皆さんは『既存住宅販売量指数』をご存じでしょうか?
建物の売買を原因とした所有権移転登記件数をもとに全国・ブロック別・都市圏別などに分類し、個人が購入した既存住宅販売量の動向を指数化したものです。
国土交通省が試験運用として令和4年3月31日以降、6月・9月・12月・3月の四半期ごと年4回公表していましたが、令和5年4月以降は毎月公表されるようになりました。
つまり個人における既存住宅取引量について、最も信頼性の高いオープンデータであると言えるでしょう。
既存住宅販売量指数が整備された背景には、IMF等から日本はもちろんアメリカ・イギリス・イタリアなどを含むG20諸国にたいし、経済・金融に関しての統計整備の要請があったからとされています。
ですが、不動産市場の動向把握をマクロ・ミクロ的な視点で把握し、不動産市況の変動をいち早く読み取ることは、不動産業者である私たちにとって大いにメリットがあります。
データは所有権移転された登記戸数のうち、法人による取得はもちろん、個人取得であっても新築や別荘、セカンドハウス、投資用物件などは除外されていますから、純粋な既存住宅取引です。
近視眼的に考えればあまり必要ないデータであり、また近隣環境の整備などにより流通量や価格が変動する地域性などのミクロな情報を確認することはできませんが、長期的な戦略を行う上で参考にできるデータです。
そこで今回は、既存住宅販売量指数を読みこなすポイントと活用方法について解説したいと思います。
データから何を読み取る?
既存住宅販売量指数は、国土交通省の下記専用URLから確認できます。
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000210.html
もっとも最新データはExcelで公表されていますので、最新の動きを把握するにはそちらを確認する必要はありますが、見やすさを追及するなら4~5ヶ月遅れになりますがPDFを閲覧したほうが良いでしょう。
毎月公表されるPDFデータは2010年の既存住宅販売量を年平均を基準にして、その増減値を表しています。
下記の図は執筆時点の最新版として令和5年7月分の公表データですが、全ての数値で100を上回っています。
公表はおよそ4ヶ月~5ヶ月遅れとなりますが、速報値ではなく最終的なデータまで集計した結果(確報値)ですので、正確で信頼性の高いデータです。
さて、この表に記載されている用語として気になるのが『季節調整値』という言葉です。
不動産によらず商品の取引件数は、夏季や冬季など季節により変化します。
不動産取引においては2月と8月は特に取引件数が減少すると言われていますが、このような経済的統計値に影響を与える時期や期間など、取引に影響を与える季節的な要因から経済的統計値が連続した値を除いたものが季節調整値です。
これにより季節変動による影響を除去し、純粋な経済的統計値の動きを知ることができるのです。
表では季節調整値を考慮しない『原系列』も並列して記載されています。
こちらは季節変動による影響も含めた元データですから、これを比較することで季節による変動と、それを除去した場合の両方の動きを確認できます。
下記表の場合は季節調整値と原系列の差異である1.6、季節的な影響を受けているということです。
また、マンションにおいて30㎡未満を除いた数値が記載されていますが、これは居住用ではない取引、たとえば投資用だと推定されるワンルームマンションなどの取引影響を除外して、可能な限り居住用として取引された数値を求めるために行われます。
令和5年7月分の季節調整値上の差異は20.2ですが、これだけの数量、投資用と推定されるマンションが取引されているということです。
動向と理由を俯瞰して考える
基本的な解説を終えたところで、令和5年7月における既存住宅販売量指数を検討してみましょう。
全国的な傾向として対前月比では軒並み取引量が落ち込んでいます。
ですが、都府県別でみると唯一、東京都だけが2.0上昇しているのが分かります。
ただし、30㎡未満を除いた数値としては下落していますから、投資用と推定されるマンション取引(指数としては35.2)により数値が底上げされていることが伺えます。
またブロック別で見た場合、北海道と東北地方についてはマンションに限り対前月比で上昇が見られます。
北海道の場合、投資用と推定されるマンション取引指数は3.8と僅かですから、居住用としての取引量が増加していると推定できるのです。
もっとも建築費の高騰による新築分譲価格の上昇もあり、一定の顧客層が既存住宅を購入している背景もありますから「30㎡未満=投資用物件」であると断定はできませんが、大きさとしてはほぼワンルームです。
投資用途以外での購入件数はそれほど多いとはいえないでしょう。
何のためにデータが集積されているのか
冒頭で既存住宅販売量指数が集積されている理由について、IMF等からの統計整備の要請が背景にあると解説しましたが、もちろんそれだけが原因ではありません。
これらのデータを集積して分析することにより、以下のような対応が可能になります。
●空家予防策・建替促進に利用
全国的な問題となっている空家問題ですが、高齢化が進行する日本においては今後も増加していくと予想されています。
住宅は人が住まなくなった途端、老築化が加速するといわれていますが、それは事実です。
適切な換気が行われないことにより湿気がこもり、適切な時期に必要なメンテナンスも見過ごされることになるのですから当然でしょう。
劣化が進めば賃貸運用するにしても相応の手直しが必要とされますから「何もそこまで費用をかけて……」となるでしょう。
空家になる前に手を打つ。
増加を抑制するには、この方法しかありません。
そのような状況を知るためのデータとして、既存住宅販売量指数が利用されるのです。
それだけではありません。
取引量と価格、そして人口の変化には相関関係があるとされており、人口の将来見通しを把握したうえで、将来的な取引量や価格の予測が可能になる可能性が考えられます。
私たち不動産業者が物件を斡旋する際や開発を検討する場合、取引量や価格が減少する地域をターゲットにするメリットはありません。これは不動産投資先を検討する場合も同様です。
つまり既存住宅販売量指数はもとより、地価公示や実勢価格、水道閉栓・停止情報などを収集することにより空家分布予測が立てられ、私たちはその情報に基づいて不動産事業を展開することができるのです。
政府はこのようなビッグデータの構築を検討していますが、現在のところ具体的な目処はたっていません。
ですが私たち不動産業者がこのような情報の大切さを知り、それを戦略的に活かしていくことで、他社に先んじて新たなビジネス展開を行うことが可能になるでしょう。
まとめ
不動産業の「命」は情報です。
極論ではありますが、誰もが欲しがる立地で近隣相場よりも圧倒的に安ければ、事故物件であるなど特殊な事情が存在していない限り営業マンは必要ありません。
勝手に問い合わせが入り、購入する方が現れるでしょう。
無論、契約段取りや書類の作成などで人では必要ですが、それは営業マンでなくても構わない訳です。
労力をかけず捌ききれない情報が入手できるならそれに越したことはありませんが、そのような状況は稀でしょう。
結局のところ、顧客に有益な情報をどれだけ把握しているか、それは取り扱う物件量や知識の場合もありますが、マクロな視点による人口動態予測なども含まれます。
このような情報を広く収集し、経験則や知見に基づき顧客に提案できる。
それこそが競合の厳しい不動産業界で生き残る「術」ではないでしょうか。