建物は適切なメンテナンスを施さなければ、新築時に想定した寿命を大きく低減させることになります。
不動産業者ではない一般の方でも、メンテナンスが大切なことは認識しているはずです。
ですが、住宅街の途中で時折見かける、外壁の窯業系サイディングに水分が浸透して膨れ上がり、一部が剥離したまま放置されている住宅がある。
空家ならまだしも、そのほとんどが入居中です。
塗装はその油膜により、外壁にたいする水分の浸透を防止する役割があり、これを怠れば当然に寿命を短くする。
理論値でありますが、初回は10年以内、それ以降は6~10年以内の塗装を実施していれば外壁を構成している材質(80%はセメント、残りは木材繊維などの繊維質)の寿命が尽きるまで利用できます。
建築技術や使用部材の耐久性などの向上により、戸建住宅において「100年住宅」なんて言葉も生まれているように、「高温多湿である日本の木造住宅寿命はせいぜい20~30年」という認識は変化しています。
背景には最近の建築費高騰の影響もあるのでしょうが、もともと日本には「物を大切にする」という文化が根底にある国です。
このような意識の変化や建築費の高騰により、今後ますます中古住宅市場とリノベーションは活性化が予測されています。
2025年4月からの「省エネ基準適合義務化」により、新築時には一定以上の省エネ性能が義務とされ、販売広告時の「省エネルギー性能表示制度」により中古住宅においても、新築時の性能がどれだけ保持されているか、もしくはリノベーション工事の実施などによりどれだけ性能が向上されたかが、購入者が中古住宅を購入する際のポイントになっていくのです。
ですから私たち不動産業者には売買スキルと同時に、住宅性能やリノベーションに関しての知見が必要となるのです。
もっとも、戸建の場合であれば所有者の心構え次第で適切なメンテナンスを実施できますが、分譲マンションの場合はその限りではありません。
説明するまでもなく所有しているのは専有部分のみで、リビングに接しているバルコニーや庭などについても、権利としては専用使用権だけです。
共有部分については、外壁を始めとして外部階段の手すりやエントランスの植樹など、どれ一つ個人でメンテナンスを行えません。
もっとも、共有部分については長期修繕計画に基づき、躯体が劣化しないよう大規模修繕が実施されるので安心なはずなのですが、2023年11月2日の日本経済新聞で『築40年以上の都内マンションの6割が長期修繕計画なし』という驚くべき内容の記事が掲載されていました。
東京都内に限らずですが、エレベーター非搭載の築古マンションなどは全国どこの地域でも格安で販売されています。
無論、立地状況や管理体制などが良ければ築年数を気にせず、リノベーションを前提とした購入者がいますからそれなりの価格で取引されているケースもありますが、適切な修繕計画が実施されていなければいずれ建物は朽ち果てます。
重要事項説明において、私たちには『計画修繕積立金に関する事項』についての説明義務が課せられていますが、これはあくまでも積立額についての説明であって、計画の概要についての説明が求められている訳ではありません。
良心的な業者であれば管理規約や長期修繕計画、管理組合議事録などを添付資料とするのと同時に説明するのでしょうが、それは義務ではありません。
義務とされているのは、管理組合などに「修繕工事実施の記録」が保管されている場合に限り、実施状況について説明しなければならない(宅地建物取引業法第35条1項5号の2)とされているだけです。
ですから、管理組合などに記録が保管されていない場合には照会を行っただけで調査義務を果たしたことになるのです。
顧客の大半は建築に関しては素人ですから、修繕の重要性を理解しているかも怪しいものです。
そのような方々にたいし、私たちは先述した『築40年以上の都内マンションの6割が長期修繕計画なし』が現実である場合、どのように対処していけば良いのでしょうか?
今回は国土交通性が公開した『令和3年度マンション大規模修繕工事に関する実態調査』を中心に、安心して販売できる築戸マンションについて解説したいと思います。
築40年超の分譲マンション戸数は?
