「数年前の話なんだけど、いま売却に出している賃貸アパートの一室でボヤ騒動があり、消防車がきたことがあるんだけど……」
これまでに数件、購入を検討している投資用物件についてコンサルテイングに応じている投資家の方から、そういえば……と聞いた話です。
幸いなことにボヤは住人の手で消し止められ延焼することもなく、キッチン周りのリフォームを行い現在は見た目も問題はないのですが、売却を担当している営業マンから物件状況告知書の記載を求められボヤがあったことを記載したほうがよいのか質問すると
「ボヤ程度で済んだのであれば告知は必要ありません。逆にそんなことを書くと、印象が悪くなりますから記載しないほうが良いですね」と言われ記載しなかったとのこと。
担当営業が自信たっぷりに言ったのでそのようにしたが、売却後に問題が生じたりはしないのかと質問されました。
賢明な皆さんならお分かりになるでしょうが、告知が必要です。
ボヤで済んだから、リフォームを行い見た目に問題がないからなんてのは売主に都合のよい言い分にしかなりません。
このてのケースはよく耳にする話で、告知が必要かどうかを質問された場合、営業マンの個人的な判断でその可否を決めている。
判断が正しければ後々問題も生じないでしょうが、そうではない場合、買主から契約不適合責任を追求されると同時に業者の責任問題も発展する可能性があります。
今回は告知をする意味と、媒介業者の調査・説明義務について解説します。
なぜ告知が必要か
告知に関しての判断基準としてすぐに思い浮かぶのは「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」ではないでしょうか?
ガイドラインは物件で人が亡くなった場合の判断基準として、死因や発見された時の状況、それめでに要した期間、特殊清掃の有無などについて、一般的に妥当と考えられるものを整理し取りまとめたものです。
これにより自然死や不慮の死については原則として告げる必要はないとされ、また賃貸物件に限られていますが、告知が必要とされる場合であっても概ね3年を経過すればそれ以降については告知不要との判断が示されました。
ガイドラインでは不動産業者の調査方法についても言及されており、「告知書などへの記載を求めることにより、通常の調査義務は果たしたことになる」とされました。
これにより私たち不動産業者は、近隣の方から話を聞いたりインターネットで調査したりなどの積極的調査は不要とされたのです。
これにより人の死以外の分野、例えば冒頭にあげたボヤを含む火災や地震などにより生じた損壊状況などについても、告知書などに記載してもらいそれを伝達することで私たちは調査義務を果たしたと考えられるようになったのです。
ただし……です。
ガイドラインにおいても言及されていますが、告知が不要な場合においても事件性・周知性・社会に与えた影響が特に高い事案、もしくは取引の相手方などの判断基準に重要な影響を及ぼすと考えられる場合には告知が必要であるとの考えが示されているのです。
また買主・売主の意向を十分に把握し、事案の存在を重要視することを認識した場合には特に慎重に対応することが望ましいとされているのです。
説明義務の及ぶ範囲
ガイドラインは一定の指針を定めてはいますが万能ではありません。何事にも例外があることも示唆されています。
それではこのような考え方をもとに、冒頭の営業マンが言った内容を検証してみましょう。
「ボヤ程度で済んだのであれば告知は必要ありません。逆にそんなことを書くと、印象が悪くなりますから記載しないほうが良いですね」との言葉です。
まずボヤがどの程度の規模で発生したのか、また手直し工事はどの範囲において行われたのか正確に把握されていません(これについて相談者に質問すると、まったく聞こうとしなかったとのこと)
リフォームにより見た目は問題ないとのことですが、火災による影響が躯体にまで及んでいる可能性は否定できません。物理的な耐久性や安全面に考慮した訳ではなく、壁のボード交換やクロスの張り替えなど見た目だけ直したとも考えられます。
延焼による影響が躯体にまで及んでいた場合には、建物の経年変化にたいし少なくはない影響を及ぼしている可能性があります。
