競売事件は減少傾向にありますが、その原因の一つとして任売件数の増加が挙げられています。
立ち退き命令が発せられ、否応なく転居に応じなければならない競売に対し、任売は引き渡し時期を調整することも可能で、かつ競売より高値で売却できる可能性が高い。
また売却後に残る債務を圧縮できる可能性(扱う方の交渉力や諸条件により異なります)もありますから、債務超過の場合においても負担が軽減できる可能性があります。
また残債額によってはある程度まとまった金額を手にすることもできるでしょう。
私たち不動産業者としてもサービサーとの交渉ノウハウなどを学んでおけば、市場価格よりも安く販売でき、当然に早期売却にも期待できます。
買主も、市場相場より割安で購入できるのですから、まさにWin-Winの関係を実現できるのです。
任売が持つ「負」のイメージからでしょうか、あまり良い印象を持ってい無い方も多いのですが、筆者は困窮者の救済を念頭に正しく運用されている限りにおいて、不動産業者は積極的に行うべきだと考えています。
そのような「想い」もあることから、任売に関する記事を「不動産会社のミカタ」においても数回、寄稿しています。
記事をご覧になった同業他社から、任売に関する質問や相談を受けることもよくあります。
つい先日も、タイトルに用いた「任売物件を媒介する場合、買主にたいして説明する必要はあるのですか?」との質問を受けました。
質問の意図が今ひとつ不明なことから詳細に事情を聞くと、任売物件を媒介してすでに決済も終えているのだが、物件購入者が近隣の噂で「購入物件はローンの返済が滞ったことによる任売物件である」と聞き及び、「このような縁起が悪い家なら購入していなかった」と主張してきたとのこと。
さらに、「業者は購入動機に影響を与える重大な事項について説明責任を果たしておらず、このような物件は瑕疵物件である」と重ねて主張しており、対応に苦慮しているのだとか。
さて、ここで考えてみましょう。顧客が主張しているように、私たちが任売物件を媒介する場合、そのことについて説明する責任はあるのでしょうか、それ以前に売却理由の説明は義務なのでしょうか?
今回は顧客が主張している内容の是非について解説したいと思います。
売却理由は説明不要
自宅から外に出る際には必ず左足から出るなど、世の中には「験(げん)を担ぐ」人が多いのは事実です。
「鰯の頭も信心から」との諺を引用するまでもなく、営業マンでも大切な商談時に着用するスーツはコレと決めていたり、赤いネクタイは幸運の印といって、ここぞと言う時に締めていたりする方もいるでしょう。
ですが、そのような「験(げん)を担ぎ」が法的に保護されるのかとなれば話は別です。
幽霊が出る家だと噂されている家を媒介し、それを説明しなかったのは告知義務違反だと騒がれても「そんな無茶な……」というのと同レベルです。
余談はさておき、実際に媒介を手掛けている皆さんならご存じのように売却理由は人それぞれです。
住宅ローンの支払に困窮して手放すのも理由の一つですが、それはあくまで売主のプライバシーに係る問題であって、買主に直接関係するものではありません。
売却理由が気になるのは買主の常ですから、「売主さんはなぜ売却するのですか?」との質問を受けることは多いでしょう。
ですが原則として答える必要はありません。
理由を問われれば「売却理由は売主様のプライバシーに関する情報を含みますし、何よりも私たち媒介業者には売却理由について説明することが義務付けられていません」と回答すれば良いでしょう。
もっともこのようにストレートに返答すれば角が立ちますから、言い回しはもう少々ソフトにする必要はあるでしょうが……
注意していただきたいのは、購入者(もしくは購入検討者)にたいして売却理由を説明する義務も責任もありませんが、売り依頼を受ける場合には売却理由について質問し、把握しておく必要があるということです。
これは、買主にたいして売却理由を開陳することが目的ではありません。
私たちが売却理由を把握する理由
媒介業務には、査定や各種調査を実施してからの売出しに始まり、契約締結から決済まで一連の取引について遅滞なく、かつ問題を生じさせず全うすることが求められます。
引き渡し時期などについて調整するためには売却理由を始めとして残債額や移転先の目処など詳細な情報を知る必要があります。
