタコラムにおいて申込金の扱いとトラブル事例についての記事を寄稿したところ、読者(不動産業者)から質問が届きました。

記事の中で、契約当日に白紙撤回された経験について記述した部分についてでしたが、具体的には今回のコラムタイトルである「契約締結当日の白紙撤回は、相手方に損害賠償請求できますか?」との質問です。

契約が締結できなかった詳細な理由は割愛しますが、契約締結日の当日に白紙撤回されるのは色々な意味で痛い。

筆者自身、契約締結日に契約ができなかった経験がありますし、皆さんの中でも似たような経験を一度や二度は経験された方もおられるでしょう。

契約の撤回は不可抗力による場合もありますが、営業マンが行ってききた説明と重要事項説明の内容が食い違っており納得できないなどの他、当日に発覚した錯誤、勢いで購入を決断したけれどもよくよく考えて不安になったなど様々です。

原因が自身に帰結するのであれば納得もできますが、そうではない場合、これまでかけた労力をどうしてくれるんだとも気持ちになって当然です。

私たちだけではありません。

売買・賃貸によらず契約には必ず相手方の当事者が存在します。売りにしにたいしては買主が、賃借人にたいし賃貸人が存在し、その原因が一方の当事者に存在しない場合、期待値に対する損害の賠償を請求したくなるでしょう。

はたして契約締結前の白紙撤回にたいし、契約不履行を根拠に損害賠償の請求は可能でしょうか?

今回は、このような事案にたいしての判例も交え、契約が成り立っていない状態での損害賠償請求について考えたいと思います。

争点は解除理由に信義則上の注意義務違反が問えるか

「買います」にたいし「売ります」、「借ります」にたいし「貸します」との意思表示を口頭で示すことにより、書面によらず売買契約は成立します。意思表示だけで効力を生じるとさだめた皆様ご存じの民法555条「諾成契約」です。

ですがこれが認められるのは一般の方々の場合であり、私たち不動産免許業者が媒介に入った場合は、宅地建物取引業方により契約前までに同法35条書面の説明(重要事項説明)と、契約時には37条書面(契約書)の交付が義務付けられています。

この定めにより契約に署名・捺印(電子契約を除く)を行い締結が完了するまでは、交渉中の域を出ず、解除してもその責任を負わせることは困難です。

ただし、全てにおいてそれが認められるという訳ではありません。

契約締結に向けての交渉が相当程度進んだ段階で一方的に破棄する行為にたいしては、契約が成立していなくても、その相手方にたいし「信義則上の損害賠償」を請求できる可能性があるのです。

正確に表現すれば「契約締結上の過失責任」を相手方に求めるということです。

ある程度まで交渉が進んでいる状態、いわんや契約締結当日に一方的に契約破棄された場合ですから「債務不履行責任」に該当するのではと思われるかもしれませんが、契約が締結していない以上、債務不履行について争うことはできません。

あくまでも「不法行為責任」を追及する形になります。

もっとも責任を追及するためには、追及する側から相手方の過失等について主張立証しなければなりません。

その際には契約が成立するとの信頼が裏切られたことによって生じた有形・無形の立証ですから、なかなかに困難です。

ですが立証責任が訴える側に求められるのは仕方がないことです。

契約に向け段階的に交渉が進められていることが前提

相手方に不法行為責任として損害賠償責任を請求するためには、契約に向け交渉が重ねられ、段階的に合意形成されたとの裏付けが求められます。

買います(もしくは借ります)との意思表示を受け、当事者との調整を図り、重説や契約書の作成を行ったという流れがあれば、前述した民法555条の要件は満たしているとの考えは成り立ちますが、それはあくまでも契約当事者間の話です。

媒介に入った私たち宅地建物取引業者が不法行為責任を追及するには万全とまではいえません。

契約成立に向け、私たち業者も含めた段階的な合意形成が成立していると言える状態でなければならないからです。

判例からみた裁判の判断基準

契約締結日当日の白紙撤回について争われた裁判は、類似するものも含めれば相応数確認できます。

ですがその中でも福岡高裁で平成5年6月30日にくだされた判決がもっとも参考になるかと思いますので紹介します。

被告は土地の所有者3名、原告はその土地にスポーツセンターの建設を目的として購入を予定した方です。

原告は媒介業者を介し売買契約の基本的事項について合意するとともに、所有権移転と代金決済を一括でおこなう、いわゆる一括決済で取引を完結させるとして日時を取りきめました。

ですが決済の前日、土地権利証が見当たらないことに気がつきます。

一括取引を前日に控えた慌ただしい中での協議により、保証書による取引で落ち着きます。

被告としては結果的に代金先払いになりますが、それについても承諾しました。

ところが翌日の決済当日、被告のうち1名が難色を示したことにより情況は一変、結局のところ被告3名は契約の白紙撤回を一方的に通告し、一括決済は不守備に終わりました。

一括決済するため金融機関から融資を受ける段取りまで完了していた原告からすれば納得できません。

「契約書に署名・捺印がされていなくても、これまでの経緯を見れば不法行為であることは間違いない。

実質的に融資取扱手数料などの損害も生じている」として、不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。