またボヤ発生時には消防車が出動しているのですから、当然に近隣に知れ渡っていることでしょう。
これらは購入検討者の意志判断に影響を与える重要な要素です。
告知するのは当然ですし、ましてや「印象が悪くなりますから記載しないほうが良い」なんて発言は、虚偽の告知を誘導しているとも言えるでしょう。
さすがに詐欺罪として刑事罰として追求される可能性は低いでしょうが、契約不適合責任に基づき損害賠償を請求される可能性はあるでしょう。
そもそもの話ですが不動産業者は告知書等に記載を求める場合、「記載が適切に行われるよう必要に応じて助言する」と同時に「故意に告知しなかった場合には民事上の責任を問われる可能性がある旨をあらかじめ伝える」ことが望ましいとされています。
また、「事案の存在を疑う事情があるときは確認する必要がある」ともされているのです。
この考え方は、何も人の死に限定されるものではありません。
建物現況報告書などを含め、全ての告知書面について共通するルールです。
「助言」は「都合よく誘導」することではありません。
詳細に内容を聞き出すと同時に通常の注意を払えば認識できる程度の調査を行い、民法や宅地建物取引業法、各種制度の定めなどを勘案し適切な解釈をアドバイスすることが、善管注意義務に基づく助言なのです。
業務に関する禁止事項
宅地建物取引業法第47条では相手方の判断に影響を及ぼす事項について『故意に事実をつげず、また不実のことを告げる行為』が禁止されています。
この定めにおいて「不実」とは、「不実告知」を指しています。
不実告知は消費者契約法第4条1項1号で「重要事項について事実と異なることを告げること」と規定されています。
これにより事実を誤認して行われた申込みや契約は取り消すことができるのです。
意図して不実告知をするのは論外ですが、説明が不足しているなどの理由で十分に顧客の理解が及んでいない場合には、表現を変える、もしくはさらに詳細に説明する配慮が求められます。
よく理解が及ばないのは「理解力に乏しい顧客が悪い」と吹聴する方もいますが、理解してもらえない原因は説明をしている側の問題です。
私たちは不動産のプロです。経験年数や日頃の努力により、営業マンに知見の優劣があるのは否めませんが、それは顧客に関係ありません。
顧客から見れば、対応する全員が不動産のプロと見なされます。
「入社したばかりで経験も浅くて……」なんて台詞が容認される訳ありません。物を知らない営業マンだと糾弾され、ひいてはそのような人間を担当とした不動産会社に不信感を募らせるだけでしょう。
不動産取引は賃貸・売買を問わずその専門性により、高度な注意義務が要求されます。
勝手な思い込みにより調査説明義務違反が生じた場合には債務不履行責任を追求され、状況によっては当事者から損害の賠償請求が求められることもあるのです。
まとめ
今回は相談者からの何気ない質問を題材に、告知に関しての解説を行いました。
人の死に限らず、例えばかなり距離のある嫌悪施設の存在や付近にある幹線道路からの騒音などについては、どこまで告知する必要があるのか悩むものです。
私たちでも判断に悩むのですから、当事者は記載したほうが良いのか、それとも不要なのか戸惑うでしょう。
しかも、「正直に記載しなければ、場合によって民事上の責任を問われる可能性がありますから」と事前に釘を刺されるのですから、それがどんなに柔らか言い回しであったとしても、どこまで告知すれば良いのか悩むでしょう。
それにたいし適切な助言を行うのが私たちです。
例えば人の死について積極的な調査は不要とされましたが、調査自体が禁止された訳ではありません。信憑性に乏しい情報を収集し、憶測で発言することは慎む必要はありますが、購入検討者の判断に重要な影響を及ぼす場合や、告知しないことにより問題が生じる可能性が高い事案については、その影響に配慮しながらも積極的な調査が必要だと考えられます。
ボヤが発生した事案についても、告知はもちろん必要に応じ売主負担でインスペクションに実施を提案するなどの配慮も必要でしょう。
契約当事者の心情を斟酌し、専門的な助言をすることが私たちに求められる責務なのですから。