国土交通省の調査によれば、日本の分譲マンション戸数は2022年末時点で約694.3万戸とされています。
現在でも毎年のように新規の分譲マンションが建築・販売されているのですから、ストック数は今後も増加していきます。
それではこの約694.3万戸のうち、築後40年を超えた分譲マンションはどのくらいの件数になるのでしょうか。
国土交通省が2023年8月10日に公開した『住宅:マンションに関する統計データ』によれば、2022年末時点における築40年超の分譲マンションは約125.7万戸とされています。
これはストック数にたいして約18%、つまり「分譲マンションの5件に1件は築40年以上である」と言い換えることもできるのです。
さらに今後10年で約2.1倍、20年後には約3.5倍に達すると予測されています。
私たちは今後も、このように築年数が経過した分譲マンションも手掛けていかなければならないのですから、物件を紹介した顧客に不利益が及ばないよう、長期修繕計画の状況については正確に理解して伝達する必要があると言えるでしょう。
築30年以降の修繕計画が存在していない?
ご存じのように、令和3年9月に改訂された国土交通省による長期修繕計画に関するガイドラインにより計画期間の設定は「30年以上で、かつ大規模修繕工事が2回以上含まれる期間以上」とされています。
30年ピッタリではなく、それ以上の期間です。長期修繕計画の周期は、従来であれば12年が目安とされていますが、実際には修繕積立金の額や計画調整が難航するなどの理由もあり計画が見直され、15~20年が経過した頃に実施される場合が多い。
それを見越してでしょうか、最近では計画当初から15~18年周期で計画するところも増加しているようです。
大規模修繕は棟全体にたいし屋上防水・バルコニー床防水などの工事はもちろん躯体コンクリートの補修や塗装などを指しますが、いずれも躯体寿命を伸ばすために必要な工事です。
「分譲マンションは管理を買え」とよく言われますが、言葉の真意は管理人の常駐・非常駐などの管理形態や、あまつさえ愛想の良さや共用部の清掃状況だけを指すものではありません(もちろん、これらも大切ではありますが)。
重要なのは建物が長期的に活用できるよう、躯体を始めとする建物全体に関してのメンテナンスが適切に計画され、そのために必要な積立金の額も含め必要な工事が実施されているかとうかです。
具体的には以下のような前提条件を満たす計画の策定です。
ここで冒頭でも紹介した日本経済新聞による『築40年以上の都内マンションの6割が長期修繕計画なし』との記事に着目したいのですが、6割とした根拠は東京都の住宅政策本部により公表されている「都内分譲マンションの累積戸数194万戸(2021年末時点)」のうち、区分所有法が改正される前、つまり1983年以前に建築された分譲マンションに関し、東京都が条例として提出を義務付けている「管理状況に関する届出」の内容を精査した結果をソースとして記事にされています。
あくまでも東京都内の分譲マンションにおいての調査結果ではありますが、築40年以上経過しているマンションの約6割が、30年目以降の長期修繕計画を作成していないことが確認されたのです。
特に分譲マンションの件数が多い東京都は別格かも知れませんが、どの地域においても同様のケースが想定されるでしょう。
先述した国土交通省による長期修繕計画に関するガイドラインでは、管理規約において一定期間(5年程度)ごとに長期修繕計画及び修繕積立金の額を見直す規定を定めることが望ましいとしています。
ところが築40年超のマンションにおいて、30年目以降の計画が具体的に策定されていない(無論、危機意識を持った組合員などにより議論されていはいるのでしょうが)のです。
築年数が相応に経過している分譲マンションであっても、売り、買いどちらについても依頼があれば私たちは取扱います。
長期修繕計画が適切に行われているかどうかが、扱わない理由にはなり得ません。
ただし、どのような計画が策定されているかについては調査して、あらかじめ説明する必要があるでしょう。
不動産業者における説明義務の範囲
さて、ここでは私たち宅地建物取引業者に課せられた調査・説明義務について解説しておきましょう。
言うまでもなく大規模修繕を初めとするメンテナンスの実施状況は、購入者にとって意思決定に必要な重要な判断材料となります。