裁判所は事実関係を確認し、以下の判断基準を示して原告の主張を認めました。

  • 原告・被告による交渉履歴から、原告側が交渉の結果として契約の成立を期待し、それに向けて準備している(実際には準備することは当然であるとしています)
  • 契約締結の準備が、最終の段階まで至っていることから、被告としては原告の期待を侵害しないよう、誠実に契約の成立に努める必要がある(信義則上の注意義務)
  • 被告らの契約破棄は正当であるとはいえない。正当な理由なく契約の締結を拒否したのは原告の有する契約締結に向けての利益を侵害した点で違法である。被告らはその不法行為によって被った原告の損害を賠償しなければならない。

原告の希望は損害賠償の請求よりも、予定通り土地を購入することです。

ですが理由はともあれ「売却する意志がなくなった」という所有者に無理やり売却させることはできません。

また当事者は一般の方でしたが、諾成により契約は成立しているとの主張は断念しています。

腹が立つので白紙撤回により被った損害賠償請求に落ちついたのでしょう。

契約が成立していなければ直接的な責任を問うことはできないが……

前項の判例を見るまでもなく宅地建物取引業業者お場合、民法555条を根拠として諾成契約を主張することはできません。

正確に表現すれば主張はできますが、それは脅し文句程度の意味しか持ちません。

よく「買付証明や売渡承諾書が揃っていれば、当事者双方の意志が確認でき契約も成立しているとみなされる」と主張される方もおられます。

一見、諾成契約の欠点を補完しているもっともな意見だと思われがちです。

ちなみに下記の図は一般的な不動産購入申込書及び、売渡承諾書からの抜粋です。

不動産購入申込書

確かに購入申込書には「下記の条件にて購入したく」との文言が記載され、それを受け売渡承諾書には「下記の条件にて、貴殿に売渡すことを承諾し」と記載されています。

不動産売渡承諾書

これを持って売買契約が成立していると見なすことができるとの主張は、一見するともっともな気がします。

ですが、一般の方が直接取り引きをするための前段としてこれらの書類のやり取りをしたなら争う余地もありますが(その場合も各書面の文言や交渉過程などの情況により判断されます)不動産業者が介入している場合においては裁判実務上、「条件交渉を円滑にするための慣習として、交渉内容を明確にしたものに過ぎない」とされているのです。

信義則上の義務を追求できるよう、証明書類は怠りなく完備する

前項までの解説をお読みになれば、契約当日の白紙撤回にたいして諾成契約の主張や買付証明の存在により契約が成立していたと主張しても、公に認められる可能性が極めて低いのはご理解いただけるでしょう。

それでも気持ちは収まらない。

どうしても責任追及したいと思えば、「信義則上の注意義務を怠り損害を与えた」として不法行為に基づく損害賠償請求をすることです。

もっとも、あくまでも損害賠償請求ですから契約を締結すれば得られる予定であった媒介報酬などを請求することはできません。

賠償金額は各種調査や交渉過程で費やされた労力、売買契約書や重要事項説明書の作成手間などを勘案し妥当な請求額を算出する必要があり、併せて交渉過程において段階的に進められた準備について立証し算出する必要があります。

このようにして算出した損害賠償額が、思いのほか安い場合には提訴するだけ赤字になり、溜飲を下げる以外はメリットがない場合もあるでしょう。

運がなかったと早々に諦めて、前向きな業務に取り組んだほうが得策かも知れません。

まとめ

当日は極端にしても契約締結予定日の前日や前々日など、すでに準備万端で当日を迎えるていた段階で入った当事者からの一方的な契約解除の連絡。

すんなり納得できるはずありません。

巻き返しを図るためにありとあらゆる説得を試みるでしょう。

その努力虚しく契約が流れた。予定していた売上も手に入らないとなれば、その損害を請求したくなるのは当然です。

「契約は公の秩序や強行法規に反しない限り、当事者が自由に締結できる」とした契約自由の原則の根拠となっている民法522条(契約の成立と方式)においては、「契約は締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾したときに成立する」としています。さらに第2項において「法律に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」としているのですから、請求できると解釈できます。

ですが「法律に特別の定めがある場合を除き」とされているように、個別法が存在する場合はその限りではないとされているのです。

これにより私たち不動産業者は「特別法」である宅地建物取引業法の遵守が求められます。

結局のところ契約書や重要事項説明書などに署名(もしくは記名)捺印(電子取引を除く)されていない状態においては、契約が成立していたとの主張は無理との判断が成り立つのです。

請求できるのはコラムで解説したように「損害賠償」だけ。

タダ働きになるよりはマシですが、請求できるだけの条件が揃っているか、請求するだけの費用対効果が得られるのかを勘案して判断する必要があるでしょう。

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