また収益犯罪防止法の観点からも、本人確認事項として取引目的の確認が必要です。
これらの内容を把握するのは法令を遵守し、かつ取引を円滑に行うことが目的なのです。
そのため聞き取り事項には、売主や買主の個人情報やプライバシーに関する情報が多分に含まれます。
当事者が情報を開陳してくれるのは、ひとえに守秘義務が遵守されるだろうとの信頼があるからです。
私たちには宅地建物取引業法第45条で「秘密を守る義務」、同法75条の3で「宅地建物取引業者の使用人等の秘密を守る義務」が定められており、業務上知り得た情報については正当な理由がある場合を除き、知り得た秘密を他に漏らしてらないとされています。
買主からの「売主さんはどうして売却するのですか?」という質問は、知り得た秘密を漏らして良い正当事由にはあたりません。
それ以前に、迂闊に情報を漏らせば宅地建物取引業法に違反することになってしまうのです。
購入判断に影響を与える事項について正確に理解しておく
今回筆者が相談されたケースで購入者は、「このような縁起が悪い家なら購入していなかった」と主張し、さらに「業者には購入動機に影響を与える重大な事項についての説明責任がある」と主張しています。
強い口調で上記のような理由を捲し立てられれば、なんとなくそうなのかなと思ってしまいそうですが、購入動機に影響を与える重大な事項についての定義を思い出してみましょう。
宅地建物業法では第47条第1号において「故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」が禁じられています。
さらに同法第47条第1号ニにおいて「当該宅地建物取引業者もしくは取引の関係者の資力もしくは信用に関する事項であって、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」に限定し、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げてはならないとしています。
顧客はこの定めを拡大解釈し、「業者には判断に重要な影響を及ぼす内容についての説明責任がある」としているのですが、条文をきちんと読んでくださいと言いたい。
確かに「資力または信用」という文言はありますが、売却理由はこのどちらにも当てはまりません。
また、任売による売却であっても決済時に抵当権も抹消され、つつがなく所有権移転も行えたのですから取引に何ら支障も生じませんでした。
購入者は「知っていたら購入していなかった」と心理的瑕疵を主張していますが、心理的瑕疵は過去に事件や自殺などが発生している場合などを指しているのであって、任売物件であることが含まれることはありません。
「縁起が悪い」という主張があった場合、どこかで聞いたような言い回しにはなりますが「それはあなたの主観ですよね」と反論すれば良いのです。
売却理由を説明した方が、早期契約になると判断される場合には
法的な解釈や、私たちの説明責任についてはこれまで解説したとおりなのですが、世の中には「縁起を担ぎたい」かたが多いのは事実であり、そのことから売却理由を執拗に知りたがる人がいるのは仕方がありません。
守秘義務があることから、私たちの独断でローンの返済に困り果てた末の任売であることを説明することはできませんが、売主からの了解が得られれば話は別です。
真剣に購入を検討していることを見定めた場合、売却理由を説明することにより一気に契約まで進む可能性があるのなら、売主に事情を説明して承諾を得るのも一つの方法でしょう。
その際には開示する範囲や内容について、正しく情報を伝達し、後日においてトラブルが発生しないよう備えることが大切です。
まとめ
今回は筆者に寄せられた相談事例をもとに、売却理由について買主に説明する責任があるのかについて解説しました。
コラムを読んでいただければ分かる通り説明責任はないというのが結論です。
ですが取引を成立させるため、状況によっては理由を開示したほうが良いケースもあります。
話すには売主の承諾は必須ですが、説明をしなかったことを理由として糾弾される根拠はないのですから、質問をする相手方の真意を図りながら冷静に判断する必要があると言えるでしょう。