そこで宅地建物取引業法では第35条1項5号の2で、「1棟の建物の維持修繕の実施状況の記録があるときは、その内容を説明しなければならない」と定めています。
ここで「?」となるのですが、課せられているのは『記録があるとき』に限られています。
しかも計画ではなく、履歴です。
実務を手掛けている皆さんならご存じのように、マンションによっては維持修繕の記録が残されていない場合もあります。
記録がなければ説明することはできません。
そこで、宅建業者の調査・説明義務は維持修繕の実施状況の記録が残されている場合に限られているのです。
無論、調査を怠ることは認められません。
管理組合、マンション管理業者又は売主に記録の有無を照会し、記録の存在しないことが確認された場合は、その照会をもって調査義務を果たしたとされるのです。
これだけは調査しておきたい計画の概要
築年数が相応であるかどうかによらず、分譲マンションを手掛ける場合に調査したいのは以下の書類です。
●長期修繕計画
●管理規約
これらの書類は、所有者もしくは管理組合から入手しますが、所有者が保存していることは稀なので、実務としては後者から入手する場合の方が多いでしょう。
マンション管理規約は区分所有法第33条1項により、管理組合集会の決議(同法第25条1項)によって専任された管理者には保管義務が定められています。
また同法25条第2項により、区分所有者はもとよりその利害関係人が管理規約の閲覧を請求した場合には、正当事由が存在しない限りは拒むことはできないとされています。
組合によっては、「閲覧申請は書面申請による」とされていますから、所定の手続きに従い申請をすれば良いでしょう。
管理自体を管理会社に委託している場合にはそれほど心配ではありませんが、分譲戸数が少ないなどの理由で自主管理されている場合などにおいては管理組合が機能していないことがよくあります。
管理規約が保管されていないことは通常ありえませんが、長期修繕計画等についてはその限りではありません。
管理組合が機能していなければ適切なメンテナンスが実施されていない可能性も高く、無論、建替についての議論も頓挫している状態でしょう。
そのような分譲マンションは、いずれ朽ち果てるのは必然です。
マンション建替円滑化法に基づき話し合いが行われているかどうかを議事録などで確認し、購入者に伝達する配慮は必要でしょう。
まとめ
筆者がよくされる質問に「分譲マンションの寿命は何年ですか?」というものがあります。
この質問に対する正確な回答は、実のところありません。
鉄筋コンクリート造であるマンションの法定耐用年数は最大で47年とされていますが、これはあくまで税法上の考えです。
それを経過したから居住できなくなる訳ではなく、実際にバブルラッシュで建築された築40~50年のマンションは現役です。
今回のコラムではメンテナンスの重要性とその説明について解説した訳ですが、建築学においては適切なメンテナンスさえ実施すれば、100年を超えても利用ができるとする考もあるほどです。
日本の民間分譲マンション第一号は、昭和31年に竣工した新宿区の「四谷コーポラス」だとされていますが、こちらは築61年目を迎えた時点で建替のために解体され、「アトラス四谷本塩町」として2019年に生まれ変わりました。
建替時には地権者の約9割が取得の意向を示し、そのため総戸数51戸にたいし33パターンの間取りが提案されたこともあり業界の注目を浴びました。
「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」の一部が改正されたことにより、4/5以上の同意があれば敷地売却ができるなど、分譲マンションの適正な管理と再生フローが整備され今後、増加を続ける築40年超のマンションにおいても、大規模修繕により建物を維持していくか、それとも建替と行うのかの議論が活発になっていくでしょう。
そのような議論が行われていることを知らず、多額な費用を投じリノベーション工事を行い、その数年後に建替決議が合意され解体工事が始まっても、投下した費用は一銭も戻ってはきません。
そのような事態に陥ることがないよう、私たちが築年数相応の分譲マンションを顧客に斡旋する場合には、目先の売買価格だけではなく、修繕計画などについての情報は正確に調査し伝達する必要があると言えるのです。